第3話 話をしよう───【上】
ピィー、と甲高い音が鳴る。
薬缶の湯が沸いたようだ
のそりと腰を上げ、“3人分”のコーヒーを準備する。
「あ!私ミルクたっぷり砂糖3つで!」
「お姉さんはブラックで良いよ〜」(優しさ)
「知るか!ガムシロで我慢しとけ!」
十分な広さはあるが、いつもの3倍の人口密度を誇る室内は、かなり手狭に感じてしまう。
それは単純に1人だったのが3人に増えたからなのか、増えたのが見た目だけならマトモな女子2人だからなのか…
「後者はありえねえな」
ボヤキながら、安物のマグカップにコーヒーを注ぎ、やや乱暴に2人の分を置く。
押し掛けてきたような連中に、接待だなんだのは期待しないでもらいたい。
「態々ミルで挽いてたからもしやと思ったけど……君、凝り性?」
「自家焙煎で女の子にコーヒーを淹れるなんてプレイボーイだねぇ〜」(嘲笑)
「うっぜぇ……」
何故か……そう、何故か爆弾女まで我が家にいる。
金髪の押し掛けに根負け────もとい、冬の野外で問答を続けるのが馬鹿らしかったので、仕方なくこの車に付いてくるのを許した訳だが……
「で、何でお前までいるんだ」
「人払いしてたゴメっちが気絶して野次馬が集まってきたんだもん。正義の味方は悪戯に無辜の民たちを危険に晒さないんだよ?」
「あーハイハイ」
俺も無辜の民とやらに入っていいと思うんですケド…
声に出さず愚痴りながら考える。
あの時、投石した先のビル内部には、やはり人払いをしていた奴がいたのだろう。
となると、爆弾女が我が家に押し掛けてきたのは自分の所為だという見方が出来なくもない。
が、それにしてもである。
「何でここまで付いてきたんだよ」
「私の勘が囁くのさ、貴方という悪党と魔女姉を一緒にさせてはいけないと…!」
往年の熟練刑事のようなポージングをしながら、ちょっといい声で爆弾女は答える。
悪党…まあ、別に自分を正しいなんて思っているわけではないが、これといって犯罪を重ねているわけでもないのに悪党呼ばわりは心外だ。
というか────
「何、お前ら面識あんの?」
「魔女姉は能力者全員と会ってるらしいよ〜」
「お姉さんは魔女だからね、何でも知ってるのさ」
「ほーん」
「信じてないなっ!?」
信じるも何も、物証はないし状況証拠は未確認だし、ひたすらに怪しいしとても胡散臭い。
ハイエースから降りてきた覆面の小太り中年が挙動不審に幼児に声かけながら「いや自分はそういうのじゃないんで!」と声を荒げてるようなもんである。
暖房の前を陣取り、椅子に腰掛ける。
この位置なら何かあったとしても逃げることは可能だろう。
最悪、愛執ある我が家を放棄するぐらいは覚悟している。
「そんで、早く本題に入れよ」
「あ、それそれ!私もこのお兄さんのお話聞きたい!」
「いやお前は帰れ」
「お兄さんなんか私にだけ冷たくなーい!?」
思わず額をつまむ。
自分の過去を他人に語られるだけでも恥ずかしいというのに、それをまた別の他人にも聞かれる俺の、言い知れぬ心情を察してほしい。
そんな胸中は知らぬ存ぜぬと言うように、爆弾女は炬燵にしがみ付いて徹底抗戦の構えを見せる。
ケラケラ金髪が笑っている。
ああ、イライラする…
「まあまあ燈矢くん、彼女とは口論するだけ無駄だよ。“こう”と決めたらテコでも動かない子だから」
「さっすが魔女姉わかってる〜♪」
「じゃあ早く語ってさっさと帰ってくれ…」
横を見てみると、項垂れたような姿勢の“影”が在る。
どうにも、影と俺の感情は相互で繋がっているらしく、一度こいつを暴走させると、しばらくの間、俺自身もイラつきが諦念として鎮火してしまうらしい。
実感はないが、普段なら何かしらの行動を起こす影が、今はピクリともしない…
それを教えてきたのは、目の前でニヤついたアホヅラを晒す金髪なので、イマイチ信憑性は低いのだが……
「どこまで話す?燈矢くんがまだ幼かった私をめちゃくちゃにしたところまで?」
「デマを!流すな!!」
前言撤回、信憑性は低いんじゃない0だ。
「大体、お前とはさっき初めて会ったばっかだろうが」
「そうなの、お姉さん燈矢くんに初めてを奪われたの…」
「わーお兄さんサイテー」
こめかみを押さえる。
有りがちなポージングで、演技じみた体勢になっているが割と本気で頭痛を感じた。
女が3つで“姦しい”と言うが、今この状況よりも鬱陶しいのだとしたら最近はやりのライトノベルだとかで女に囲まれて生活してる主人公に同情してしまう。
読んだこともない小説の、設定さえ知らない主人公に、手前勝手な同情をしたところで何の意味もないのだが、ストレスからくる頭痛に苛まれた自分には幾ばくかの効果があったようで、少しだけ心に余裕を持てたような気になれる。
「──さて、与太話はこのぐらいにして、本題に入ろうか」
「そうしてくれ…」
幸い…と言うのは些か不服だが、金髪の口調が胡散臭いものから一般的な喋り方のソレに変わった。
こちらの心情を察してか、それとも何か期限でもあるのか、金髪の態度はどこか焦っているようにも思えた。
「じゃあ、2人を過去へご招待といこうかな」
唐突に、だが自然な動作で
そうするのが当然のように、目の前の魔女は世界を“塗り替えた”
木とステンレスに囲まれた車内はどこへやら、雪の吹き荒ぶ冬の季節さえ置き去りに、まだ桜の蕾が残る初春の夜へと、時間が巻き戻った。
ああ、どうやら
「ほんとに知ってるらしいな」
怒気と懐かしさが綯い交ぜになった声は、どこからかくる得心がやけに平坦なものにしていた。
───忘れる筈もない。
あの日、自分という存在が、異質だと気付かされた日は、こんな風に桜の蕾を焼く炎に彩られていた。
誕生を祝う蝋燭のように、生贄を捧げる燭台のように、炎に包まれた幼子は嗤われていた。