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第6話 話題のワンオペ

 1月になり、決算が行われ税収が入った。画面左下の所持金は大幅に増えていた。決算画面などで予算の詳細が表示されるのかと思っていたが、特にそのような事はなく1月になった瞬間に数字が増えただけだった。


「伊藤市長、今期も私を雇っていただけますでしょうか?」


 ナタリーが改まって発言をする。


「何言ってるんだよ、当たり前だろ?俺にはナタリーが必要だぜ?」



「え、あ……、ありがとうございます。それでは延長契約ということで」


「なに?秘書も期間契約なのー?」


「はい、そうでございます。契約を更新しなければ秘書は無しで進めるか、新たな新しい秘書(おんな)を雇うかでございます」



「新しいオンナって……。そんなはずがないだろう!まだ他都市の視察の約束も果たしてないのにさ」


 伊藤市長がそう言うと、ナタリーはちょっとはにかんだ笑顔を見せて、ありがとうございますとだけ言った。


 ナタリーはスケジュール帳のようなものを手に持ち開いて、何やら予定を記載しているようだ。


さて、エゾシカ市の収支は極めて順調であった。


 人口もどんどん増え、工場地域、商業地域にも建物がニョキニョキと建設されている。


「伊藤市長、そろそろ再度住宅区か商業地区などに視察に出かけた方がよいかもしれません。新たな問題が発生していそうな予感がいたしますよ」



「……」



「あの、伊藤市長?」



 ナタリーが呼びかけるが伊藤市長から返事はなかった。


「伊藤市長?」



 まるでロボットのように繰り返し、名前を呼ぶナタリー、心なしか呼ぶ声や表情も不安げになっている。


「ンゴッ!」


「え、いかがなさいました?伊藤市長」



 急に立ち上がり奇声を上げた伊藤市長だが、どうやら居眠りをしていたようだ。


「俺とした事がネオチしてたぜ」



「良かったです。急に無視されたので何か気に障る事をしてしまったのかと思いました……」


 両手を組み懇願するようなポーズで見つめてくるナタリーに伊藤市長は一瞬ドキっとしたが、ふと時計を見ると都市開発を始めてから既に6時間は経とうとしていた。


「なに!?もう6時間もやってるのか……!?」


「確かにそうですね、しばし離れ離れになり少し残念ですが、体調を崩してはいけません。お休みになられる事をお勧め致します」


「お、おう。なんか寂しいな」


「伊藤市長!大丈夫です、ランチャーをポチっとするだけで、また楽しい時間がやってくるのですから、休憩いたしましょう。私達はいつでもすぐに会えるのですから」


 再ログインを促す戦略的プログラムだろうと心の中ではわかっているのだが、どうもこのナタリーの可愛さにはいちいちクラっとくるから困ると内心思いながらも、気を取り直して住むシティからログアウトしようと決めた。


「OKだぜ、ナタリー、ログアウトを頼む。実は今日夜はバイトなんでな、そろそろ落ちるわ」


「畏まりました。お疲れさまでした。またお会いしましょう」



 するとすぐに画面は暗くなり、ディスプレイから住むシティの画面が消え、通常のデスクトップ画面に戻ったのだ。ちなみに、落ちるというのは、オンラインゲームやVRゲームを終了し現実世界にもどるという意味である。


伊藤はPCから住むシティのディスクを取り出し電源をすぐに落とす、ヘッドマウントディスプレイやPC周辺機器、ディスクのゴミなどを片付けたあと、ベッドに転がる。


 スム達の暮らしぶりや秘書とのやり取りを思い出し、ゲームの余韻に浸りつつ、今後のエゾシカ市のシミュレートや秘書との関係を妄想していると、いつの間にか眠りに落ちたのだった。


 しかし、眠りに落ちるという表現をゲーム用語に照らしながら考えると、ゲームの世界からのログアウト、そしてすぐに現実世界からログアウトと、この一連の流れはなんとなくちょっとしたクライシスさえ感じるのだった。




 伊藤が起きたのはバイトの2時間前、いつもギリギリの通勤になる彼の行動からすれば、今日は明らかに余裕がある。


「大して寝てないのにスッキリ起きれたし、まだ何か興奮している気がするぜ」


 まだゲームの興奮が冷めないのか伊藤の身体は覚醒状態であるらしい。


 ゆっくりとベッドから起き出し、バイトの準備をする。

 準備と言っても夜のコンビニのバイトだから何をするってわけではない。歯を磨いて服を着替えて、髪を整えるくらいだ。


 小腹がすいたので冷蔵庫にあったシリアルを食べる。ちなにみシリアルに牛乳をかけるのではなく、加糖されているヨーグルトをかけるのが彼の食べ方だ。


「うまいんだなこれが」


 どこかで聞いた事のある台詞の真似をするが、誰も聞いてはいない。


 さらに、君たちも騙されたと思ってやってみるがいいよ、と誰に勧めているのか独り言をつぶやく。


そんなこんなで、一人遊びをしながら、準備ができたのでバイトに出発する。


「おはようございまーす」


 もう夜だと言うのに、この出勤の挨拶はなぜ「おはようございます」なんだろうと思いながらも勤務交代するスタッフに挨拶をする。


 伊藤のコンビニバイト歴は長い。


 もうかなりこ慣れたもので、基本ワンオペである。


仕事をしている時にも今日は住むシティの妄想が広がる。


(最近のレジの機能は本当に多機能だが、こういう技術革新はきっとスム達の教育水準が高くないと起きないんだろうな、やはりまずは学校施設の建設を急がないとだめかな)


 外を見てみると、通りにバスが通り過ぎる。


(公共交通機関もなければな、いつまでも徒歩で通勤は厳しいだろう、だからと言っていきなり鉄道や地下鉄は資金が足らない、バスを走らせるかな)


 バスは、公共交通機関のなかでもっともコストを抑えられ、現状の低所得スム達にとっては、運賃も安いのでかなりの利用を見込めるので黒字化もたやすい。

 鉄道は建設する土地の問題もあるし、地下鉄はコストが高すぎる。


 しかし、交通機関の整備はロマンがある。のちのちは新幹線を通らせるなど夢は膨らむばかりだ。



 さて、都市開発の構想はどんどんと進むが、バイトはまだまだ終わらない。

深夜だからかガラの悪い客も来る。上下汚い色のスウェットを着たDQNカップルが来店し、ビールやツマミ、タバコなどを買っていく。


「ありがとーざぃましたー、またお越しくださいませぇー」


(ナタリーとは正反対だな!ビシっとしたスーツを着こなし、しっかりとした態度と言葉遣い、そしてたまにくだけた感じの笑顔や言動もまた可愛いだなー)



 そんな事を考えていると、今度は男DQN集団が来店する。


 彼らは大声で叫んだり、喚いたり、笑いながら、店内を物色する。

 酒を大量にカゴに入れ、レジに向かう。


「なー店員さん、いいポン(しゅ)売ってねーの?栗田兆寿とかさ~」


「申し訳ございません。当店ではお取り扱いしておりません」


「置いといたほーがいいぜー、今度オーナーに言っときなよー」


 などと意味のない絡みをしつつ店を出て行った。


 店を出たと思っていたのだが、奴らは店の前で路上酒盛りをしていた。

 とにかくギャーギャーとうるさく、最悪な客たちであったので、さすがの伊藤もブチきれそうになっていた。



 おもむろに店のドアを勢いよく開けると、座ってだべって酒盛りしているDQN達に向かい、叫ぶ。


「てめぇら。常識を考えろ!迷惑なんだよ!親が泣くぞ!?」


 今は市長をしている威厳か?なかなか迫力のある行動だ。


「あぁ?兄ちゃん、コンビニの店員の分際で何言ってやがる?」


 しかし、そんなので黙って解散するDQN達ではない。

 一番体格のよい顔面凶器のような男が食ってかかる。

 それでも伊藤は……。


「あぁ!うるせぇんだよ!俺を誰だと思ってる?……俺は」





 そこまで妄想したのはいいが、どう考えても武勇伝になりそうにないなと思い妄想を中断する。

 結局、誰だと思ってる?って言ったって、コンビニ店員の伊藤さんだぞ?で終わりなのである。



「あー、早く帰って住むシティやりたい、市長に戻りたいよぉ」


 ただ、それ以降はバイト終了時間までとくにやっかいな事件が起こる事もなく、平穏なワンオペ勤務が終了するのであった。

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