第4話 あるスムの一日
ここはエゾシカ街のとある住宅区。
今日も朝日が昇り一日が始まるのだ。
雨漏りが絶対にひどいであろうトタン屋根が特徴の小屋の中では、朝食をとっている夫婦の姿がある。
見た目的には中年夫婦のように感じるが、実際は若い夫婦らしい。
今日の朝食のメニューは、堅いパン、味のないスープ、牛乳にリンゴだ。
「はぁ、いつも同じメニューじゃ飽きるし精がつかないな」
灰色の作業着を着た夫の方がため息をつく。
「一体誰のせいだと思ってるんだい?大した稼ぎもないくせに毎日毎日仕事が終わったら、飲み屋に行っては無駄使いして」
夫は南の山の麓にある部品工場に日払い労働者として働いているが、仕事が終わったら街にある居酒屋で一杯ひっかけるのが日課だった。
「しかたがねぇだろうが、この街には娯楽という娯楽がないし、家に帰ったってやる事ねぇから寝るだけだ」
それを聞いた妻の方は、すごい形相で夫を睨み、テーブルに置いてあった台拭きを投げる。
「痛ッ、何すんだよ?」
「うるさいね、この街には水道がないから、水は井戸から地下水を汲みに行かなきゃならないし、ゴミ捨て場もないからゴミを埋めに行ったり、再活用したり、やる事は山積みんだよ!少しは手伝いな!」
夫は逃げるように食器を台所に置き、出勤の為に家を出た。
「ふぇ~怖ぇ怖ぇ。一緒になった当時はもっと優しい女だったんだがな」
夫の勤め先まで自宅から歩いて1時間半もある。
自家用車なんてあるわけないし、鉄道や地下鉄、バスも走っていないから、結局彼は歩くしかない。
だが、ここら辺に住んでいる人々は大抵そんなもんだ。
彼が歩いていると、道端には浮浪者と思われる男性が座っていて、物乞いをしている。
見慣れたもんだ。
この街の雇用はまだ少ない、彼には日雇いと言えども職があるのは恵まれている。
彼はポケットから1枚の貨幣を出し、浮浪者に投げる。
「良い一日を、死ぬなよ」
「旦那、ありがとうございます。ゴホ、ゴホ」
道端に座っているその男性は、苦しそうに咳をする。
彼はなんとなくその咳が気になり、声をかける。
「風邪か?」
「あぁ、そうかもしれませんな、この辺はゴミの放置場所なんで、色んな流行り病にかかるんですわ」
「お大事にな、つっても診療所どころか医者すらいねぇからな、この街は」
明日は我が身かもしれないと、不安に思いながらも彼は職場に急ぐ。
ふと、楽しそうな子供の声が聞こえ、顔を向ける。
空き地には数人の子供たちが、ボロ布を丸めて作ったボールでサッカーをしている。
子供たちの服はブカブカで、色々な所が破けている。
きっと兄弟姉妹のお下がりか、大人たちのお下がりなのだろう。
鼻水を垂らしている子がほとんどで、袖で拭くもんだから袖がカピカピに光ってる。
きっとお母ちゃんに怒られるんだろうな、うちと同じだぜと苦笑しつつ、少し微笑ましく思うのであった。
「子供は元気だな」
1時間半かけて職場である工場についた彼だったが、何やら様子がいつもとおかしい。
作業服を着た数人の男たちが言い争いをしているようだ。
「おいおい、何があったんだ?」
彼が近寄り同僚に聞く。
同僚の話によると、ある男が工場内でタバコを吸い、吸殻をポイ捨てした。その行動を見ていた業務監視官がその男を諌めた所、反抗的な態度をとった言う事だ。
さらに他の作業員も加わり、休憩時間や仕事前に一服すらできないなんてバカげているとポイ捨て男を擁護しだしたのだ。
「工場内はポイ捨てどころか、全面禁煙なんだ、規則は規則だぞ。まあ、確かに君たちの言い分はわかるんだが」
「そーだろうが!低賃金で働いてるってのにそれくらいの息抜きがねぇなんて耐えられねぇぞー!」
「まぁ落ち着いてくれたまえ、この工場は火気の取り扱いが非常にシビアなんだ。もし一旦火事になったとしたら爆発物が大量にあるからな。その上、この街には消防施設がない、火事が起きたらその次の日にはお前たちの職場はもうないんだぞ?」
「くっ、だ、だけどよぉ」
そこまで言われてさすがに男は食ってかかる事は出来ず、監視官に宥められ仕事場に行く。
そんなこんなで、今日も工場での仕事が始まるのである。
工場での単純作業が終わり、帰宅する時間となる。
彼は上司から一日分の給与をもらい、ほくほく顔で退勤する。
「さ、今日も一杯飲みに行くか」
彼は決まって一人で飲みに行く。
別に友達が少ないわけではなく、一人で飲むのが好きなのだ。
誰かに合わせる事もなく、一人で飲むなら酔った勢いで喧嘩にもならない。
彼は急ぎ足で帰り、馴染みの店に入るが、ここでも何かいつもと様子がおかしい。
「なんなんだ今日は、一体今度は何があった?」
店員に話しかけると、客同士のいざこざで激しい喧嘩があったのだと言う。一人がナイフを持ち出し、相手の腕を刺し騒然となったところで、刺した方の男は逃げて行ったのだとか。
「おいおい、物騒だな」
「へい、そうでございまして、とりあえず今日は店じまいしようかと」
「かー!なんてツイてない日だな今日は!」
彼は少しうなだれたが、仕方がないので家に帰ろうと思いなおす。
「あー帰る前に便所を借りるぜ」
「あ、へい。どうぞ」
ところで、店のトイレは相当汚かった。飲食店成功の秘訣のひとつに、トイレは綺麗に清潔に保つ事が挙げられる。
女性の客層を掴む事が飲食店のみならず、商業を成功させる大きなカギだ。
まだこの街には、そのような意識がまったく芽生えていないと言う事がわかるのである。
さて、トイレから出た彼は、もうどこも行くところがないと、家路につく。
ところで、彼は知ってか知らずか、家ではお腹に新しい命を宿した彼の妻が、今か今かと彼の帰りを待ちわびているのである。
「……ナタリー。見たか、今の一連の状況を!現状を!あり様を!」
「はい、しっかりと拝見させて頂きました、あの奥さまの新しい命が無事生まれてきたとしても、旦那さんがアレでは将来が心配でなりません」
「そこ!?」
「え、他に何かございましたでしょうか?」
まさか、天然系秘書をどう攻略するかというゲームではないだろうなと、一瞬訝しげに思ったが、気を取り直して一連の出来事を思い返す。
やはり思っていた通り、この街には問題がありすぎる。
ひとつひとつ解決していかなければならないと心に誓う伊藤市長である。
「この街は、問題が多すぎる。正直彼らに話しかけて『何か困っている事はあるか?』なんて、とんでもないが言えないぜ……、むしろ俺が市長だなんて口が裂けてもな……」
もし軽く言ったとしたら、それが温厚なスムであればいいが、さきほどのナイフで人を刺すようなスムだった場合、「元凶はおまえか!」と襲ってくるのではないかと想像して、伊藤市長は身震いをする。
「ナタリー、上下水施設の整備は早急にしよう。のんびりしてたら、おそらく生産性に影響がでる。ゴミの問題もなかなかだが、直接的に影響がでるのはまだ先なはずだぜ、スム達はスム達で今ある現状で最善に動いているようだしな」
「はい、伊藤市長、さすが目のつきどころが違います」
「当たり前だ!俺を誰だと思っている?……伊藤市長だぞ…? それよりも、それを言うならメノツケドコロだろ」
「あ、はい、すみません。冗談のつもりでした」
ニコっと首をかしげるナタリーに、危うくクラっとしかけたわけであるが、気を取り直して問題解決の提案をする。
「お前も冗談を言うんだな、まぁいい。スム達は自分たちでなんとかなりそうな所は、努力をしているようだ。例えば衣類のリサイクルだったり、ゴミ捨て場の応急処置だったりな」
「はい、彼らは出来る範囲で努力するようにプログラムされております」
「なかなか面白いな。よし、ナタリー、すぐに開発画面で上下水道のインフラ整備にとりかかるぜ」
「畏まりました。では、参りましょう」
すぐに開発画面に戻り、これから上下水道施設開発が始まる。