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神の子の選択

2作目です!よろしくお願いします!

残酷な描写があるので、苦手な方はご注意下さい!

 


「全く、王都(ここ)の外は地獄みたいになってるってぇのに王都の貴族(ヤツら)は呑気なもんだ」


 癖のある黒髪を1つに纏めた男が気だるそうに翡翠色の瞳を細めて、窓の外を見やる。


「……()()()じゃなくて、本物の地獄だよ。それにアイツらは自分の事しか興味ないからね。仮初の楽園が()()()()()の上に成り立っていようが、結局犠牲になるのは一般市民で自分達じゃない。自分に火の粉が降りかからない限り、何食わぬ顔でのうのうと馬鹿みたいに生きていくのさ」

「……辛辣だねぇ。ま、俺はお前さんのそういうとこ、嫌いじゃないぜ?」


 カラカラと笑うこの男とは学生時代からの付き合いだ。なんの前触れもなくふらりと近付いてきたと思えば、いつの間にか懐に入り込んでいた不思議な男。相手に不快を感じさせる事もなく、ギリギリのラインを見極める観察眼と庶民だと馬鹿にされていたにも関わらず、貴族に物怖じもせず向かっていく姿に当時は舌を巻いたものだ。


「それにしても、王サマはどうするつもりなのかねぇ。このままじゃジリ貧だ」

「あぁ。()()を捧げ続けるのにも限界はくる。……実際、反乱軍が動き始めたと噂もたっているしね」

「……へぇ、そりゃあ大変だ」


 少し揺らいだ瞳を隠す様に、わざとらしく驚いた顔をしてみせた男にこちらもわざとらしく肩をすくめる。


「貴族は自分本位で強欲な人間ばかり。かと言って平民は正義を語るは良いものの、あまりにも無知だ。結局どちらに転ぼうが、大して変わらないよ」


 ここ、アウグスト王国は神に愛され、魔法という偉大な力を授けられた国と言われている。その魔法の力を駆使して諸外国を侵略し、大陸の覇者となった。そこまではいい。問題だったのはあまりにも魔法に依存しすぎた事とあまりにも強欲だった事だ。


 魔法を使うには魔素がいる。その魔素は自然から長い年月をかけて作られていた。それを知っていたにも関わらず、欲と見栄の為に貴族は際限なく魔法を使い、魔素を枯渇させてしまったのだ。


 それまで依存していた魔法が使えなくなる事への不安や、魔素を枯渇させたせいで崩壊の兆しを見せ始めた世界に貴族達は恐怖し、どうやったら自分達が生き残れるかを必死に模索した。その結果が生贄だ。


「清らかな魔力を持つ乙女を肉体ごと強引に魔素に変えるなんて、同じ人間の所業とは思えないねぇ」

「同感。しかも1人の人間からじゃ大した魔素は手に入らない。それに王国中に魔素が行き渡るわけでもない。……もっと魔術が浸透してくれれば、少しは変わるかもしれないんだけど」


 魔素を大量に使う魔法の代わりに僕が考案した体内にある魔力を使う魔術は、威力や効果は魔法と比べるとかなり劣るものの魔素は殆ど消費しない。


「派手好きで見栄っ張りの貴族達にはウケねぇからなぁ」

「……そこなんだよね。平民は比較的興味を持ってくれたはずなんだけど、貴族が魔法を使うなら魔術じゃ対抗出来なくなる。そうしたら結局使われるのは魔法だ」


 魔法の代用品を作ってもダメ。かと言って生贄を止めれば、魔素はあっという間に食い潰される。


「全部壊れてしまえばいいのに」


 これ以上人間が人間でなくなってしまう前に、全部全部消えてしまえば。無意識に零れた独り言に男は綺麗に整った眉を寄せる。


「気持ちは分からんでもないが、ここで諦めちまったら今までのお前さんの努力が水の泡だ。それはちょっともったいねぇよ」

「……じゃあ、どうしろって言うの。魔術はダメ、魔素を使わない魔道具を開発してもダメ、貴族達に平民と歩み寄って欲しいと言っても聞きやしない。父さんに直訴しても相手にすらされなかった!僕は、僕はどうすれば良かった!?何が正解なんだよっ!これ以上僕は何をすればいいの!?」


 必死に、それこそ命を削って守ろうとした。貴族も、平民も、世界も。でもダメだった。神の子と呼ばれていても、所詮人間。たった独りの人間では結局何も変えられない。


 込み上げてくるものを飲み込んでゆっくりと息を吐く。声を荒らげるなんて僕らしくない。


「……ごめん八つ当たりした。でもさ、もう手遅れなんだ。手遅れなんだよ」


 大地は腐った。木々や水は枯れ果てた。光すら失った。この世界にはもう希望なんて存在しない気がした。




 それから半年が過ぎても、事態は好転する事はなく、悪化していく一方だった。ますます魔素は減っていくにも関わらず、見栄の為に魔法を使い続ける貴族達が生贄の頻度を増やし、それに反発する平民が武器を取る。あと少し何かがあれば直ぐにでも戦争が始まってしまう。


「……お前さん寝てないのかい?ひでぇクマだ」

「寝れるわけないでしょ。戦争が始まれば、それこそ魔素が使い潰されて世界は滅亡。皆まとめてお陀仏なんだよ」


 ため息を吐いて目頭を揉む。もう何日寝てないだろう。体内の魔力を上手く回す事で身体を誤魔化し続けているけど、それにも限界はある。


「……根詰め過ぎて倒れたら元も子もねぇだろ。少し休め」

「……ん。ねぇ、膝貸して」

「膝?……普通女にしてもらうものじゃねぇのかい?男のなんて硬ぇだけだぜ」

「……いいの。休めって言ったの君なんだから責任とってね」

「へいへい。どーぞ、お姫様」


 ソファに座った男の膝に遠慮なく頭を乗せる。寝心地はお世辞にも良いとは言えなかったけど、久しぶりに触れた人の温もりに安堵した。そっと撫でられる髪に瞼が少しずつ降りてくる。


 あぁ、この時間が永遠に続けばいいのに。


 そんな叶う事のない願いを胸に意識を手放した。



 大気が大きく揺らぐ気配で目が覚める。……始まってしまった。神の子と呼ばれる自分だからこそ気付いた、魔法同士の衝突からくる大気の揺らぎ。それも1つでは無く、いろんな場所で、大勢の人間が魔法を使っている。小競り合いなんかじゃない。これは間違いなく戦争が始まった証。


「おいおい、まだ30分も寝てねぇぜ?やっぱり男の膝枕じゃ寝にくかった、ってどうした!?」


 珍しく慌てた様子のこの男が僕の手を掴んで、目を合わせてくる。その翡翠の瞳に映る僕は泣いていた。あぁ、この男は僕が泣いているのを見て焦っているのか。その事に少しの喜びを感じながらゆっくり身体を起こし、告げる。


「……戦争が始まった」


 男の瞳が、かつてないほど揺らぐ。


「……もう後戻りは出来ない。滅亡のカウントダウンは始まってしまった。……なら僕も、覚悟を決めるよ。神の子として。この国の王女として」


 ポケットの中に入れていた物を未だに動揺している男の手に握らせて、距離をとる。


「……これは記憶媒体だ。愛し子の君なら上手く使いこなせるはずだから、全てが終わったら使って」

「お前さん一体何を、」

「僕はこれから世界のシステムを変える」


 ()()()()()強い世界の仕組みを変える。神の意に、この世界のルールに抗ってみせる。


「世界と僕との全面戦争だ」


 本当は怖い。だけどそんな事を出来るのは神の子である僕だけだ。きっと歪になっているけど、笑ってみせる。大丈夫だと、僕に任せろと。精一杯の虚勢をはった。


「待て!そんな事、いくらお前さんが神の子でも無理だ!」


 少し開いた距離を一気に詰めて来た男が僕の肩を掴む。激情を押さえ込んでいるからか男の手が震えている。それにちょっと驚いて男の翡翠の瞳を見れば、今にも泣きそうに歪んでいて。


「……それに、そんな事をしてお前さんの命の保証はどこにある!?お前さんが諦められなくなったのは俺のせいだろ!?もういい!お前さんが命を懸けてまでする事じゃねぇ!!そもそもそんな大魔法を使うだけの魔素がねぇんだ!」

「これは僕の意思だ。君のせいじゃない。それに人間から魔力だけを取り出して魔素に変換出来る装置があるでしょ?君と僕の自慢の合作だ」


 男の言葉を遮って、肩に置かれた手をそっと下ろさせる。


「あぁ、それと魔力は貴族から奪うから安心して。……本当は魔力を奪えば人間は弱るから、奪わなくても良いようにしたかったんだけど、もう戦争は始まっちゃったからね」


 平民10人分の魔法を貴族は1人で扱える。それは高貴な血を守り続けたからかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。だから今まで平民は本気で反逆してこなかったのだ。


「このまま行けば平民は負ける。現状維持に躍起になる貴族よりも、無知でも必死に前に進もうとする()()にかけようと思ってね。だからもう辞めた。強欲な貴族に手は貸さない。未来を望む君達に僕は手を貸すよ」

「……俺の事、知ってたのか」

「君が反乱軍の団長だって事?もちろん」

「じゃあ、なんで」

「君は僕が現状を覆そうとしているのを反乱軍や民に話して、協力を促したんでしょ。……以前城下町に降りた時、平民達が友好的だったんだ。あんなにも平民を苦しめ続けた貴族、それも王族に、だよ?」


 普通だったら罵倒されるか、避けられるか、下手したら殺されていたかもしれない。そんな中であんなにも笑顔で接されて、何も気が付かないほど僕は馬鹿じゃなかった。


「僕が動いているのを知っているのは主に貴族だ。それに僕が民と接する事が出来たのその時の1回だけ。それも民に機密を話せないように呪いをかけられて、だ。そうしたら僕以外の貴族が平民に歩み寄ろうともしないんだから、全てを知ってて、尚且つそれを伝えられるのは君しかいないだろう?……君のおかげでこの世界で抗えた。ありがとう」

「礼なんて言われる資格ねぇよ。俺はアイツらを止められなかった……!」

「それは仕方ないよ。多分、先に手を出したのは貴族だと思うし、っと」


 ぐらぐらと大きく城が揺れる。どうやら想像以上に派手に殺りあっているらしい。


「……時間が無い。愛し子の君がいれば、僕が改変している間はもつはずだ。特別にこの僕が仲間の元へ送ってあげる。……後はよろしくね」


 ふわりと男の身体が浮かぶ。辺りには幾重にも重ねられた魔法陣が淡い光を放ち始める。その中で男が必死に僕に手を伸ばした。


「待ってくれ!俺はまだお前に────」


 カッと光が強まって、まるで最初から誰もいなかったかのように部屋は静まり返った。


「さようなら」


 ぐっと強く目を瞑って、自分にも転移魔法を使う。豪奢な部屋から殺風景な場所へと一瞬で景色が変わった。部屋の中央に設置された、僕とあの男で何とか形にした機械の元へ足を進める。


「さて、僕は僕の仕事をしないとね」


 ガタガタと大きな音をたてながら起動する機械に僕の魔力を流し込む。この機械を起動させるだけでもかなりの量の魔力を必要とする事がネックだけど、今はそんな事を言っている場合じゃない。


 暫く魔力を流し込んでいれば、少しずつ機械へと僕以外の魔力が吸い込まれていくのが見えた。


「……第1段階は成功、かな」


 魔力を流し込む事を辞め、今度は機械によって魔素に変えられていく魔力を自分へと取り込んでいく。


 魔素は本来、自然の中にあるものを自分の魔力と調和させて使う。だから人によって威力は違えど、集中力のもつ限り無限に魔法を行使出来る。だけど今はその魔素がない。この状況で出来るのは他人の魔力を一旦魔素に変え、その少ない魔素を僕の魔力と混ぜ合わせて擬似的な魔法を使うしかなかった。


「ぐ、ぅっ、ごほっ、ごぼっ」


 魔素を使う魔法と魔力を使う魔術、交わる事の無いモノを強引に交わらせた反動と、世界のシステムへの介入の代償は想像以上に大きい。


 体内を回る魔力が魔素と反発し合う衝撃で内蔵が破裂し、皮膚が裂ける。血を吐き、血を流し、身体を襲う激痛を回復の為に残した魔力で緩和させながら、世界のシステムを組み替え続けた。


 何分経っただろうか。何時間経っただろうか。もう時間の感覚も、痛みも、何もかも分からなくなって。その中で自分の死が猛然と近付いて来る事だけは理解出来た。


 システムの改変し終わるのが先か、僕が死ぬのが先か。


「悪い、けど、僕は負けず嫌い、なんだ」


 ここまで来て負けてなんかやらない。光溢れるあの男の未来を奪わせてなんかやらない。ふとそんな事を考えて、笑ってしまった。


 世界が崩壊しようが誰かが死のうが興味の無かった僕が誰かの未来の為に命を懸けているなんて、人生何があるか分からないな。それ程までにあの男が僕に与えた影響は大きかったのか。


「馬鹿だなぁ、僕」


 報われるわけでもないのに、たった1人の男の願いを叶えるためにこんな無謀な事をして。


 もう足元は血溜まりが出来ていて、機械に縋っていないと立つことも出来ない。身体が引きちぎられる様な痛みに耐えて、最後の力を振り絞った。





 遠くで歓声が聞こえた気がした。重い瞼を何とか上げて、1つしかない窓に目を向ける。


「あ、」


 光だ。窓から差し込んでいるのは、温かくて眩しい、ずっと焦がれていた光。あの男のような強くて優しい光。


「よかっ、た」


 僕は勝ったのだ。そして多分、あの男も勝ったのだ。漠然とあの男の勝利を確信して、喜びを噛み締めながら、命が消えていく感覚に身を委ねる。


 あぁ、でも、死ぬ前にもう1度だけ、あの男に会いたかった。声を聞きたかった。好きだと、伝えてみたかった。


 今更、生への渇望が湧き上がる。もうボロボロの、生きているのが不思議なくらいの身体に僅かに残る魔力を治癒に使って、生へと縋った。


 あと少しだけ、あの男と同じ世界にいさせて。


 あと少しだけ、あの男の幸せを願わせて。


 そしてもし許されるなら────


 必死に延命していれば、部屋の扉が開け放たれた。敵かと身体を固くして、音の元凶に辛うじて動く視線を向けた。ぼんやりと霞んだ視界の中にあの男を捉えて、涙が零れる。


「――――!」


 血を失って凍える身体があの男が抱き締めてくれたおかげか、少しだけ熱を取り戻した。ぼやけて男の顔は見えないけれど、何故か泣いているのが分かってつい笑ってしまう。


 馬鹿だなぁ。僕の事なんか気にしないで、皆と勝利を喜びあっていればいいのに。でも、最後の願いが叶った。


 もうはっきりと声は聞き取れないし、声も出せない。まともに動いてくれない身体に鞭打って、最期に口を動かした。








最後まで読んで頂きありがとうございました!

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