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銀と黒の章2

たとえば碌でも無い死に方をしても、それは報いだと受け入れよう。

 報いを受けるに相応しい行いを、僕等はしてきたのだから。

 動脈より流れる血を浴び、鮮血に瞳まで染める、悲しみと怨嗟の血涙は人の頬を伝い、赤が更に赤を帯びる。

 殺人者は人を殺す。

 それは愚かな瞳の統率者、それは無邪気な笑顔の大嘘付き、それは無機的な瞳の悲しい人形。それは、僕。

 僕達は理性的に人を殺す。己の目的を知り、暗澹とした自由の中、今宵も刃を振るっている。

 世界の闇が、僕等を生かしている限り。終わりはない。



***


 人に打ち捨てられ、錆びた廃工場があった。全盛期にはさぞ機械音を奏で、休む暇もなく製品を生産していたと思うが、誰も気に留めなくなってしまえば寂しいだけだった。

 廃工場の中、かつて製品が流れていたであろうコンベアを一人の少年が走る。

 ふわりとした銀の髪、青を貴重とし星を散りばめた服。歳は十四、まだ無邪気に遊びたい年頃だと本人は言っていた。

 彼は身の丈より長い棒をコンベアに引きずる、棒の先には巨大な刃、三日月形で曲度を持つ刃は大鎌と呼ばれ、コンベアに引きずられる。

 重いならあんな武器止めればいいのに。少年に相応しい軽量で機能美のある武器等いくらでもある。

 少年がコンベアから飛び跳ねると、巨大な三日月も銀を描き宙を回る。少年の冷たい笑いと共に人の腕が二本床に落ちた。

 腕は真っ赤な鮮血を吹き出す、腕を無くした黒背広の男は驚愕に表情を硬め、腕を拾おうとしゃがむ、腕を拾う腕がないと知り絶望する。

 少年は男を放置し次の標的へ移っていた。黒い背広の腕がまた落ちる、また次、また次、黒い背広の腕。

 向かい来る大人の肢体を少年は大鎌を振り回し切断していった。遊ぶように、どこか退屈そうに、刃は踊り、血は飛沫となり、錆びた機械を赤く染めていく。

 少年自身も返り血で真っ赤になり鎌を振るう。

「な、なんだお前は! 子供のくせに」

 見飽きた黒い背広の腕が拳銃を握る。

「撃ってごらんよ、避けてみせるから」

 少年は誘う。

 力比べをしよう、弾が貫通するのが先か、それを躱した僕が腕を落とすのが先か。

 誘いは嘘ではないと少年はその場に止まった。それを見て黒背広の男は照準を少年の体へ向ける、集中して、周りが見えなくなるくらい、これを外したら腕を落とされるだろう。

 少年を捉える瞳が真剣な眼差しに変わる、その眼差しは拳銃の揺れる先に見る、歪む少年の口元、そしてその上の青い瞳の微笑。

 少年は男の視界から消えた。

 黒背広の男の腕が、肘から消失していた。


 黒背広達はあらかた床にひれ伏していた、少年はあまり強くない、それでも黒背広はこのザマだ。

 大した訓練も受けていない素人が、毒や麻酔入りの玩具を持っているにすぎない。馬鹿すぎた。

 そして今まで傍観していた僕だけど、此処からが仕事なので歩き出す。

 僕は黒背広の血が冷めぬ内に急いでしなければならない事がある。

 白のゴスロリ服が汚れないようスカートを摘み汚れを避ける。

 切断された腕や足が転がっていて邪魔、桃色の肉が赤く血に塗れ、踏みつぶしたらぐじゅっと音を立てそうだ。

 ぐしゅ――。

 あ? もう、踏んじゃったよ……。

 ひじゃけた指が潰れた反動で肉を吐き靴が赤くなる、幸い靴は黒だったので赤は目立たない。足を払い肉片を飛ばしてから綺麗になった靴でまた歩く。

 肢体の一部が欠損した人間の山に近付く、少年が詰まらなさそうにこちらを見ていた。

「てっぽうってさ、引き金引かないと出てこないんだもん、つまんないですよね」

 大人に平然と嘘を吐き、拳銃を撃たせようとして先に切断した。少年は悪びれる様子もなく、動き足りない体を宥めようと三日月に片足を乗せ、棒を押したり引いたり始めた。

 僕は少年に構わず死にかけの人間達を治療する。ナイフで腕を傷つける、出てきた血を黒背広達に垂らしていく、すると出血は治まり、痛みも引いていく。

 血を与え傷を修復する、これが僕の能力だった。不思議な力、だけど使うと貧血でふらつく、それを支えるのはいつも少年。

「敵まで治してあげるなんて、いのりんは聖女様ですねぇ」

 思ってもいない事を口にする、聖女とか言われても恥ずかしいだけ。到底聖女でもない僕は少年に言い返す。

「別に、こいつら死んだらお前も消えちゃうからやってるだけ」

 この世界一巡では人を殺すと自分も消える。つまり僕が敵である彼らを治療するのは、この少年の為だと気付いてほしい。

「ボクは消えないよ、きっと消えないから殺してみていい?」

 三日月がシャンっと動き出し、手身近な首に銀を掛ける。首の上の目が恐怖に動き、反射的に僕に哀訴を向けてくる。

 別にさ、助けてやるわけじゃないけど、首の懇願に応える。

「この人殺してお前が死んで、それで終わりなんだけど、そんなダサい死に方でいいの? やり足りないんだったら夜の町に繰り出してみなよ。治安の悪いとこなんか、いくらでも相手はいるだろうから」

「数だけの悪と戦ってもつまらないよ、もっと強い奴と戦いたい、もっとお仕事来ないかな」

 少年は僕を支え、反対には大鎌を引く。

 戦いを好み、命を取り合う場所で暴れるのが楽しいらしい少年は、僕達についてきて、守られながら人を傷つけて、いつしか殺人を娯楽と勘違いしてしまった。

 こんな風に歪ませてしまったのは他でもない僕や仲間だ。

「殺すのだけは我慢して、僕が居る時なら、少しは殺してもいいから」

「いのりんたらこわいね、殺した奴でも蘇らせてまた苦しませようとするんだから」

「お前さぁ、それが誰かさんの為だっていい加減気付け」

 ……確かに相手を癒やすという事は、慈悲ではなく悪意なのかもしれない。

 傷が治り逃げ帰った黒背広達はいつかまた戦に赴くだろう、腕がないまま、足がないまま、命を取り合う場所に配属される。直接的ではなくとも間接的に死ぬ場所かもしれない。

 任務に失敗しておめおめ逃げ帰り、罰として苦しめられるかもしれない。

 けれど……それは関係ない、肉を削ぎ、治療し、また削ぐような拷問をしてるわけじゃないんだ。それはこいつらの事情だ。

 言わせておこう、仕事は終わったんだから早く帰ってお風呂に入りたい。

「おい」

 背中に声が当たる。同時に僕の背後で人が倒れる音がした。

「油断すんな、(いのり)

「あ、」

 薬品を浴びた黒背広が僕の足元に転がっていた。腕がないのに、体で特攻するつもりだったのか、猛襲の瞳は床に倒れてもまだ輝いていた。

「帰るまでは気を抜くな、それと(めい)、知ってたなら助けろ」

「え? いのりんが押し倒されるとこが見たかったんですが」

 ……この、くそメイが。

 僕を助けた男、祭華(さいか)は僕達に帰還の合図をする。腕を切られ、足を切られ、薬品で爛れ、銃で撃たれ、無造作にやられている人間を放置し、彼は今使った薬液の入った小瓶を仕舞いながら僕達を率いていく。

「祈、大丈夫?」

 祭華の背に続きながら僕を心配するのは萵苣(ちしゃ)。赤い髪を部分的に三つ編みが飾り、赤い瞳が"心配"を宿しこちらを見る。

 萵苣は優しげでどこか儚そうだけど、中身は何もない、機械のように無機的な人間だった。

「帰ったらしっかり休んでくださいね」

 血を流した腕に包帯を当ててくれる。萵苣は僕を心配し労ってくれる。くそメイや冷淡な祭華とは大違い。

「ちーちゃんてさ、切っても死ななそうだよね、今度戦ってみない?」

 冥は味方にまでくその蔓を巻き付けようとする。こいつにとって相手は誰でも関係ない、強い程楽しい、戦いたい、戦いたい、戦いたい、遊び半分で真剣に人を傷付ける。

「萵苣の何処が切っても死ななそうなわけかな?」

「なんか切っても切っても再生しそう」

「どっからそんな発想が出てくるんだか」

「触手とか伸びてきてさ、目からビームも出ちゃうんだから、ちーちゃんとは一度殺し合――」

 冥が笑ったまま口を止める。

 え――? なにが……

「不意打ちなんてひどい、やるなら正々堂々とやりましょうよ。サイちゃんと殺し合えるなら今から死んでも構わないから」

「だーれがやるか。俺の不意打ちに対応するなんて可笑しいんだよ、お前とは絶対にやらねぇからな」

 僕の前で刃が重なっていた。

 冥はハサミで祭華の剣を受け止め、祭華は剣で冥を殺そうとしていた。

 僕と萵苣は完全に外野で、置いてけぼりだった、敵であれば簡単に切り捨てられていただろう。彼らのじゃれ合いは僕達とは次元が違う。

 ……冥は、反射神経だけはいいもんね。

 祭華は届かなかった剣を鞘に収める。

「いいかチシャ、こいつはこうやっていつ殺そうとしても反応してくる、だがそれはどれだけ悲しい事か解るか? 一時も気を許す事なく張り詰めているってのは、人として悲しすぎる」

「ちょっと、技で敵わないからって精神攻撃は止めてくれない?」

「冥はいつなら安らげるのですか?」

「ちーちゃんまで、ひどい」

 泣いたフリして最後の砦、僕に縋り付いてくる。顔が胸に埋まる、すりすりと、意図してやっているのか定かではないが、僕は一発頭を叩いてやった、どういう事か、その一発は簡単に脳にダメージを与えた。

「あの、簡単に入るんだけど」

「イノリが殺気出してないからだ、それか眼中にもないんだろ」

 祭華も僕を眼中にないように振る舞うから、冥もこんな感じなんだろうなと思った。

 いいよ、僕は萵苣と一緒に異常者達とは一線引いた向こうにいますよ。


 四人はアジトに帰る。

 アジトっていうか、僕の家、更に言うなら僕にプレゼントされた、大富豪の屋敷。

 祭華は豪奢な金髪に付いた血を気にし、風呂に向かうと言った。萵苣は報告があるからと上層部へ向かった。冥は僕についてくる、部屋違うんだからついてきてどうするつもりだよ。

 屋敷は大富豪のものであるのでかなりの広さがあった、大きな玄関、玄関を潜ると二段構えの階段が円を描き二階へ向かう、食堂や娯楽施設まで備わっているし、部屋はトイレと風呂つき、至れり尽くせりの屋敷。

 なので冥が僕についてくる必要はない、個人の部屋はとっくに決められているし、腹が減ったなら食堂に行けばいい。

「なんでついてくる?」

「なんとなくね……傍にいたいんだけど、ダメかなぁ?」

「ちっ」

 ふと見せるこういう稚さが、年下故の可愛さに変換されて困る。

 風呂に入りたかったので、風呂上がりにならと妥協したが、結局冥は風呂の間も僕の部屋でリラックスしていた。

 風呂から上がり、僕は長く白い髪から雫を溜らせながら冥の横で櫛を取り出す。冥は直ぐにそれを奪い僕の髪に通した。

「ほのかにピンク色で可愛いね」

「あっそ」

 椅子に座り髪を梳いてもらうが、僕の髪は尻より下まで垂れている。

 白にほんの少しだけ桜色を含んだ髪は、ある一族の髪に酷似していた。

「さらさらになったから何かして遊びましょう?」

「遊ぶよりご飯だよご飯」

「ほいきた」

 冥にひっぱられ僕は部屋を出る。全く元気なんだから、僕は体が弱い、だからそんなに走られても足が絡まってついていけない。

 食堂に行く、先に祭華が座っていた、祭華は魚のフライを食べていた。

 僕は僕用に積んであった菓子の山から今の気分でチョコクッキーを選んだ、冥は冷やした果物を取り出している。

「イノリ、メイ、ちゃんとしたもんとれ」

「祭華口煩い」

 僕は菓子が好きだ、一日三食菓子類を摂取する。偏食を矯正されようと、応じるつもりはない。兎に角菓子さえあれば世界は平和。

 長いテーブルに一人で着いていた祭華が何となく誘っていたので、僕と冥は祭華の向かいに二人で座った。

「メイは何のために戦っている?」

 祭華がいきなり聞く。

「自分の為? ですよ」

 祭華は一人ではしゃぎ回っていた先の戦闘を反省させたいのだろう。

「俺達の最終目的を忘れるなよ?」

 祭華が怖い顔をする。僕はその祭華の説教の奥にある、真実を植え付けようとする心持ちが嫌いだった。

「忘れませんよ、復讐したいんでしょ?」

「ああ、あいつらには怨みがある、それを晴らす為なら、俺は何でもする」

「だからってボクをいきなり接触させるんだもんね、流石に酷いですよぅ。ちょっと前に戦ったあの子、凄く強かった、僕の手足は傷だらけで、いのりんに治してもらわなきゃ死んでましたよ。けど、また戦いたいな、だからボクも復讐するのは賛成です」

 あの時を思い出す。冥は確かに珍しく血だらけになっていた。弱っちいという冥だけど、実践経験は豊富だし、それなりに修羅場を潜り抜けている。はしゃいで猪突猛進かと思えば、引き際を理解し逃げを恥と感じぬ賢さもある。

 その冥が虫の息になり、何日も寝込んだのは鮮明に記憶にある。僕もだいぶ血を使った、同じく寝込んだ。二人して同じベッドに入れられていたのが何故だか未だに解らない。

 ベッドの中で僕は冥に恐怖していた。

 あの時……僕は戦慄した。悪鬼のように、まるで羅刹のように、血を舐め、青い瞳に奇怪な喜びを宿す冥に。

 虫の息なのに、僕の血を受け、その血まで啜る異常な姿。

 笑っていた、恍惚と喜悦に涎を拭うのも忘れて。闇の底から紫紺の瞳が大口を開けて僕を飲み込もうとしていた。

 あの時の傷付いた冥は、まるで赤ん坊が、刃物を持って人を殺しに行くような恐怖を僕に植え付けた。

 あの日の事を祭華には話していない、隠しておかなければ、口に出せば殺人鬼が僕を食い千切りに来るような気がした。

 我に返ると、今の冥は果物を齧り、祭華からフライを横取りしていた。祭華は取られたフライを取り返し尻尾以外は食べてしまう、残った尻尾を冥の口に突っ込む。

「ふぁ……」

 冥が苦い顔をしながら尻尾を咀嚼する。

 こんなやり取りをする子供に、何か取り憑いているとでもいうのか。

 止めよう、あの日の冥は封印しておくのだ。

 チョコクッキーを口に入れる、中で幸せ空間が広がる。もう一枚、もう一枚と幸せ空間を広げる。

「サイちゃんトランプしましょ?」

「お前何勝何敗か言ってみ?」

「サイちゃんがイカサマするからでしょ? 正々堂々とやってくれれば絶対勝てますから」

「イノリ、俺いつイカサマした?」

「してない、冥がゴミなだけ」

「むっ、トランプ投げでなら負けないよ? これを投げて人を切るの、手足は十点、首は百点、ボクはもちろん首を切断」

「ちょっと、そんな遊びないから」

「ははっ、メイ、それなら目玉は百二十点だ。まずは俺からやってやる、そこに立て」

「ほぅ、ボクが的なんだ、つまり外したら次はサイちゃんが的だってコト、忘れないでね?」

 冥が祭華から距離を取る、祭華はトランプをとりに行く。

「何やってんの、僕は知らないからな」

 血だらけのゲームの結末なんて知るか。

 僕は二人に構わずチョコクッキーを腹に収め部屋に戻った。


 部屋でコートを探し白のゴスロリの上から羽織る。髪はいつも通りツインテールに纏める、左目には白の眼帯。これが祈。

 外は春なのに雪が降っている。美しい季節の交わりを、それが終わってしまう前にもっと目に焼き付けておきたかった。

 準備を終え部屋を出る、興味本位で食堂を覗くと祭華がトランプを飛ばす瞬間だった。冥が僕に気付き手を振る。

 おい! トランプ飛んできてる!

 僕はヒヤッとして咄嗟に目を瞑った。

 沈黙。

 冥は?

 冥は……、口でトランプをキャッチしていた。思わずほっと胸を撫で下ろす。なんで僕が冥の心配をしなきゃならないんだ。

「次サイちゃんだからね?」

 冥がにやけて口に捉えたトランプを吐き捨てる。

 祭華と冥が位置を交代する。すれ違いざまに祭華は冥に笑いかける。

「予言してやるよ、お前、手か足狙うだろ」

「え〜? なんでわかっちゃったんです?」

「汚ねぇメイちゃんは手足から傷付けていたぶるのが好きだもんな。ルールは動いてはいけない、お前は口を動かしたが、まあそれは許容範囲だ。手足は動かせねぇ、だからお前は点が低かろうが手か足を狙う」

「解ってるのに舞台に向かうなんて、サイちゃんはよっぽど自信家なんですね。なら僕は思惑を裏切り首を狙います、頚動脈が切れて死んじゃっても呪わないでね?」

「外して次お前が死んでるのを心待ちにしとけ」

 ……ったく、付き合ってられない。

 僕は食堂の扉を閉めた。願わくば、帰ってきたら中で二人共血を吹き出して死んでますように。


 黒い靴をコンコンと足に嵌め、白いフリルの付いた日傘を装備に加える。外に出るために玄関の扉に手を伸ばそうとすると、先に外側から扉が開いた。

「祈? 報告してきました。「あっちが勝手に喧嘩売ってきたから買ってオマケもつけといた」と。端的ですが伝わったようです」

 萵苣が昂揚のない機械的な音声で報告する。

 てかそれって、祭華の口調まんまじゃん……。

 なんでも覚させるもんじゃないな、まるで鳥だ。いらん一言をしっかり拾って真似しちゃってるっての。

 上に祭華の態度まんまで報告されたかと思うと想像するだけで恐ろしい。くそ、萵苣じゃなく祭華に注意しておかないと。

 ところで、僕はさっきから祭華より萵苣のあるものに注意がいくのだけど……。

「なぁ、嘘だろ?」

 萵苣の手に握られた黒い塊――拳銃を見て冷や汗をかいた。

 推測する。萵苣の頭には雪、拳銃を取り上げると長らく外気に晒されていたように冷えていた。つまり萵苣は、拳銃を握ったまま街を歩いていたのだ。

「しまっていかなきゃダメに決まってるじゃないか!」

 はたして、自分の行動はおかしかったのですか? と常識を装備してない萵苣が表情を作り上げている。

 おかしいに決まってる、誰かに見られたら……っくそ、何をやってるんだ。

 他人の事で怒りだす僕に更に不思議ですという表情を作りながら、萵苣は言い訳、というか僕を納得させに出る。

「これを持っていても何も思われません、何故なら私は梳理(くしけずり)だからです。戦闘民族と揶揄される梳理が軍事用装備を解除していなくとも、街中で怪しむ人はいません」

「そんな誤魔化しが通るとでも?」

「現に私は此処まで何も言われず帰って来ました」

 萵苣は安心して? と笑顔を作る。そこは反省するところだろ、どうして笑うんだよ、間違ってるんだよ。

「確かに梳理は野蛮で、戦が好きで、だけど民間を傷付ける不祥事は一切起こしていない。華族だから、誰も恐れたり注意しなかったり、奇跡的に騙せたのかもしれない。でももう止めて、外に出る時は拳銃はしまって、後……寒いから温かくして、風邪をひいてしまうから、ね」

「ごめんなさい、次回からは注意します。指摘してくれてありがとうございます」

 萵苣は音程の変わらぬ声で常識としてだけの礼をする。僕の本当に伝えたい気持ちは理解出来ていない。拳銃所持や非常識さなんて反省して次回からなおしてくれればいい、僕はただ、萵苣が心配で、萵苣が風邪をひいたらいけないから、親身になっているのに。

 表面上だけで人の機微を判断する事が出来ない、心の中まで感じ取れない。

 怖い、喜怒哀楽を丸暗記してデータ通りに使い分ける萵苣の感情は、機械だ。人間味が、体温が一切感じられない、怖い。

 こうなってしまった理由は明確。萵苣もまた、歪んだ人間の生み出した、歪んだ人間なのだ。

 僕は悲しくなった、こんな機械みたいな奴相手に悲しんだって機械的な反応しか寄越さない。哀れむ僕こそ、彼に同情し、哀れみを買いたいだけの欺瞞野郎なんだ。

「悲しいのなら、私が傍に居てあげましょうか?」

「いい、僕が本当に悲しんでるんだって思ってるうちは気にしなくていい。今度、僕のお願いを少し聞いてくれないかな?」

「はい、祈の為なら」

「ありがと。じゃあ僕はこれから外に行くから、食堂の馬鹿達を頼んだよ」

「はい」

 萵苣はいってらっしゃいと手を振りながら拳銃を右手に構えた。

 あ、やべ。あれで止める気かも……。

 僕は知らないや、帰ってきたら三人まとめて血だらけでも、僕は知らないっ。



 外に出て街をふらふらしていると公園の真ん中に突き立つ時計が午後二時を指していた。

 相変わらずの灰色世界に週末といえど人は外出を避ける、けれど僕は構わず公園を周り、屋根の付いた建物の下の濡れてないベンチに座る。

 日傘を畳んで隣に置く。それにしても綺麗だな。桜と雪が色を重ね、静けさしか彼氏に出来なくても飽きずに見ていられる。

 アイスクリームでもあればいいんだけど、春先にそれを扱うのは稀である。ましてや雪が積もっているのに販売していたとしたら、そいつは暇人の酔狂だ。僕は暇人の酔狂を大歓迎するけどもね。

 長らく景色を見ていると手には日傘、足の先のつま先君が上に立ち上がり、隣同士こつりこつりと挨拶を繰り返す。

 いい加減飽きてきたってことなんだよね。……行くか。

 立ち上がって数歩、何故か視界が回転。

 尻が浮く、浮遊感と共に頭がベンチに激突、最後は地面で服が茶色になる。

 ……いってッ、もう! ……何やってんだ。

 ちくしょう最悪だ、白いコートが泥で汚れてる! 更に最悪なのは、このドジを他人に見られていたという事だ!

 あぁぁ穴があったら入りたい、顔が熱くなってくる。

 頬を両手で抑えながらたった一人の目撃者の前から逃げ出す。恥ずかしい! そいつが若い異性だったというのが不幸中の不幸だよ。


 走る、体力がないのを思い出し止まる。たった数十メートルで息が切れる。

 逃げ切った、だろうか。

 雪は止んでいた。これからどうしよう、コートも汚れたし早く帰ろうか。

 帰ったら帰ったで何人かが血塗れ死体になってるかと思うと憂鬱、後片付けが大変なんだよなぁ。

 コートを脱ぎ泥を隠して玄関に入る。何かが気に掛かる、その何かを、靴を拔いた時思い出した。

 日傘! 置いてきちゃった……。

 あぁ、あの目撃者に戦利品として奪われてしまう……いやきっと奪った。奪われた、違いない。

 仕方がない、また祭華か冥に新しいの買ってもらおう。

 あの黒い目撃者、覚えておけよ!?






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