第3話 街作りの重要なファクター
目の前にはバラック小屋のようなみすぼらしい住居が数軒並んでいた。
奥の方を見ると、これまたみすぼらしい格好をした女性が洗濯をしているようだ。水を汲んだタライの中で衣類を揉むように洗っている。
洗濯といえば汚れた衣類を洗濯機にポーンが常識のこの時代、目の前にいる女性が何をやっているのか、もしかしたら今の若者はわからなかったかもしれない。
伊藤市長が洗濯だとわかったのは、古い時代をテーマにしたゲームをプレイしていたからだった。
「ナタリー、とりあえずあの女性に声をかけようかと思うぜ」
「はい、そうしましょう。あの女性に近づきますね」
隣にいるナタリーがそう言うと先ほどの洗濯女性の前に視界が移動する。
「あ、えーと。ちょっといいかな?」
「なんだい!?アンタらは、こっちは忙しいんだ!用があるなら早くしてくれよ」
動かしている手を止めず、女性はかなり不機嫌そうに言い放つ。
「おお……。ありがちな台詞だ!」
「なんだって!?用が無いならとっとと帰ってくんな!」
ナタリーはそのやり取りを見て心配そうな顔をする。
「伊藤市長、まずはご挨拶と自己紹介をしましょう」
「お、お、そうだな。あー、すまん。俺はこの街の市長である伊藤と言うんだが」
そう言った瞬間、女性はさらに鋭い目つきで睨み、持っていた洗濯物をタライに叩いて、まるで威嚇するように音をたてた。
「アンタがこの街の市長かい!まったく住みにくいったらありゃしないよ!」
「そうなのか、すまないな。まぁ市長になったばかりで、街作りも始めたところなんだ。そうだ、困っている事はないか?是非参考にしたくてな」
「困ってることぉぉ?アンタ正気で言ってるのかい?この街にはアタシらにとってもっとも重要な電気が通ってないんだよ!まずは今すぐそこをなんとかしてくんな。 それ以外は我慢できるし、今後少しずつなんとかしてくれるんだろ?」
「なに?電気は発電所を作ったから供給されているはずなんだが……」
「はぁ?詳しい事はわからないケドさ、実際電気が来てないものは来てないんだよ!まったくしっかりしてくんなよ」
そう言って仕事がまだまだたくさん残っているからもういいだろと、女性は奥に行ってしまった。
「ナタリー、あのオバサン、電気が来てないと言っていたが、発電所を作ったのになぜなんだ?」
「はい、電気を行きわたらせる為には電線、電柱が必要です、それがないのでしょう」
「な!俺とした事が、そんなボンミスを……」
シリーズ1からやり続けている伊藤市長が、このような凡ミスをしてしまったのには、ちょっとした理由がある。
前作まで電気が通らなかったり、水道が通っていなかったりなどが発生していると、該当する地域の画面上に注意アイコンが表示される、例えば電気が来ていない場合は、駐車禁止マークのような中に雷マークが光っているアイコンだとか、水が来ていない場合は水滴の点滅マークだとかである。
しかし今作よりそのような注意喚起マークは表示されない仕様なのだった。
「難易度上がってるじゃねーかよ。俺はあのマークを見てから色々な対策や施設を建設してたんだ」
「はい、今作は注意喚起マークは画面上に現れず、さきほどのようなVRでのスム達とのコミュニケーションを重視しております。暇があれば彼らの様子を見て、時には会話をし問題を解決していきましょう」
「わかった。理解したぜ」
二人は早速開発画面に戻り、電柱の建設に取り掛かる。
道路に重ねて電柱を設置できるので、建設スペースは新たに必要としない。また、建設コストも安い為、資金を気にする事なく電気を全ての地域に行きわたるよう電柱を設置した。
「こんなもんだろ、しばらく様子を見てみるか」
「そうですね、伊藤市長。あ、住宅区域も発展しているようですが、工業地域に大きな建物が建設されるようですよ」
工業地区を見てみると、いくつかの大きめなスペースを使って建設エフェクトが表示されている。
工事中の音と、住むシティお馴染のニョキニョキという建物ができるアニメーション。
「いいねぇ。大きな建物は部品工場らしいぞ、何の部品か知らないが、どこに出荷するんだろうな……」
「さすが伊藤市長、目の付けどころが違いますね。この街で作られた製品などがこの街で売買出来ない場合、道路を通って別の都市に売られます。しっかりと経済がまわることになるのですね」
「なるほどな、別の都市の様子とかも見れたりするのか?」
「ええ、もちろんVRで見学もできますよ。今度一緒に行きましょうね」
「お、おう」
ひょんな事からデートの約束的なものを取りつけてしまったわけだが、ナタリーにして見れば確実に事務的で仕事なのだろう。
「あ、伊藤市長。商業地区にもちらほらとお店が出来ているようです」
「ん、なになに?」
住宅地区のバラック小屋とあまり見た目が変わらない商業地区の小屋を見てみると、明らかに胡散臭い名前の商店や飲食店がパラパラと建てられていた。
「早い安い汚い3拍子揃ったチーター食堂? なんだこりゃ」
しかし、良く見てみるとスム達の行動は、朝早く歩いて遠くの工場に出勤し、夕方には帰ってきて小汚い飲食店に入って行く。
なかなか、商業地区も繁盛しているらしい。
「VRじゃなくてこの画面でもスム達の行動は結構わかるなあ」
「はい、よくよく観察してみると、彼らの行動範囲や出勤経路、需要と供給などがある程度把握できます」
情報表示パネルを開くと、人口が300人と記載されている。
300人だと離島とか山奥の村ぐらいの規模だろうか、きっとトイレも水洗ではなくボットンなんだろうと、伊藤市長は妄想をめぐらしながら、街を観察する。
「あ、ボットントイレ!」
「いかがなさいましたか?伊藤市長」
「トイレで思い出したよ、この街に上下水道のインフラ整備してないじゃん」
「確かに、上下水道の整備がまだですね、さっそく準備致しますか?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
おもむろに上下水道の施設欄を表示する。
まず、上水道施設には小型の地下水脈汲み上げポンプや、大型のダム施設などがあり、意外にどれもコストが高い。
下水施設には下水処理場が大中小とあるが、どれもコストが高すぎる。
それに加え上下水道管の設置も建設コストがバカにならない。
まだ初期資金が半分ほど残っているとはいえ、全てを完璧に整備すると、初期資金が枯渇してしまいそうである。
「水に関しては、スム達のリサーチが必要だな。現状彼らはどう思っているか……」
「畏まりました。ではさっそくVRで市井の視察に参りましょうか?」
「う、うん」
「はて?どうなさいましたか?」
ナタリーとVRで接する事ができると思うと、やはり視察は自分にとっては重要なファクターなんだなと再認識するのであった。