俺の物語
その世界は真っ白だった。自分以外は何も無い白色のみで創られた場所だった。
「もしもーし、学校遅れるよ」「おーい!」声が聞こえてくると見えてきた世界が白色から朝日を透かした目蓋の赤色に変わっていく。
目を開くと、もはや見慣れたといってもいい黒髪セミロングでぱちっとした茶色い瞳の少女がいた。
「いつも起こしにくる身にもなってよね」
「……ゴメンナサイ」
こいつは吉田実那子幼稚園から小中高とクラスも一緒、家も隣どうしで、親どうしも仲が良いという、いわゆる腐れ縁というやつだ。
実那子にせかされながら準備をした俺は朝食もとらず家をでた。
朝にも関わらず外はかすかに夏を感じさせる日が射していた。
「もうすぐ夏服だね」
「そうだな、夏服になると女子の軽く汗ばむシャツに下着がこんにちはをするという素敵な時期になるな」
「ちょっとやらしい目で見ないでよ」
実那子は身をよじりながら腕で胸を隠す。
「大丈夫だ、お前のなど見ても何とも思わん。第一風呂で裸を見たこともあるしな」
「ちょっ、はだ…裸ってそんなの幼稚園の時に一緒にお風呂入った時だけでしょ!」
「幼稚園ってそんな今も幼稚園とどこも変わりなんて…」
「お前を無の状態に還してやろうか?」
鬼の様な笑顔で拳を握りながら告げてくる実那子に俺は
「ミナコチャンハナイスバディーデカワイイデス」と言いつつひきつった笑みを返す。
「分かれば良し」
こんな感じで俺の1日は始まる。
キーンコーンカーンコーン
「HR始めるわよ」
担任の川中瑠璃先生だ。川中先生は眼鏡の似合う茶髪のロングヘアーで、そのおっとりとした見た目とはうらはらに、元レディースという、怒らすと走馬灯を見る寸前までビンタを繰り返してくる恐怖の技を持っている。
「あなたたちがこの高川学園に入学してから、約1カ月が経ちました、ですが、まだこのクラスにはクラス委員がいません。明日各クラスの委員が集まって委員会を開くみたいなので突然ですが決めたいと思います。
誰か委員をやりたい人はいますか?」
もちろん誰も手を上げない。そりゃそうだ、クラス委員というのはクラスの代表という肩書きがあるが、言ってみればクラスの為に時間を拘束され、このクラスの生け贄になるということなのだから。
どれくらいだろうか、沈黙のまま時間だけが過ぎていく。
「私やってみてもいいです。」
高梨遥
ロングヘアーでふわっとしたピンク色の髪が特徴的なクラスの可愛い子ちゃんランキングのトップ3には入るであろう、一年生でありながら華道部の部長も勤める男子注目の的だ。
「では、女子は高梨さんに任せます。あとは男子、誰かやってもいいと思う人はいないですか?」
高梨とお近づきになれるという特権は欲しいが、クラスの生け贄になるというのは流石に代償がでかすぎる。きっと、他の男子もそう思っているに違いない。
「では、推薦か多数決にしようと思いますがいいですね?」
この川中先生の一言で、男子達に緊張が走った。推薦や多数決とは、仲の良い男子がおふざけで推薦をするか、パッとしない地味なやつが集中攻撃されることが多いからだ。
そんな目立たまいと存在を消している男子とはうらはらに、安堵の表情を浮かべる女子達の1人が「上米良でいいんじゃない?」と言い出した。
上米良とは俺、上米良圭太のことだ。
「俺っ!?なんで俺なんだよ。俺じゃなくても他に適任なやつはいるだろ」
という俺の訴訟の声も届かず、俺の事を生け贄と認定した男子達は賛成の拍手を揚げる。
「それでは高梨さん上米良くん、よろしくお願いしますね」
俺は3年間の高校生活の内、一年間をクラスの生け贄として過ごす事が、本人の了解無しに決定した。
HR終了後
「このクラスのこと頼んだぜクラス委員長」
ニタニタしながら近づいてくる奴がいる。
国田誠
こいつは中学の時に転校してきて、何かあるときは必ずといっていいほど一緒のいる親友という存在だ。
茶髪のスポーツ苅りで男女から人気のあるバスケ部の期待のエースだ。
「知らん。お前は、俺をクラス委員という生け贄になることに賛同した敵だ」
「ゴメンって、お前は俺達の為に委員になってくれたんだろ?」
「俺本人の了解も無しにな」
「まぁあの高梨さんと一緒に過ごせるからいいじゃねぇかよ」
「ならお前が委員長やれ!」
「いやー俺はまだレベルが足りないからなぁ」
誠はそう言いながら肩に腕を回してくる。
「なんのレベルだよ」
まぁ、あの高梨と一緒なら嬉しいんだと、自分に言い聞かせようと高梨を見ると目が合った。すると高梨は俺の方に近づいてくる。
「これからよろしくね委員長……って私もだけど」「上米良くんとなら私やっていけそうな気がするっ」
「遥ー、ちょっといいー?」
クラスの端から高梨を呼ぶ声がする。
「はーいどうしたのー?それじゃ上米良くんまたあとでっ」
なにそれ高梨さん俺の事が好きなの?勘違いしちゃいますよ。
「なにデレデレしちゃってんのっ!」
「っ!?」
聞きなれた怒声と同時に背中に衝撃がはしった。
「なにしやがんだ実那子!痛ぇじゃねーか!」
振り返ると足を振り切った実那子の姿
「圭ちゃん私と居るときと高梨さんと話すときで全然違うじゃない、鼻の下伸ばしていかにもクラス委員になって良かったーって顔してる」
「馬鹿、ちげーよ。クラス委員なんてこれっぽっちもやりたかねーってぇの」
「さー、どうだか」
実那子は不貞腐れながらつぶやく
昼休みになり、俺と誠は昼食を食べに屋上へ上がった。
この高校は今時に珍しく、昼休みに屋上を解放しているので、中学のときには施錠されて行くことのできなかった屋上は、俺にとっての憧れであったため、天気のいい日は誠と屋上で昼食を取ることにしている。
「今日は誠はヘーゼルナッツミルククリームパンか」
「そういうお前はだって焼そばパンじゃねーか!」
「いや、屋上といえばコレだろ。」
「いや、その当たり前的発言わかんねーし」
食べる事と話しに集中していると、正面から声がした。
「上米良、お前またそんな炭水化物のパーティーみたいなパン食べてんのか?」
正木翔子
入学してから仲が良いわけでもなかったのに何かと俺に口を出してくる赤髪のロングヘアーでいつもポニーテールにしている勝ち気な訳のわからない女だ。
「なにを言っている、屋上といったら焼そばパンだろ。それに、基本的に人間が上手いと感じる物の多くは、炭水化物かたんぱく質か糖質といった高カロリーなものばかりだろう。お前のように野菜がメインなベジ弁の何が良いのかサッパリ分からん!」
「ダメたこいつ終わってる」
正木は呆れた顔をして校舎の中へ戻っていった。
俺と誠は飯を食べてる時こそは話をしているが、そのあとは隣に座っているのに各々が好きなことをしている。
俺は携帯で最近流行っているパズルゲームをしていた。屋上は日が暖かく風も心地良い。気づけば意識は飛んでいた……。
そこは真っ白だった。俺以外は白のみで創られた何もない世界。
「またか。いったいここはどこなんだ?」
「……」
「…………」
「……た」
「……け……た」
「……けい……た」
この世界にくることは昔からよくあった。だが自分以外の人間がいる形跡もいままで無かったし気配を感じたことも無かった。
じゃぁ今の声はなんだ?なぜ俺を呼んでいる。そもそも俺の知っている奴なのか?
俺は何もない世界をただ声のする方へ歩いていく。
「誰だ?どこにいるんだ?」
返事は帰ってこない。
「もしもーし、おーい、誰か居るなら返事してくれ」
何も聞こえない。
幻聴?だがこんなことは今まで一度もなかった。
俺は得体の知れない不安と、もしかしたら俺と同じ世界を経験している何かがいるのかもしれないという思いで一杯だった。
「圭太!」
「……!」
誠の声で目が覚めた。
「お前爆睡してたぞ、もう昼休み終わっちまうぞ。」
「あぁ、悪ぃ誠。」
いつもの白い世界かと思ったが今日は違った。一体さっきの声は何だったんだろうか?
「おい、5限始まるぞ」
「あ、あぁ」
俺はさっきの声が何なのか気になりつつも誠にせかされ、屋上を後にした。
放課後になり、部活に行くもの行かない者に別れる。
バドミントン部の実那子と違って俺は部活には入ってない。しいて言うなら『俺達には帰る家がある!』がスローガンな帰宅部だ。
家に帰ると、俺は白い世界で何かの声がしたことが気になって仕方なかった。
あれは一体……。まぁ所詮夢だと自分に言い聞かせながらも、忘れられない。
そう思いながらも、俺は親父が子供の頃に流行ったというゲームのスーパー・サリア・シスターズというゲームで時間を潰していた。
俺には母親がいない。もともと体が弱かったお袋は、俺を生んでしばらくして死んだんだそうだ。だから俺はお袋を写真で見る笑った顔でしか知らない。
親父は俺を1人で育ててくれた。親父のは感謝しているが、俺が物心ついた時には親父は俺の事を「キミ」としか呼んでくれず、決して仲の良い親子とは言えずにいた。
どちらかといえば、親父よりも実那子の両親のほうが俺を息子のように扱ってくれる。
俺は麻痺していた。こんな生活でも普通に思えるのだから。
玄関の開く音がした
「ただいま」
「おかえり」
「待たせてしまったね、すぐ晩御飯を作るよ。キミは何が食べたいかね?」
親父は上着をぬぎながら台所用へ向かう
「なんでもいいよ」
いつもの会話の無い晩御飯。いつものことなのに何故か居心地が悪い。
「あのさ…」
俺は視線を晩御飯に向けつつ何か会話になるだろうと話しはじめた
「俺、実は昔から同じような夢を見るんだよね真っ白な」
「真っ白?」
親父の怪訝げな声が返ってくる。
「そうなんだ、真っ白……俺以外何もいない白のみで創られたような世界。本当ただそれだけなんだ、ただ、そこにいるだけ、どこまで走っても、どれだけ穴を掘っても、白色だからそこから動いてるのか止まっているのかもわからない、そんな世界」
「でも、今日初めて違ったんだ。何回も何回も同じ夢を見てたのに今日は違ったんだ、俺を呼んでいるような声がしたんだ、それが何かは分からない。人なのか何なのかさえも。」
「そうか……私の知らない間にキミは見ていたんだね」
「……見てたって?」
俺は親父の言葉を不思議に思い、視線を親父に向けた。
「それはキミの物語だ。ごちそうさま。ちょっと私は出るから後片付けはキミにお願いするよ」
そう言いながら親父は席を立った。
「えっ!?」
「ちょっとまってくれ親父!…父さん!」
親父はどこに行くかも言わずどこかへ行った。追いかけようとしたがどこか親父はついて来ないで欲しいと言っているような気がして追いかける事ができなかった。
その後、晩飯の片付けをしたあと、何もする気が起きず、俺は自室のベッドへ倒れこんだ。
俺はその夜も白い世界に居た。だか、そこはいつもと雰囲気が違ったんだ。明らかに自分以外の誰かの気配がする、しかも近くに。周りを見渡すが誰もいない、でも気配はする。手が届きそうで届かない位置に気配を感じる。白色以外何も見えないのに。
その気配がなんなのか分かりそうなところで俺は目が覚めた。
目を開けた瞬間実那子が部屋に入ってきた。
「あっ、圭ちゃん起きてる」
「起きてちゃ悪いかよ」
「別にー」
今日の実那子は何だかつまらなそうに見えた。
「着替えるから廊下に出てろよ」
「圭ちゃんの裸なんて見ても何とも無いですよー」
「そか、じゃぁ」と服を脱ぎだすと
「バカっ変態!」と勢いよく廊下に出ていった。
「気にしないって言ったじゃねーか…」
俺はいつものようにネクタイを締め廊下に出る。
「待たせたな」
まだ実那子の顔は赤いようだ
「こっち見ないで」
こうして俺の1日はまた始まった。
朝飯を食べようと下に降りたが親父の姿がない。昨晩から帰ってないのか?
「おじさんいないね。なんかあったの?」
「……別に」
実那子になにがあったか話しても良かったのだが、何だか話す気にならなかった。
「行こうぜ、学校」
「朝ごはんは?」
「いらね」
それから3日親父は帰って来なかった。正確に言えばいつも帰ってくる時間には帰ってこず、俺が学校に行ってる間や、寝てる間に帰って来ていたみたいだ。
何だか俺の事を避けているようにも見えた。
4日目にはいつも通りの時間に帰ってきたが、何もおかしなところはない。白い世界の話しをすると何も言ってくれない事以外は。
俺にも変わったことはあった。それは親父との一件があってから白い世界を見なくなった事だ。
前もたまに何度か見なくなる事はあったが、親父に言われた事があったせいか、見なかった事に僅かながら違和感を感じていた。
あれから2週間ほどたってまた白い世界に俺はいた。
「なんだか久し振りに感じるなぁ」
「……け……た」
「っ!?」
またあの声だ。
「一体だれなんだ」「これは夢じゃないのか?」
回りを見渡すと、前回とはちがって10メートルほどの所に、ソバージュのかかったような髪の毛の長い、女性らしき影とも言えない姿が見える。その姿は靄がかかっていてはっきりとは確認できない。
「……貴方は誰なんだ」
恐る恐る聞いてみた。
彼女は笑っているように感じた。
そうすると彼女の声は鮮明に聞き取れるようになった。
「圭太、貴方は私の事を忘れている。いえ、私たちの事もこの世界の事も忘れている。だからこの世界はなにも色がついていないの。どうか思い出して。私たちは存在していた。」
「私たち…?」
「私たちとは一体どういう事だ!?俺はこんな真っ白な世界なんて知らない!ここがどこなのかも貴方が誰なのかも……」
「圭太は私たちを忘れているだけ。思い出せば私たちも、この世界もきっと元通りになる。だから忘れないで。そして少しずつでいい。思い出して……」
俺が見たのはそこまでだった。
目を覚ますとまだ外が薄暗く空気が清んでいる。
俺は着替え、早朝のニュース番組を見ながら慣れない珈琲を飲んだ
「苦っ」
外が明るくなってしばらくするといつものように実那子が起こしに中へ入ってきた
「うわっ、もう起きてる、しかも着替えてご飯も食べてる」
「あぁ、おはよう実那子」
「おはようって圭ちゃんどうしたの朝なのにすごい疲れた顔してる」
鏡を見てみると確かに睡眠を取ってないんじゃないかと思うくらいに俺は疲れた顔をしていた。
一体あれはなんだったんだろうか。思いだす?何を?この世界は存在していた?そんな考えが頭から離れないまま家を出た。
「危ない!圭ちゃん!」
実那子に肩を引っ張られる。
「もぅ、圭ちゃんどうしたの?朝からボーッとして考え事してるみたいだし赤信号は渡るし見てらんないよ」
「あぁ」
「あぁ、じゃないわよ。人が心配してるのに」
「あぁ」
「圭ちゃん体調悪いの?学校休むなら私川中先生に言っといてあげるよ」
「いや、ゴメン大丈夫だ」
俺は白い世界のことで頭が一杯になり気づけば昼休みだった。
誠が昼食に誘ってきた
「屋上行こうぜ!圭太」
「あ、あぁ」
誠に誘われ屋上へ向かう。
いざ昼食を取ろうというときに気がついたが俺はパンを買うことすら忘れていたらしい
「圭太お前今日パンどうしたんだよ?」
「あぁ、しまった……」
「なんだよ買ってないのかよ。しゃーねーな俺のを分けてやるよ」
「悪い、ありがとう」
誠のパンは高川学園名物限定3個の一本1mはあるであろう超ロングデニッシュ『SHIMANTO』だった。
「お前これどうやって買ったんだよ」
「購買へのショートカットのために教室からロープ垂らしてたんだ」
そういいながら誠は親指を立てて見せてくる
「その執念勉強に使えよ」
「俺の頭のは食い物しかない!」
「アホだこいつ」
まぁ誠のおかげで少し頭を切り替えることができた
授業が終わって帰ろうとすると、高梨が近づいてきて
「上米良くん一緒に帰らない?」
「高梨、お前華道部はどうするんだよ?」
「今日は部活は休みなの。私と一緒じゃ嫌?」
「嫌なんかじゃないけど」
「じゃぁ決まりだねっ」
なんだこの展開、俺やっぱり高梨に好かれてんの?勘違いしちゃうよ高梨さん。
「クラス委員て思ったほどすることないねー」
「そうだな、むしろ他の役員に当たるよかましかもな」
「私ね、上米良君と一緒で良かったなって思うよ」
「えっ?」
「だってね、上米良君はなんていうか、他の男子とちがって普通に接してくれるんだよね。遥にとって上米良君は高得点なのですよっ」
そんな事を話しながら俺達は帰っていた
「私こっちだからまた明日ねっ」
そう笑顔で告げた彼女はとても魅力的だった。
好きになる通りこして学生からストーカーに転職するぞ畜生
「またデレデレしてたぁ」
後ろを振り向けば膨れっ面をした実那子がいた。
「なんだ実那子か、なんでいるんだよ!?」
「なっ、なぜって偶然通りかかっただけよっ!」
「偶然にしちゃおかしいだろ、まぁいいけど」
「私も髪伸ばそうかな」
「何か言ったか?」
「何でもない!変態」
なぜ怒る?女心はよくわからん。
もう俺の頭の中では白い世界の事は気になってなかった。