酔いどれ侯爵
ツンドラ候は遠慮することなく、浴びるように飲んだ。さらに、調子に乗って、酒の入った大きな甕を抱え上げ、一気に飲み干そうとした(甕の重さを支えきれず、ひっくり返ってしまったけど)。これだから酒飲みは……
ろれつが回らなくなりながら、ツンドラ候の大言壮語は続いた。巨人とたった一人で戦ったとか、皇帝陛下の危機を救ったとか、本当か誇張かウソか知らないけど、よくもまあ、話が続くものだ。
「俺様こそ、帝国で最強! 俺様こそ、諸侯連合軍の総司令官にふさわしかったのだ!!」
「総司令官はドラゴニア侯と聞いていますが……」
わたしがドラゴニア侯の名を出すと、ツンドラ候は、急に言葉を荒げ(元々、上品な言葉遣いではなかったけど)、
「ドラゴニア候だと? あの能無しのボンクラ息子が総司令官なんて、へっへっへっ、笑っちまうぜ!!」
そして、ツンドラ侯の口から、まるで機関銃のような勢いで、ドラゴニア侯の悪口が飛び出した。戦の手柄がなく、知性や教養にも乏しいくせに(「それはあなたもでしょう」と言いたい)、帝国宰相にゴマをすってうまく取り入って総司令官の地位を手に入れたとか、魔女に家宝を強奪され(目の前にいるのはその魔女ですが……)、未だに奪還できていないダメなやつとか、ひどい言われようだ。ツンドラ候は盃を地面にたたきつけ、
「俺様が言ったように、すぐに全軍で追撃をかけていれば、立場は逆転していたのだ!」
「では、ドラゴニア侯は、追撃には反対?」
「いや、あのバカは、きっと計略があるとか、とりあえず距離を保ちながら追いかけて様子を見るとか、中途半端なことを。あんな素人に総司令官が務まるものか! だから俺様が戦の手本を見せてやろうとしたのだ!!」
なるほど、それでツンドラ候は自分の部隊を率い、追撃を始めたのだ(捕まってるけど)。
酒宴が終わる頃には、ツンドラ候は酔いつぶれていた。気持ちよさそうに大いびきをかいている。蹴飛ばしてみても、全然反応がない。
「前も思ったんだが、やはり常識のかけらもない野郎だったな。さすが『単細胞』だ」
フサイン部隊長があきれて見下ろしている。
「こいつをどうするか。この場でぶっ殺してしまえば簡単だが」
「殺す必要はないでしょう。明日の朝にでも、丁重に送り返してあげればいいわ」
負け惜しみの強い人だけど、生かしておいても害にならないと思う。ツンドラ候は、きっと強がって、「捕まったが見張りを殺して脱出した」とか「一人でトカゲ王国軍をやっつけた」とか言って、本当のことは自分の部下にもドラゴニア候にも言わないだろう。そうすると、ドラゴニア候としては、手柄をツンドラ侯に独り占めされてはマズイと思って、そろそろ本気で追撃を始めるだろう(という希望的観測)。
翌朝わたしは、二日酔いで気分が悪そうなツンドラ侯を隻眼の黒龍の背中に乗せ、相手陣地の手前まで送り届けた。降ろすとき、ツンドラ候は死にそうな顔で、一応、礼を言っていた。




