第5話 お金がない
伊藤市長がさっそく上下水道施設の欄を表示すると、目の前の画面は上下水道管マップになった。
地上が透過され、地下が見えるようなエディタ画面である。
「ほう、地下が透過される画面はなんかカッコいいな」
上水道施設を開き一番建設コストの低い給水塔を選択、こいつは地下水脈から水をくみ上げる施設だ。
地下水脈マップが表示されるが、地下水の豊富な場所は濃い青色をしている。
「やはり山の近くの方が、地下水は豊富だな」
「はい、山からの湧水なども含まれておりますので」
「普通に考えて南の山の近くに給水塔は建設できないな、西の山の麓にする」
西の山の麓にひとつ給水塔を設置した。
南の山の近くは既に工業地帯になっており、おそらく地下水がかなり汚染されているだろう。
汚染されている水を給水塔から各家庭に配水すれば、病気が蔓延する事間違いなしなのである。
「さすがです、伊藤市長。南の山の地下水はもう既に水質汚濁が始まっております」
ナタリーは指で画面をスライドさせると、公害マップの水質汚濁の項目を表示する。
確かに、汚濁レベルを表す色はちょっと橙色っぽくなっている。
汚濁レベルが上がると赤に近くなるのは、住むシティシリーズのお約束である。
「だろ?工業地帯は水質汚濁を引き起こす。その地下水をくみ上げるなんて俺がするわけがねぇ」
それから、給水塔から配水管を住宅区、商業区、工業区にまんべんなく行きわたらせる。
配水管を通って水のエフェクトが、各地域にゆっくりと移動するアニメーションエフェクトが表示されるのだが、これもまた見ているだけで心地いい。
次に排水、下水施設を表示する。
下水施設は下水処理場、それ一つのみである。おそらくこれを設置し、稼働率などの運用コストを調整して費用面をシミュレートするのだろう。
「ナタリー……」
「はい、いかがなさいましたか?伊藤市長」
「下水処理場と下水配管を整備したら、お金が無くなる。というか足りないんだが」
「畏まりました。それでは下水施設はまた今度にしましょうか?」
近代的で衛生的な条件として下水の整備は急務なのだ。そして、これから生まれるであろう新しい命が取り巻く「あの」環境は、あまりにも厳しい。
伊藤市長は、あの夫婦の状況を思い出していた。
江戸時代でさえ、トイレは汲み取り式だったと言え、生活排水においては下水設備が整っていたという。
今から作るのは近代的な街だ。
下水設備でケチるのはいかがなものであろうか。
「ナタリー、思い出してみろ……。あの夫婦を!これから生まれるであろう新しい命を!彼らにより良い環境を作ってやろうとは思わないのか?」
「伊藤市長、本当にお優しい方なのですね……」
ナタリーは目に涙を浮かべる。
「はい、それではお金を借りて作っちゃいましょうか」
「しゃ、借金だな。OK、望む所だぜナタリー!」
ナタリーは予算画面を表示させた。
予算画面には現状の様々な公共施設の維持費と税収が記載されていて、収入と支出が一目でわかるようになっている。
良く見てみると、エゾシカ市は現状黒字であった。
工業区域における法人税と住宅からの市民税や所得税などが、かなり高い。
と言っても、支出面が極めて低い事が原因で、道路や発電施設、今さっき作った浄水施設の維持費くらいしか支出がないからだ。
「よし、さっそく借金するか。銀行にでも借り入れすればいいのか?」
「畏まりました。今作は地方債、市債を発行する事になります」
「債権発行か、なかなかリアルだな」
「現在エゾシカ市の収支は黒字でございます。この状態で債権発行は無理のなく計画的な政策の一つと言えるでしょう」
ナタリーは税収のところにあるとあるボタンを指さす。
そこには市債発行の文字があった。
「んじゃドーンと発行しちまうか」
市債発行ボタンをタップし、金額を500,000Cにする。
すると予算が一気に増えた。
「イケイケじゃい!下水処理場に配管を整備するぜ」
「畏まりました。伊藤市長」
下水処理場は南北に流れる大きな川の下流(北側)あたりに設置する。
「処理するとはいえ、サラッサラの水に戻るわけじゃねぇからな。とりあえず街から離れた下流あたりに設置するぜ」
その後、排水管も全地域に行きわたらせると、いかにもドロドロだろうと思われるドス黒い水エフェクトが各家庭から排水管を通って下水処理場に向かうのアニメーションエフェクトが表示される。
「地下画面はこの配管エフェクトがなんとも言えないな」
「そうですね、インフラの整備ってとても楽しいですね!伊藤市長」
素人にはわからない感情なのだが、伊藤市長とナタリーはインフラ整備の快感を二人で噛みしめていた。
余談ではあるが、伊藤市長は下水のインフラに下水処理場を最初に建設したけれども、実は排水管のみでも大丈夫なのである。
排水管を直接川や海に繋げ、下水を垂れ流しにするという方法もある。もちろん、水質汚濁は広がるが初期の人口であれば自然の浄化効果で問題なかったりするのであった。
「さて、通常画面で街の様子を少し観察しようか」
「畏まりました、伊藤市長。画面を移動します」
画面が通常画面になり、市民の様子や建物の建設状況がわかるようになる。
すると、早速上下水のインフラ効果が表れたのか、住宅区にアパートのような建物がニョキニョキと建設される。
「おい!ナタリー!アパートだよ!集合住宅だ!」
タップしてみると、「小さなボロアパート」と表示される。
「わぁ!上下水のインフラは流石ですね、小さくとも集合住宅が建ちますと、人口が一気に増えますので税収が安定しますね」
「工場地区がすげぇぞ!隙間がほとんどなく工場が建設されてるぜ」
工場地区に設定した場所は隙間なく建物が建設され、ものすごい煙エフェクトを吐き出している。また、ちらほら車が道路を走っており、通勤手段に自家用車が登場しているようである。
「一気に近代的になるなぁ、ただ工業地区の大気汚染はすごそうだな、通常画面でもスモークかかってる気がする」
「はい、低級の工業施設の大気汚染は凄まじいです。今すぐ被害があるわけではありませんが、いずれ何かしらの被害が出てくるものと思われます」
大気汚染の被害と言ったら、病気と地価の低下、住民の苦情つまり幸福度低下だろうか。とりあえず貧乏スム達しかいないので伊藤市長はスルーする事にした。
すると突然、花火が画面上に打ち上がる。それはかなり綺麗で盛大だった。
「おお、さすが大画面空間ディスプレイは迫力あるな、綺麗な花火だぜ。って何事だ?」
「おめでとうございます、伊藤市長」
ポカンと口を開けている伊藤市長の前に、いつの間にかバラの花束を持ちこちらに微笑みかけるナタリーがいた。
「人口3,000人突破しました!おめでとうございます!」
「おお、まぁ当たり前だぜ。だが一気に10倍に増えたな!」
「それでですね、伊藤市長。人口増加により役場がアンロックされました。早速建設致しますか?」
「役場なかったのかよ……。OK早速設置しようぜ」
「畏まりました。場所はどこがいいでしょうか?」
そう言われると、当然のごとく伊藤市長は街の中心に画面を移す。
商業地区のど真ん中、現在はちょっとしたスーパーマーケットが建っている場所を指さした。
「100%ここだな、ここしかありえん。街の中心に俺のオフィスがあるって言う事だ」
「はい、畏まりました」
直後、スーパーマーケットは一瞬で瓦礫となり、一瞬で町役場として生まれ変わった。
町役場は、周りにブーイングする市民の声、拍手する市民、生卵を投げる市民、クラッカーなど歓迎する市民と色々なスム達に囲まれてスタートしたのだった。
「伊藤市長、町役場が建設されましたので、今後VRで街に視察に行く場合は、市長室からスタートする事になりました。また、通常画面時にヘッドマウントディスプレイを装着すると、周りが市長室に変化し、建設作業なども市長室から行えるようになり、よりリアルな街作りを体験できるようになりました」
「そ、そうか。市長室にナタリーと二人きりという状況になるのだな?」
「ええ、その通りでございます。何か?」
「い、いや、なんでもない」
そう言って、ヘッドマントディスプレイを早くも装着し街作りを開始する伊藤市長なのであった。
「あ、伊藤市長。そろそろ決算の時期がやってまいりますよ」
「あぁ、決算は4月じゃなくて1月なんだな」
ナタリーがそう言ってカレンダーを表示すると、月の部分が12月になっていた。
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