【外伝】赤竜と宝石の試練
記憶は淡く薄れ、今となっては不快感・憤慨感・憤りの感情論でしかないのかもしれない。
しかし自分が今深く深くその記憶に落ちていっているのは解る。
もう二百数十年も前になる。
小さな村の片隅の産屋で、自分は産声をあげた。
そしてその産声は、程なく消えた。
……と言うとまるで死んでしまったように聞こえるが、勘違いしないで欲しい。
僅かな時間で泣き止んだ自分は、母親の前で膝をつきこうべを垂れてこう言ったのだ。
「無事産んでいただき、有難うございます。母上」
竜族はもともと知能が高く、成長も早い。
あっという間に成人体になりそして若くてパワフルな時間は長く続く。
この辺りはサイ◯人と同じシステムだ。
しかし、それにしても自分の喋るに至るまでの時間の短さはあまりに例がなかったようで……後に母親からは
「可愛がる時間が無かった……むしろ可愛げが無い」
と愚痴られた。
ともあれ知力に限らず体力、力、魔力、全てにおいて規格外の成長を続けた自分は10歳になる頃には竜の里で1番の戦士になっていた。
同時に里に有る全ての知識を学び終え【里の若き賢者】とも呼ばれるようになった。
そんな自分……このころには一人称が「私」になっているので言い換えて、、、そんな私のこの頃の悩みは、自分が優れ過ぎていて周りの竜族がだらし無く見えてしまうことだ。
部屋は汚いし、作る料理は不味いし、衣服はポロポロだし……。
何をやらせても要領が悪いし効率も悪い。
力と知識を持て余した私は里中の竜族の身の回りの世話をするようになっていった。
数年後には呼び名も「里の賢者」から→「お節介執事」に変わっていた。
時はさらに流れ、私が成人した年のある暑い日。
一人の男が里の門を叩いた。
いや正確には門を叩き壊して粉微塵にして里に入って来たのである。
「我が名は覇王竜!おいドラゴンどもっ!!この里で1番強いやつを出せ!!」
慌てて飛び出した族長、というか私の父親が叫ぶ。
「若き竜よ!何故強者を求めるか!?我が里を最強の竜族、レッドドラゴンの里と知っての振る舞いか!!」
「あ??最強?……馬鹿がっ!最強はこの俺だ!!いいから掛かって来いよ!ビビったんならまとめて来ても良いんだぜ?」
それを聞いて血気盛んな若い竜たちが一斉に雄叫びをあげる。
「何だこいつ舐めやがって!」
「お望み通り、俺たち全員でボコボコにしてやんよ!!」
数匹が飛び掛った刹那、轟音がしたかと思うと覇王竜の眼の前で竜達はバタバタと倒れた。
「な!?!?ま、全く見えんかった……このワシが……。」
三流格闘漫画の敵っぽいセリフを言いながら膝を落とす父親。
「右肘が1発、左足で2発、最後は回し蹴りで三匹纏めてやられてますよ父上。」
「お……おお!赤竜!きておったのか!丁度良い、あの覇王竜とか言う者を……」
「言わずもがなですよ。私が戦います。里の戦士達では少々荷が重いでしょう。」
少しだけワクワクした。
何しろ最近では私とまともに戦えるものは里にはいなくなってしまっていたから。
目の前にいるこの男は恐らくこの里の誰よりも……強い!
「行きますよ!我が名は赤竜、この里1番の戦士にして賢者!この、私が…」
前口上を言っていたら不意に男の姿が消えた。
「なっ?」
「ごちゃごちゃうるせー。」
いきなり目の前に現れた男は私にデコピンを喰らわした。
余りの威力に10数回転しながら吹き飛んだ私は数十メートル先の岩山にめり込んだ。
「ガハッ……!馬鹿なっ!!」
「油断してるからだアホめ。」
このままの姿では到底勝てない。
だが、、、。
「ならば……全力でお相手しましょう!」
私の全身が一気に光に包まれ膨張する。
鋭い爪と牙。長い尾と羽が生え全身が鱗に覆われる。
元々の人の形の数十倍の大きさになった私は火炎を吐きながら挑発する。
竜族が普段は隠している真の姿、ドラゴンモードである。
「なんなら貴方も変身して構いませんよ?もっとも、レッドドラゴン族のドラゴンモードは全竜族中最強の力を誇りますから……無駄だとは思いますが。」
「……はぁ。だからアホだってんだ。油断しやがって。」
そう言うと、男の身体から神々しい光の竜のオーラが放たれる。
「なっ!!あ、あのオーラのカタチは!!ま、まさか伝説の……神龍族!?」
有り得ない。
神龍族は遥か昔に地下世界ミッドナイトでは滅んだハズだ。
「なあ、お前。ドラゴンモードが真の姿とか言ってるが……その先が有るとは考えたことは無いのか?」
膨らんだ光の竜のオーラが高密度になり男の身体に集約されていく。
と、同時に男から凄まじい魔力と気が真っ黒い放電状のオーラとなり解き放たれた。
「漆黒形態」
「そ、それが……ドラゴンモードの先の変身……ですか?」
「ああ。この姿の俺は……超強えーぞ?」
姿はそれほど変わっていない。
大きさも人間体と変わらない。
ただ特徴的だった赤髪と赤眼は漆黒に染まり、額から僅かでは有るがツノの様なものが生えている。
一見代わり映えしない姿に見えるが、絶えず吹き出し続ける禍々しい漆黒のオーラが、彼の溢れんばかりの力と魔力を物語っていた。
ビュンッ!!
刹那、彼は姿を消したかと思うと私の目の前に現れた。
「んじゃあな。」
凄まじい威力の何かが私の頭部に叩きつけられた。
後から思い返してみると、この一撃もタダのデコピンだったのだが……
私は再び10数回転しながら吹き飛び、その巨大な竜の姿を山岳にめり込まされだ。
私の記憶が正しければこの一撃で、覇王竜様には敵わないことを悟り、同時に尊敬の念を抱き執事として一生お仕えする事を心に決めた……筈であった。
しかし、今回の私は……立ち上がったのだ。
「な、なるほど。今のがドラゴンモードの先の力ですか。ならば、私も今こそ限界をこえましょう!」
私の体が人サイズまで縮小され、パワーが凝縮する。
と、黒いスパークしたエネルギーが身体から放たれ髪と目の色が変異した。
「ほう。お前も漆黒形態を扱える才能があったか。ならば!存分に楽しもうぜっ!!」
「望むところです!!」
お互いのオーラを交錯させながら激しくぶつかり合う二人。
いやいや!
いやいやいやいや!
「なかなかやるじゃねーか!よし、お前は俺の障害のライバルだぜ!」
こうして二人は熱い握手を交わすのだった。
チャンチャン。。。
……えーと。
流石にこの辺りで気が付いた。
ご存知の通り現実の私は漆黒形態になどなれない。
ああ、これは幻だ。
おそらく試練の洞窟で神の宝石がメタモル鉱石の武器を与えるに足る者か試す為に私に見せているのだろう。
的確だと感心する。
見事に私の空虚な部分、つまり【覇王竜様を戦いにおいて満足させる事が出来無い】という負い目、悲しみを突いてきている。
しかも恐ろしいのは、試練の幻だと気が付いた後も「もう少しこの満足感に浸りたい」と思わせられている事だ。
覇王竜様と互角に戦い、互いに称え合う。
なんと甘美な誘惑だろうか。
「この世界、まるで麻薬の様な中毒性ですね……。もう少し楽しんでいても構わないでしょうか。」
そう呟いたとき、空間から
「ならばさらなる満たされぬ部分を埋めてあげよう」
と声が聞こえてきた。
瞬きと共に目の前の風景が切り替わり、見知った魔王城の一室に飛ばされる。
隣の覇王竜様が私に話しかけてくる。
「今日は赤竜と共に俺に仕えてくれる事になった男を紹介するぜ。」
部屋の扉が開きゆっくりと一人の男が入ってきた。
「やあ!君が赤竜君かい?僕の名前は牙翼、これからは共に友情を育み合おうじゃないか!宜しくな!」
「誰だお前っ!!気持ち悪いわっっ!!!!!!!!」
こうして……生理的不快感で思わずでた似合わない罵声と、牙翼の顔面に減り込む右拳の感触で、私は神の宝石の試練から脱したのだった。
これが私が【ワイバーンキラー】を手に入れるに至るまでの一連の経緯である。
つづく。




