単細胞
わたしたちは、もちろんツンドラ侯よりも早く、トカゲ王国軍の陣営に引き返した。迎撃準備の時間は十分にあった。リザードマンたちは、のんびりとしているように見えて、いざというときは素早い。陣地の前面に馬防柵を並べたり穴を掘ったり、本当に、あっという間に戦闘態勢を整えた。
わたしが感心してリザードマンの仕事ぶりを眺めていると、フサイン部隊長がやってきて、
「相手は『単細胞』のエドワードだそうだな」
「『単細胞』をご存知ですか」
「まあね。ツンドラ候のところで傭兵をしていたことがあってね。あの『単細胞』が相手なら、俺に考えがあるんだが……」
フサイン部隊長はニヤリとした。
ツンドラ侯の騎士団が追いついたのは次の日だった。早くから準備が整っていただけに、間延びした感もあるが、練習の時間を確保できたのは幸いだった。練習とは、フサイン部隊長のアイデアで、ツンドラ侯を虜にするための策。
「卑しきトカゲどもめ、皇帝陛下の臣下の末端に名を連ねながら、この狼藉は許されるものではないぞ。このツンドラ侯が成敗してくれよう!」
ツンドラ候は部隊の前に進み出て、堂々と名乗りを上げた。名乗りを上げるのが諸侯同士が戦う場合のルールらしい(源平の合戦でもあるまいが)。一応、リザードマンの司令官も、ルールに則って、名乗りを上げた(のだろう、多分)。
「☆&❦℡#㈱@%★△%#■☽☆$%……」
何を言っているのか分からないが、フサイン部隊長が通訳した。
こうして、ようやく戦闘が開始された。すると、味方の陣から、
単細胞! 単細胞! 単細胞! ……
リザードマンが声を合わせ、「単細胞」の大合唱を始めた。これがフサイン部隊長の発案で、ツンドラ侯を怒らせようとする作戦。
部隊長がツンドラ侯のもとで働いていたとき、傭兵の間では侯爵のことを「単細胞」と言っていたが、本人はそのことをひどく気にしていて、たまたま傭兵たちが集まって「単細胞」とうわさしている現場に出くわしたとき、顔を真っ赤にして怒り出し、死者が出るくらいに大暴れしたという。
リザードマンたちは、ツンドラ候が来襲するまでの時間、「単細胞」の合唱の練習をすることができた。今、その成果を存分に見せ、実にテンポよく「単細胞」と繰り返している。
ツンドラ候は兜の上から耳を押さえ、何やら大声でわめきだした。フサイン部隊長の策が当たったのだろう、とりあえずは、相当な心理的ダメージを与えたようだ。




