紙ヒコーキ
あーあ、なんかだるい。数学なんてやってらんない。
高2ともなれば受験のことも視野に入れてきて、先生もクラスの皆も少しピリピリしてくる。
学校なんて退屈。
おもしろくもないことで笑って、空気読んで、将来使うのかもわからないこと勉強して。
早く帰りたい。
私の席は一番窓側。グラウンドは誰も使ってないから、人間観察という唯一の暇つぶしもできない。
澄んだ空を白い雲が流れていく。
「加奈ってさ、ハンバーガーのキッズセットのおまけみたいだよね。いつもあたしらにくっ付いてきてさ、話し合わせたり同じもの買ったりして。」
この前ずっと一応は友達だと思ってた人達に言われた言葉。
私がおまけの玩具ならあんたはポテトか!それともジュースか!
そう言ってやればよかった。
いじめられてたわけじゃない。
いつもと同じようにしてたつもり。
別について行きたくてついて行ってるんじゃない。
別に話し合わせたくて合わせてるんじゃない。
別に同じもの買いたくて買ったわけじゃない。
ただ、普通に平穏に高校生活を送れるようにしたかった。それだけなのに。
もう嫌だ。もう疲れた。もうやめちゃおうか、何もかも。
ふと視線を落とすと視界の隅で何か動いた。
何だろう?
グラウンドを挟んだ向こうにある第一校舎、その2階あたりに白いものがふよふよと飛んでいる。
蝶?・・・にしては少し大きい。何だろう?
あそこは確か、理科実験室。今はあまり使われてないはずなのに。
授業が終わり、理科実験室へと急いだ。
あの白い何かが消えてしまう前に、あそこに辿り着かないと。小さい頃のように心が踊っている。
ガラガラッ
・・・別に何も変わらない理科実験室。
そうだ。理科実験準備室はどうだろう。隣にある少し小さな、実験道具を置いておく部屋。
窓を開けてみる。が、あの白い何かは見当たらない。
消えちゃった・・・のかな。それとも見間違い・・・?
何かが変わると思ったのに。
戻りたく、ないな。次の授業、サボろう。
机に座る。窓からの風は少し冷たい。さっきまで忘れてた感情が再び沸き起こる。
でも今度は少し違う、なんだか悲しい感情。
昔はもっと、自分が好きなように友達と接していたのに。
深く考えないで、自分がしたいことをしたいようにして、自分がしてもらいたいことを友達にもしてあげてた。
楽しい時は思いっきり笑って、周りを気にしたりはしなかった。
なのに、今はどうしてそれができないんだろう。自分を作って、想いを殺して。
こんな自分、嫌だ。
頬を涙がつたう。
「なんで泣いてんの。」
声のした方へ振り向く。
実験室と準備室をつなぐドアに男の子が立っている。手には白いクシャクシャになった紙。
上靴を見ると緑のラインが入っている。ということは、3年生。
なんで3年生がこんなところに・・・。授業はもう始ってるはずなのに。
「3年生が授業サボってていいんですか?」
急いで涙を拭きながら聞く。
「いいの、いいの。あんなとこで勉強してたら息が詰まるから、気晴らし。それよりさ、なんで泣いてたの?」
そう言いながらその人は隣に座った。
言いたくない、けど誰かに聞いてもらいたい。自分でもよくわからない気持ち。
「あの、友達って思ってる人からハンバーガーのキッズセットのおまけみたいって言われたらどう思いますか?」
「何それ。おもしろいね。」
なんだか、あまり楽しくなさそうにその人は笑った。
「それって、どんなふうに言われたの?」
「悪い意味で、です。」
「ふーん、でも別にいいんじゃない?おまけ。」
「どこがですか。他のポテトやハンバーガーは単品でも売ってあるし、主要メンバーなのに、おまけは単なるおまけで単品じゃ買えない。それにコロコロ商品が変わる。」
「だからこそでしょ。そのキッズセットを買わないと貰えない。コロコロ変わるから、欲しければその期間内にキッズセットを買わなきゃ手に入らない。それってすごく貴重じゃない?」
「そんなもんでしょうか・・・。」
「それに、そのおまけ目当てにキッズセット買う人だってたくさんいる。ってか、おまけがメインみたいなもんだよ。おまけは一つの楽しみでもあるし、今となってはおまけあってのキッズセットだろ。」
その人は手に持ってたクシャクシャの白い紙を広げる。
たくさん折り目がついてる。それをもう一度、その人は折っていく。
「考え方次第でさ、変るんだよ。自分が想いたいように受け止めればいいんだよ。」
自分が想いたいように。昔みたいに。
「見てて。」
腕を上げ、その白い紙を窓の外へ飛ばす。それは風にのって、空を泳いでいく。
「紙ヒコーキ。」
「そう。いろいろさ、もやもやしてるものをこれに乗せて飛ばすんだ。ま、落ちたのは後で取りに行くんだけどね。」
そうか。私が見た白い“何か”は、紙飛行機だったんだ。
「受け止められる余裕ができれば、それを拾いに行けばいい。」
「私も、飛ばしていい?」
「もちろん。いっぱい、飛ばせばいい。気が済むまで。」
いろんな形の紙飛行機を作った。
中にはすぐ落ちていったり、ものすごいスピードで飛んでいったり、遠くへ遠くへ飛んでいくものもあった。
いっぱいいっぱい飛ばした。なんだか心がずいぶん軽くなった。
また飛ばしに来よう。それもたくさん。そして拾いに行こう。その時は、この人も一緒だといいな。
そういえば、名前聞いてない。
「あの、良ければ名前教えてください。」
「あ、そういや言ってなかったね。俺、広瀬知希。ちなみに3年8組。」
「私は2年6組の遠山加奈です。」
「また、来るよね。」
「はい。」
退屈な日々が変わり始める―――。