02、世界は美少女に優しく
「おいひい、おいひいです」
そう言いながら、特盛の料理を頬張るドラゴン。
現在僕らは、あの場所から少し離れた所にあるレストランで食事をしている真っ最中だ。
喧騒は少し気になるが、肝心な料理達の量が実に良心的で、このドラゴンの腹を満たすにはもってこいだったという訳。
え? お金はどうしたって?
まあ、何と言うか、あれだよ。少しだけ、あの牢屋の外に合ったお金を、そのね。
……いや、はっきり言おう。お金は盗みました僕は最低です、最低の糞野郎です。
でも待って欲しい。そんな僕にも言い訳を一言だけさせて欲しい。
もし仮に、僕があの時お金を取らずに空腹で食事モード全開になったドラゴンを放って置いた場合、僕はどうなっていたでしょうか。
「――1お弁当、2お弁当、3お弁当」
「答えは3番のお弁当ですね」
「……そのとおりですよチクショウ」
僕は、はあとため息を吐いてから、目の前の美少女に目をやる。
彼女の現在のこの姿は、どうやらお姫様だった時とほとんど同じらしい。
違うのは髪の毛の色くらいだ、と水辺に自らの姿を移した彼女は言っていた。
でも、それにしても、可愛い。
何と言うか本当に、それこそ目が離せなくなるくらいに、可愛かった。
先程から周囲の男どもが、ムスッと喋りもせずにコチラを眺めて来るくらいに。
僕は居心地悪そうに座り直して、再び思考を巡らす
どうして彼女が人になれるのかなど、僕にはそれこそ見当すらつかない。
でも、彼女は封印が解けたあの瞬間には、人間だった。確実に。
その仕組みはドラゴンにも分からないらしいけど、でも、あれから彼女はドラゴンにも、人間にも変身出来るようになったのだ。
因みに、その副作用的なものは、二つ。
1つ目に、彼女の空腹メーターは著しい減り具合を見せるようになった。
2つ目に、結果として僕のお弁当としての存在価値が上昇した
「……やっぱ、絶体絶命だよな、僕」
「当たり前です。ひょいっと」
「ひょいって……それは僕のだ!! 待ってお願い2日くらい何も食べてないの!!」
何とか死に物狂いで、肉の塊を取り返すことに成功。
しかしその結果、被害は八割強。もはや僕のお肉は壊滅的だった。
「ドラゴンお前……僕の五倍の量を注文してあげたよな」
「ええ。たった五倍で私の胃を満たそうとするなど、おこがましい限りです。……食しますよ?」
「…………す、い、ま、せ、ん、でした!!」
このすいませんは謝罪的というより、どちらかと言うと皮肉的な感じだ。
しかも、あえて脳内で説明を加えることで更に嫌味さ加減100倍というわけだ。
なにこれ僕天才!!
「声に出てますよ」
「すみませんでした!!」
とまあ、冗談はここまでにしておいて。
「冗談? 私は常に食う気です」
「今声に出てたか!?」
とまあ、冗談はここまでにしておこう。
因みに口は塞いでいるから、この声が彼女に聴こえることはない。
「聞こえてますが」
「嘘を付くな!!」
「貴方の顔に、そう書いてあるんです」
そうだったのか。
これからは何か彼女に隠し事をする時は、顔をすべて隠さなければ。
……とまあ、本題。
「ドラゴン。僕たちは、この街に何をしに来たんだっけ?」
「お食事ですね」
「そう、情報収集だ。だから僕は今からここのマスターに、色々と聞いてくるから。大人しくここで待っててくれよ」
「それは了解ですが。貴方にそんな事が出来るのですか?」
ふっふっふ。
それなら無問題だ。
何故ならばこの僕には、まさに溢れんばかリの対人スキルが……。
「ほら、貴方の顔が、今も私に向かって不安だと言っています」
「嘘だ!! やっぱりさっきのは嘘だったんだ!!」
「……いや、でも。お弁当がどうやって人と喋るのかなと」
「今僕らが会話している事実すらをも揉み消すというのか!?」
くそう今に見てろよ、ということで僕はマスターの所に向かう。
「なあマスター。ちょっと聞きたいことが――」
「ゔぁ? 何だ餓鬼。商売の邪魔すんじゃねえ食っちまうぞゴラ失せろ」
「………」
「だから言ったでしょう?」
「……く、くそう」
「はあ、では仕方がないので私が行ってきます。貴方はここで待っていて下さい」
「は? 待てドラゴン、いくらお前でもそんな――」
思わず止めようとするが、間に合わない。
でもまあ、確かに、彼女はもっと世の中と言うものを知ったほうが良い。
僕みたいな聖人と一緒にいたら、世の中の男共が皆聖人なのだと勘違いしてしまうだろうから。
「あの、すみません。少しお聞きしたいことが」
「ああ何だねお嬢ちゃん、僕が知っていることならなんでも話そう。そうだ、ここに余ったドルサッガのもも肉が有るんだけど、食べるかい?」
「ぜひご馳走になります」
世の中は、美女に優しく男に厳しい。
今日、僕はまた一つ賢くなった。
「もっしゃもっしゃ。……とまあ、ここまでが私の聞いた限りのお話ですね」
「本当に有難うございました」
情報だけでなく、大量の食料まで仕入れてくれた彼女に、僕は本気で感謝の意を示す。
「何言ってるのですか。このもも肉は全て私のものです。貴方はこの胸肉でも食べて下さい」
「……あら、健康的」
僕は良質なタンパク源を頬張りながら、仕入れた情報を整理する。
――まず、一つ目。この街はマルゴスと言うらしい。
「ドラゴン、知ってるか?」
「もしゅもしゅ……。聞いたことがある気もしますし、無い気もします」
知らないらしい。
――そして二つ目に、この国はオルタニアと言うのだそう。
「コレはしってるか?」
「むっちむっち……バキッ。ええ、確か、私が昔居た国からかなり離れた所にある、農業国だとか」
農業国ねえ。
確かにこの街の周辺には、畑が沢山あった。
この情報は正しいと考えて、間違いないだろう。
――三つ目、ここからしばらく行った所に、召喚術を極めた老師が住んでいるらしい。
「これは、本当なのか?」
「バギッ……ボキバリッ。ええ、どうやら本当みたいです。地図も頂きました」
素晴らしく抜かりのないドラゴンだった。
今回に関しては、全てのおいて彼女の手柄だ。ぐうの音も出ないほど。
まあ、とにかく、これで僕達の目的地は決定したわけだ。
――そして最後に、四つ目。
「この街の近くは基本的に安全だけど、最近は強い魔獣が出没する危険性有り、と」
「バキバキッ、……ボキッボキキキキッブチッバキゴリゴゴリリリッゴリ。ええ」
「話しながら骨砕くの止めて怖すぎるから!!」
「………」
「何だ!? そのまるで食い物を見るような目は!!」
僕はため息を吐いてから、思う。
正直言って、僕ら――と言うか、ドラゴンに掛かれば魔獣の一匹や二匹、楽勝だと。
腹ペコの時でさえ屈強な男たちを軽くあしらう彼女なら、何にだって敵うはずだと。
この時点で、僕がそう思ってしまったのも。
仕方ないことだったのだろう。