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第7話 ポイポイブーブー

 バイトが終了した伊藤は、すぐさま帰宅の準備を始める。


 はやる気持ちを抑え、まるで恋人にでも会う約束をしているのかの如く、歩く速度は早まっていく。


 そう、待っているのは美人秘書ナタリー。



「いやいや、違う!」



 そう、待っているのは『住むシティ』シリーズ最新作にして最高傑作と思っている街作りシミュレーションゲームだ。


 気温はそこまで熱くないというのに、速足で歩いたせいか、若干額に汗がにじむ。家に着くなり、うがい手洗いもそこそこにまっすぐPCデスクに座る伊藤、いや、伊藤市長。


 PCの電源を入れ、アイコンをタップしゲーム起動を待つ。さすがの最新SSDは起動が早く、ものの数秒でスタート画面が表示される。


「おっと、やっぱ最初からVRモードでやるかな」


 VR対応の『住むシティ』は通常モードオンリーでもプレイできるが、ヘッドマウントディスプレイを装着すると、VR空間での街づくりが可能だ。


「おかえりなさいませ。伊藤市長!」


 非常に丁寧なお辞儀をして、まるでメイドのような挨拶をするナタリーが登場し、「ちょっとこれマジで街づくりゲームかよ」と思ってしまう感情を抑える。


 なぜならお辞儀をした時に、ピシッとしたクールなスーツの胸元が非常にけしからん映像なのである。


「お、おう。ナタリー。さっそく街づくりを始めるぜ!」


「かしこまりました。それでは何から始めましょうか」



 バイト中にいろいろと妄想していた伊藤市長だが、いざゲームをプレイすると何から始めようか迷ってしまう。


 と言っても、嫌な気分はしない。あれもやりたい、これもやらなきゃ、どっちかというとワクワクしてしまうほどの贅沢な悩みの部類だ。


「そうだな、電気、上下水道と整備したが、次はゴミの問題を片付けようかと思う」


「ゴミ問題ですね、ではゴミ処理系パネルをご用意いたします」


 ナタリーがそう言うと、ゴミ処理施設系パネルが開かれるが、ほとんどがロックされていて、1つしか選択できない状態だ。


 『住むシティ』は人口の増加や特定の条件を達成しないと建てる事ができない施設が多々ある。おそらくゴミ処理施設はいろいろと条件が必要なのだろう。


「ふむふむ、現状で設置できるゴミ処理施設は、ゴミ収集所のみか。確かこれはゴミを集めるだけ集めて、収集所の土地にゴミがいっぱいになったら溢れてしまうっていう類のものだったよな」


「はい、その通りです、伊藤市長。ゴミ収集所は結局は一時しのぎですので、収集所にゴミが溢れれば、また新たに収集所を建設するしかありません」



 初期のゴミ問題は、スム達の人数も多くないので、ゴミ収集所の建設のみでしばらくは対応できそうだが、最終的には他の処理施設が必要になる。


 おそらくある程度の知識がある人は、ゴミ処理施設には他にもゴミを燃やしたり、リサイクルしたりといくつかの施設が思い浮かぶだろうが、今はロックされていて使えないという状況のようだった。


「ま、それしかないんだったら、それをするまでよ!だよな?ナタリー」


「ええ、そうですね。ただ、実はもう一つ奥の手があるのですよ、ふふふ」



 ドヤ顔とまではいかないが、ちょっと自慢げにニヤっとして顔を近づけるナタリーに、伊藤市長はまたもやクラクラしてしまう。


「な!もったいぶる必要ないだろぉ……」


「う……失礼しました。いつも知識が豊富な伊藤市長に私なんて必要あるのかと不安だったもので、つい、嬉しくなってしまいまして……」


「ひ、必要に決まってるだろー!…ってそんな事は良いから、奥の手も教えてくれよ」


 なんという、男心をくすぐる対応をしてくるのだろう。『住むシティ』って女性もプレイする割合が多いって聞くが、女性プレイヤーだったらやっぱりイケメン執事……、いや男秘書になったりするんだろうかと、思考をめぐらせながら焦る伊藤市長。


「はい、実は隣接する街などにゴミ処理をお願いするという手もあるのです」


 ナタリーが言うには、文字通り、伊藤達が作っている街の範囲外にある別の街にゴミ処理をお願いするという事である。

 ただし、やっかいなゴミを押し付ける事になるので、無料というわけではない。月々決まった費用を払ってゴミ処理をお願いするのだ。


「なるほどな、まぁ今はお金に余裕があるわけではないし、それはあとで考えるとしよう」


「はい、そうですよね。余計なアドバイスだったようで、申し訳ありません」


「いやいやいや、そんな事ねーよ!ゴミ処理をお願いすることができるって事は、逆に金を貰ってゴミ処理を請け負うって事もできるんだろ?」


「もちろんでございます!さすがは伊藤市長、理解力が素晴らしいです!」


「まぁな、い、伊藤さんだからな……。っていうわけで色々シミュレートする楽しさを教えてくれたんだから、すげぇ助かってるって!」


「そうですか~?それならいいですが……。ありがとうございます!」



 悩めるナタリーをフォローするというゲームプレイもお手の物の伊藤市長は、早速ゴミ収集所を設置する。


「ゴミ収集所も騒音や異臭、空気汚染とか、公害を発生させるはずだよな」


「はい、そうです。住宅地域から離した方がいいですね」


 ナタリーの返答に「だよな」とつぶやき、南の山の近くにある工業地区地帯に隣接して、ゴミ収集所を建設した。

 南の山周辺は、火力発電、工業施設、ゴミ収集所と、かなりの公害を引き起こす地域となっているようだ。


「この辺やべーな!においとか、空気汚染とか、かなりひどいんじゃねーか」


「確かに……。しかし初期の街づくりには工業地区は絶対に必要です」


「だよな、予算パネルを見ると工業地区からの法人税が半端ない収入になってるぜ、これは目をつぶるしかないのかねぇ……」


「伊藤市長、効果があるか微妙なところなのですが、公園設置も周辺スムや地域で働いているスム達の幸福度を上げ、若干ですが汚染を和らげる効果があります」


「おお!公園な!忘れてたぜ。公園は住宅地域に多めに立てると幸福度が上がって、地価が上がるっていう仕様だったと思うが、そんな使い方もあるんだな」


 『住むシティ』のプレイヤーたちは、たかが公園とあまり重要視していない事が多い。だが、実は公園の効果は非常に重要度が高く、コアプレイヤーの中には、公園を初期のころからどんどん建てるべきと推奨する人もいる。

 幸福度とはスム達の隠しパラメーターのようなもので、実際の数値としては見えないが、ゲームの進行度にかなり影響する。


 幸福度が高ければ人口の増加率が増えたり、ちょっと税金が高くても我慢してくれたり、教養の高いスム達が増えていったりと良いことだらけだ。


 その効果もあって、幸福度が高い地域の建物は非常に質の高い建物や、高級商業施設などが発生する事がある。


 公園の効果はよくわからないと初心者プレイヤーは思う事があるが、公園パネルを開けば効果が不明にもかかわらず、たくさんの種類の公園が選択できるのだ。

 つまりそれほど公園の効果は大事ということなのだろう。


「よし!適当に公園を設置しちまおうぜ!」


「はい!適度に設置しましょう!」



 ゴミ収集所、公園を設置した後、伊藤市長は街を眺める。


 ゴミ収集所からはゴミ収集車が出発し、道路を駆け回り、また収集所に戻ってくる。


 ゴミ収集所にはほんの少しずつ、ゴミが溜まっていくようなエフェクトが見える。



「あぁ~~~~。なんか楽しいな!ゴミ収集車がちまちま動いて街の中のゴミを集めてくれてるよぉ~」


「そうですねぇ、見ているだけで、ほんわかウキウキ楽しいですねぇ」


「やっぱこれが『住むシティ』の醍醐味だよな、一番の楽しさというかさ」


 そう言いながらきらきらとした目で街を眺める伊藤市長の横顔を、非常にうれしそうに、そしてなんとなく優しい眼差しで見つめるナタリーがいた。



「さぁ、伊藤市長!次の開発は何をしましょうか?問題は山積みですよ~」



 ぐっと気合いを入れるような仕草をした後、問題は山積みというあまりよろしくない状況に反するように、楽しそうに伊藤市長に尋ねるのだった。


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