05、純白の女王
「よし。これで全部だ、ドラゴン」
僕は手に持つ白いメモを見つめながら、言う。
ここは、アレイスターの根城から少し離れた場所にある草原だ。
そこで僕らは、頼まれた野草やら、良く分からない石なんかを拾っていたという訳。
「わかりました。……それにしても、便利なスキルですね」
「……ああ、悔しいことにな」
便利なスキルとは勿論、【スキル:お弁当】のことだ。
実は先程、野草やらが異常にかさばるからどうしようか、と言う話をしていた時。
このスキルを使えば、それらを簡単に僕の中に収納できる事が判明したのだ。
……スキルが便利で悔しいってのも、何なのだろう。
「でも、それらは一体どこに収納されているのでしょうね」
「それは……想像したくないよな」
そんな事を言いながら、僕は先程まで収納していた物を取り出してゆく。
最後にもう一度、メモと照らし合わせて、数が間違っていないか確認するために。
「ネジリナ草が三本、タカダチ草が四本に、クチナシ草の根っこが五本……」
唐突に、疑問が湧いてきた。
これって、本当にあの水晶を廃棄するために必要なのだろうかと。
案外あの金髪幼女は、ちゃっかりと僕らに食料調達なんかもやらせてるんじゃないだろうか。
……でもまあ、それくらいは別に良い。
アイツには色々世話になったし、なる予定だし。
そんな訳で確認作業は順調に進み、ミツボの実、カチシキの木の皮、と来た時。
僕はふと、自分の中に、メモには書いていない何かが有ることに気付いた。
「……なんだ、これ」
そんな事をつぶやきながら、そのシルエットを探る。
それは、目隠しをして手触りや形から、その物の全体像を当てる感覚に近い。
自分の中に収納したものなのに、色やら重さやらが分からないというのは、少し変な感じだけれど。
「あー……」
大して時間も掛らず、僕は思い当たった。
そう言えば初めてスキルを使う時、試験的にその辺の手頃な石を取り込んだのだった。
完全に忘れていたけど。つまりあれだ、これはタダの石ころだ。
はあと僕はため息を吐いて、その石を何となく取り出す。
イマイチ面白みに欠けるなあ、とか、下らないことを考えながら。
その石を、取り出した……訳だけど。
何故か、変哲もない面白みに欠けるその石が。
超高速で僕の顔面目掛けぶっ飛んできた。
「なッ――ぶ!!?」
咄嗟に、脊髄反射で首を捻る僕。
そのすぐ脇を、石が、尋常じゃない速度でぶっ飛んでいった。
それこそ、核弾頭みたいな速さで。
「何を遊んでるのですか……」
「……今のが遊んでるように見えたのか?」
なら早急に眼科……って、そうじゃなくて。
今のは、本当に、それこそ洒落にならないくらいの速度だった。
石も大きかったから、多分、威力だって計り知れない。
あれがもし自分の頭にクリティカルしていたらなんて、もう想像だってしたくない。
「……スキル、お弁当」
もしかして、このスキル。
これって結構、ヤバイ系なのだろうか?
使い方次第では、割りと強い部類のスキルだったり――。
……いや、でも、別にどうでも良い事だ。
だってこのスキルは、もうすぐ消す事になるのだから。
どんなに危険だろうが危ないスキルだろうが、僕には関係ない。
そんな、無理やりな結論を出して、僕はドラゴンに声をかける。
「確認も終わったし。帰ろう、ドラゴン」
「そうですね。では、変身するのであっちを向いていて下さい」
「……………ああ」
そうなのだった。
何故かドラゴンは、変身する時の姿を僕に見せたがらないのだ。
理由に関しては皆目見当も付かない。まさか逐一服を脱いで何処かにしまっているという訳ではあるまいし。
「なあドラゴン。どうして僕はそっちを向いてたら駄目なんだろ」
「……恥ずかしいからです」
えっと。
本当に服脱いでたりしないよね?
「もう良いですよ」
「あ、うん。分かった」
いや違う。それにしては明らかに早すぎる。
だから彼女は、僕が他所を向いている間に服を脱いでいたりなんかしない。
そうだ。だから今僕の背後では何も起こらなかったんだ、絶対に。
そんな事を自分に言い聞かせて、無心で振り返ると。
普段通りに堂々とした出で立ちで、立ち振る舞うドラゴンに。
真っ白な蛇が。金色の王冠を被った、二枚の羽を持つ巨大な蛇が。
清く、美しく、そして堂々と。
踊るように、襲い掛かっていた。
「――なッ!?」
驚き振り返るドラゴン。
その喉元を、蛇の巨大な二本牙が、貫き――。
『シャアアアアッ!?』
その不意の一撃は、ギリギリの所で空を切る。
驚異的な反応速度で、ドラゴンが身を大きく翻したのだ。
「ドラゴン!! 大丈夫か!?」
「……ええ、危ないところでした」
そう叫んで、僕はドラゴンに駆け寄る。
だが、その瞳は蛇に向けたままだ。
そして、僕はじっくりと、『敵』を観察する。
襲い掛かってきたそれは、大きな、本当に大きな蛇だった。
背の高さだけ見ればそれほどでも無いが、何せ相手は蛇なのだ。
その全長は多分、20メートルをゆうに越すのではなかろうか。
そして、その白い蛇の両脇に生える二枚の、巨大な翼。
これを使って蛇は、ドラゴンに空からの奇襲を仕掛けたのだろう。
……でも。
それらよりも、一番、僕の注意を引いたのは。
「――金の、王冠?」
威圧的に、高圧的に睨みつけてくる奴の頭の上。
それはあまりにも不釣合いで、冗談かと思ってしまいそうだけど。
そこには、とても綺麗な、黄金色に輝く王冠が乗っていた。
「……ギーヴル」
僕の隣で、ぼそりとドラゴンがそう呟いた。
「ギーヴル?」
「ええ。確か、童話のモデルにもなっているような、伝説の生き物だと」
ギーヴル。
実を言うと、その名は少しだけ聞いたことが合った。
まあ、現実で少しやってたゲームに、出てきただけだけど。
「正直、今の私では勝てるかどうか」
「……そんなに強いのか」
「お腹が減っていまして」
「…………」
ドラゴンは、こんな時でも通常運行のようで。
何と言うか、凄く落ち着く。
「だから、逃げます。相手が何かアクションを起こす前に――」
そう言って、ドラゴンが僕に目配せをした、一瞬。
彼女が見せた、ほんの僅かなスキ。
それを、蛇は見逃さなかった。
「な――」
『シャアアアアアアアアアアアアアアア!!』
おぞましい猛り声を上げながら、地を翔ける蛇に。
ドラゴンは為す術もなく包み込まれる。
「ドラゴン!!」
「くっ――大丈夫、です」
だが、言葉とは裏腹に、その声色は明らかに苦しそうだった。
でも、それもそのはずなのだ。
あれだけの太さの大蛇が、筋肉の塊が、ミシミシと彼女の骨を、肉を、縛り上げているのだから。
「大丈夫な訳無いだろ!! 待ってろ今――」
「来ないで下さい!!」
そのあまりの剣幕に、僕は思わずその足を止める。
「これくらい、一人で――抜け出せます」
そう言ってドラゴンは、ぐぐぐ、と翼を少しずつ、少しずつ広げて。
僅かに出来た隙間から、その巨体を捻り出した。
「捕まって下さい!」
そう言って、コチラへと物凄い速度で飛んで来るドラゴン。
関心する暇もなく、彼女の足に、僕はしがみついた。
「逃げます!! ちゃんと捕まって下さい!!」
「あ、ああ。……悪い」
力に、なれなくて。
そんな事を僕がつぶやこうとした、そんな時。
『ギャオオオオオオオオオ!!』
「なっ――追ってくる気かアイツ!!」
と言うか、もう既に蛇はその両の翼をはためかせ、空中に舞い上がっていた。
その二つ目に映る、たった二匹の獲物を。
僕らを、喰らうために。
「……ドラゴン。傷は、大丈夫なのか!?」
「ええ、それは平気ですが。……どうもお腹が減って」
「お前凄いよ!!」
そんな風に誤魔化してはいるが、本当はかなりキツイはずだ。
心なしか、飛行速度は来たときよりだいぶ落ちている。
それくらいに、さっきの蛇による締め付けは強烈だった。
「……くっそ」
そう呟いて、僕は後ろから追ってきているあの蛇、ギーヴルを睨む。
その距離は、心なしどころか、確実に詰まっていた。
このままだと、いずれ追いつかれる。
「何か、何か出来ないのか……僕は」
何か。
あの、巨大な蛇を怯ませることの出来る、何か。
僕ら二人が、無事に逃げ切れるような、何か。
ドラゴンを、守ることの出来る、何か。
……でも、その時。
「――スキル」
僕がもつ唯一のスキル、お弁当。
散々バカにされたし、僕自身だって疎んじていたような能力だ。
「でも、今なら。コイツなら……行けるか?」
そう呟いて、僕は思い出す。
あの時、石が暴発した時の感覚を。
――右手を、ギーヴルの方へ向ける。
そして、その額に埋め込まれた、紅に輝く宝石に、狙いを絞った。
これはアレイスターに頼まれていた石だけど、この際そんな事は言ってられない。
イメージとしては、弓の弦を引き絞るような。
パチンコのゴムを、限界ギリギリまで引き伸ばすような。
そんな、感覚で――。
「――発射!!」
スパァン!!
と、小気味の良い音を立てて、石の弾丸はギーヴルの額に命中した。
それこそ面白いくらいに、綺麗に、見事に命中した。
……のだが。
『シャラガアアアアアアアアアアアアアア!!』
「畜生……!!」
そう。全然効いてなかった。
と言うかむしろ、火に可燃物を流し込んだ様な有様。
さっきよりも凄まじい勢いで、ギーヴルと僕らの距離が縮まってゆく。
今の弾丸の速度は、感覚的に十分だった。
でも、弾が軽すぎたのだ。大蛇の巨体に対して、あの変哲のない石はやわすぎた。
威力が、全く足りていなかったのだ。
「悪い、ドラゴン」
「いえ、それよりちょっと――失礼しますね」
そんな、不可解な事を言ってから。
ドラゴンは唐突に僕が掴んでいる前足を振り上げる。
……そして。
「そいや――パクっ」
ドラゴンに、宙に放り投げられた僕は。
流れるような動作で、食われた。
「待てお前!! 嘘だろ僕この状況で食われるの!?」
「違いますよ」
そうは言うものの、この状況は捕食以外の何でもない。
まさか腹が減って力が出ないなら補給すればいいという究極論に彼女は至ってしまったのだろうか。
でも、実際の所、ドラゴンにも考えが有るらしく。
彼女は、こんな所で死んでたまるかと、右の牙にしがみつく僕にこう言った。
「こうすれば、本気で飛べるのです」
器用にも、僕を口に含みながら喋るドラゴン。
心なしか笑ってる気がするのが気になるけど。
でも、確かに、正論だ。この方が飛びやすいのであれば、文句は言うまい。
少し生暖かくて、ぬるりとしてちょっと気持ち悪いけど。
今、最も優先すべきなのは、僕らが生きて帰る事なのだから。
「それと、あの。……何と言うか」
ドラゴンは、珍しく何か迷っている様子だった。
それは、何かを言うか、言うまいか悩んでいるような。
「……まさか。さっきの傷が痛むのか?」
――なんて。
的外れも、いい所だった。
今思えば、それは、本当に。
「……いえ。ただ」
まだ、その何かを言い淀むドラゴン。
そんな彼女を見て、僕は文字通り内で首を傾げる。
「彼女の――ギーヴルの首に何か、掛かっていたりしませんでしたか?」
「首に、掛かる……?」
でも確かに、言われて見れば、何か掛かっていた様な。
ほらあれだ。僕が石をぶち当てようと、奴に狙いを定めた、あの時。
その首に、日の光に反射して、キラリと輝く――。
「そう言えば、掛かってた」
そして僕は。
慎重に思い出して、言う。
「――ペンダントだ。白い十字のペンダントが、掛かってた」
「………白いクローチェ、ですか」
そう言ったきり、ドラゴンは、黙る。
「それが、どうかしたのか?」
「……なんでも。何でもないです」
何でもない訳が無い。
僕はその時、そんな事を考えた。
でも彼女は、僕に追求を拒んでいた。
何でもないと。これ以上何も聞くなと、言っていた。
さっきだって、それが嫌だったから僕に言うべきか悩んでいたのだろう。
だから、僕が黙るしか無かった。
これ以上負担は掛けまいと。
これ以上負担になるまいと
そう思って、僕は黙った。
……けど、そのせいで。
ドラゴン何を考えていたのかなんて、分からなかった。
いや。分かるはずが無かったんだ。
僕は、分かろうとしなかったのだから。