プロローグ
人間とはどうしようもない勘違いをする生き物だ。
たった今鳴っている鐘の音を数えることもせずに、後になって『さっきの鐘は何回鳴っただろうか?』と馬鹿な事を言い出し、そして虚ろな記憶を頼りにして『確かに五回だった』と勝手に納得をし、それを経験と言い張るような誤謬を犯す生き物だ。
ただただ漠然と今を生きて、何も蓄えずに無為に浪費していく。結局の所、木の枝に刺した蛙の場所を忘れてしまう百舌鳥と人間の記憶力には大きな違いなんてないのだと思う。都合の良いことも悪いことも忘れて、都合の良いことも悪いことも脚色して、都合の良いことも悪いことも覚えずに、都合の良い過去と都合の悪い未来の区別もなく生きている。
少なくとも私は過去に何も学んでいなかった。その癖に、未来は過去の延長だと勝手に思い込んで何かに備えようなんて考えもしていなかった。
そのことを思い返す度に、悔しさに涙をする。
どうして私はあそこまで無知でいられたのだろうか? 何故あんなにも大切なことを忘れてしまえていたのだろうか? どれだけ私は愚かなのだろう。
しかし記憶力なんて物が私にあったとしたら、幸福であれただろうか?
過去を見つめ、現実を受け入れ、未来に価値を見出せなくなった私は幸せだろうか?
間違いなんて何一つ認めずに忘れてしまって、都合の良い事実だけを現実と認めて、嘘を真実だと思い込んでいたあの時の方が私はよっぽど楽しかった。真実よりも現実よりも、甘く優しい幻を追い求め続ける方がどれだけも楽しかった。
価値よりも無価値を愛するだなんて、本当に自分は何処までも救いのない人間だ。
私自身の愚かさは本当にどうしようもない。
そして涙が枯れた頃には、自分の愚かさとそんな後悔すら忘れてしまう。
あはは。
もしかしたら、元々人間には記憶力なんてないのかもしれない。
だから皆、幸せそうに笑えるのだろう。
私も笑えるだろうか?
私達よりも狭い視界をより深く見つめているあの彼は、だから笑わないのだろうか?
ま、やっぱりこの疑問もその内に忘れてしまうに違いない。
忘却こそが私達の救いだ。