変わる日常
学校では衣替えで皆夏服になり、俺は季節が変わっていく事を感じていた。
「上米良くん、委員会行こう」
帰り仕度をしていた俺に、高梨は身を乗り出して言ってきた。そんなに乗り出してちゃ見てるこっちが恥ずかしい。
「今日って委員会だっけ?」
惚けるように俺はいう。
「そうだよ、今朝先生に言われたじゃない」
「そうだったっけな、まぁいい、行こうぜ高梨」
最近俺は高梨とこうしてコミュニケーションを取ることが楽しいと感じてきて、委員長にならされた事へのショックはなくなっていた。
高梨と廊下へ出ると部活に行く者、帰りにどこへ寄り道をするか話しをする者達で、軽い賑わいをみせていた。
「委員会って何だか話がつまらなくて嫌になっちゃうね。このまま二人でフケちゃう?」
そう言いながら高梨は小悪魔のような笑みを見せてくる。
そんな高梨にドキっとしながらも俺は
「いや、委員会はちゃんと出ないと駄目だろ」
「言ってみただけですよー」
そう言いながら高梨は舌を出している。
委員会が行われる部屋に着くと、各クラスの委員長たちが半分近く集まっていた。
俺達1ーBの座る席は委員会の議長とは一番離れている。
俺達が席について数分もしないうちに各クラスの委員長は全て集まった。
「皆さん集まった事ですし、委員会を始めます。」
眼鏡をかけたいかにもな雰囲気の議長が口を開いた。
議長が話し出した内容は、生徒会と協力し学校周辺のゴミ拾いをしよう、という内容だった。
いくら俺達が委員長という立場でも、一年生の俺達は先輩方の決めた内容に賛成することしかできず、居ても居なくても支障をのない存在でしかない。
俺達下級生を置いてきぼりな話し合いは、3日後の放課後にゴミ拾いを行うという事で決まった。
委員会が終わって外に出ると、もうすぐ日が落ちそうなオレンジ掛かった空になっていた。
高梨が教室に忘れ物をしたと言うので何も予定のない俺はついていく事にした。
「空、綺麗だね」
少し夕陽があたった高梨にドキっとした俺は、これが恋なのかと思っていた。
夕陽のあたらない誰もいない教室は薄暗く、少し不気味だった。
先に俺が教室に入ると後から入った高梨は扉を閉め
「やっと邪魔者がいない」
その言葉を普段言われればドキドキするはずなのだが、教室の不気味さで俺の背筋は凍った。
「邪魔者ってなんだよ、誰かいると何か困るのか?第一俺達は誰かいると困るような事はなにもないだろ」
俺は訳もわからずテンパっていた。
「ううん、私は困るよ」
そう言う高梨に普段の笑顔はない
「困るって何が……」
言葉に詰まる俺に、高梨は見たことのない冷たい表情でゆっくりと近づいてくる。
そんな高梨を恐ろしく思った俺は、入ってきた扉とは反対の扉へ向かう。
「っ!?開かないっ!?」
鍵か閉まってる、というか扉の造形をした壁のようにびくともしない。
「扉は開かないよ」
すぐ後ろに高梨は居た。
ヤバイ!そう思った俺の膝はガタガタと震えていた。
「誰もとって食べたりはしないよ、私は上米良くんに確認をしたいだけ」
高梨は笑顔で言ってきたが、その笑顔も不気味に感じる。
「確……認?」
膝だけじゃない、俺は声も震えていた。
「変な夢見てない?真っ白な」
「なぜそれを……」
高梨は何かを知っている。俺は直感でそう感じた。
「なぜそれを、って事はやっぱり見てるんだよね?」
高梨の不気味な笑顔がさっきの冷たい表情に変わる。
「君はその夢の中でひとりぼっち?それとも誰か他にいる?」
「今まではずっとひとりだったが、この前女性のような奴が出てきた」
震えながらも俺はありのままを伝えた。
「そう、女ね」
高梨の眉間に微かだがシワが寄るのが見えた。
「わかったわ、ありがとう」
高梨がそういった途端目の前が真っ暗になった。
気がつくと自室のベッドで俺は仰向けで転がっていた。夢だったのだろうか、混乱していたが凍るように冷たい視線と、全身の震えは鮮明に覚えている。
コンコン
扉を叩く音と同時に親父が入ってきてた。
「危ないところだったね、あのままだと君は深い眠りにつき、覚める事はなかった。
もう大丈夫だが今日おきた出来事は誰にも話さないほうがいい、感づかれると困るからね。」
そう言うと親父は部屋を後にする。
混乱していた俺は親父を呼び止める事すらもできなかった。
親父が何を知っているのか、何を隠しているのか気になりすぐ後を追いかけるも家の中にも家の外にも親父は見当たらない。
「何なんだよ!もうっ!」
混乱から何もわからず何も理解できない苛立ちへと変わった。
もう時間は日をまたいでいたが、俺は寝られるわけもなく、外が明るくなるまで起きていて、学校へ行く気もおきず、実那子へ体調が優れないから休む。川中先生に伝えておいてくれとだけメールをしてベッドに転がった。
何時間寝ていたのだろうか、外はすっかり暗くなり、携帯を見ると実那子と誠から心配のメールと着信が残っていた。
リビングへ向かうと、ラップをした夕飯だけが置いてある。
親父の姿はない。
少しは頭もすっきりするだろうと、俺は近所のコンビニに向かうため暗い外へと玄関を出た。
「誰もいないか……」
そんな独り言を俺は呟く。
コンビニまでの道は人通りもなく、街灯のみが地面を照らしている。
いつ以来だろう、こんなにも夜の道が不気味で怖く感じるのは……。
コンビニに近づいてくると、チラホラだが少しずつ車や通行人も増えてくる。
それをみて俺は少し安心できた。
コンビニの中に入り、何か飲もうとドリンクを選んでいると後ろからなにやら聞いたことのある声がした。
「飲み物なら最近出たこれがおすすめだぜ」
後ろを振り向くと笑顔を見せる正木だった。
なんだかこいつの裏のないような自然な笑顔に、俺は気持ちを落ち着かせる事ができた。
「こんな時間に正木は何やってるんだ?」
「牛乳が切れてな、ママに買ってくるようにお使いを頼まれたんだ」
「お前普段はママって言ってんのな」
「うっ、うるせぇ!悪いかよ……」
赤くなり、顔を腕で隠す正木を初めて見た俺は、自然に笑う事ができた。
「笑うなって!」
そうい言う正木を見て、可愛いところもあるんだなと俺は思った。
帰り道が同じ方向らしく、正木に進められたドリンクを買い、一緒に外に出た。
「そういえば上米良、お前今日体調悪いんじゃなかったのか?」
「もう大丈夫だ、明日はちゃんと学校にいくよ」
高梨の事が気になったが俺はとりあえずそう答えた。
正木と一緒だったおかげか、帰り道はさほど怖いと思わなかった。
家に帰ると親父の靴がある。
リビングに入ると親父は座ってテレビを見ていた。
「親父は一体何を知っているんだ!?俺に何を隠しているんだ!?」
親父とテレビの間に立ち、問いかけると。
「きみにはまだ何も話してはしけないんだ。時期がくればきみに話すことができるよ」
「まだってなんでだよ!時期っていつだよ!!」
「きみに話すのはまだ駄目なんだ」
何度聞いても親父はそうとしか言わなかった。
俺は苛立ちを隠しきれず自室に戻り、正木に進められたドリンクを飲んでベッドへと転がった。
1日のリズムが狂ったせいかすぐに目蓋は重くなっていった。
「圭ちゃん体調はどう?おーい」
「っ!?」
お腹に勢いよく何かが落ちてきた衝撃で目が覚めると、肘を手でパンパンと払っている実那子がいた。
「おはよっ、体調はどう?」
「人の体調を気にしてる人間がすることじゃないと思うぞ」
お腹を手で抑えながら俺は実那子に訴えた。
「だって寝顔が体調悪そうにじゃなかったんだもん」
実那子はニコッとわざとらしい笑顔を浮かべる。
「まぁ体調は大丈夫だが次は耳元で天使のように囁いて起こしてくれ」
「うわっ」
実那子はクズを見るような目で見てくる。
お腹にアザができるかもと思いながらも制服に着替え、リビングに降りた。
テーブルの上には朝食がラップにくるんであったが手をつけずに家を後にした。
そんな俺を見て実那子は
「おじさんと喧嘩でもしてるの?」
「別に」
「そういえば圭ちゃんいはなかったけど、昨日はびっくりすることがあったんだよ」
「びっくりって何がだよ?」
「突然でびっくりしちゃったけど高梨さんが転校しちゃったの」
「えっ!?、転校ってなんで!?」
「なんかお父さんの仕事の都合なんだって。それにしても急だよね」
実那子は少し不思議そうに言う。
俺はあの日の事が何か関係あると思い、恐る恐る実那子に真っ白な夢を見てた事と高梨となにがあったのかを話してみた。
「なにバカみたいなこと言ってんの?」
それもそうだ、いきなりこんな話しをして信じてもらえるはずもない。
そう思い、これ以上この話しをしなかった。
学校につき、教室へ入ると誠が声をかけてきた。
「圭太!お前体調は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫だ。心配ない」
「お前がいないと1日が長く感じてつまんないぜ」
肩に腕を回しながらそう言ってくる
授業が始まると無理やり勉強に集中したせいか午前の授業が終わるのは早く感じた。
昼休みになるといつも通り焼きそばパンを買い、誠と屋上へ向かう。
「そういえば高梨さん転校したんだってな」
俺は恐る恐る誠に聞いてみた。
「高梨さん?誰だ?」
「えっ!?マジで言ってんのか!?クラスで立候補で俺と同じクラス委員長になった高梨さんだぞ」
「お前のパートナーの委員長は吉田さんだろ。お前なに言ってんだ?休んでる間に頭でも打ったか?」
誠は笑いながらそう言ってくる、
「いや、実那子じゃなくて高梨さんだよ。マジでわかんないのか!?それとも俺をからかってんのか!?」
誠はなんの事をいってるのか?といった顔で俺を見てくる。
どうやらからかっているのではなく、本当になにも知らないらしい。
納得がいかない俺は、急いでパンを食べ、実那子がよく昼食を食べている教室へと向かった。
まだ実那子は友達と弁当を食べていた。
「実那子!お前、高梨さん転校したって言ってたよな?」
「タカナシサン?」
「ほら、俺の委員長のパートナーの!」
「圭ちゃんのパートナーは私じゃん。」
どうやら教えてくれた実那子ですら高梨の存在そのものを知らないみたいだ 。
また頭が混乱してきた。こんな事ってあるのか?俺以外高梨さんを覚えてない。
俺がおかしいのか?
頭の中が整理できず午後からの授業も頭に入らず家に帰って寝るまでずっと変な気分だった。
またそこにいた。真っ白なあの世界。
今回はちゃんと聞いてみようと意気込み、あの女性のような影を待つ。
後ろから嫌な声が聞こえてきた。
「おっかしいなぁ、ずっと眠ってるようにしたはずなのにどうしてここに来れてるのぉ?」
後ろを振り向くとあの不気味な笑顔をした高梨がいた。
直感でヤバイと感じた俺は固唾をのむ。
「そんなに身構えなくてもいいよ。ここじゃ手出ししても意味ないから」
高梨の笑顔の不気味さはかわらない。
「意味がない……?」
「あっ、その感じはまだ何も思い出してないんだね」
高梨の笑顔に不気味さが増した
「まぁそうだよね、思い出してたら真っ白なままじゃないもんね」
「どういう事だ……?」
「さぁ、それは自分で思い出したほうがいいんじゃない?」
「なんなんだよ!お前も親父もあいつも!思い出せ思い出せって、何を思い出せってんだ!わかんねえよ!誰も教えてくれない!思い出してほしいなら全部話して教えろよ!無責任だろ!」
俺は何かが吹っ切れた。
「私としては思い出してくれないならそれで問題ないんだけど、教えろ?無責任?へえ、上米良くんががそんな事いうんだ。それをここの皆が聞いたらどう思うでしょうね?」
高梨の笑顔が少しだけ濁った。
俺は何もわからず腹が立って近づこうとしたが、なぜか足が動かない。
「ここじゃ手を出しても意味がないとは言ったけど、私が手を出されそうになるなら話は別かな」
高梨は俺の方へ手のひらを向けている。
「まぁこのままここにいてもあの女は出てきそうにないし、別の手段をかんがえるとしますか」
そう言うと高梨は俺からどんどん離れていく。
「待てよ!おい!」
そう言っても高梨は立ち止まろうとする素振りすら見せず、向こうの方へ歩きながらこっちへバイバイをしてやがて見えなくなった。
時計がないからわからないが、体感的には2~3時間だろうか、待っても待ってもあの影が現れる事はなかった。






