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短編集  作者: 時雨
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ワンマン列車


 ワンマン列車が走りだす。八高線で高崎駅まで鈍行で走る列車に初めて乗った。今日は、明日開催の友人の結婚式に出席するため、高崎駅の古びたビジネスホテルに泊まりに行くのだ。東京の端っこから、はるばる高崎駅まで向かう。特急などに乗れば、早く着くのだろうけど、少しでも安く済ませたいので初めてワンマン列車に乗ることにした。キャリーバッグを座席の荷物台に乗せ、イヤフォンをつける。つい最近切ったばかりの短い髪の毛先が、電車の振動で揺れる。


 明日は結婚式で、早朝から美容室で髪の毛をパーティードレスに合うように、ヘアメイクしてもらう予定なのに、なぜ髪を短く切ってしまったのだろう。それはあの人への思いを断ち切るためと言い聞かせ、無理やり切ってしまった自分がいちばんよくわかっている。


「もう2人で会ったりするのは、やめよう」


あの人が私に言い放った言葉が、何度もこだまする。あの一言で、私の時計は今でも止まったまま。わかっていた。2人で会うのはよくないこと、あの人は彼女を愛していること。わかっていたのに、わかっていて私はあの人を諦められなかった。


私があの人に恋をしたのは、そうだな……ちょうどいまから半年くらい前のことだった。半年と口に出すと、そこまで日は経っていないように思えるが、私にとっては、とても長い時間なのである。彼は会社の先輩だった。事業所の異動が決まり、異動先に彼がいた。彼はそのチームの若手リーダーを任されていて、私とは歳は1つ上なだけなのに、仕事中の彼はとても大人っぽくて素敵だった。異動初日に、自分の大きなパソコンや資材などを段ボールで運んでいたところ、話したこともないし名前も知らなかった彼が、ぱたぱたと駆け寄ってきて言う。


「女の子に、重いもの持たせるなんてだめだねー」

「あ、すみません。ありがとうございます。」


彼は軽々と段ボールを私から奪い取るように、私の席に置いてくれた。なんて軽やかに女性をエスコートできる人なのだろう……。しかもさりげなく私のことを女性扱いしてくれた。恥ずかしながら私はあまり女性扱いされることに慣れていないのであった。これが私と彼の初めての出会いで、私が恋に落ちた瞬間だった。


それから私は彼に猛アタックするために、まずは連絡先を聞き出そうと必死だった。けれど同じチームではないので、休憩時間もなかなかかぶらず、昼休みはかぶっても彼は常に後輩の男性社員とおひるごはんを食べていたので、連絡先を聞くタイミングが全然ない。誰かに見られて噂されるのも困るので、慎重にいくしかなかった。彼を好きになってから、実に2か月ほど経ってから、やっとの思いで連絡先を手に入れた。本当にたまたま小休憩時間がかぶって、彼がひとりでコーヒーを飲んでいたのを見かけた。私もその日の小休憩時間はたまたま一人だったので、これは絶好のチャンスだ!と思い、ドキドキする心臓を必死に落ち着かせながら、ロッカーから携帯を取り出し、彼の元にかけよった。偶然を装って。


「お、お疲れ様です。」

「おー、おつかれちゃん。」


ほら今だ、言うんだ。早く言わないと彼はコーヒーを飲み干して行ってしまう。だけど、言葉が思ったように出てこない。


「見て、これ今はまってるゲームなんだけど」

「っえ……、あ、はい。」


声が裏返りそうになった。緊張していることが伝わってしまったら恥ずかしい。彼は子供の用にあどけない顔で携帯画面を見せてきた。かわいらしい猫たちの待ちを作るゲームだという。意外だった。(彼がこんなかわいらしいゲームにはまっているなんて……、なんて可愛いんだろう。ますます惚れちゃいそう……。)でもそんな話をしているうちに、時間は刻一刻と過ぎている。ああ、コーヒー飲み終わっちゃう。


「あの、連絡先交換、しませんか?」

「え?ああ、いいよ」


勇気を振り絞って聞いてみたのだが、案外あっさりした返事で、頭の中でずっこけた。(あんなに心臓ばくばくさせてめちゃくちゃ勇気振り絞ったのにー!)だけどこれで結果オーライ。彼の連絡先がゲットできた今の私は無敵状態。ゲームでスターをゲットして数十秒間無敵音楽が流れている感じ。心の中で「やったー!!」と大きな声で叫び、踊りだしていた。



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