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白の向こう側にある世界  作者: 吉田 みゆな
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ギルドでの最初の一歩

「とりあえずだ」

ラディンさんは腕を組みながら俺たちを見る。


「登録はしてやる。星5の坊主と、0.5……いや、よく分からん坊主だがな」


「よく分からん坊主ってなんだよ」

俺は思わず突っ込んだ。


「事実だろうが」

ラディンさんは眉ひとつ動かさず答えてくる。


たしかにそう言われたら反論できない。ガイムの葉っぱといい水晶といい、俺だけどうにも普通じゃないらしい。嬉しくねえけどな。


受付のお姉さんが書類らしきものを持ってきて、机の上に並べた。

「ではこちらにお名前をお願いします」


「名前だけでいいのか?」

誠が聞く。


「今は仮登録ですので。正式な住所や身元保証などは後日でも構いません」

お姉さんはにこっと笑いながら答えた。


俺たちは言われるがまま名前を書く。

もちろん漢字なんて通じるはずもないから、こっちで読める文字に書き直してもらうことになった。


「お前、字まで下手なんだな」

誠が俺の書いた名前を見て笑ってくる。


「うるせぇ、こっちは慣れない文字なんだよ」

そう言い返しながらも、たしかに自分で見ても下手だった。


受付のお姉さんは書類を回収すると、木でできた薄い札のようなものを二枚持ってきた。

「こちらがギルドカードになります。依頼の受注や報酬の受け取りに必要ですので失くさないでくださいね」


誠は受け取ったカードを掲げながら

「おお、なんか冒険者っぽいな!」

と子供みたいにはしゃいでいた。


その様子を見てラディンさんがため息をつく。

「お前さんはほんとに緊張感ってもんがねえな」


「へへっ、なんとかなるだろ」

誠は笑いながら頭をかいている。


いや、お前の場合ほんとになんとかなりそうなのが怖いんだよ。


「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」

俺はラディンさんに聞いた。


「まずは宿を確保しろと言いたいところだが、金がないんだったな」

ラディンさんは顎をさすりながら考えている。


「そうなんだよな」

誠も腕を組みながらうーんとうなる。


「……仕方ねえ」

ラディンさんは立ち上がると、窓の外をちらっと見てから言った。

「今日はギルドの簡易宿泊所を使わせてやる。二階の奥に空きがある。明日から依頼を受けて稼げ」


「えっ、そんなのあるのか?」

俺が聞くと、受付のお姉さんが補足してくれた。

「遠方から来られた冒険者のための簡易的なお部屋です。広くはないですが、今のお二人には十分かと」


「助かる!」

誠は即答だった。


俺も内心かなり助かった。さすがに今日このまま路頭に迷うのは勘弁してほしい。


「ただし」

ラディンさんが低い声を出す。


「星5の坊主はともかく、圭太とか言ったな。お前さんは登録上0.5だ。最初から危険な依頼は受けさせねえ」


「まぁそうなるか」

俺は苦笑いするしかなかった。


誠がすぐに口を開く。

「だったら俺が高い依頼受けて二人分稼げばいいじゃねえか」


「馬鹿言うな」

ラディンさんは即座に否定した。

「冒険者ってのはな、自分の実力を知ることも仕事のうちだ。お前さんは星5だが経験はねえ。そこを履き違えると早死にするぞ」


その言葉には誠もさすがに黙った。


俺も少しだけ誠を見直したが、同時にラディンさんの言う通りだとも思った。星の数がどうだろうと、こいつも俺も昨日までただの高校生だったんだから。


ラディンさんは壁に貼られた依頼票の束を数枚持ってきて机に置いた。

「明日お前らに回すならこの辺りだな。荷運び、薬草採取、下水掃除、雑用だ」


「下水掃除はちょっとイヤだなぁ」

誠は露骨に顔をしかめる。


「選べる立場じゃねえ」

ラディンさんはぴしゃりと言う。


たしかにそうだ。金も住む場所もなく、こっちの常識も分からない俺たちに贅沢を言う余裕なんてない。


ふと俺は思い出して聞いた。

「そういえば、情報を集めたいんだけど。俺たちみたいな記憶喪失の人間とか、白い世界みたいな話とか、そういうのは……」


そこまで言ったところでラディンさんの目つきが少しだけ変わった。


「白い世界?」

さっきまでの事務的な目じゃない。何かに引っかかった顔だ。


「いや、なんでもないならいいんだ」

俺は慌ててごまかそうとした。


だがラディンさんは腕を組み直し、

「……その話はここじゃするな」

と小さく言った。


「は?」

誠が聞き返す。


「耳が多すぎる」

ラディンさんはそう言って一階のほうを顎でしゃくった。


酒を飲みながら笑っている連中、受付、おそらく他にも人はいる。たしかにここで妙な話をするのはまずいのかもしれない。


「今夜、宿泊所に食事を運ばせる。その後で俺が行く。それまで余計なことは喋るな」

ラディンさんは低い声のまま告げた。


俺と誠は顔を見合わせた。

どうやらこの人、何か知っているらしい。


「分かった」

俺は小さく頷いた。


ラディンさんはそれ以上何も言わず、お姉さんに視線を送った。

「こいつらを部屋に案内してやれ」


「かしこまりました」

お姉さんはぺこりと頭を下げる。


俺たちはお姉さんに案内されて、ギルドの二階の奥にある小さな部屋に通された。

部屋はベッドが二つに机が一つ、窓が一つの簡素なものだったが、今の俺たちには十分すぎた。


「何かあれば受付まで来てくださいね」

お姉さんはそう言って部屋を出ていく。


扉が閉まると、誠はそのままベッドに飛び込んだ。

「ふあー、今日は濃すぎたな」


「ほんとにな」

俺ももう一つのベッドに腰掛ける。


少しだけ静かになった部屋で、今日あったことが頭の中をぐるぐる回っていた。


森、ティル、ガイムの葉っぱ、水晶、黒い星。


「なあ圭太」

誠が天井を見ながら言う。


「なんだよ」


「お前、あの時見えたんだろ?」


心臓が一瞬だけ跳ねた。

「……何がだよ」


「俺には一瞬だけお前のとこ、真っ黒に見えた」


俺は誠の方を見る。

誠はいつものふざけた顔じゃなかった。


「やっぱりお前も見えたのか」

俺は小さく呟いた。


「なんだよ、やっぱ見えてたのかよ」

誠は上半身を起こしてこっちを見る。


「黒い星が……いっぱい見えた気がした」

そう言った瞬間、自分の声が少しだけ震えていた。


誠はしばらく黙っていたが、やがてニカッと笑った。

「いいじゃねえか。黒でもなんでも、すげぇってことだろ」


「雑すぎるだろその考え」

俺は呆れて言い返したが、少しだけ気が楽になった。


「心配すんなよ」

誠は笑いながら言う。

「お前が何者でも、俺の相棒だろ」


その言葉に、俺はすぐ返事ができなかった。


「……ああ」

結局それだけしか言えなかったが、それで十分な気がした。


コンコン、と扉が鳴った。


「食事をお持ちしました」

受付のお姉さんの声だ。


どうやら今夜はまだ終わらないらしい。

ラディンさんの話ってやつが、これから始まるんだろう。


俺は立ち上がり、扉に手をかけた。

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