触れたもの
「ほんとに大丈夫か?」
ギルドを出たあとも誠はしつこく聞いてくる。
「大丈夫だって言ってるだろ」
俺は軽く手を振って答えた。
だが正直、さっきの感覚は消えていなかった。
頭の奥に残る違和感。
ほんの一瞬見えた白。
そして、あの声。
「……」
考えるほど、余計に気持ち悪い。
「今日はもう休むか?」
誠が珍しく気を遣った声を出す。
「いや、まだ早いだろ」
俺は首を振る。
「それに、少しでも稼いでおきたい」
「まじめだなぁお前は」
誠は苦笑いしながらも、すぐに頷いた。
「じゃあもう一個やるか」
俺たちは再びギルドへ戻った。
⸻
掲示板の前に立つ。
さっきよりも少しだけ視線を感じる気がするが、もう気にしても仕方ない。
「お、これどうだ?」
誠が一枚の紙を指差す。
・害獣駆除(東門外・畑周辺)
「害獣って……」
俺は少し嫌な予感がした。
森での狼のことが頭をよぎる。
「でもまぁ、畑周辺って書いてあるし大丈夫じゃね?」
誠は楽観的だ。
「……そうだな」
俺も完全に否定できなかった。
受付に持っていくと、お姉さんが少しだけ表情を変えた。
「こちらの依頼ですが、最近少し被害が増えているとの報告があります」
「強いのか?」
誠が聞く。
「そこまでではありませんが、複数で出ることがあるそうです」
「複数ねえ」
誠はニヤリと笑う。
「ちょうどいいじゃねえか」
……こいつはほんと怖いもの知らずだな。
「受けます」
俺は言った。
⸻
東門を出てしばらく歩くと、畑が広がる場所に出た。
「なんか平和だな」
誠が辺りを見渡す。
確かに、見た感じは普通の農地だ。
「本当にここに害獣なんて出るのか?」
俺が言ったその時だった。
ガサッ
草むらが揺れる。
「来たな」
誠がすぐに構える。
次の瞬間、飛び出してきたのは――
「……犬?」
俺は思わず呟いた。
だが普通の犬じゃない。
体は一回り大きく、牙が異様に長い。
「一匹じゃねえぞ」
誠が言う。
左右の草むらから、同じような個体がもう二匹現れた。
合計三匹。
「おいおい、複数ってこういうことかよ」
俺はナイフを握る。
「任せろ」
誠は一歩前に出た。
その手のひらに、淡い青い光が灯る。
「いくぞ!」
誠が手を突き出した瞬間、風が唸った。
ドンッ!
突風が一匹を吹き飛ばす。
「すげぇな……」
思わず見とれる。
だが残り二匹が同時に突っ込んできた。
「ちっ」
俺は反射的にナイフを構える。
一匹が飛びかかってくる。
避けきれない。
「っ!」
その瞬間だった。
視界が、白く染まる。
――まただ
時間が一瞬止まったような感覚。
目の前の獣が、輪郭だけの存在になる。
『……そこ……』
声がした。
次の瞬間、俺の体は勝手に動いていた。
ズッ
ナイフが、正確に急所へ入る。
「えっ」
自分でも何が起きたのかわからない。
獣はそのまま崩れ落ちた。
もう一匹も、動きを止めている。
誠が風で吹き飛ばしたのかと思ったが、違う。
「……なんだ?」
誠も驚いた顔をしている。
俺はその場に立ち尽くしていた。
今の動き。
自分でやったのか?
それとも――
「圭太!後ろ!」
誠の声で我に返る。
最後の一匹が飛びかかってきていた。
「っ!」
反射的に体をひねる。
だが今度は、さっきの感覚は来ない。
「くそっ!」
間に合わない――
その瞬間、誠の風が横から叩きつけた。
ドンッ!
獣は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「大丈夫か!」
誠が駆け寄る。
「あ、ああ……」
俺は息を整える。
「今の動き、なんだ?」
誠がじっと俺を見る。
「……分からない」
正直に答えた。
さっきの一瞬。
白い世界。
声。
そして、体が勝手に動いた。
「やっぱお前、なんかあるな」
誠はニヤリと笑う。
「嬉しそうに言うな」
俺は苦笑するしかなかった。
だが内心は全く笑えない。
「……触れた感じがした」
俺は小さく呟く。
「何に?」
誠が聞く。
「わからない。でも……」
言葉が続かない。
あの感覚は、ただの反射じゃない。
まるで――
「“向こう側”に触れたみたいだった」
風が吹く。
畑は何事もなかったかのように静かだった。
だが俺の中では、確実に何かが変わり始めていた。




