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白の向こう側にある世界  作者: 吉田 みゆな
15/22

白の記録

コンコン


扉を開けると、受付のお姉さんがトレイを持って立っていた。

「簡単なものですが、お食事です」


部屋の机に並べられたのは、パンとスープ、それと肉のようなものが少し。

質素だが、匂いは悪くない。


「ありがとうございます」

俺が頭を下げると、お姉さんはにこっと笑って部屋を出ていった。


「うまそー!」

誠は待ってましたとばかりに椅子に座る。


「待て、ラディンさん来るって言ってただろ」

俺は一応止める。


「食いながらでいいだろ」

誠はもうパンにかぶりついていた。


「……まあ、冷めるよりはいいか」

俺も諦めて椅子に座る。


一口食べると、思ったよりちゃんとした味だった。

異世界だとか何だとか言っても、こういうところは変わらないらしい。


ガチャッ


扉が開いた。


「食ってていい」

ラディンさんだった。


俺たちは一応手を止めたが、

「だから気にすんな」

と片手で制された。


ラディンさんは部屋に入ると、扉を閉めて鍵をかけた。

その仕草に、空気が少しだけ変わる。


「……さて」

ラディンさんは椅子に腰を下ろすと、腕を組んだ。


「白い世界、だったな」


俺と誠は顔を見合わせた。

やっぱり、この人は何か知っている。


「お前さんが言った“白い世界”ってのは、何もない真っ白な場所か?」

ラディンさんはまっすぐ俺を見る。


「ああ……俺以外何もない場所だ」

俺は正直に答えた。


「昔から、何度も見てる」

少しだけ言葉を足す。


ラディンさんはしばらく黙っていたが、やがてゆっくり口を開いた。


「……それを見た奴はな、ここにもいた」


「えっ」

誠が反応する。


「いた、ってことは今は?」

俺も思わず身を乗り出した。


「死んだ」

ラディンさんは淡々と言った。


部屋の空気が一瞬で冷えた気がした。


「……ただの偶然かもしれねえ」

ラディンさんは続ける。

「だがな、その連中は全員、同じことを言ってた」


「同じこと?」

俺は喉が少し乾くのを感じながら聞く。


「“白しかない世界に、誰かの気配があった”」


ドクン、と心臓が強く鳴った。


「……」

言葉が出ない。


誠も珍しく黙っている。


「最初はただの夢だと思われてた」

ラディンさんは淡々と話す。

「だが、そいつらは次第におかしくなっていった」


「おかしくって?」

誠が眉をひそめる。


「現実と夢の区別がつかなくなる」

ラディンさんは指で机を軽く叩く。

「記憶が抜ける、存在が曖昧になる」


俺の頭に、高梨のことが浮かんだ。


「……消えるんだ」

思わず口に出ていた。


ラディンさんの目が一瞬だけ細くなる。

「何か心当たりがあるのか?」


「……」

俺は少し迷ったが、ここまで来て隠しても仕方ない気がした。


「一人、いたんだ」

俺はゆっくり話す。

「クラスメイトで……突然いなくなった」


「いなくなった?」

誠がこっちを見る。


「ああ」

俺は頷く。

「俺以外、誰も覚えてなかった」


「……ほう」

ラディンさんは腕を組んだまま目を閉じた。


しばらく沈黙が続く。


「……やっぱりな」

ラディンさんは小さく呟いた。


「何が分かったんだ?」

誠が聞く。


ラディンさんは俺たちを見る。

その目はさっきまでとは少し違っていた。


「“白の記録”だ」

ラディンさんは言った。


「白の……記録?」

俺は聞き返す。


「正式な名前かどうかは知らねえ」

ラディンさんは肩をすくめる。

「だが昔からそう呼ばれてる」


「何なんだそれ」

誠が身を乗り出す。


「簡単に言えば」

ラディンさんはゆっくり言う。


「この世界から“消えた存在”が、記録として残る場所だ」


その言葉に、俺は息を呑んだ。


白い世界。

誰もいない場所。

でも、気配はある。


「……じゃあ俺が見てるのは」

俺は無意識に呟く。


「死んだ奴らの残りカスかもしれねえし」

ラディンさんは続ける。

「まだ消えきってない存在かもしれねえ」


背筋に寒気が走る。


「でもよ」

誠が口を開く。

「なんで圭太だけなんだ?」


その疑問は俺も思っていた。


「……それが普通じゃねえからだ」

ラディンさんは俺を見る。


「普通ならな、その世界を見た時点で“引き込まれる”」


「引き込まれる?」

俺は聞き返す。


「戻ってこれなくなるってことだ」

ラディンさんは短く言った。


思わず息を止めた。


「でも圭太は戻ってきてる」

誠が言う。


「ああ」

ラディンさんは頷く。

「それどころか」


少しだけ間を置いてから続けた。


「お前さん、あっちで“何かに呼ばれてる”だろ」


俺の背中に冷たいものが走る。


「……なんでそれを」

思わず声が漏れた。


「似た奴がいたって言ったろ」

ラディンさんは静かに言う。

「そいつも同じことを言ってた」


「名前を呼ばれるってな」


あの声が頭に蘇る。


『圭太』


あの白い世界で聞いた声。


「……そいつはどうなったんだ」

俺は恐る恐る聞いた。


ラディンさんは少しだけ視線を逸らした。


「最後は笑ってたよ」

ぽつりと呟く。


「“やっと思い出せる”ってな」


その言葉が妙に頭に残った。


思い出す。


何を?


「……いいか」

ラディンさんは改めて俺たちを見る。


「その話は軽く考えるな」

声が少しだけ低くなる。


「下手に深入りすると、戻ってこれなくなる」


部屋の中は静まり返っていた。


「……だが」

ラディンさんは続ける。


「完全に無視するのも無理だろうな」


その通りだった。


もう関わってしまっている。


「しばらくはギルドで動け」

ラディンさんは立ち上がる。

「実力をつけろ。情報も集めろ」


「その上で判断しろ」

そう言って扉に向かう。


「これはな」

ラディンさんは振り返らずに言った。


「“触れた奴から消えていく話”だ」


カチャッ


扉が開き、そして閉まった。


部屋に静寂が戻る。


「……なあ圭太」

誠がぽつりと言う。


「なんだ」


「めっちゃヤバい話じゃねえか?」


「今さらかよ」

俺は苦笑いしたが、心の中は全然笑っていなかった。


白い世界。

呼ぶ声。

消えた存在。


「……思い出すってなんだよ」

小さく呟く。


その答えは、まだどこにもなかった。

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