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短編集  作者: 時雨
3/4

同窓会

『同窓会』



真夏の日差しが彼に降り注ぐ。地球温暖化は人々の予想以上に怖いものだ。こんなにも気温が上昇するのだから。

 そんな中、お洒落をして何やら張り切っている立花敦志は、暑さも差ほど気にしていない様子。それもそのはず彼には、この上ない楽しみが待っているのだから。ところで、彼が何をこんなに楽しみにしているのかというと、彼の母校である中学校の同窓会があるからだ。皆社会人になった今、幼馴染や当時の先生方と会うのは楽しみなはずだ。しかし、彼が一番楽しみにしていたことは、初恋の彼女に会うことだった。

 

 彼がまだ中学生だったころ……、初恋の相手は、クラスでも人気が高かった。容姿はもちろんのこと、性格も非常にいいのだ。彼が中学に入学して少し経ったある日のこと。外は大雨だった。敦志は傘を忘れてしまい、ずぶぬれになることを覚悟して急ぎ足で家路を歩いた。すると後ろからパタパタと足音が聞こえる。


「敦志くん!待って!」

「……明美?」


可愛らしい傘をさしながら、彼女は敦志の前に立った。あまり話す仲ではなかったが、小学校から一緒の二人はお互いに名前で呼んでいた。それはこの二人だけではなく、幼馴染だった子はほとんど名前で呼び合っていた。だからこの二人が特別だったということではない。


「職員室でも傘借りれるのに、敦志くんったら何もささないで帰ろうとするんだもん。風邪ひいちゃうよ?」


そう言って彼女は、敦志に傘を半分さしてあげた。二人の距離が一段と縮まって、敦志の鼓動の音が彼女にも聞こえてしまうのでは……と心配になった。彼女は誰にでも優しくて、笑顔がとっても素敵だった。小学生のころから彼女の笑顔と優しさを見てきたけど、いつから気になり始めたのかは、敦志にもわからない。


「だって……面倒だったから。」

「じゃあ一緒に帰ろう。それなら敦志くん濡れないし。」

「うん。ありがとう。」


彼女に傘を持たせるのはさすがに気が引けると思い、敦志は彼女の傘の柄を取り、改めて相合傘をした。緊張しているせいなのか、雨の音のせいなのかわからないが、さっきから彼女の話す声が聞こえない。いや、聞こえるんだけどなんだか変な感じ。彼女の声のほうが聞こえるはずなのに、今は雨の音が静かで大きい。このまま時間が止まればいいのに……。敦志はこっそりと、そう思っていた。


あの日の出来事をきっかけに、敦志は前よりも明美のことを意識するようになった。彼女はいつもアイドル的存在であり、クラスの輪の中心でいつも笑っていた。あまり目立つ方ではない敦志にも積極的に話しかけて、笑顔を見せた。そんな彼女のことを他の男が放っておくこともなく、様々な男が彼女に当たって砕けていた。誰よりも輝いていて可愛い笑顔を見せる彼女は、意外にも彼氏を作らなかった。同級生の女は時々彼女のことを妬み、いやがらせをしている輩もいたようだ。それでも彼女の周りには男も女も集まった。無意識に放つ優しいオーラが、周りの人を自然に引き寄せるのだろう。


 彼女は成績も優秀で、部活動の吹奏楽も難なくこなし、先生からの信頼も厚かった。彼女のさらさらで長い髪は、いつも二つに結っていて、スカートの丈も長すぎず短すぎずの優等生であった。きっと周りのみんなから非常に期待されていたに違いない。そんな彼女は今何をしているだろう。どんな風に変わっただろう。それともほとんど変わっていないのだろうか。敦志は彼女に早く会いたい思いで、そわそわしていた。きっとそう思っていたのは、敦志だけではない。



「うそー!明美!?」


なにやら会場の外付近で女の甲高い声が響いた。女が「明美」と言ったことから、彼女が今到着したのだろう。しかし「うそー」という反応の言葉は何を意味するのか、敦志には想像もつかなかった。もしやとは思うが、おなかを大きくしていたらどうしよう…。いや、もうそんな歳だ。そうなっていてもおかしくはあるまい。敦志は必死に自分にそう言い聞かせた。


「みんなー、おひさー!」

「え!?明美!?」


その会場にいた人々がみな驚いた。敦志もその一人だ。明美と呼ばれる女は高いヒールを履きこなして会場にやってきた。テラテラと光るパーティードレス。昔の彼女だったらきっと似合わない柄であろう。白いファーがついており、セクシーに胸元があいたドレスであった。といっても胸元がおおっぴらに開いているので敦志には色気も感じ取れなかった。顔は真っ赤な口紅を塗っており、なんだかよくわからないカラフルなつけまつげをバッサバサとつけており、目元のシャドーもラメ入りでまぶしいほどだ。しかも紫色。髪の色は金髪で盛っており、爪は攻撃ができそうなくらいの長いつけ爪がついていた。

 敦志は呆気にとられ、しばらく開いた口が塞がらなかった。


「本当に明美なの?変わりすぎー!」

「あれからいろいろあってねー。イメチェンしたのよ。」

「超ギャルじゃーん。」


そう、彼女の今の姿は渋谷にいそうなギャルそのもの。その彼女の周りには男よりも、ギャル女たちが群がった。敦志は絶望した。今ここにいる超ギャルと呼ばれたこの女が、かつて初恋の人として憧れていた明美だったなんて思いたくもなかった。


「ねえ、明美タバコのにおいするー。」

「えー吸ってるの!?」

「うん。大学のときから吸ってるよ。」

「えーうそーやばーい!超うけるー!」


ギャル女たちが頭の悪そうな言葉を並べて彼女を褒めたたえる。敦志はここから今すぐに逃げ出したくなった。長い黒髪を揺らして、あの飾りのない笑顔で振る舞う彼女はどこにもいない。もうとっくの昔に消えてしまったのだ。卒業アルバムの中に閉じ込められてしまったのだ。


「あ、もしかして敦志?」


超ギャルと呼ばれた女が敦志の方へ向かってくる。最悪だった。こんな誰ともわからぬギャル女に話しかけてほしくはなかった。


「ひ、久しぶり。明美…。ずいぶん変わったね。」


敦志は震えそうな声で精いっぱい返事を返した。


「敦志は変わらないねー。」


そう言いながら敦志の体に触れてくる。いわゆるボディータッチだ。頭の悪そうな恋愛コラムの雑誌に、男を落とす方法などとうたって書かれてあった方法らしい。友人からこっそり聞いた。やめてくれ。あの純粋だった明美にそんなことをされたくない。全然嬉しくない。何かを企みながら俺に話しかけるのはやめてくれ。敦志は心の中でそう訴えたが、彼女にその気持ちが届くはずもない。


「私ね、中学のとき敦志のこと好きだったんよー。」

「え、何?同窓会でまさかの愛の告白?」


周りの女が騒ぎだす。今衝撃の告白を彼女にされたのだが、ただただショックしかなかった。本当に彼女があのときの俺を好きでいてくれたのなら、早くに告白すればよかったと後悔したのもつかの間、当の彼女がこんなにも荒れ果ててしまったのだから、告白しなくてよかったと安堵した。


「ねえ、今敦志フリー?」

「…そうだけど。」

「じゃあ明美と付き合おうよ!敦志も明美のこと好きだったんでしょ?」


敦志だけでなく、きっと同級生の男子はだいたいみんな明美のことが好きだったはずだ。だから敦志が明美のことを好きだったという事実は、風のうわさで本人まで届いたのだろう。


「ごめん…俺はずっと忘れられない人がいるから。」

「えー?明美じゃないのー?残念。ま、しょうがないかー。」


腕を組んでいた明美の手は、残念そうに自らほどいて別の男のところへ移動していった。

同窓会を楽しみにして来たはずなのに、まったく楽しめなかった。敦志は二次会にはいかず、早々に帰って行った。

敦志がずっと忘れられない人とは、もちろん中学時代の純粋な明美であった。そして彼が思う明美はもうどこにもいないのも、また事実であった。



END

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