脱出
道草を食っている間にメイド長が正気に返ったようだ。おそらく、気がついた時には何が起こったか分からず、キョトンとしていたことだろう。ハーレムなんか見学せず、すぐに城を発っていれば、こんなに早くばれることはなかった。「余計なことをしなければよかった」と、あらためて後悔しても、もう遅い。
「エレン、お城の外までの道は分かる?」
「うん。ここからなら、すぐだよ」
「それじゃ、プチドラ、とりあえず、Fire!」
「は~い」
プチドラは大きく息を吸い込み、口から炎をふき出した。炎はメイド長を包み込み、のみならず床の絨毯や壁に掛けられたランタンも燃え上がらせ、廊下は激しい炎に包まれた。
「みんな、こっち」
エレンがわたしたちを手招きした。わたしたちはエレンに続き、ハーレムを横切った。メイドたちは突然の火災に驚き脅え、われ先にと逃げ出した。しかしハーレムの住民たちは、それもどこ吹く風といったふうで、ひたすら食べ続けるばかりだ。
わたしたちは反対側の扉から廊下に出て、長い廊下を抜け、跳ね橋を渡り、城外に出た。しばらくの間、城内では消火活動で手が一杯だろう。すぐに追われることはあるまい。
「プチドラ、お願い」
「うん」
プチドラの体は象のように大きく膨らみ、巨大なコウモリの翼が左右に広がった。左目が爛々と輝く。こうして、あっという間に隻眼の黒龍モードに。
「あら、カトリーナさんのペット、本物のドラゴンだったのね」
と、エレン。プチドラの本来の姿を見るのは初めてのはずなのに、驚いているように見えない。このプチドラこそ、あなたが教えてくれた伝説の「隻眼の黒龍」なのだ。今は説明している暇がないけど。
エレン、マリア、わたしの三人は、隻眼の黒龍の背中に乗った。やっぱり三人だと少し窮屈。だけど贅沢は言ってられない。
「飛ぶよ」
「いいわ。さっさと帰りましょ」
隻眼の黒龍は翼を大きく羽ばたかせ、大空に舞った。眼下に見えるお城が、庭園が、湖が、どんどんとミニチュアのように小さくなっていく。
「日差しはこんなに暖かなものだったんですね」
マリアは大きく腕を広げ、感慨深げに言った。何年も塔の中に閉じ込められていただけに、感激もひとしおのようだ。でも、しっかりと隻眼の黒龍につかまっていないと危ない危ない。