セキュリティシステム
エレンはポケットから、手の平サイズの薄い板を取り出した。色はメタリックブラウンで、表面には読めない文字が書かれている。イメージとしては、クレジットカードやICカードが一番近いと思う。
「これ、なに?」
「これがないと、お城の中に入れないの」
エレンはにっこりとして、子牛程度の大きさの(自動改札機のような)機械にカードを入れた。すると、跳ね橋が音を立て、ゆっくりと降りてきた。
グレートガーデンでは、メイドや従業員などは身分に応じ、現代風に言うところのIDカードを与えられ、そのIDカードによって日常生活を送っているそうだ。カードのグレードは、ゴールド、シルバー、カッパー、ブロンズ、アイアンの5段階に分かれ、それぞれアクセス権限が異なっている。エレンのカードはカッパーで、ハーレムに仕えるメイドとしては一般的なグレードということだ。
「行きましょう」
エレンはわたしの手を引いた。わたしとプチドラは跳ね橋を渡り、易々と城内に侵入することができた。お城に受付はなく、守衛もいないらしい。このIDカードを使ったセキュリティシステムは、マーチャント商会に仕える最高レベルの魔法使いたちが集まって、何年もかけて完成させたという。
お城の中に入ってみると、メルヘンのように大理石の壁がピカピカと輝き、果てしなく続く廊下には極彩色の絨毯が敷かれていた。また、エレンの話によれば、メイド一人ひとりに個室が与えられていて、メイド服その他の生活必需品が無料で支給されるなど、メイドの労働環境は良好に保たれているという。
わたしはエレンの部屋でオレンジ色のメイド服を借り、それに着替えた。漆黒のメイド服のまま、うろうろするわけにはいかない。オレンジ色のメイド服は、後宮候補生の純白シルクのメイド服ほどではないけど、なかなか着心地がいい。一息ついたところで、この町に着いたときからずっと気になっていたことを尋ねた。
「エレン、この町であまり……と言うか、ほとんど人を見かけないのは、一体、どういうわけ?」
「会長が来る時には結構な賑わいになるけど、その時以外は閑散としてるよ。それに、最近はどんどん人員削減してるみたいだし」
マーチャント商会会長がグレートガーデンに滞在するのは年に数回、期間は1回につき10日間程度だという。その時以外は、街の住人は基本的にハーレムの維持管理要員以外おらず、その要員についても、魔法のIDカードによるセキュリティシステムの導入により、近年は削減が進められているらしい。
確かに、ハーレムに入るためにはカッパー以上のIDカードが必要だから、不審者の侵入をチェックするための見張りや衛兵を置く必要はないだろう。しかし、そもそも予定通りにいかないのが世の中であり、どんな優秀なシステムでもヒューマンエラーを防ぐことはできない。合理化しすぎるのもどうかと思う。ただ、そのおかげで今回は救われたけれど。
なお、さらに輪をかけてすごいのがマーチャント銀行本店で、従業員が一人もいなくて、現代風に言うところのスーパーコンピュータが置かれ、それがすべての業務をこなしているという。