09、お弁当、覚醒!
投降遅くなってしまい申し訳ありません。
この小説を連載している途中なのに、と思われるかもしれませんが。実を言うと、今まで他の作品をせっせこと書き溜めていたのです。
その小説がやっと一区切りついて、今月中の投降も見えてきたのでコチラの作品の連載も再開します。本当に申し訳ございませんでした。
遥か空高くを旋回する白い魔獣。
蛇の肉体と蝙蝠の翼を併せ持つ、美しき純白の女王。
金色に輝く王冠を頭に載せた、神々しき伝説の狩人。
そして、ドラゴンの、大切な妹。
「……あれだけ格好付けたんだ。ごめん無理でした――じゃマジで済まされないぞ」
万が一にも歯がたたないような事があれば、それは恥ずかしすぎて不味い。
と言うか、死ねる。その恥ずかしさ多分で死ねると思う。
まあ、歯が立たなかったらその前に死んでるんだろうけど。
そんな事を考えている間も、ギーヴルはただ黙って旋回を続けていた。
でも、奴はどうして襲ってこないのだろう。
ドラゴンの変身が解けている今なんか、特に狙い目だろうに。
もしかして、人間の事は食事として見ていないのだろうか。
これは割りと、ちょっとした想定外だった。
あれだけ炯々煌々と、まるで餌に喰らいつく野獣の如き執念でドラゴンを攻撃していたのだから、見つかり次第戦闘になると思っていたのに。
と言うか、このままだと、何処かに行ってしまう可能性すらあった。
「そうなる前に、こっちから仕掛けないとか」
そう、今度の目的は逃げることじゃない。
あの怪物を、ドラゴンの妹を、救うことなのだ。
「……さて」
そう呟いて、右手を伸ばす。
救うも何も、あんな高い所に居られては、何も出来ない。
――でも、だったら、引きずり下ろすまでの事。
確かに、この前は威力が足りなくて、傷一つ負わせることができなかった。
でも今回は、あの時とは違う。
準備を、してきた。
「――喰らえ!!」
ズパァン!!
と、相変わらず凄まじい勢いで発射されたのは、巨大な結晶石だ。
アレイスターの根城に大量に保管されていた内の一つである。
前回は、弾の重さが、大きさが足りなかった。
でも今回は、その時の経験を、完膚無きまでに活かす。
この前の時とは、重さも大きさも段違いな弾丸をぶち込む。
そして、
『――シャガアアアッ!?』
巨大な結晶石は、綺麗な直線を描いて、ギーヴルの土手っ腹に命中した。
それはもう、面白いくらいに、簡単に。
でも、その威力はやはり前回とは桁違いだったようで。
『シャグラアアアアアアアアア!!』
「……凄え切れてるな」
そう言いながらも、更に二発三発と結晶石を撃ち込んでゆく。
流石に全弾とまでは行かないが、半数以上の弾丸は見事命中したようだった。
と、そんな時。
唐突にギーヴルの喉元あたりが、ぎゅるりと膨らんだ。
「毒です!! 危ない!!」
後ろで危険を察知したドラゴンが、叫ぶ。
『――ブルシャア!!』
途端、その巨大な体躯から吐き出されるのは、禍々しい色をした液体。
そして、後ろで息を飲む彼女を、あれ程までに痛めつけた――猛毒。
それはこの距離からも分かるほどに毒々しく、痛々しい『成り』をしていた。
「…………」
僕はそれを、地面から真っ直ぐに。微動だにせず見つめる。
あんなモノ喰らえば一溜まりもなく、文字通り生きたまま溶かされてしまうのだろう。
――が。
それは、もしもそれを、喰らった場合のお話だ。
「喰らい――尽くせ」
手を伸ばし、そう呟いただけで、目の前の『それ』は跡形もなく消え去る。
僕はそれを確認し、視認し。両の手を閉じて再び上空の敵を真っ直ぐに見据えた。
『ぐ……グラアアアアアアアアアアアアアアア!!』
何処か、一瞬、ギーヴルは動揺しているように見えた。
「――!!」
そして、唐突。
ギーヴルは、全力で。目下の獲物へと突撃してきた。
「危ない――」
「大丈夫だ!! これを――待ってた!!」
言い放ち、両の手を再び伸ばす。
そして――我慢。
ギーヴルが射程内に、その身を投げ出すのを、待って。
待って。
「―――!」
ドクン、と。全身が捻れるような、錯覚。
「――良し」
こうして、僕は、ギーヴルを『喰った』。
「あ、貴方は! どうしてここに居るんですか!」
「話は後だドラゴン。さっさとギーヴルを、お前の妹を救って、戻ろう」
そんな風に一方的に話を打ち切った後、僕は先程から収納していた、とある『物』をドラゴンの目の前に出現させる。
それを見て、ドラゴンは僅かに目を見開き驚いたような顔をした。
「これは――」
「ああ、『時喰いの結晶』だ。アレイスターに貰ってきた」
そう言うと、ドラゴンは更に不可解そうな表情を浮かべる。
「これを、一体、どうするのですか?」
「…………」
僕は、小さく息を吸う。
「良いか、よく聞いてくれドラゴン」
「えと。……はい」
真剣な僕の目を見て、声を聞いたドラゴンの顔が引き締まる。
彼女も悟ったのだろう。これから僕が、本当に大事な話をしようとしている事を。
――そして。
「今から、この結晶を使って、ギーヴルを餓死させる」
「――んな!?」
驚くドラゴンを他所に、僕は続ける。
「考えてみてくれ、ドラゴン。お前はどうやってその姿になった? すっかり元の姿とは行かないまでも、半分人間、半分ドラゴンのその姿にどうやって戻った?」
「そ、それは――」
「餓死したから、だよな?」
「――――!!」
そう、あの時、僕らが初めて出会ったあの洞窟で、彼女は餓死した。そして、その直後に人間の姿とドラゴンの姿を使い分ける怪物へと、彼女は身を落としたのだ。――だったら、同じ事を、ギーヴルにもさせれば良い。
餓死されば、彼女の半分は、元に戻れる。
「勿論ただの机上の空論って訳じゃない。アレイスターにも確認を取った」
「……と、言うと?」
「昔からあるらしいんだ。呪いを解呪する方法の一つに、餓死っていうのが」
「…………」
黙り込み、悩むドラゴンに、僕は言う。
「この解呪の方法の欠点は二つ。解呪の対象者が苦しむこと。それと餓死で解呪した後に、その対象者が生きているかどうかはその呪いによってまちまちだという事らしい」
「……でも、この呪いは私という『前例』がある」
「その通り」
ビシリと指を刺し、彼女の推測を肯定する。
「しかも今回、餓死までの時間を、この水晶に『喰わせる』からギーヴルは苦しまなくて済む――と。我ながら中々の考えだと思うんだけど、どうだ?」
「…………」
ドラゴンは、僅かの間、悩むような素振りを見せた。
だがすぐに、今にも泣きそうな勢いでこちらを向いて。
彼女が口にした、答えは。
「――よし、何時でも大丈夫だ! ドラゴン!」
「了解です」
そう言う僕の目の前に置かれているのは、時喰いの結晶。
その少し離れた所に、人間の姿のままのドラゴンが立っている。
「良いか? さん、にい、いちの合図だぞ? 間違えるなよ頼むから」
「分かってます」
作戦は、こうだ。
1、ドラゴンが魔法で結晶を砕く
2、結晶が周りの時間を喰らう前。つまりは同時に、僕が喰う
3、ギーヴルの姿が人間に戻った瞬間、直ぐ様吐き出す
※、どれか一つでもタイミングをミスると死者が出る可能性アリ。と言うか超大。
「…………」
音ゲーとかマジ無理主義な僕には、絶望的な技術要求値だった。
「――が、項垂れててもしょうが無い、よな」
「当然です。初めましょう」
頷き合い、僕は、カウントを始める。
「――さん」
同時に、詠唱を開始するドラゴン。
「我が龍牙が砕くは処の闇か」
しゃん、と。ドラゴンの周囲に彩色様々な魔法陣が出現する。
「――にい」
「然り、透徹で堅牢然し確固たる暗黒」
そして。
「いち」
「砕け――砕闇の蒼龍牙」
凄まじい轟音が周囲に響き渡り、キラリと破砕した結晶が宙を舞う。
と、ほぼ同時に。
「――喰らう!!」
ズン、と。
身体に何かが覆いかぶさるような感覚と共に、目の前の空間を丸ごと喰った。
「これで――」
「まだだ!!」
片手でドラゴンを制し、僕は集中する。
自分の中。奥底に収納されているギーヴルを探す。
「――――」
探して。
探して、探して――居た。
巨大な蛇が。ぐるぐるとうねりながら暴れているのを見つけた。
「よし、これで後は――」
ギーヴルが、人の姿になった瞬間に吐き出せばいい、と。
僕がほんの一瞬だけ、息を吐きかけた――瞬間。
一瞬で、彼女の質量が圧倒的に小さくなったのを感じた。
「――なッ!?」
反射的にギーヴルを外に吐き出そうとする――が。不意を突かれた僕は、この時失念していた。この能力における『射出』が、どれ程の威力を持つのかを。
これ程迄に焦って弾き出した場合、彼女がどんな速度で飛ばされてゆくのかを――思い出して、僕は叫ぶ。
「受け止めてくれ――ドラゴン!!」
同時に、上空目掛けて、一人の少女らしき人影が発射された――が、やはり高い。
このままでは、彼女が、地面に叩きつけられると。
時喰いの結晶を何処か遠くに吐き出して、彼女をもう一度喰らうかと考えた時。
「任せて――下さい」
僕の隣で、巨大な藍色のドラゴンが大きな翼をはためかせ――飛ぶ。
そして、ギーヴルを。自らの妹を、彼女はがっちりと両足で掴み取った。
「ナイスだ! ドラゴン!」
そう叫ぶ僕の前に、彼女はふわりと着地し、少女をそっと下ろす。
傷だらけのその足から、地面に寝かされた、綺麗な白い髪を持つ彼女は。
まさに、一輪の綺麗な花のようで。