表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

06、現実は時に恐ろしく


あれから、かなりの時間が経った……と、思う。

口の中に篭もる僕には、正確な時間どころか、場所だって分かりはしない。

ドラゴンは始終黙ったままだったし、僕も、何かを訪ねたりはしなかったのだから。


恐ろしい程に、長い無言の時間が過ぎて。

どれくらいの間、僕はこの場所に居たのか。

そんな事、もはや考えもしなくなった頃に。


僕らの逃亡生活は、唐突に終わりを迎えた。


「……着き、ました」


その言葉と共に、外の世界へと吐き出される僕。

突然の事に気を動転させながらも、ここがアレイスターの根城の神殿跡だということは理解する。


どうやら、僕らは無事にあの白蛇から逃れることが出来たらしい。

その証拠に、周りには僕とドラゴンの他には何も居ない。

潔いほどの静寂が、この辺りを支配していた。


「――なあ、ドラゴン」


そう言って、僕は振り返る。

彼女に、ここまで必死に逃げ切ってくれた事に対する感謝を。

僕を口に含んでまで、一生懸命飛んできてくれたことに対する労いを。


言葉にしようと、振り返って。

彼女を、初めて真っ直ぐに見て。


ようやく、気がついた。


「――お前。どうして……そんなに」


ドラゴンの、あんなに立派で、美しかったその身体は。

淡い藍色で、陽の光を受けるとキラキラと輝いていたその体躯は。

もう、目も当てられないほど――。


「――ボロボロなんだよ」


瀕死で、臨死で、満身創痍。

それら全部が全部、綺麗に当てはまるような、惨状だった。


体中を覆っていたはずの美しい鱗は、所々禿げて、捲れ上がって。

そうでない所を探す方が難しいほど、至る所から出血して。

特に右側の翼に至っては、痛々しく、真っ赤に焼けただれていた。


でも、ドラゴンはそんな状況で。

そんな身の上で、痛々しく、笑う。


「大丈夫……です。これくらいなら、すぐ治ります」

「いや、大丈夫って。お前……」


それは、何をどう考えても嘘だろう。

何の根拠もなく言い切れる程に、その傷は、酷すぎた。

これではまるで、本当にいつ死んでもおかしくないくらいの状態じゃないのか。


でもこんな傷、一体、いつ、どうやって付けられのだろうか。

そもそもドラゴンは、あの蛇からは上手く逃げ切ったのでは無かったのか。


そんな事を考えながら。

混乱する僕は、彼女の右翼に触れようとして。


「――あ。触らないで下さい!」

「え……。あっ、ごめん」


僕は、思わずその手を引く。

だけど、今のは確かに僕が迂闊だった。

あんなひどい傷、安易に触れれば相当痛むハズだ。彼女が嫌がるのも無理はない。


「……いえ、すみません。でも、触らない方が良いと思います」

「触らない方が……?」


最初、その意味が良く分からなかった。


触らないで欲しい、のではなくて。触らない方が、良い?

その言い方だと、まるで僕の事を案じて言ってくれているような。

そんな気がして、でも理由がわからなくて、だから意味を考えて。


僕は、思い出した。


昔、少しだけやっていたゲームに出てきた、大きな翼を持つ白い蛇の事。

その大蛇が、散々主人公達を苦しめたある手法、と言うか、力の事を。


僕は、思い出して。

それが上手い具合に、今の状況と繋がって。


「――まさか」


ドラゴンは明らかに、しまった、というような顔をした。

僕が気付いたことに、気付いて。


「――その傷は、毒……なのか?」


しばらくの沈黙。

ドラゴンは悩む素振りを見せた後。


「……………………はい」

「――ッ!?」


全部が全部、繋がって。

今までの状況を思い返して。

一つ、思い知った事がある。


――僕は、馬鹿だ。


どうしようもない、大馬鹿野郎だ。

だって当然だ、こんな事、当たり前だ。

普通に考えてみれば、普通に、馬鹿にだって分かることじゃないか。


だって。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


そう、あれは違ったのだ。

別に、その方が速く飛べるんじゃなくて。

彼女は、僕を守るためにああまでしたんだ。


ギーヴルが毒を吐く事を知っていたから。

僕に余計な心配は掛けまいと。

何も言わず、ただ黙々と、淡々と僕を毒から守ったのだ。


口に物を入れて走れる陸上選手が何処に居る。

少し気を抜けば砕いてしまうような物を含んで走れる奴が何処に居る。

居るわけが――居る訳がないだろう。


何が、なるべく負担を掛けないようにだ。

何が、なるべく負担にならないようにだ。


僕は、負担以外の何者でもなかったじゃないか。


「……あの」


そんな僕を見て、ドラゴンは、心配そうにそう言った。

自分が、一番辛いはずなのに、痛いはずなのに。

ぬくぬくと安全地帯で何も知らなかった、僕なんかに。


その身体中の傷は、本当に並大抵の物ではない。

だから、多分、それだけの傷が付いたって事は。

彼女は蛇から逃げ切った訳じゃないんだ。


何度毒で焼いても、痛めても、傷つけても。

一向にドラゴンが止まらないから、翼を止めないから、飛ぶのを止めないから。

蛇の方から、ドラゴンを諦めたのだ。


確証はないけど、確信ならあった。

その傷を、その目を、何も言わないドラゴンを見て。

僕は、そう思った。


「あの。私、大丈夫ですから。本当に」

「……そう、か」


そんなことしか言えない自分に、腹が立った。

呆然として、何も出てこない自分の頭の悪さに腹が立った。


「だから、私」


でも、流石に、これ以上ドラゴンを放置して置くほど馬鹿じゃないから。

だから、僕は。


早くアレイスターの所に戻ろう、と。

彼女にその傷を見てもらおう、と。

もしかしたら治療してもらえるかもしれないから、と。


けど、また他人任せだなとか、そんな事を考えながら。

そう、言おうとして――。


「私、もう一度、ギーヴルの所に行ってきます」

「――は?」


開いた口が、塞がらなかった。

冗談かとも思った。

でも、ドラゴンの真っ直ぐな目を見て、それはないと、理解した。


だから、止めるでもなく、宥めるでもなく。

僕は聞いた。


「それは、どうし……て?」


それを受けたドラゴンは、しばらく、考えるような素振りを見せて。

悩むような顔つきで、本当に悩ましげに、悩んで。


「彼女を、救うためです」

「救う――?」


それは、どうして?

彼女って一体、誰だ?


「あの白い蛇は。ギーヴルは。彼女は」


ドラゴンは、答えた。


「私の妹です」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ