仕方なく切り札を
トカゲ王国軍は、この日も予定通り、後退を続けた。ツンドラ候と彼の騎士団は、おそらく侯爵の二日酔いのせいで、動かなかった。昨日はツンドラ候が酔った勢いで喋りまくってくれたおかげで、ある程度、諸侯連合軍の内部事情を把握することができた。連合軍は、ドラゴニア候とツンドラ候の伝統的な対立関係から、それぞれを支持するグループ二派が何となく別れ、それほどうまくいっているとはいえないようだ。諸侯連合軍は大軍だけれど、内輪もめをしているなら、案外、もろいかもしれない。
次の日も、そのまた次の日も、トカゲ王国軍は後退を続けた。このまま順調にいけば、あと1週間程度で、ホームグラウンドであるリザードマンの領域に入るだろう。
ところが諸侯連合軍は相変わらず鈍重で進軍のペースが遅い。ツンドラ候の騎士団はまったく動かない(一度捕まったので「単細胞」でも少しは懲りたということか)。トカゲ王国軍がリザードマンの領域に到着しようかという頃、ツンドラ候の騎士団と諸侯連合軍本隊が合流した。
わたしは伝説のエルブンボウを持って、
「プチドラ、御曹司のところに燃料を入れに行きましょう。動きが鈍すぎて、イライラしてきたわ」
「そうだね。そろそろ頃合かもね」
わたしは隻眼の黒龍に乗り、諸侯連合軍の陣地に向けて飛び立った。
そして、多分、わたしが「急げ急げ」とせかしたためだろう、陣地までは半日もかからなかった。最前列には真っ白の騎馬軍団が見える。きっとツンドラ候の騎士団だ。
「この辺りでいいわ。降りましょう。あの人、だいぶ酔ってたけど、わたしの顔は忘れていないでしょうね」
隻眼の黒龍はツンドラ候の陣のすぐ前に降りた。騎士が次々と飛び出し、武器を構え、わたしたちを取り囲んだ。恐ろしいドラゴンを目の前にしても、うろたえて逃げ出さないところは、さすが。しばらくの間、わたしたちと騎士団のにらみ合いが続いた。
「なにぃ、ドラゴンが出た? 女が弓を持って背中に乗ってる? どこだ! どこだぁ!!」
やがて、陣中から大男が大剣を手に持って小走りに駆けてきた。相変わらず元気な「単細胞」だ。わたしは地面に降り、
「ツンドラ候、今日はトカゲ王国軍の使者として参りました。総司令官にお取次ぎ願いたいのですが」
「うっ、おまえは!」
ツンドラ候はのけぞるように驚き、何度かキョロキョロと周りを見回した。そして、人並み外れて大きな体をかがめ、わたしの耳元で、
「いや、その、取次ぎは取次ぎとして、その、なんだ、先日のことだが…… あのな、それはちょっと……」
要領を得ない話しぶりだ。敵軍に捕われて勧められた酒で二日酔いしたことがバレたら、確かに具合が悪いだろう。
「ご安心を。今日は、その話は一切ありません」
それを聞くとツンドラ候はホッと胸をなぜ下ろし、わたしと隻眼の黒龍を本営まで案内してくれた。