ヘッドハンティング
メイドの朝は早い。翌朝、エレンがごそごそと身支度をする音で目が覚めた時には、外はまだ暗かった。
「ごめんね、起こしちゃったかしら? わたしはこれから仕事だけど、そのうち戻ってくるわ」
そう言って、エレンは出かけた。プチドラは丸くなって気持ちよさそうに寝息を立てている。こんな朝早くから仕事なんて、朝寝坊の人にとって、メイドは相当にきつい仕事かも……
でも、思い返してみれば、ご隠居様のところでは、わたしも最初はタダのメイドだった。安楽な暮らしに慣れれば、人は自然と堕落するのだろう。
しばらくすると、日が昇りだしたのか、辺りがだんだんと明るくなってきた。このまま何もしないでエレンを待っているのも退屈だ。散歩でもしようと思って入り口のドアを開けると、メイド服のすそが何かに引っかかったような気がした。振り向くと、
「マスター、それは危ない」
「あら、プチドラ、起きたのね。危ないって?」
「昨日はよかったけど、今日は無事に帰れるという保障はないよ」
「それもそうね……」
不覚にも、自分が方向音痴だということを、またまたうっかりしそうになった。
仕方がないのでそのまま待っていると、エレンが朝食の残りものを持って戻ってきた。昨晩のディナーほどではないが、朝から高カロリーの高級品が並んでいる。
エレンの仕事は、城内の掃除、食事の準備、後片付け、洗濯等々、朝起きてから夜寝るまで、びっしりと詰まっている。大変かと思ってきいてみたら、
「まあ、慣れればどうということはないわ」
それほど重労働という様子はない。わたしはメイドしてはサッパリダメダメだったけど、エレンはどんな仕事でも無難にこなしているようだ。人事担当ではないけれど、仕事ができるなら誰であっても採用したい。それに、マリアを連れて逃げれば、侵入者を手引きしたエレンが危険にさらされることは、容易に想像できる。というわけで、
「エレン、わたしの仕事が終わったあと、一緒に来ない?」
「えっ? 一緒にって…… もう一度、あなたと一緒にいられるの?」
「まあね。ここでいるよりもいいと思うよ」
エレンは一も二もなく承知した。帰り道はわたしとエレンとマリアの3人が隻眼の黒龍の背に乗ることになる。重量制限が心配だけど、プチドラは小さな胸を張りVサイン。これはOKということだろう。
午後、予定通り、マーチャント商会会長の贈り物が届いた。宝石や貴金属、工芸品、調度品、高級家具等々が荷馬車数台に満載されていた。贈り物はお城の倉庫に降ろされ、夕方から荷車への積み込み作業が行われるという。作業に混じって倉庫内にもぐりこみ、こっそりと贈り物の中に身を隠すことにしよう。翌日には、マリアのいる部屋の前まで運んでくれるだろう。