表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

愛し子の後悔

残酷な描写があるので苦手な方はご注意下さい!

 


 神の血を継いでいると言われる神の子と神に愛されたと言われる愛し子。どちらも常人より遥かに多い魔力を持ち、誰よりも魔素の扱いに長けた特別な存在。



「なぁ。お前愛し子だろ?俺らと一緒に戦わねぇ?」

「……は?」


 悲惨なこの世界で、平凡を生きてきた俺の人生をひっくり返した言葉。もしこの言葉が無かったら、きっと世界は終わっていた。でも、もしもこの言葉がなかったのなら、アイツが死ぬ事は無かっただろう。



 アイツと俺が出会ったのは貴族達が通う学園だった。愛し子と言うだけで入学が決定していた俺は、仲間達に背を押され、貴族が集う学園に足を踏み入れた。


「まぁ、こんな所にネズミがいるわ。あら?よく見たら愛し子じゃないの。汚くて分からなかったわぁ」

「おい、下賎な血のものが高貴な俺達の前にいるんじゃない。汚らわしい」

「やだわぁ。何で神様はあんなものを愛し子にしたのかしら?」


 罵倒され、忌み嫌われる日々。愛し子だから直接手を出される事は無かったが、気分は悪い。情報を集める目的がなかったら、俺はさっさと辞めていただろう。そんな生活を続けて1年。この国の王女で、神の子であるアイツと何故か同じクラスになって、興味本位で話しかけた。


「あんたいつもつまんなそうにしてるが、一体何考えてんだい?」


 挨拶も礼儀も何もかもすっ飛ばして話しかけた俺にクラスの連中が凍りついた。あの顔は傑作だったと今思い出しても笑えてくる。


「……何も」


 無礼を働いた俺を咎めたりもせず、何の感情も入っていない声で一言だけ返してきたアイツが気になった。何故かは分からない。ただ、その時は神の子でも、王女でも無い、貴族も平民も愛し子も、自分自身にも興味がなさそうなアイツ自信に異様な程興味をそそられたのだ。


「なぁ、あんた一緒にメシ食ってくれや」

「模擬戦のペア組んじゃくれねぇかい?あんたと俺が組めば無敵だぜ?」

「おっ、流石だねぇ。それどうやってんだい?」


 常に1人でいたアイツに遠慮なく話しかけ続けて、1ヶ月。


「君は変わってるね」


 メシを食ってる最中に真っ直ぐ俺を見て笑ったアイツ。存在自体が神域みたいな、人外の美貌を持つ女が不意に零した人間くさい笑み。多分、というか間違いなく俺がアイツを好きになったのはこの時だろう。

 それからは興味無さそうに黙っていたのが嘘のように、よく話すようになったアイツを更に好きになったのは言うまでもない。




「……あーぁ、ちょっと休憩」


 殺風景な研究所でグダっと力無く椅子にもたれかかったアイツ。他人や世界の事なんて興味が無かったのに今は俺と一緒に世界を救う為に日々研究に勤しんでいる。


「魔術の基礎は出来たんだけど、まだまだ詰めていかないとダメだね。実用的じゃない」

「それでもすげぇよ。俺じゃあそんな事思い付きもしなかったしな」


 コイツが魔法の代わりに、と作り始めた魔術。魔素ではなく、自分自身が持つ魔力を使って擬似的な魔法を使うのだ。……本当、よくこんなもの作れたな。思い付けたとしても、実際に作っちまうなんて普通じゃねぇ。


「あ、そうだ。君の言ってた魔素を使わない魔道具の試作が出来たんだ。はい」


 ……やっぱりコイツ普通じゃない。




 そんな面白おかしく日々を過ごしているうちに学園を卒業した俺は、アイツの図らいで研究の相棒として王宮に滞在していた。おかげで情報収集が捗って、反乱軍は着実に戦闘準備を整えている。


「さすがは愛し子。王宮に潜り込めるなんてすげぇや。この調子で頼むぜ」

「……あぁ」

「浮かねぇ顔だな。なんかあったか?」


 これは、裏切りだ。そもそもアイツは世界がどうなろうと興味がなかった。俺が世界も平民も貴族も全部救いたいだなんて戯言を言ったから、アイツは手を貸してくれているだけで。


 フッと息を吐いて真っ直ぐに仲間の男に視線を向ける。ただでさえアイツの優しさを踏みにじってんだ。俺に出来る事は全部やらねぇとアイツに顔向け出来ねぇからな。


「1つ提案がある」

「ん?」

「今、神の子が世界を救う為に研究を続けている。……もしかしたら、現状をひっくり返せるかもしれねぇ。だから、お前らに協力して欲しい」


 餓鬼みたいな願いを現実にしようと足掻いてくれるアイツの為に俺が出来るのは、精々反乱軍や一般人との橋渡し。だから、俺はそれを全力で────




 したはずだった。なのに、なんだこのザマは。


 よく話すようになった。よく笑うようになった。軽口を叩くようにもなった。でも5年も付き合いがあっても、アイツが泣いた所なんて1度も見た事がなかった。静かに涙を流すアイツに不意に少し前の事を思い出す。

 その時もラブラドライトの様な瞳を絶望に染めて、血を吐くかのような悲痛に満ちた声で嘆いていた。


 あぁ、俺は間違えたのだ。


 大地は腐った。木々や水は枯れ果てた。光すら失った。俺は楽観視していたのかもしれない。俺達なら何かを成せると。例え王都の外が地獄でも、まだやり直せると。でも違った。世界が淀めば、人の心も黒く染まってしまう。もう取り戻せない場所まできてしまっていた。……貴族達は呑気だとか、俺が言えたもんじゃなかったな。


 それなのにアイツは笑っていた。さっきまでの姿はなりを潜め、少し歪で、強がっている事は明白なのに他者を圧倒する様な、覚悟を決めた、そんな笑顔で。


「……時間が無い。愛し子の君がいれば、僕が改変している間はもつはずだ。特別にこの僕が仲間の元へ送ってあげる。……後はよろしくね」


 ふわりと俺の身体が浮かぶ。辺りには幾重にも重ねられた魔法陣が淡い光を放っている。アイツが得意とする無属性の魔法。抗おうとしても、相手は神の子。愛し子の俺では勝ち目がなかった。必死にアイツに手を伸ばしたが、その手は虚しく空を切った。


「待ってくれ!俺はまだお前に────」




 アイツの魔法で転移した俺が目にしたのは、王都の外と変わらない地獄。俺達が必死に抗い続けていた世界の終わりみたいな、そんな光景。


 建物は焼かれ、壊され、瓦礫となってそこらじゅうに転がっていた。仲間も貴族も関係なく、血を流し、物言わぬ死体となって地に伏していた。


「団長!」

「団長が来てくれたなら俺達の勝ちだ!」


 沸き立つ味方に苛立ちが募る。どうしようもない衝動を唇を噛み締め、何とか堪える。鉄の味が口の中に広がって、じくじくと痛み出した。


「……俺達は、平民を守る為に反乱軍を結成したんじゃねぇのか?」

「ん?何か言ったか?」


 近くに寄ってきていた仲間が首を傾げる。それにヒラヒラと手を振って誤魔化しながら目を逸らした。


「……なんでもねぇ。一般人と怪我人の避難を優先しろ。動ける奴は俺に続け」


 指示を出して、近くにいた数人を連れて走る。走って、敵を殺して、また走る。何時間経っただろうか。もう時間の感覚もなくなっていて、気付いた時には全身が血に濡れていた。


「……一体、俺は何をやってんだろうな」


 大切な仲間が何人も死に、救いたかった人達(一般人)を救えず、分かり合いたい人達(貴族達)を殺す。矛盾だらけの自分に吐き気がした。


「団長!魔法師団の連中は全員城で王の警護に回るってよ!他の貴族は大慌てで城に向かってんぜ!」

「おっしゃあ!そこを潰したら俺らの勝ちだ!なぁ団長!」

「……そうだな。体勢を整えられる前に叩くぞ」


 雄叫びを上げて動き出す仲間達の後ろ姿がやけに遠く感じて、キツく目を瞑る。ここまで来てもう引き返す事なんて出来やしない。それならば、アイツの為にも仲間達の為にも、俺は戦わねぇとな。



 俺達が城の謁見広場にたどり着いた時、既に魔法師団の連中や貴族達は隊列を組んで俺達が来るのを今か今かと待っていた。情報が入ってから俺達が突入するまで大して時間はかかっていない。それなのに完璧に配置されていた兵に背筋が冷たくなる。勝てない、と本能が叫んだ。


「撤退しろっ」

「やれ」


 俺の怒鳴り声と王の威厳のある声が同時に飛ぶ。統制された軍と烏合の衆。比べるまでもなく、その差は歴然だった。


 ある者は火に焼かれ、ある者は水の槍に刺され、またある者は風に切り刻まれた。一瞬の出来事だった。一瞬で多くの仲間が殺された。


「腕が!俺の腕がぁあ!!」

「助けてくれ!助けてくれっ!」


 荘厳な謁見広場があっという間に地獄絵図だ。呆気なく殺られていく仲間に思考が止まりそうになって、ギリギリの所で踏み止まり、生きている仲間の1人1人に同時に防御壁を張る。


「ははっ!流石は下賎な血の人間は考える事が違うなぁ!?そんなちっぽけな防御壁なんぞに俺達の魔法が防げるとでも思ってい、は?」

「……悪いねぇ。お前さん達が使う馬鹿でかくて非効率な防御壁とは出来が違うんだよ」


 ……なんせ神の子と愛し子の研究の成果の1つだからな。


「馬鹿なっ!平民如きが我らの魔法を防ぐなど!まさかお前愛し子か!?」

「そんな馬鹿なっ!いくら愛し子と言えど、所詮平民だぞ!?ありえん!ありえんぞ!」


 怒りに燃える貴族達や魔法師団の連中が一斉に魔法をぶっぱなしてくる。


 まぁ、ここまで一斉に攻撃されたら本当ならヒビくらい入るもんだが、今の貴族達はアイツに魔力を徐々に奪われていて本来の威力を出せていない。


「……アホみたいに突っ込まないでこうすりゃ良かった」


 アイツの事が気掛かりでどうやら冷静さを失っていたらしい。俺らしくもねぇ。


「お前ら!下手に動くんじゃねぇぞ!」

「団長何を……!」

「1人で戦うなんて無茶だ!」


 仲間の悲鳴と貴族の嘲笑。それらを黙らせるように火球を貴族に向けて放った。


「うわぁぁあっ」

「馬鹿な!どうなっている!?」


 見た目はただの火球。火属性の初歩中の初歩の魔法だが、俺のは高エネルギーを限界まで圧縮させた火球だ。被弾すれば爆発し、人間の身体なんて簡単に吹っ飛ぶ。もちろんこれには多くの魔素を使うから連発は出来ない。ま、牽制にはもってこいの魔法だな。


 チラリと周りに視線を滑らせれば、案の定警戒した様に俺を見ている。この調子ならちゃんと時間が稼げそうだ。


「……後は頼んだぜ」


 今頃1人で世界を相手取って戦っているアイツ。今すぐにでも駆け付けたい思いに蓋をして、貴族達を見据えた。



 歓声が広場に響き渡る。貴族の大半は死に、僅かに生き残った奴らも満身創痍、しかも魔法を使えない。もう俺がいなくても大丈夫だと、ボロボロの身体で喜びを全面に出す仲間達を横目にアイツの元へ走った。


 勝った。勝ったのだ。貴族にも、世界にも。圧倒的な力に俺達は勝ったのだ。じわじわと勝利を実感して頬が緩む。


 早くアイツと勝利を分かち合いたい。誰もいない城の中を全速力で駆け抜ける。研究所は城の隅にあって、謁見広場とは真逆。全力で駆けても時間がかかった。


 やっとたどり着いた研究所の扉を勢いよく開け放って絶句する。


 部屋は赤に染まっていた。街でも、さっきまでいた謁見広場でも見た赤が、壁にも床にも飛び散っている。そんな壮絶な部屋にある血溜まりの中。そこにアイツは沈んでいて。ヒュッと喉が鳴って顔から血の気が引いた。何とか脚を動かしてアイツに駆け寄る。


「おい、しっかりしろ……!」


 ふらつく脚で近付いて、霞んだ声で呼びかけても返事はない。恐怖に襲われ、震える腕でアイツをかき抱いたら、その身体は恐ろしく冷たかった。


「……勝った、勝ったんだよ俺達。なぁ、お前さんが世界を変えてくれたから、勝てたんだ。1番の立役者が、こんな所で、くたばってんじゃねぇよ……!」


 みっともなく泣きながら血濡れの頬に触れれば、アイツはゆるりと笑って口を動かした。


「好き、だよ」


 なんの脈絡もなくそんな言葉を紡ぐ。もう最期なのだとまざまざと見せつけられ、歪みそうになる顔を笑みに変えた。頬から手を離し、アイツの手をとる。


「俺も好きだ。ずっと前からお前さんの事が好きだった」


 最後なのだからもっと気の利いた事が言えたら良かったが、如何せん人生初の告白。上手く回らない頭じゃこれが限界だった。


 そんな俺にアイツは幸せそうに微笑んで、そのまま目を瞑った。ぽたりと俺の涙がアイツの頬に落ちては重力に従って落ちていく。ただ眠っているかのようだった。幸せな夢を見て、寝ているだけのように。それでも息はしていないし、脈も動いていない。俺が産まれて初めて愛した人は、あっさりと俺の手から零れ落ちてしまった。


 俺はコイツと生きていたかった。2人で、ずっと肩を並べて歩いていきたかった。最初は仲間を救う為に戦っていた。コイツに出会ってからは共にありたいが為に、全てを救いたいと願い、戦ってきた。

 なのに俺だけが生き残って、コイツは世界の為に死んだ。俺の願いを叶える為に、俺はコイツを自分の願いの犠牲にした。してしまった。


 矛盾してる。何が団長だ。何が相棒だ。結局俺は、何を────


『後はよろしくね』


 ふと、アイツの言葉を思い出してポケットの中に入れてある記憶媒体とやらを取り出す。最初から、アイツは自分が死ぬ事が分かっていたのか。だから俺にこれを託した。


 あの時、止めれば良かった。


 あの時、2人だけで逃げて、世界の最後を一緒に過ごせば良かった。


 そもそも俺が、馬鹿な事を願わなければ良かった。


 俺はこの先ずっと、この後悔と痛みを抱えて生きて行くんだろう。それでもいい。アイツへの想いも、死にたくなる様な後悔も、何一つ褪せる事なく俺の中に居続ければいい。頬を伝う涙を拭ってアイツを抱き上げて仲間の元へ向かった。



 あの日から8年が経った。世界のシステムが変わった世界で、皆が戸惑いながらも前を向いて進む日々は騒がしくも温かい。


「よぉ、遅くなっちまって悪いな」


 多くの花が植えられている小さな広場。そこにたった1つある墓石の前に座り込み、1輪の花を添える。


 城の跡地に新しく出来た館の隅。研究所があった場所にアイツの墓を作った。何故かアイツは光となって消えてしまったから遺骨も何も入っていない、形だけの墓。それでも多くの人が訪れてはアイツに感謝を捧げていく。


 世界を変えてくれてありがとうと。


 自分達を救ってくれてありがとうと。


「……お前さんがいなくなって、もう8年も経った」


 街は変わった。人は変わった。世界は変わった。


「……なぁ、俺はお前さんの期待に応えられたかい?」


 この国の道標として、必死にやってきた8年間。少しでもアイツに応えられるようにと奮闘した日々は無駄になってはいないだろうか。


 ふわりと風が吹いた。優しくて温かい、アイツみたいな風に頬が緩んだ。


「また来る」


 ゆっくりと立ち上がり、アイツの墓に背を向けて歩く。俺を見送る様に、花々がさわさわと揺れた。








宜しければ評価とブクマ、感想をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ