庭園での会談
わたしはプチドラを抱いて玄関を出た。しばらく石畳が続く。帝国宰相は、ただ一人、左右に並んだ噴水の谷間でわたしたちを待っていた。
「お待たせしました、帝国宰相閣下」
わたしは、一応、形通りにご挨拶。帝国宰相は、なぜだか目を細め、優しい表情になって、
「わが娘よ、待っておったぞ。急に呼び出したりして申し訳なかった。そなたと庭園を散歩したいと思ってな。年寄りのわがままじゃが、許してほしい」
帝国宰相は(おそらくは意図的にだろう)腰をかがめ、いかにも年配の人っぽい姿勢でわたしを庭園内に案内した。宰相は庭園に咲く美しい花々を見せつつ、
「わしと先代のドラゴニア候とは義兄弟の約束を交わした仲。そなたが先代のドラゴニア候の娘であれば、わしの娘と同じことじゃ」
いきなり「わが娘」と言われても気持ちが悪いし、そもそもわたしはご隠居様の娘ではない。帝国宰相とご隠居様が義兄弟というのも、何やらウソっぽい話だ。
「わしも若い頃は血の気が多くてな。騎士団を率い、戦場を駆け巡ったものじゃ」
「はあ……」
「しかし、わしも、この年じゃ。争い事なく皆が平和に生活できるなら、それに勝る幸せはないのではないかと思うようになった」
「わたしもそう思います。わたしは誰よりも平和主義者ですから」
「争いは醜いものじゃ。特に、親と子、兄弟姉妹の骨肉の争いなど、あってはならぬと思う」
ふと、帝国宰相は足を止め、顔をわたしに向けた。
「わが娘よ、分かってほしいのだ。調和の中にこそ平和があるということを」
最初に見た時の印象からあまりにもかけ離れた好々爺ぶりは、不気味なほど不自然だ。裁判では御曹司に勝ち目がないと見て、わたしを丸め込もうというつもりだろうか。でも、わたしをご隠居様の娘のように見立て、「御曹司と兄妹仲良くしなさい」では、理屈付けはかなりの無理筋。もっとも、わたしとしては、それなりの代償さえもらえれば、丸め込まれることに異存はないが……
「分かります。でも、正義は肉親の情とは別問題で、正義は実現されなければ意味がありません」
「正義は実現されねばならぬ、それは正しい。わしもそう思う。じゃが、そのために、今までいかに多くの血が流されてきたことか。年のせいかもしれぬが、善き戦争よりも悪しき平和の方がマシではないかと思ってな」
「悪しき平和の中にも掟があり法があります。そうでなければ、たちまち戦争状態に至るでしょう。法は守られなければなりません。どのような社会でも、社会ある限り、法は存在します」
「法は守られねばならぬ、それはそなたの言うとおりじゃな……」
その時、帝国宰相の目がきらりと光り、ほんの一瞬、獲物を狙う猛禽類のような目をわたしに向けた。何かマズイことを喋っただろうか。もしかしたら、地雷を踏んだかも……