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03、アレイスター・クロウリー

「なあ、ドラゴン」


後方に凄まじい勢いで流れてゆく景色を見つめながら、僕は彼女に問いかける。

現在僕らは、召喚術を極めたという老師に会うため、北へ向けて飛んでいた。

無論、空を飛んでいるのだから、彼女はドラゴンの姿だ。


「なんでしょうかー」

「本当に、良いのか?」

「構いませんよ。貴方の使命は食されることなのだから」

「僕は今お前に何を聞いた!?」


僕は軽くため息を吐く。

全くもってこのドラゴンにとっての、僕の立ち位置というのは改善されないらしい。

そろそろ、せめて食物ではなくて、生物として認識して欲しいのだけど。


「と言うか、そんな事より僕は良いのかって聞いてるんだけど」

「だから、その使命を考えれば、私のすべき事はたった一つ――」

「僕が一人で元の世界に帰って、お前は大丈夫なのかって聞いてるんだ!!」


でも、自分で言っておきながら、その答えにあらかた検討はついていた。

だって、僕は彼女のお弁当なのだ。そう、たかが、お弁当。

どうせ二つ返事で、お弁当なら代わりはいくらでもいます、とか言われるんだろう。

いや、この場合はお代わりなら幾らでも出来ます、だろうか。なんてね。


「はあ。遥か昔に、一瞬だけ訪れたデレ期が懐かしいよ全く」

「………」


僕があの洞窟で目の当たりにした、ドラゴンの初めてにして唯一のデレ期。

あの時のドラゴンは人の姿じゃないのに、もの凄く、それこそ愛らしくさえ思えたと言うのに。

今のこの状況というか、惨状を目の当たりにすると、心にぐっとくるものが有る。


「………」

「……って、あれ? ドラゴン、さん?」


どうしてだろう。先程まであれだけ熱弁を奮っておいでだったと言うのに。

今度は完全なる無反応を貫き通されていた。

それこそ完膚無きまでの無視、沈黙、無関心でありまして。


「やっぱり駄目ですね」

「は?」

「貴方に居なくなられると私、困ります」

「……それは、お弁当が居なくなるから?」

「無論です!!」


これは、なんだろう。

デレ期とは、また違うけれど、一体。


「そもそもお前が妹に会いに帰れと言ったんじゃなかったっけ?」

「その通りです。別にそれは撤回しません。私もついて行きます」

「……は!?」

「私も貴方の住んでいた世界について行きます!!」


いやこれは、デレて……いるのか?

分からない、全く分からないけど、でも、不味いことになった。

彼女の思考にかなり不味い案件が浮上してしまった、いや、僕が思い至らせてしまった。


「……それは、もう確定事項?」

「勿論です。嫌というのなら、貴方を食べて私は幸せになります」

「なるな!! そこは私も死ねよ!!」


そう言って、僕は再びため息を吐く。


「……確かお前にも、大事な妹が居たんじゃなかったっけ。その子はいいのか?」

「良い訳ではないですけど。妹は、私がこうなる直前に、お父様の手の届かない所へ信頼の出来る者に送り届けさせました。なので、あの子は無事です」


お父様の、手の届かない場所。

欲に駆られた国王で、魔女に魅入られた、大罪人の。

そして、彼女をこんな姿にした、張本人から。


「でも、最後に会ったのは十年も前だろ? 会いたかったり――」


その言葉は、最後まで続かなかった。

珍しいことに、彼女が喋っている僕を遮ったのだ。


「私は、あの子にこんな姿を見せたくないんです」


その言葉を聞いて、僕は気付いた。

完全に、大きなお世話だったってことに。


「……そうか。そう、だよな」


今のはちょっと、流石に、踏み込みすぎた。

だって、そもそも当たり前だ。彼女だって妹に会いたくないわけがない。

でも、きっと、多分、出来ないんだろう。


会いたいけれど、変わり果ててしまったその姿を、ドラゴンは見せたくないんだ。

人の姿にしたって、彼女は十年間の間成長をしていない。

ドラゴンは、妹に、自分を化物だとは認識して欲しくないのだ。


やっぱり、大きなお世話だった。

そう思って、僕は口を開く。


「なあ、悪かった――」

「えいや」


ポイと、背中から振り落とされた。


「理不尽だああああああああああ!?」


これが彼女なりの、僕に対する気遣いだと。

そんなこと、この時の僕には分かるはず無かったけれど。

でも、この話はもう終わりにしたいんだって事くらいは、流石に、理解できた。



「案外あっさりと着きましたね」

「存外あっさりと死にかけたけどな」


でも、確かに着いた。

魔獣が出るとかいう噂も合ったけれど、それらしき物にも合わず、着いた。


「……けど本当にこんな所に、居るのか?」


そう、つぶやくのも仕方がないくらいに、そこは錆びれていた。

まず目に入るのは巨大な建造物――と言っても良いのだろうか。

それは、そう踏みとどまってしまうくらいに、もはや残骸同然のボロ屑だった。


まるで古びた神殿のよう、と言えば聞こえは良い。

でも、神殿とは言ってもパルテノン神殿みたいな、ザ神殿というやつではなく。

どちらかと言うとピラミット的な。

まあ、正しくはお墓だけど、見た目だけであればそれがぴったりだ。


「まあ結論的には、人が住む場所じゃあ無いよな」

「貴方なら住めますね」

「……お弁当にもキツイと思う」


いやもう、本当それぐらいにズタボロな有様なのだ。


「でも、あそこなら人も何とか住めそうですね」


あそこ、と彼女が指差したそれは、これまたボロボロのオンボロ屋だった。

でも、確かに、あの程度なら人が住めなくはない――のか?

正直ちょっと微妙な線では合ったが、老師とか言ってたから大丈夫なのだろうきっと。


そして、その他に人が住める場所など無いことを確認した僕らは、その廃屋に足を向ける。


「誰かいませんかー? 入りますよー?」

「失礼します」


律儀にノックまでしてみせた僕を嘲笑うかのように入ってゆくドラゴン。

この場合は確かにそれが正解なのかも知れないが、お姫様的にそれってどうなのだろう。

でもまあ、彼女に関してはそれを逐一口に出しているとキリがないだろうという事で、黙る。


「召喚術師アレイスターさん。アレイスター・クロウリーさんはいらしゃいませんか?」

「……名前まで聞いてたのか」


そう呟いてみたものの、彼女に反応を返す者は居ない。

やはり、こんな場所に住む人間など、居るわけがないのだろうか。


「アレイスターさん、居ないのですか?」

「多分、これだけ言っても出てこないんだから居ないんだよ。他を探そう」

「そうですね。でも、最後に。天才召喚術師と悪名高い――」


「呼んだか?」


その声は、あろうことか僕らの後ろから聞こえた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ふむ、つまりアレか。主は不幸にも、そちらの彼女の手によってこの世界へと召喚されてしまったから、この私に元の世界へとお繰り返して欲しい……と」


そんな事を僕らの目の前で言っているのは、紛れもなくアレイスターさん。

そう、アレイスターさんのはずなんだけど、……でも。

いや待て、本当にコイツで合ってるのか?


「……質問良いですか?」

「おう。何でもかもんじゃ」

「お前本当にアレイスターさん?」


いけない、いけない。混乱して敬語使っておきながらお前とか言ってしまった。

でも。僕が混乱してしまうのも仕方ないくらいに、今のこの状況はチグハグだった。


例えば、アレイスターさんがまず女であったと言うこの状況。

そして例えば、その女が年端もいかない女の子であったと言うこの状況。

さらに言えば、彼女を取り巻くように、大量の見たこともない獣たちが闊歩しているというこの状況。


「あっはは。いきなりお前とはご挨拶な。でも、目上の者と話す時は態度を改めるべきじゃぞ。なんたってこの私は、先月9つになったのだからな。……わっはっは!!」


何が面白いのかわからないが、とにかく笑い出すその少女。

僕にとっては、彼女が乗っているダチョウモドキみたいな生き物の方が10倍くらい面白いのだけれど。


それに、目上がどうのこうの言って、年齢を持ち出す辺りどうなのだろう。

いや、単に年上だから敬語使え、とかならまだ分かる。

でも本人は9歳って言ってるし、もしかして、冗談のつもりだろうか。


まあ、とにかく9歳なら敬語を使う必要はないよな。

異世界だからといって、こう見えて178歳ですってオチでも無いようだし。


「あー悪かった。因みに僕は17歳だ。ドラゴン、お前は?」

「16ですね」


どさくさ年齢調査作戦成功。しかも年下でした。

まあ10年の封印分は含めずの16だろうから、どちらとも言えないだろうけど。


「わっはっは。16に17か。中々面白い冗談を言う奴らじゃ。とは言え私は寛大だからな。別に畏まった口調はせずとも良いわ」

「……はあ」


何と言うか、すごい性格をした少女だった。

豪傑というか豪放磊落というか、とにかくサバッサバしているというか。

これが樽酒を抱えた小太りのおっさんというならまだしも、実際には、金髪のショートヘアが良く似合う可愛らしい9歳の少女と、これまた素晴らしくミスマッチな構造なのだった。


「で、なんだ? 私に元の世界へと送り返して貰いたいのだろう?」

「まあ、そうなんだけど」


この少女、もしくは幼女と扱われ兼ねない様な彼女に、出来るのだろうか。

他の世界に、人一人、もしくは二人を転移させるなんて荒業が。


そんな僕の心内を読んだらしいアレイスターは、言った。


「出来るぞ。わりかし簡単にな」

「……あー、凄いな」

「あー。お主信じてないな! 絶対信じてないじゃろ! じゃろ!?」

「じゃろって……。ドラゴン、お前はどう思うよ」

「実に胡散臭いですよね。本当はアレイスターさんと無関係かもしれません」

「ぐはあ、酷いのう。……しょうが無い。主よ、少し近う寄れ」


そんな事を言って、金髪少女は僕を手招く。

仕方がないので言うとおりに僕が近寄ると、彼女は何やら大きな水晶のようなものを取り出した。


「そんな大きなもの、どうやって持ち歩いてたんだ……」

「良いのじゃ良いのじゃ。そんな事よりここじゃここ、ここ見てみい」

「ここ……?」


頭部をぶん殴られた。


「痛っでええええええええええええええ!? 何すんだこの馬鹿幼女!!」

「あーすまんな、胡散臭いとか言われたから……つい」

「つい、じゃない殺す気か!? それに、言ったのは僕じゃない!!」

「喚くな喚くな。安心せい、お主のスキルはきちんと記録できたわ」


そう言って、クルリクルリと水晶の上部を捻るように回す少女。

というか、スキルって……何だ?

いや流石にスキルって言葉が指す意味くらいは分かるけど。


「おお、お主。やはりスキルも知らんかったか」

「……まあ、うん」


不満そうに頭を擦る僕を見て、彼女はまた豪快に笑う。


「わっはっは。そうかそうか。それでは優しい私が教えてやる」

「……本当に、僕の頭を殴るだけの理由が有るんだろうな」

「いやいや。あれは別に、ただ殴りたかっただけじゃ」

「ただ殴りたかった!? なんて事言うんだ!!」


もう、あれだ。彼女とは仲良くやっていけそうにない。

彼女の隣をあんな大きな熊さんが歩いてるのを見た時から僕はそう決めていた!!

……いやでも、熊さんって前足が八本もある生き物だっけ。


そんなことを、僕が割りと真面目に考え始めたときだった。

不意に、目の前の少女が持つ巨大な水晶が、淡く光りだしたのだ。


「な!?」

「わっはっは! 良いぞ良いぞ、もっと驚け。今からもっと凄い事がおこるでのう」


もっと凄いこと。

それも、こんな暴力女の言う凄いこと。

やばい、全然想像できない。と言うか、想像もつかない。


「先に説明だけしておくとな。この世界では、異世界から召喚されてやって来た人間には摩訶不思議で強力な能力が付与されるのじゃ」

「それが、スキルか?」


何となくで、そうかなと思った事を呟いてみる。

正直言うと、目の前でと強くなっていくこの光が気になりすぎて、話しどころじゃないんだけど。


「そうじゃ。そしてお主を元の世界に帰す場合、これを一度消さなくてはならぬのだ」

「スキルを消すって、出来るのかそんな事」

「なはは! ついさっきまでスキルの存在すら知らなかったお主が、何を分かったような口聞いておるのだ」


……確かに。


「お、そんなことを言っているうちに、発動するようじゃ。……さあ見よ!! これが、これがお主のスキルじゃあ!!」


少女が興奮したようにそう呟くのと同時。

先程まで部屋全体を包み込むように照らしていた光が、一点に凝縮される。

そして、その光はまるでホログラムのように、空中に半透明な長方形の板を形作った。


そこに、僕のスキル名が書いてあった。


「――なっ!?」


その驚きに満ち満ちた声を上げたのは、何と、僕ではない。

それは僕の隣で、先程から一貫して沈黙を貫き通していた、ドラゴンの声だった。


でも、だけど、その気持は、分かる。

だって、…だってさ、……だってだよ?


「【スキル:お弁当】って、何だこれ!?」





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