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黒の家の章4

 黒の家――。それは輝かしい華族達の誉れ、しかし逆さに叩けば闇が零れる。

 闇の一族は、積年の礎を腐り果てた内で孕みあう。


***


「大丈夫〜?」

 甘ったるい声が降りかかる。この声は蝶架でも夕灯でもない。

「ねぇ」

 俺は声を無視する。返事をするのは苦痛でしかない、目も指も足も傷付き血が流れている、この状況を見て声の主は口を耳元に近づけてくるんだから常識が欠落してるんじゃないかと思う。

 苛立つ。俺は口を動かさない、意地でも応えてやらない。

 声の主は俺の顔をペタペタ触り始めた、俺の無視が余計に火を点けたのか行為は激しくなる。

 あーもう! 少しは重症人が相手って事を理解してほしい。

 怒鳴る変わりに頭に力を入れてやった、頭の下に敷いてあった膝がゆさゆさと揺れた。

「重い重い!」

 やめてよ〜と頬を引っ張られる。スイッチじゃないんだから引っ張ったって止まりはしないよ! 結果的に止まったけど……俺が頭の力を抜いてやったからな。

 すると前の方から低い大人の声がする。

「やかましいよ、静かにしなければ。怪我人が死んでしまったら君が責任をとらないとならなくなるからねぇ」

「それはいや〜、面倒くさいしお金は出したくないしこの人の所為で責任取らされて牢屋に入れられてそれで人生終わっちゃったら酷すぎるよ」

「俺も悲しいね、君が真っっっ赤な他人の所為で罪を背負わなければならなくなるなんて、ねぇ」

「酷いよね〜、ゆうひちゃんは酷いよね〜」

 いや、そのやり取りの方がよっぽど酷いわ……。

 運転席と後部座席で交わされる会話、俺達をネタに盛り上がっている。

「怪我人さん、膝枕嬉しい?」

 再び声。俺は後部座席に寝さかされ少年に膝枕をされている。

 この状況を嬉しいかと少年は聞く、もちろん嬉しくない。可愛い女の子ならよかったかもしれないけど、可愛い少年の膝ではな。

 それより俺が今も重症で、先程まで恐怖の底に居たから例え柔らかな女の子の膝でも安らげなかったと思う。

 ――回想する。

 夕灯に言われた通り車を探し、やがて赤い車を見つけ、そうしたら中から白いフサフサの着いたフードを被った子と、赤い髪を高くで結った大人の男性が降りて来た。

 二人は夕灯の協力者。蝶架は素早く状況に即応し、俺を車の後部座席に押し込むと自分も隣に乗り込もうとする、だが割り込んで来た白いフサフサの子に押し出されドアが閉められた。押し出された蝶架は何故……というような腑に落ちない顔をして、仕方なく助手席に腰を下ろした。赤い髪の人は運転席に着いた。

 車というのは近年開発が進められようやく完全した、まだ世間には流通していない高価な乗り物。貴族や金持ちのみが所有を許される、その乗り物を赤い髪の人は愛車にしているらしく、相棒に語り掛けるようにハンドルを撫でてからアクセルを踏んだ。

 この赤い髪の人が何者なのか……それは推測出来るけど今は静かに病院へ向かう。

 夕灯は必ず帰ってくる、だって真実を話すって言ってた。なら俺達は病院で夕灯の帰りを待とう、元気にならなければ、夕灯を迎える事も出来ない。

 ――というわけで回想終わり。

「っつ」

 どんっと車体が跳ねた、反動で傷が痛む。

 思わず少年の膝に顔を埋めた。痛い……痛い、病院はまだ?

 少年の膝から冷たい部分を探して顔を擦り付ける。ひやりとした部分を探る事で熱を冷まそうとした。

 じんわりとした鈍痛は体を蝕み、車に揺られる事で吐き気を堪える必要も出てくる。

 これが後何分続く? 地獄のような時間は終わりを見せない。このままじゃ、俺……。

「痛覚がなかったら、楽だと思わない?」

 不意に問い掛ける、少年。それは痛みの中にある俺に一種の願望として染み渡った。

「痛くなければ、苦しくない。苦しくなければ、幸せ」

 耳を貸す。ああ、そうだな、痛みが無ければ苦痛もなくて、それは幸せな世界だよな。でも、違うんだ、痛みは必ず必要なものなんだ……。

 寂寥に包まれた少年は羨望を続けた。

 ねぇ、痛みがなくて幸せなのは、俺じゃなくて君の方なんじゃないの――?

「怪我人さん、手貸して」

 少年は寂寥を上書きする、少年は無邪気で騒がしく元通りになっていた。

「手見せて」

「むり」

「痛いの飛ばしてあげるから」

 少年の口元は無邪気に笑う。白いふさふさが目や鼻まで覆う、口元しか見えない、その口がにやりと笑っている。

 これは……痛いの痛いの飛んで行け〜! とか素でやる空気だな。そんな事しても痛みがなくなるはずないってのに、夕灯と同い年くらい? どんだけ頭ふわふわなんだろ。

 そんな事考えてる間に少年に右手を取られた。痛たたた、触るな!

「ふぅん、気持ち悪いね、これで済んでよかったね」

 五本の指をじっくり眺める、直に触れられる。

 痛ッ! て、痛くない。……痛くない?

 そういえば、何で思考出来ているんだろう。あれだけ指を破壊され、目を抉られ、銃弾に足を貫かれれば意識を持っているだけでも奇跡なのに。

 もしかして俺、超人的回復力所持の不老不死だったとか? いやいや、俺が人智を超えた完成品なわけない。ならば何故? 何故痛みが和らいでいく……。

 答えは少年が握っていた。握っていた手から、痛みがなくなった――。

「飛んだ?」

 俺は驚いて片目を見開いていた。少年は本当に痛みを飛ばしてしまった、いや、傷を消してしまったんだ。肌を繋ぎ合わせて修復した、少年こそ人を超越した完成品だ。そんな、馬鹿な。

「怪我人さんはね、僕に感謝しなきゃだめだよ。僕が膝枕してあげてなかったら、とっくに痛みで壊れてた」

 ありえない、お伽噺の世界の話だ、ここは現実、痛みが一瞬でなくなる魔法なんてある筈が無い。

 だけど、気になる。

「君は、何者なの……」

「僕はね」

 車体が跳ねる。

 赤い髪のお兄さんは乱暴な運転をなさるのか、車は跳ねながら道を走る。

 少年は喋りを止めてしまった、興が覚めたと言わんばかりに窓から景色を眺めていた。無言、少年はもう俺を寄せ付けなかった。



 あの日から数日後。俺は目を覚ました、当たり前だが病院のベッドの上です、ご覧下さい、俺は当分ここでお世話になります。

 緩慢な動きで上半身を起こし、手を出して裏表ひっくり返して見る。奇跡の力、少年の触れた俺の指は綺麗に再生されていた。そして右目に触れる。なんであの子は目にも触れてくれなかったのだろう、そうすればこの右目は失明せずに済んだかもしれないのに。

 都合の良い事を考える。そう、都合がいい――

 だから少年はあえて治さないようにしたのかもしれない。人として負った傷は癒えないまま、人として壊れていくようにと。

 一人で寝転ぶ病室は静かだった。

 赤い髪のお兄さんが按配してくれたのか、病院に居る間怪我の理由や事件性をとやかく聞かれる事はなかった。

 いっそ世に桐生の闇をぶちまけてしまえば、俺は病院でゆっくり家が滅びていくのを待てたかもしれない。

 たった一報で始まる楽な終わり、そんな事出来たら……ほんとに楽だよな。

 ……暇だ、寝よう。


 後日、白いふさふさの子が夕灯を連れてやって来た。

「無事だったんだな! よかった……」

 夕灯だ、夕灯が帰ってきた。謝りたい、まずは言わせてほしい。

「疑ってごめんなさい、夕灯……君は俺達を思ってずっと行動していてくれたんだね」

 赤い髪のお兄さんが車で待機していたのは逃げる手筈を整えていたから。館に迎えに来てくれたのは、危険の中に立たされる事になっても俺達を救いたかったから。

「口の怪我はっ、俺達の為に負ったんだな……、俺……悔しいよ、君が傷付けられたのが、俺が弱いばっかりに……許せない」

 布団を強く握る。包帯に覆われた右目が疼いた。

「これは私の弱さです、貴方が気にする事ではありません」

「誰にやられたの、俺は……そいつを許さない」

「これは、途中で介入してきたヘラヘラにやられました」

 ……んーと、ヘラヘラって何だ? 人じゃないのか。

「何? ヘラヘラって」

「ヘラヘラ笑ったへんてこな子供でした、まるでこの子みたいな」

「え〜?」

 へんてこ、と言って目を向けられたのはふさふさの少年。少年は夕灯の言い草に物申す。

「僕がへんてこ? 僕はねー!」

 身振り手振り抗議する少年は歳よりずっと幼く感じる。白いふさふさが揺れまるで少年の髪が揺れたみたいになる。

「で、へんてこな子供ってのにやられたの? 子供が何でそんな事するの」

「子供と言っても私と同じ歳くらいですよ?」

「なら子供じゃなくて同年代とか言わない? 自分も子供なのに同い歳を子供って」

 俺は近くで会話しようとベッドから降りようとした、足を動かそうとした瞬間違和感に気付いた。

 そういやそうか……歩けないんだ。

「宮卦さん、真実が知りたいですか?」

「そういえば言ってたね。真実って何? 俺は聞くよ、怯えない、知る必要があるから」

「じゃあ、ふさふさはどいていなさい」

 部外者は排除する。秘密は桐生でなければ聞かせられない。

「いいじゃない、僕も聞きたいな、桐生がどれだけクソみたいな一族かを」

 その時俺は悟った。知っている、少年は華族である桐生の本当の姿を。少年の桐生を嘲笑う姿は酷く冷めた氷のようだった。

「桐生がクソなら貴方の家はフンですね」

「なにそれー。じゃあちがやの家は?」

「あれはう○ち」

「キャハハ」

 ちょっとちょっと、この子達何の話しちゃってるの。ていうかちがやって誰。

「ねぇちがやって誰?」

「ちがやは茅萱、お友達!」

 ふさふさ(面倒くさいからそう呼ぶ、てか夕灯も呼んでたし)は手を合わせて楽しそうに語る。

「茅萱は梳理(くしけずり)茅萱、赤の華族です――」

 この世界、一巡(いちめぐり)には赤の梳理、黒の桐生といった色を象徴した華族が四家ある。王家に継いで権力のある由緒正しき古くからの貴族。

 おぼっちゃま、ってのは言われたくないが、俺も桐生だから貴族。一般人からしてみれば凄い家系に生まれた特別な存在。

 桐生は財力権力をひけらかしたりしないから親しみ安く、現に芸道と言う伝統を通じて数多の人と心を通わせている、だから町中でよく頭を下げられたり手を振られたりと忙しい。けれど白の華矜院なんかは決して触れられない高潔な華って感じで、身分の違いを思い知らされる民衆は花弁に手を伸ばしたりしない。赤の梳理は危険性が高く雲の上にでも居てくださいって感じ。

 華族ランキングとかしたら桐生は絶対一位になるだろう、裏でしている事さえ知られなければ――。

「で、茅萱さんはあの運転手の人?」

「そうです、派手な赤い車を乗り回す、無駄にキラキラのオーラを纏った」

 確かになー。茅萱さんはこう、常に光の粉が傍らを舞っているイメージ。

「で、桐生がクソ。ふさふさの家がフン。梳理がう○ちなわけか」

「ふさふさってなにさ」

 あ、ついついふさふさって呼んでしまった。

「ふさふさ付けてるからふさふさなんですよ」

 夕灯がふさふさ部分を摘みフードを剥がそうとする。ふさふさは必死に頭を押さえて夕灯に抵抗した。

 あー騒がしいな、騒がしい。でも……この騒がしさが安心する。病室が安心する。戻りたくない、帰るのが嫌だ……。

 桐生――俺は黒の家に居たくない。怪我をして目を失うような仕事を死ぬまでしていたくない。



***


 真実、というのが残酷なのはよくある話だ。

 聞かなければ幸せでいられたのに、とか。

 それでも俺は聞く道を選ぼうとした、知るという選択を取ろうとした。

 例え一度絶望しても、二度目も愚かに選ぶように。



「夕灯、そろそろ真実っていうのを、聞かせて」

 言ってから心が重くなった、やっぱ言わなきゃよかったって思った。真実が辛いものであるなんて、夕灯の顔を見れば簡単に予測出来る。

 夕灯は俺の気持ちを知ってか知らずか口を開く、耳に入る真実に対し、俺は無意識に布団のぎゅっと握った。

「宮卦さん、紋代さんは――」

 嘘……だよ。

 今、蝶架の名前が口に出るその意味。

 嫌だ夕灯、壊さないで、俺にとって蝶架は――。

「紋代さんは……」

「夕灯ッやっぱり」

「紋代さんはまだ来ませんかね」

 ……え

「紋代さんにも聞いて頂きたくて呼んであるのですが何をちんたらしているのか」

「な、なん、だ……」

「なんですか?」

「いや、」

 よかった……。蝶架が裏切り者だったなんて聞かされたら、ショックでたまらなかった。ホントによかった。全く夕灯、人が悪いな。

 胸を撫で下ろすのと同時にガラガラと病室の扉が開いた、蝶架だった。

「よう、ジュース買ってきた」

「頼んだ覚えはありませんが」

 さっそく夕灯が余計な一言をプレゼントする。

「頼まれなくても買ってくのが気配り出来る証だっての。ほれ、このチビは喜んでやがるよ」

 蝶架の手から真っ先に果物ジュースを奪い取ったのはふさふさ。ったく……栓を開けられなくて夕灯に頼る辺まで分かり易い性格だ。

 にしても初対面の頃の蝶架なら夕灯を視界に入れるだけで憎悪してたのに、今じゃジュース買ってくるくらいになったんだな。たった一つの事件を挟んでいるだけで、実際は出会って数日なんだ、俺達は。痛くて辛い出来事だったけど、蝶架と夕灯と一緒に居られるこの時間が生まれたのは……可笑しいかもだけど、よかったと思う。

 いよいよ、俺はベッドに、他三人は椅子に座り喉を潤しながら話を始めた。

「まずは順を追って話しましょうか」

 夕灯が口火を切る。

「資産家を狙撃する、という任務は本物です。桐生はあの資産家を疎ましく思っていました、だから舞台を用意し、私達の試験的なものに採用しました」

「なんかひでぇな……」

「人を排除し、ビルの屋上から綺麗に見晴らせる場所にターゲットを誘い、簡単に任務を達成出来るように準備しました。もちろん、犯行目撃も邪魔も追っ手もありえない状態になっていました、それはもう完璧に」

「なら何故オレ達は見つかったんだ、追いかけられ捕まったんだ」

「それは、舞台そのものが、いえ……貴方達そのものが実験体だったからです」

 俺達が、実験体?

「桐生はね〜点検していたんだよ、一族の中から不良品が産まれてないか、不良品を使い続けないようにしようって」

 他人であるふさふさが核心部分を暴露する。

 そうか、……でも、解ってた。

 俺は気付いていた、俺と蝶架が追っ手に拘束され車に乗せられた時、ある程度桐生が絡んでいるんじゃないかと。

 おかしなところが多々あった。

 まず人を排除したという一帯にまんまと追っ手が潜んで居た事。次に資産家が撃たれるのを黙認してからその後俺達を追い掛けて来たた事。そして車も、車は貴族階級にしか出回っていない。

 拷問する時の聞き方もそうだ、桐生か? だなんて黒髪と黒目を見れば分かるだろうに、しつこく吐かせようとしていたのは俺の口が桐生の名を売るのを誘っていたから。

 そしてもう一つ。俺達を欺いていた者が居たから。

 そう……

「夕灯が共犯だった」

「その通りです」

 隣で蝶架が驚いた声を出した。まさか命を張って助けに来た夕灯が事の協力者だなどと思いもしないだろう。

「夕灯は監視していた、俺達が上手く任務を熟せるように、俺達を誘導していた。退路は夕灯が決めたルートだった、夕灯はそこに追っ手を忍ばせていた」

「お前……」

 蝶架が夕灯を睨みつけたので、俺はまてまてと蝶架を宥めた。

「でも夕灯は裏切った、夕灯は家に逆らってまで俺達を助ける道を選んだんだ」

「宮卦さんの言う通り、私は前もって狙撃の話を、その後二人を捕える話を知っていました、最初から計画の協力者でした。貴方達を捕まえ拷問した理由は点検の為です、育てた暗殺者が口を割らないか、責め苦に負けて白状してしまわないか。痛みや死を恐れ家を売るような不良品ならば早く捨て、若手の教育方法を見直さなければなりません。様々な役割、年齢の血族を使い点検は定期的に、秘密裏に今も行われています。

貴方達は不良品である恐れのある……兼子供のサンプルとして名前が上がりました」

「ふざけんなよっ!」

 そうだよ、蝶架が怒鳴るようにふざけるなと言いたくなる。だが合理的で理に適っているんだ。

「貴方達は初日私に言いましたね、人を殺す事に疑問があると。私は納得しました、貴方達が不良品であると懸念される理由が、目を付けられた原因が。私は貴方達が拘束される前に助けようとしていましたが、あの日、ビルの外に思わぬ刺客が配属されていました」

「結局夕灯も信用されてなかったわけか、裏切った時の保険が刺客の存在」

「そう、そしてその刺客にまんまと口裂け女にされてしまいました。すみません、私がしっかりしていれば貴方達に怖い思いをさせずに済んだのに」

 夕灯は扇子を開いて申し訳なさそうに顔を隠した。あの時扇子の下に隠されていた口裂けは今はもうない、短期間で傷跡まで消えているのは多分ふさふさが治してあげたからだと思う。治せるものは治して構わない、壊れてしまったものは自然の儘に終わりを迎えさせる。ふさふさの気持ちは分からないが、そうして治癒を使う誓約を設けているのかもしれない。まぁ、憶測だけど。

 俺は次にある質問を夕灯にしてみる。

「結果的に俺は自白しなかったわけだけど、この場合合格になるの?」

 暗殺者として合格したくはないが、聞いてみる。

「はい、口を堅く結んでいれば大丈夫ですよ。ただしどの道動けない体にされていたでしょうがね」

「え、」

「死ぬまで拷問するつもりですから。死んでも口を割らなければ彼らは偉大な作品を作っていると再確認し満足する」

 つまり実験体に選ばれた時点で二度と光を浴びれない運命だったのか……。

 その時、横から怒鳴り声が抜けた。

「ふざけんなよっ、勝手過ぎるだろ! お前納得するなよ、なんでそんな全部受け入れたような顔が出来るよ!?」

 憤りを隠せずジュースをヘコませる蝶架。

 生まれた時から人を殺す定めを決められ、それに準じていても実験体として何も知らされず使い捨てられる。命の意味が見出だせない。

 怒りの矛先は桐生へ、そして俺へ向く。

 俺は何も答えられなかった。

「オレ等はこれからどうしたらいい……」

 怒りと同じく不安に押し潰された蝶架は俯き深刻な声で未来を憂う。実験を台無しにし、生き延びてしまった俺達はこの先何処で生きていけばいいのか。

「大丈夫ですよ、私は……私が今度こそ貴方達を守ります」

 年下の、ちっちゃな夕灯が強い目をする。守りますという言葉は真摯で、子供のごっこ遊びの台詞等ではなかった。


 俺はこの時、見つけてしまったんだ。黒い目の中にある青の定めを。

 理屈はなかった、感情もなかった、ただ思ったんだ。後の人生をこの子と共にしようと、この子が俺を守ってくれるなら、俺もこの子の側にずっと居ようと。

 生きている中で、自分がこの日の為に生まれてきたのだと思う時がある。死ぬまでに自分がしなければならなかったのはこれだったのだと、使命や満足に似た何かが。俺はそれが夕灯と出会う事、夕灯に出会って魂の定めを知る事にあったのだと思う。

 道が、決まった瞬間だった。



 ――真実、と言うのは時として残酷だ。

 自分の家が殺し屋で、したくもない殺しをさせられて、殺せない不良品は廃棄され、忘れられる。

 真っ黒な罪が広がっていく。黒には理想も夢もない、叶える未来も与えられない。

 人生は闇。黒い髪、黒い目。風雅で雅な一族、陰湿な泥の中で永遠に混ざり合う。

 永続的に繋がって行く血の中、俺はある人に出会った。

 これでいいと思った、すんなりと隣が馴染んだ。

 最期まで貴方についていくと、魂が言っていたようだった。



***


 静寂、暗闇。二人の空間。

「ねぇねぇ、言わなくてよかったの?」

 白が揺れる。

「いいんです。知らなくていい事は知らなくていい」

 黒は沈黙する。

「ホントは任務が、実験が、更に裏に隠された真実の為の……余興だったなんて、悲しいよね。あの二人の命も、実験してる奴らの命も、等しく全てはゴミのようなものなんだよ、君のお父さんにとっては」

「……貴方はホントに人の気持ちを察しようとしませんね、頭の中に何が入ってますか? あぁ、何も入ってないですか」

「ふふっ、何も入ってなかったら態々傷付けたりしないよ〜」

 白は黒に抱きつく。

「ゆうひちゃんも僕も一緒だよ、家からは逃れられない、欲しくもない期待だけ渡されて、誰も本当の自分を見てくれない。本当の自分を見せたとしても、きっと軽蔑するだけ。逃げたいんでしょ? 壊したいんでしょ? 本性を見せてしまいなよ」

「それは私ではなくて貴方の事ですよ」

「痛みのない世界」

「ええ……」

「行けたらいいね」


 そう、行けたら、人ではなくなるけれども。

 行けたなら、行きたいですか――?

 



  







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