04、簡単なお仕事
「……にしても、まさか寝床まで貸してもらえるとはな」
「そうですね。夕食をご馳走になれるとは思いませんでした」
結局、今日はもう遅いからという事で、話の続きはまた明日になったのだ。
アレイスターは早く寝ないと、朝起きれなくなるとか言っていたし。
これは別段健康的なのではなくて、子供だからなのだろうけど。
そして、僕らが今居るのは、これまたボロボロの倉庫のような場所。
でもまあ、屋根があるだけ野宿と比べてだいぶマシだし、毛布だってある。
見ず知らずの僕らに、これだけ貸してくれたのだから、文句は言うまい。
「久々に、あんなご馳走を食べれた気がします」
「……まあ、そうだな」
実際、ご馳走になった食事は予想以上に豪華だったし、美味しかった。
でも、僕は見てしまったのだ。
毛むくじゃらの良く分からない何かが、せっせと見事な包丁さばきで、これまたよくわからない何かを切り刻む光景を。
ドラゴンもしっかりと見ていたはずなんだけど。全然気にする様子はなかったし。
彼女は彼女で、食事を頂く側の立場を弁えていたということだろうか。
いや、多分飯が食えるならなんでも良いみたいな感じだったのだろうけど。
「……はあ。小さいよなあ」
まったく。
僕の心のお皿と言うやつは。
「――ぷっ」
と、これは別に僕が自虐で笑いに走ったわけじゃない。
震源は僕の隣に座るドラゴンだ。
「ん、どうしたよ」
「いえ……すみません。思い出してしまって」
「思い出したって、何をさ」
「いや、その……」
ドラゴンは、どうしたことか少しまごついてから、ボソリと呟く。
「……………………スキル、お弁当」
「ああッドラゴンお前なんてことを!! 思い出さないようにしてたのに!!」
ぐああ、と僕は頭を抱えて転がる。
本当に、さっきまで何とか忘れられていたのに。
「でも待て本当にお弁当って何だよ!! それはスキルなのか? スキルと言っても良いのか!? つうかそもそもお弁当って一体なんだ!? あんなもの誰が作って誰が名付けたんだ!!」
「ぷー、くく。……はは、あはは」
ついに、こらえきれなくなったという感じで、声をあげて笑い出すドラゴン。
そんな彼女の姿は、とても珍しくて、とても楽しそうで、それでいてとても可愛くて。
ショックで哲学的思考にまで至りかけた僕を現実に引き戻すのには、十分だった。
「そんな、笑わなくても良いじゃんか」
「あははは……。だって、お弁当ですよ。お弁当!」
「……いつも自分で言ってるじゃん」
「そうですよねー。はははっ」
でも、これってそんなに面白いだろうか。
僕のスキルがお弁当だったくらいで、普通そんなに笑うだろうか。
たかがスキルが、お弁…当…ああ面白いよそりゃあ笑います当然ですよチクショウ!
「……もう良いよ。僕は疲れたから、寝る」
「あはははっ。了解ですー」
「………」
僕は、パタリと寝転び、薄い毛布を掛ける。
笑われて少しはムカッとしたけど、でもまあ良いか、とも思う。
あんなに笑ってるドラゴンは初めて見たのだし、本当に楽しそうだし。
たまに、彼女は本当に寂しそうな顔をすることが有る。
遠い昔の故郷を思い返しているのか、大切な人達を思っているのか。
それは僕にはわからないけれど、そんな顔より、楽しく笑っている顔の方が良いなんて、当然だ。
そう思ってから、寝返りを打つと、ドラゴンが居た。
「は?」
分かりやすく言い直すなら。
彼女は、僕と一緒の毛布で寝ていた。
僕が先に寝ていた毛布に、潜り込んできていた。
「ちょっと待てお前! 自分の毛布はどうした!?」
「……寒いじゃないですか」
「なっ!?」
寒いって、寒いからって、男が寝てる毛布に潜り込むだろうか普通?
しかも、僕はまだバリバリで起きてるし。
「何か、問題でも有りますか?」
「いやいや。問題有りますも何も、アリアリのバリバリと言いますか。健全な男子高校生的にはちょっとアレ過ぎると言いますか」
「無いなら良いじゃないですか」
「聞けよ!!」
でも、正直言ってこの状況は、結構不味い。
いくら僕が米国紳士顔負けの聖人君子だとしてもこれは、ちょっと訳が違う。
流石にこんな美少女がすぐ隣で寝ていたら、この右手が何もしないとは言い切れない。
「だ、か、ら。ドラゴンさん!!」
「…………」
「嫌とかそういう以前の問題で、貴方の為に――」
「くー、くー、くー」
寝ていた。
もう、韋駄天の如く勢いで、寝ていた。
多分、この速度には、どんな魑魅魍魎だって敵わないだろう。
「……はあ」
どうしてかは、分からないけれど。
その寝顔を見たら、少し頭が冷えた。
「……僕も、寝るか」
そう呟いて、僕は目を閉じる。
明日は良い日になるのかなとか、そんなどうでも良い事を思いながら。
今日という日は、終わりを迎えたのだった。
「くー、くー、くー。食うー、食うー、食うー」
「待って怖い」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目が覚めたら、どうしたことか、腹のあたりが重い。
目が覚めたのも自然ではなくて、この重さのせいだと言い切れるほどに重い。
滅茶苦茶嫌な予感がするけど、と言うか嫌な予感しかしないけど、とにかく重い。
だけど、どうしてだ、なんて思うほど僕は愚鈍じゃない。
勿論、犯人はドラゴンだ。ドラゴン以外にはあり得ない。
いやでも、じゃあこのお腹に当たってる柔らかいものってっもしかして。
いやもしかしてもしなくても、これってまさかまさかあれですか。
ドラゴンさんの、ほら、何と言うか、あれなんでしょうか。
僕は、恐る恐る目を開ける。
そこには、毛むくじゃらの良く分からない生き物が居た。
「何でだよ!!」
「きゅるるい!?」
何やら鳴き声をあげて吹き飛んでいくその獣。
多分、アレイスターの周りに居た獣たちの一匹だろう。
召喚獣……なのだろうか。
僕は、ため息を吐いて、額に手を置く。
「……ったく。我ながら恥ずかしい勘違いだ」
「……はあ。どんな勘違いですか?」
隣には、眠そうに目を擦りながら、上目なドラゴンが居た。
無論、僕は飛び起きるわけで。
「わっはっは!! では主らに今日やって貰う仕事を説明するぞ!」
僕らは今、朝食をご馳走になった後で、アレイスターの根城に通された。
それは、あのピラミットみたいな神殿の、丁度反対側に隠れるような場所。
そのせいで、初めてきたときには分からなかったのだ。
「仕事って、僕らがか?」
そう言いながら、僕は部屋の中を見渡す。
この薄暗い部屋は大量の不思議な物で溢れかえっていて、少し不気味だ。
特に、僕の直ぐ後ろにある、ツタンカーメンみたいなお面は何に使うんだろ……。
「当たり前じゃ。主は、まさかタダで私の力を借りれるとは思っとらんな?」
「まあ、それは……思ってたけど」
思ってたんかい、とは突っ込まないで欲しい。
だってこの幼女、すごい気前が良いんだもの。
「それは、いささかお弁当精神が過ぎるというものでしょう」
「お弁当精神!? そんな持ち合わせ僕にはない!!」
呟いたドラゴンに、僕はすかさずそう返す。
と言うか、逆に何かを分け与えてそうな精神だった。
「……まあ良い。主よ、これをみてみい。前に見せたのとはまた違うやつじゃ」
「またどこからそんな大きな水晶を。と言うか今度は殴ったりしないだろうな?」
「え?」
「まさかそんな反応返ってくるとは思わなかった!!」
とまあ、冗談はこれくらいにしてもらって。
その水晶と僕らが働くのは何か関係があるのだろうか。
……と言うか、えっと、冗談だよな?
「冗談じゃ。これは『時喰いの結晶』と言ってな。周囲の時間を食べる水晶なのじゃ」
凄いじゃろ、と言う感じで皆無な胸を張る。
「はあ、凄いのか?」
「凄い!! しかも貴重なのじゃ。でも先月、うかっりして落としてしまってのう」
悲しそうに目を伏せるアレイスター。
なるほど、確かにその水晶には僅かにヒビが入ったような跡がある。
「かなり危険な水晶じゃから、きちんと手順を踏んで廃棄せねばならぬのじゃ。だから主らにはその作業に必要な物を取ってきて貰おうと思ってな」
「危険なら、落とすような場所に置くなよ……」
と言うか、そんな物がヒビ割れ状態で目の前に有るこの状況。
結構危ないんじゃあるまいか。
「おー、危険じゃぞ。ここ見てみい。この小さな割れ目から今にも主らの若さをどんどん吸い込んでおる。もし完全に割れでもしたら、空腹を感じる前に腹が減りでお陀仏じゃ」
「――怖っ!?」
じりりと後ずさる僕とドラゴン。
と言うかドラゴンは後ずさり過ぎて外に出ていた。
まあ、一度飢えて死にかけたのだから、そんな思いは二度とゴメンなのだろう。
「とにかく、主らには必要なものを獲ってきてもらう。ほれ、これメモじゃ」
「……はあ、分かったよ」
僕はそう言って、メモを受け取る。
そこには、律儀にも詳細な地図まで書かれていた。
「でもアレイスター。どうしてお前が行かないんだ?」
「その辺りには最近危険な魔獣が出るらしくてな。危ないから近づきたくないのじゃ」
「危なくて近づきたくないような所に、僕らを行かせるのかよお前は」
僕がそう言うと、何故かアレイスターはキョトンというような顔をした。
「でも、主は戦えるのじゃろ?」
「戦うって……。コイツならまだしも、僕は無理だよ」
僕は、正直に白状する。
でもまだ、目の前の少女は不服そうな顔をしていた。
「そうなのか? でも、主にはスキルが……………あっ」
「……………」
僕は黙ってアレイスターを見る。
出来る限り、瞳の中に魂を込めないように。
それは例えるなら、死んで腐りきった魚の様な目で。
「ち、違うあれじゃ。そのスキルが有れば持ち運びとか楽そうじゃし、多分!!」
「…………」
「だ、だから、違うのじゃ。わざとじゃないのじゃ!!」
「………」
「あうう。その、あれじゃ、悪かった……のじゃあ」
小さな子供を困らすには、何か言うより、黙って怖い顔。
僕は今日もまた、ひとつ賢くなった。