中間試験と必殺技
穏やかな風が吹く昼下がり。
波打ち際にはじゃぶじゃぶと波の音が聴こえ、砂浜ではドガドガと爆発音が響き渡る。
城下町フルムーンからはだいぶ北に離れた位置にあるホーク海岸には様々なモンスターが生息している。フルムーン地方に昔から根付いている鬼牛と人食い芋の二体に加え、植物モンスターの悪魔ネギ、暴れ人参。動物型モンスターの殺戮ウサギ、鳥型モンスターの八裂きニワトリなどだ。ファンシーな見た目に反して物騒な名前が多いのはそれだけ凶暴で強力な魔物達だと言うことだ。まあ理性や知性があまり無いので我が魔王軍の魔物では無いのだが…。そういえば魔王城と魔王軍は今どうなっているのだろう?もうだいぶ長い事職務放棄?している。もっとも望んで魔王になったわけではないのでどーでもよいのだが。
今の俺の暇潰しのブームは軍団を率いる事より、目の前の女の子を喧嘩相手に相応しい立派な勇者に育て上げる事だ。
俺が、【伝説の勇者ナイトの意思を継ぐ女の子】であるアルトに【俺を倒す為の修行】を付け始めて半年が過ぎようとしていた。始めのうち拠点にしていたフルムーンの城下町近くの魔王城が見える海岸は二ヶ月程で離れた。鬼牛程度ではアルトの修行にならなくなったのが理由の一つ。もう一つは違う食材の料理が食べたいと言う俺の食への探究心だ。断っておくが決してアルトの作るコロッケに飽きたわけではない。むしろ今だにナンバーワンフェイバリット料理だ。しかし料理はバライティ豊かである事に越した事はあるまい?
ここの凶悪なモンスター達で作るアルトの料理もまた、たまらなく美味いものばかりだ。
…話が脱線したか、本日は勇者アルトの中間試験を行っている。課題は俺にクリーンヒットを当てること。ちなみに俺がいつも装備している黒マントは外している。アレを着ているとほぼ攻撃を無効化してしまうからな〜。
「はあああっ!」
気合いと共にすっかり手に馴染んだらしい鋼のスコップ…馴染んでしまったのもどうかと思うが…で舞うように素早い連撃を繰り出してくる。以前ならば全て余裕でかわしていたのだが俺の地獄の特訓を半年間も続けただけあって今のアルトの動きは尋常じゃないほど速く重いモノになっている。本日数回目の突撃、2回避けた後、3度目の連撃を魔力障壁を巡らせた拳で弾きアルトの動きはが一瞬硬直した所で回し蹴りを入れる。いつもの組手と違い、本日の中間試験は俺からの攻撃も有りのルールだ。…と、いっても本気で攻撃すると地平線の彼方まで吹き飛んでしまいそうなので力は100分の1程度のソフトタッチだが…。入ったかと思った回し蹴りはアルトの腕にガードされていた。100分の1とはいえ石壁に穴が空く位の威力はあるのだが、どうやらちゃんと魔力障壁は張っている様子だ。成長したなー。アルトは背後に飛び退くと魔力を手の平に集中させる。
「ライゲキマ!!」
雷系中級魔法のライゲキマを放つ。が、俺は片腕で受け止めると雷撃を横に弾き飛ばした。
ちゅどどーーーん!
砂浜に轟音が響き渡る。舞い上がる砂埃に一瞬アルトの姿を見失う。気配の消し方もだいぶ上手くなったなー、感心感心。
ふと背後から感じるアブラの香り。
「あ、ヤべっ」
思わず漏れる心の声。勇者ナイトから伝承された油を出す魔法に火炎系魔法を上乗せしてブーストするアルトの必殺技だ。
「ゲキヒマ・ブースト!!」
最下級魔法にの【ヒマ】をブーストしたときですら最上級魔法クラスの威力を発揮していたに、今回は中級魔法のゲキヒマである。しかも火炎系魔法が苦手なパーデスのゲキヒマより魔力練度は遥かに上だ。
グゴゴワワア!!
炎ば爆炎の波になって俺を包み込んだ。
「ああ!まずいやりすぎちゃった!!」
アルトがあわあわしながら叫んだ…が、
「ナメんな」
周りの炎が雲散霧散した後現れた俺の姿はほぼ無傷だ。直撃の瞬間、火炎系魔法と反属性の氷結系魔法を放ちガードしたのだ。加えて魔力障壁も展開していたので流石の必殺技も通らなかったのである。
「あー駄目かぁ!」
落胆するアルト。いやいやそう落ち込むことは無い。想像以上に育ってるぜ。
「仕方ない、秘密特訓してた奥の手を使いますよ!!」
なぬ?初耳である。俺に隠れてそんな事やってたのか。どれどれ…。
「ライゲキマ…アームド!!」
アルトはライゲキマを唱えたが魔力を放たず魔力障壁を利用して鋼のスコップと身体に蓄積させている。髪の毛がスーパーサ○ヤ人の様に逆立ち身体の周りで電撃がオーラになってスパークする。魔法剣士の使う魔法剣は武器のみに魔力を纏わせるが、これはそれの全身バージョンだな。
「行きます!」
雷を纏ったアルトはまさしく電光石火で走り寄り鋼のスコップを突き立ててきた。
うお?速っ!?不意をつかれた俺は慌てて魔力障壁を前方に張りめぐらせる…が、なんとアルトのスコップは俺の魔力障壁を突き破り身体へと到達した。しかしスコップが俺の皮膚に触れた瞬間…
ぱっきーーーん!!!
アルトの鋼のスコップは弾かれて刃先が砕け散った。
「な!?」
驚愕するアルト。
優れた武術家は己の肉体を鍛えるだけではなく内気功と言うものを常日頃から体内で練り続けている。それは己の肉体を従来の硬さ以上に硬く、強いものにする作用がある。そしてこの俺、覇王竜も内気功は普段から練り上げ身体中に張り巡らせている。しかも並の武術家とは比べるまでも無いほど強力強大なやつを。アルトのスコップはその内気功を張り巡らせた俺の筋肉に弾かれたのだ。
とはいえ、ガードモーションをしていない【身体に当てた】のは事実だし、中間テストは一応合格だ。ここで試験を終了しても良いのだが、しかし…僅かだが確かに感じてしまったのだ…。久々に…この俺の、覇王竜の暇がほんの少し潰れる感覚を。
ワクワク…
だめだ、止められない。魔力障壁を強くはり、加えて雷を纏っているアイツなら…受け止められるかもしれない。
「アルトぉ!!今から少し強めの攻撃をするからしっかりガードしろよー!気を抜くと死んじまうぞーー!!」
「え!?!あ、はいっ!!!」
アルトが慌てて魔力障壁をより強固に張り巡らせる。よし、イイぞ!さっきより分厚くて濃い障壁だ!では遠慮無く!!
俺は右手に魔力を左手に気を集中して胸の前で両手の力を練り合わせる。大気が震え俺の周りの空間が歪む。俺は一気に膨れ上がりスパークしたエネルギーを前方に解き放った。
「覇王竜撃波!!!」
練り合わせた力をエネルギーの波にして放つ俺のオリジナル必殺技である。本気で放つと山が二、三個吹き飛んで地形がかわるのだが、流石に可愛い愛弟子が相手なので出力は極力抑えている。
ドガガガドッガーーーンっ!!!
エネルギー波はアルトとその周辺を飲み込み…周辺の地形を陥没させた。…あ、やべ…やり過ぎた…かな〜
しかし直後砂煙りの中に人影が見えた。確かに動いているし、魔力と気を感じる。どうやらとっさに見よう見まねで内気功を張って耐えたようだ。もちろん、たいして練れていないニワカ気功だが高い魔力障壁の防御力と合わさることで覇王竜撃波に耐え抜いたのだろう。
「見事だ」
俺が称賛の声を発し近づいていこうとすると、予想外の反応が返ってきた。
「あ、ちょ…はーさん、今来ないでもらえますか!!」
ん?意味がわからない。なんだ急に?それに来るなと言われると逆に行きたくなる。制止するアルトの声を無視して近づくとちょうど砂煙りがはれ…そこには服を一切着ていないあられもない姿のアルトがいた。
「あ…」
どうやら覇王竜撃波に耐えられたのは身体だけらしく、防御力の低い革の鎧やアンダーウェアは消し飛んでしまったらしい。
「あ、いやこれは…」
「きぃやあああああああっ!!!!ハーさんの変態っ!!!!」
アルトの放った平手打ちは本日のどの攻撃よりも鋭く強烈に俺の頬にクリティカルヒットし、奇しくも文句無しに試験合格となったのであった。
ちゃんちゃん。
つづく…




