勝負本番の朝
「確か、今回で十校目だったっけ……。」
ハヤタは、朝の光が窓から差し込む、少し肌寒い自分の部屋の中で、独り言を口にした。
(あっ、まただ。なんか最近、独り言が増えてきたな。それにしても、なんの因果で……。)
ハヤタは、KAZという総合格闘技の本部道場に行くための身支度をしながら、そう思った。
ハヤタも、最初のうちは楽しかったし、なんといっても唯一好きになることができるという自分の『運命の女性』を探し出す使命感に燃えていた。
しかし、最近では、毎回、同じ結果の繰り返しに、その熱意も少々冷め始めている。
それでも、ハヤタは、今日こそは、これまでと違う結果が出るかもしれないと、気を取り直した。
ハヤタが身支度を終えようとしたとき、リーン、リーンと鈴とベルの間のような澄みわたった音が建物内に鳴り響いた。
これは、ハヤタの住居の玄関についている呼び鈴の音だ。
「ハヤタ、ヒロくんがお見えよ。」
下からユイの呼ぶ声がした。
ヒロは、ハヤタが女の子からもてるのをいいことに、そのおこぼれにあずかろうと、『運命の女性』探しをするハヤタに毎回くっついてくる。
今日も、ハヤタが誘ったわけでもないのに、のこのことやって来た。
ハヤタが自分の部屋からリビングに降りてくると、ヒロはいつの間にかリビングのソファーに腰掛けて紅茶をすすりながら、正面に座ったユイと世間話をしていた。
ユイは、若い男の子が大好きで、ヒロが家に来ると上機嫌になる。
「ハヤタ、早いじゃん。もう少し、ゆっくりとしてくれてもいいのに。オレは、もうちょっとお母さんとお話しをしていたいし。」
ヒロは、恥ずかしげもなく言った。
「あら、『お母さん』じゃなくて、『ユイさん』って呼んでねって、いつも言っているでしょう。」
ユイが少しすねたような素振りで言った。
「そうでした。すみません。そう、オレは『ユイさん』ともう少しお話しをして……。」
「それじゃあ、どうぞごゆっくり。オレは一人で出掛けるから。おかまいなく。」
ヒロが言い終わる前に、オレはそっけなく言い放った。
「おいおい、冗談だよ。待ってくれよ、一緒に行くから。」
ヒロは、慌てて残っていた紅茶を一気に飲み干した。
「それじゃ、行ってきます。」
オレは、ユイさんにそう言って、玄関に向かった。
「行ってらっしゃい。頑張ってね。ヒロくんも、またいらしてね。」
背中で、ユイさんの声がした。ユイさんは、オレの外出の目的を知っている。
家を出て、早足で歩くオレのあとを、ヒロは小走りで追ってきた。
「おい、ハヤタ、待ってくれよ。それにしても、いつ見ても、お前のお母さんは綺麗だな。」
ヒロは、毎回のように同じ台詞をいうので、まんざらお世辞ではなく、本当にそう思っているのかもしれない。
確かに、ユイは、とても五十歳を超えているとは思えない、いわゆる美魔女である。
ハヤタも、自分の実の母親ながら、それを認めないわけにはいかない。
ハヤタ自身、もしかしたら、ユイは本当の魔女なのかもしれないと思うことすらあるぐらいだ。
「ありがとうよ。ユイさんにはそう伝えておくよ。」
オレがそう言うと、ヒロはこれもいつもと同じ台詞を言ってきた。
「それにしても変な親子だよな。実の母親を名前で呼ぶなんて。いったいお前のとこの親子はどうなってんだ?」
「どうもこうも、昔からそうなんだから仕方ないだろう。」
そして、オレも、いつもと同じ返事をした。
「とうとう勝負本番の日がやってきたな。」
ヒロが、全くの他人事のように言った。まあ、ヒロからすれば、他人事には違いないが……。
「これも、ハヤタ、お前が、いつも美人ばかりを狙うからだぞ。まあ、自業自得というやつさ。お前は、行く先々の女子校で一番の美人ばかりを狙うんだから、本当にたちが悪いよ。しかも、必ずものにしちゃうし。」
ヒロが少々毒気づいた。
「いいだろう、そのおかげで、お前だって、いつも美人と知り合えるんじゃないか。」
オレは、少々意地悪な返事をした。
オレとヒロは、たわいもない話しをしながら、モノレールを何回か乗り継ぎ、約一時間後に、目的のKAZ本部道場の建物に到着した。