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銀と黒の章4

全ての現象を一本の糸で紡ぎ合わせる。

 全ての事象が必然であり、意図的で人為的で作為的。

 糸を針穴に通し様々な人物の運命を縫っているのは誰――。

 舞台に用意された役者。観客に紛れ糸を引くのは果たして誰――?


 その手紙は全ての始まり。

 消えるべきものは消え、歴史を正しく動かしていく。

 時の歯車を回すのは人、そしてまた、狂うのも人。



***


 紋代蝶架は考えていた。

 射撃訓練の最中にも、それが終わった後の休息の時にも。

 朝方の手紙の事を思い出していた。

 それは少し季節を遡り、そこで手に入れた仲間と言う名の、蝶架にしてみれば照れくさいが、確かに何かを乗り越えた絆を持つ年下の少年からの手紙だった。

 手紙の内容はこうだ。『一緒に温泉旅館に行きませんか』

 蝶架は考えるまでもなく答えを出した。ああ、いこうか! しかし綻ぶ顔を叩いた、何故かというとイメージが崩れるからだ、安っぽい孤高を貫くのが蝶架のプライドなのだ、これは覆せない性にも等しい、悲しい事に。

 という訳で蝶架は首を振って手紙を片付けた。思考が乱されぬよう深く見えないところへ。

 そして所属する組織に赴く、そこではいつも通り一通りの訓練をし、指導者が満足したところで終いとなった。

 この組織は桐生から命が下れば迅速に対応出来るよう日頃から黒い血族達が養成されている。蝶架も此処に在席して長くなる。

 宮卦達とはまた違ったやり方で蝶架達も闇を纏う訓練を受けていた。桐生宗家を柱に暗殺組織や殺し屋はいくらでもある、その中でも特に蝶架が属しているのは紋代が直々に統率する特別な組織。特別な組織には特別な人材をと、蝶架の知る限り何人もの組員が姿を消し、また優秀な者だけがその身を長く置いていた。いなくなった者の末路等考えたくもない。

 訓練を終えてロッカールームに行き、そこで蝶架は椅子に腰を下ろした。他の人間は早々に帰宅したらしい、雑音のない静かな個室は思い耽るのには最適だった。

 あの日、宮卦に吐露した思いは本音である。犬だったか猫だったか、確かそんなような例えを出したあれだ。

 宮卦という、殺しに疑問を持つ同士がいた事に少なからず安心した。

 ――こんな場所にいたくない、と思い始めたのは最近の事ではない、何故いけない事を秘密裏にしているのだろうと考えた時黒い仮面は剥がれ落ちた。黒を纏えなくなった時点で黒い仲間に気付かれ、お陰で不良品だとか点検だとかであんな目にあってしまった。

 とにかく、蝶架は組織にいながら組織に反発する意志を持っていた。心を殺せなかった、人を殺せても殺したくはなかった。

 朝の手紙がまた頭を過る。温泉旅館に行きたい、宮卦と夕灯と、仲睦まじい三人組として遊びに行きたい。

 ――だが行けない。

 それは性と言って隠しただけの、本当は弱さかもしれない。

『いきたいなら行けばいいのに』

 蝶架の目の前に蝶架の幻影が現れる、笑い出す。

「いかねーつっただろ」

『いきたいくせに』

「オレはつるまねーの、仲良しごっこはごめんだぜ」

『手紙に捕らわれてる時点で遊びたいんだろうが』

 正論を突かれ思わず怯んだ。そんな筈ないのに言い返せない、真実に対抗出来ない。だがどうにか言い負かしてやりたいと反論を考えていると、蝶架に向かって現実から声が掛かった。

「なにしてんの」

 目の前を黒が覆い尽くした。上から順に黒い髪にピンク色の瞳、黒い上着をしっかり羽織らず肩に掛けているのは奴の癖だ、下に行ってもやはり黒。ここは結局桐生の穴。

「さっきの射撃訓練、お前にしては散々な結果だったようだが?」

「見てんじゃねぇよ」

 悪態をつく。

「狙撃の腕だけは認めてなくもないんだぜ? 俺でも遠距離射撃だけはお前には勝てない。なのに何考えてんだ、腕を錆にでもする気か? そんなんじゃいずれ」

「ほっとけよ!」

 心配しているらしい相手を跳ね除けると相手の顔に微細な変化が現れた。蝶架はその変化の意味が機嫌を損ねる発言をした自分にあると分かった。現に相手の声のトーンは下がった。

「……お前、ここに居ない方がいいかもな」

「なんで」

「だってお前」

 続きは沈黙。言いたいことは最後まで言え! と蝶架は催促したが、目の前の人物は唇を引き結んで開く事はなかった。


 二人してロッカールームを抜け外に出る。世界はすぐ近くにあるというのに、一線を引いて暗闇の中に延々と立たされている。

 自然の緑を見る度に蝶架は息が詰まるのだ、組織にいると自分がいかに自由な身ではなくて、殺しを強いられ、まともな生き方を許されず、そのまま闇の中にいなければならないのか思い知らされる。苦しい、殺人人形になんてなりたくない、なりたくないと言うこの思いが苦しい。なぜいっそ他の奴等みたいに忠実に、恐怖で縛られ桐生に身を任せていられなかったのか。人形であればそれだけ楽だったのに。

 犬に育てられたのに猫語を喋るような、と、さっき忘れていた吐露の内容を思い出した。反発する感情がある限り痛いのは治らないだろう。

 だから蝶架は手紙を書けない。友達と遊びたいという気持ちを押し込め、真実と違う事を形にするのを蝶架という人間は傷付かずに出来ないのだ。

「さっきの話だけどさ」

 また声が降る。隣を歩く黒髪の人物。

 肩までの長さの髪を赤い花の髪留めがまとめている、それがやけに目に映り、赤く広がった。

「お前、さっさと消えた方がいいわ」

「なに?」

 気配は一切なかった。蝶架の背中に硬いものが突きつけられた。

「なっ」

 この硬さが何であるか気付けない蝶架ではない、慌てて反撃しようとしたがすでに遅く、動いたら撃つ――と背中側から脅迫された。撃たれる事を避けるため、蝶架は瞬時に動きを止めた。

「――何故だ」

 並んで歩いていただけなのに何故こんな事になった?

 理由を求めようにも銃口を向けられている為慎重にならなければいけない、相手の気を荒立てる刺激の一つで指が動かされかねない。

 せめてこれくらいは許されるだろうと、蝶架は相手に顔を向けた。

 (ああ……)

 何時もの不敵な顔だった。いざ蝶架を撃とうという時も変わらない。彼は組織内でも感情にバラつきのない、愛情や友情に捕らわれない完全な黒で通っていた。ロッカールームで声を掛けてきたのも、唯一話せる相手が互いに互いだけだったとしても、蝶架の信頼を、命ごと撃ち抜くのは彼にとっては容易な事なのだろう。

「――何故俺がこうするか分かるか?」

 わかるはずもない。蝶架は首を振った。相手はわざと蝶架に時間を与える、考えろと暗に言われそれに従い頭を動かすしかなくなる。

 まずは声だ。相手の起伏のない声に含まれるものは無、そこからは推察のしよもない。恨みでもあったか、いや、黒の組織内で恨みを仲間に向ける事は心を殺すよう訓練されている限りまずない、ましてや相手は完璧な見本だ。殺意の欠片も感じない、殺そうというより仕事だ。

 そう、ただ強いて言うなら――"命令"だ。欠陥品の蝶架を殺しに来たのだ。

 蝶架が知る限り彼は感情を無くすのではなく有るままに殺す事が出来る。一見友愛や心配を見せるが、それを持っていながら躊躇いなく相手を殺す事が出来る。歪な心の制御と蝶架は呼んでいた。

 欠落した蝶架と完璧な彼。何故かとりわけ親しくしていたが、それが好意だと思っていたのはどうやら蝶架だけだったようだ。暇つぶしの相手だったにしろ、蝶架は少なからず友情のようなものを持っていた。なのにその相手が今自分に銃を向けている。きっと撃つだろうと思えた時恐怖より寂しい思いが込み上げた。

「通行人が見てるけど」

「関係ないな」

 説得ともいえない説得も冗談みたいに躱される。通行人は居るが相手があまりにも自然に装っている為友達同士が立っているようにしか見えていない。

 暗殺に手慣れた相手は不敵に笑い引き金を絞る。気配もなく射殺し、血が拭き出る頃には去っている。こうして並んで歩く程交流があってもほんとは0から1も始まっていない。

 ――蝶架は立ち尽くす。

 何故オレがこんな目に合う

 あっさり殺されて終わりか?

 理由も知らされないまま

 手紙の返事も出来ないまま、死ぬのか?

 ……ふざけんな

 ――ふざけんな!

 怒りが込み上げた。

「理不尽だ」

 なんで俺が。

 ぐるぐる回る。全てが憎い。従順でいても実験という名の処理に使われる。生きていくだけで誰かを殺し誰かに恨まれる。武器を握らされ、したくもない訓練を受ける。あまつさえ仲間と思っていた奴がいきなり銃を向けてくるだ?

 これも何かの実験か、踊らされ続けるだけか。

 誰も望んでなんていないのに生まれは選べない、そして変える事も出来ない。逃げ出せないし遊びに行く事も出来ない、永遠に黒だ、黒い闇の中だ。

 狙撃が上手くて仕事に誇りがある俺? そんなの上辺だけだ、託つけだ。

 ――もうたくさんなんだよ!

「殺すのか? そうやって自分達の存意に合わないなら殺してさよならか? なら俺はてめぇら全員ブチ殺してハッピーエンドにしてやる! 一族全員殺せばいいんだろ! お前はそれを教えようとしたんだ!」

 蝶架は激情を持って自分の銃を相手の胸に突き付けた。銃口が互いの胸を貫く形になる。殺し合っても構わないつもりだった、例え力量が違い無様に撃たれても、反抗した自分に誇りを抱き死ぬ。

 黒髪の人物は銃口を向けられた時僅に表情を曇らせたが、それは直ぐに不敵な顔で上書きされた。

「っ!」

 一瞬の痛み。

 蝶架が痛みに顔を歪めた時には手から銃がなくなっていた。驚く間もなく相手は二丁の拳銃を構えていた。

 ――実力が違い過ぎた。殺したくて命を賭けたつもりでも、それは雑魚の決死の自殺なのだ。届きはしない、簡単にあしらわれ挫かれる。怒りが限界を超えた、それ以上に自分が腹立たしかった、悔しかった。

 後は相手が決めるだけだ――弱者は何も出来ず強者の決断に準じるだけ

 蝶架は言った。

「殺せ」

「殺さねぇよ」

 予想外の言葉に蝶架は聞き間違いかと耳を疑う。黒髪の人物は最後まで殺意を一片も見せぬまま銃を下ろした。誰にも気付かれぬよう蝶架の分も含め鞄に仕舞う。

「やっぱりお前、ここに居ない方がいい」

「んでだよ、」

「胸に聞けよ」

「分かるわけねぇだろ!?」

 答えも聞かせてくれない、相手の人物は去っていく。

「何が言いたいんだよ!? 緋凪(ひなぎ)!」

 その背中は何も答えない。



***


「ゆうひ〜、どこだ?」

 白いフリフリや黒いスカート、ハンガーに掛かった重量感のある服をたっぷりと胸に抱えて声の主は駆ける。

 俺こと宮卦の隣を並走する人物は夕灯に着てほしい服をわざわざ選んで持参しているようで、一着ずつ試着させて可愛い! と満足するのが楽しみなようだった。だが問題なのは全部女の子様の服だって事だ、これを夕灯に着せたくて命を賭けているといってもいいみたいだが、夕灯にしてみれば迷惑極まりないだろう。悲しいが、もし夕灯が捕まったら絶対に女の子にさせられる。キュロットパンツやベレー帽で妥協させた過去の夕灯のお手並み拝見って展開になるだろう。

「見つからないな、ちゃんと探しているか?」

「探してますって」

 睨みつけるように俺を見て相手は言う。

「一体何処に行ったというのだ、この後当主に会う予定なのに遠くへ行く筈もない」

「貴方から逃げたいから隠れてるんじゃないですか」

「そんな事は百も承知だ」

「知ってるのに毎回やってるんすかこれ……」

「着てくれないと持たない」

「何が」

「私のエネルギーだ。君も菓子類がなければ持たないだろう?」

「あぁ、確かに」

「じゃあ解るな」

「あぁ、はい」

 同調できちゃったんで、夕灯悪いけど見つかって着てやって。

 俺たちは可愛い服を抱えて夕灯を探し回った。


「で、これとこれ、処理お願いします」

 結局、夕灯は服を着替えてはくれなかった。こうやって執務をしているけどいつもの式服だ。

 あの人は夕灯のスルースキルの高さに悔し涙を浮かべ拒絶された服を持って出ていった。たくさんの服は試着されるのを待ち望んでいた主とともに涙を流していたようだった。

 本日二度目。俺こと宮卦はもう直ぐ正式に夕灯の直属になる。

 夕灯は桐生当主の嫡男として世間に顔を出す。だからかは解らないが、秋の頃から見ていた夕灯とは違って可愛らしさが抜け、少し冷たい感じがしていた。

「聞いてます? (しき)さん」

「あぁ」

 俺の隣で式と呼ばれた人物はアイスブルーの髪を揺らして前を向いた。黒いロングジャケットがすらりとしたかっこよさを、コーラルピンクの瞳は沈着で知的な性質を宿していた。式さんは綺麗でかっこいい。

 式さんは元々夕灯に仕えていた人物で、今は俺と一緒に書類と格闘している。俺よりいくつか年上で経験もある式さんだが、何故かとりわけ手際が悪いのはデスクワークに向いていないからのようだ。沈着な外見とは裏腹に武術に優れているのだ、式さんは。後はまあ……さっきショックな事があったから身が入らないんだろう。

「夕灯、紋代さんから手紙返らないんですけど」

「私語は慎め」

 手を動かしながら口を開くっていう高等技術をわざわざしたっていうのに、夕灯は冷たい。秋の頃の夕灯はもっと柔らかかった、言葉は毒を含んでいたが今の夕灯は毒にも感情がないのだから変わってしまったというか、やはり正式に世間に公表されるからピリピリしているのかもしれない。

「紋代という者はまだここでは働かないのか?」

 式さんが口を挟む。夕灯に私語は慎むよう言われた傍から度胸がある人だ。夕灯は式さんが日頃から真面目に仕事をしているのを知っているから、多少の私語は許すという感じで黙認した。式さんは夕灯と俺、どちらからかの回答を待つ。

「紋代さんは迷っているようですよ」

 夕灯が先に口を開いた。

「何を迷うのだ?」

幽玄(ゆうげん)とこっちとどっちに居るか」

「幽玄、か……。私なら早々にこちらに移るが」

「引き抜こうとした時には本人は二つ返事で返しましたが、やはり並々ならぬ思いがあるのですかね、抜けられないみたいですよ、幽玄」

「幽玄って……あれですよね?」

 俺は控えめに聞いてみる。

「紋代が管理する特別な組織」

「ええ、特別で、謎めいています。宗家には従順、命じられれば笑顔で頷きますが本音はどうだか」

「紋代が暗い場所で息づいているのは、宗家がいじめてるからじゃないですか?」

「笑って戦場に死ににいく兵隊を、貴方は頭がいじめていると表現しますか」

「そういうつもりじゃないんすけど、まぁ、そういうつもりかも」

「幽玄については現状どうする事も出来ません。相互利益と理解の上で使い使われる関係ですからね」

 夕灯はそこで話を切った。

 紋代は汚い仕事や危険な仕事を率先して行っている。それは果たして宗家の傲りか紋代の家訓か。蝶架を見る限り前者な気がしてならないが、桐生を繁栄させる上での紋代の責任感や自己犠牲の現れ、と言ってしまえばそれだけだ。

 蝶架は何故幽玄を抜けないのか、何故手紙の返事を返さないのか。俺にはまだわからない。

「夕灯は行くよな? 温泉」

「行きますよ、夕灯は」

「それは紋代さんは来ないという事?」

「全ては本人次第です」

 夕灯はあしらうように会話を切った。



「式さん、夕灯は普段あんなに冷たいんですか?」

 夕灯の傍での事務は終えた。式さんと今後の打ち合わせをしながら会話をする。

「いつもあんな感じだが、何か気になる事でも?」

「いや、ひと足早く試用期間的な事で此処に来てますけど、外で見た時と此処とでは雰囲気が違うなーって」

「本家だからな、緩んではいられないのだろう。動物と触れ合う機会も少ない」

「動物?」

「夕灯は動物が好きなんだぞ? ああ見えて」

 お、意外な情報だな。そして、だから初めて会った時もハトに餌をやっていたのだと思い出す。

「ただな、動物からは嫌われてしまうんだ、可哀想なくらい」

「それはまた……」

「何故だろうな、波長があわないのかな」

「あんな毒舌じゃ危機察知能力の高い動物に気付かれて当然ですよ」

「あぁあの毒舌な。あれはなんとかならんか、私もよく喰らわされる」

「今も隣にいたらダメ出し喰らってそうですね、あれは天性の才能とも言えます、あれがなくなるって事は、頭の良さがなくなる事に等しいです。まさに頭と一緒で切り離せないんじゃないですかね?」

「君も中々辛辣だが……」

「客観的な分析ですよ」

「君、夕灯に入れ知恵をされたな?」

「んー、そういえばよく夕灯と言葉遊びをしていたかも、病院は暇だったから」

 ははっと、そこで式さんは綺麗に笑った。

「君は面白いな、夕灯が手元に置いてみようとしたのが解る。紋代という者にも早く会ってみたいな」

「紋代さん、こっちに来ると思いますか?」

「幽玄の呪縛は……簡単に解けるものではない。私の弟のように」

 式さんは過去を思い、弟を記憶に浮かべているのかもしれないが、その表情は暗く、寂しさや後悔といったものが伺えた。

「弟さんの呪縛って?」

 俺は聞かなければならない気がして呪縛に足を突っ込む。式さんはぽつりぽつりと話し始める。

「弟はな、桐生を恨んでいるんだ、或いは私もそうなのかもしれない。ただ私は恨むだけでは復讐の末路しか取れないと思った、弟のように頑冥でいるのもよかったが、私は桐生の未来を知りたくて此処に来たのだ」

「未来って?」

「夕灯だ、夕灯が桐生を変えてくれるなら、私は恨みよりも夕灯を支え、弟のような復讐者を減らしたいと思ったのだ」

「桐生の裏家業を、止めさせると?」

「夕灯が少しでもそれを望んでくれていたらいいという、私の勝手な切望だ。弟を裏切る真似をしてこちらについた、私のエゴだ」

 式さんは片腕を抱きしめ苦痛の表情になる。凛とした姿の中に深い思いを抱えていたのだ。俺は暫く何も言えなかった、ただ式さんも蝶架も俺と一緒で――不良品なんだと思った。



***


「あれ、紋代さんは仲間とつるまないタイプだからてっきり来ないのかと思いました」

 俺は会うなりいきなり蝶架の不機嫌を誘うのに成功した。蝶架はすました顔から眉を顰めた面になる、隣の夕灯はやりますね、と扇子で隠した口元を綻ばせながら目配せした。

「心境の変化っての? オレ、幽玄には向いてなかったわ」

「幽玄? 止めるんですか?」

「ああ、折角狙撃の腕だけは一番だったんだがな、あそこに居ても何もないわ」

「それで、心の整理がついたから旅行にも行く気になったと」

「ああ」

 肩からずれた鞄を背負い直し、蝶架は明日の空の方を向いた。

「情けなく死ぬより少しでも長生きした方がいいかもしれないって思ったのさ、お前の催促の手紙でな」

「俺ですか?」

「『遊びはいつでも好きなだけ出来る、だが死は一度しか経験出来ない。ただ、貴方はそのどちらに価値があると考えますか?』よくわかんねーけど、折角生きているなら死ぬより遊びたいって思った」

 それから――。と、蝶架は躊躇いがちに背中で語った。

「友達の事、信じていたいのさ。俺の尻を叩いてくれたんだってな」

 ……友達? 友達とは俺達の事か? いつの間にそんな綺麗なものになったのだ。あ、蝶架の性格が。

「貴方の口から友達ですか、貴方が言うとこちらまで恥辱を受けたような気持ちになるのは何故でしょう」

「臭いすよね、ほんと」

「てめぇらなぁー」

 振り向いた蝶架は先程より更に眉間に皺を寄せ俺達を睨んできた。でも、その顔は不機嫌ではなく楽しそうに見えた、それは済んだ空の所為だったか、それともこれから旅行に行く期待に輝いていたからか。


 こうして俺達三人は絆を結んでいく。

 この先何かあっても三人は離れず、そう、離れずいられたらいいのにと。



 

 


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