黒の家の章1
黒と白は時代が望むように取り除かれねばならない、死を以って、世界の為の犠牲となれ――。
俺の名前は桐生宮卦、歳は16。癖っ毛でくるんとした短い黒髪に黒い目をした由緒正しき桐生の血筋の者。
桐生ってのはこの世界、一巡で芸道を幅広く伝導している古くからの名家の名前だ。
中でも一番偉いのが桐生宗家で、彼らは広大な敷地を所有し、瓦で出来た屋根、土壁、木造建築の風雅な屋敷に住み、何十人という一族ひとまとまりで暮らしている。室内には畳が敷かれ、部屋の区切りは障子や襖で閉じられていて、伝統ある造りの屋敷が俺には好感的だった。俺はその桐生宗家には住んでいないが、同じ桐生の子供として何回か宗家には訪れた事がある。
とにかく広い! でかい! 凄い! としか言いようがない。畳と木のいい匂いが落ち着くしな。
で、俺みたいな宗家以外の桐生や分家は他所に家を構えている。
桐生は家元としてそれぞれ扇道、華道、茶道、書道の教室を開き門下生を集め師弟関係を築き伝統を守り伝えてきた。
桐生ってのはその道では世界的にすんげー有名な家柄ってこと。
だから俺もおぼっちゃまと言われればそうなんだけど、いざ「おぼっちゃま」とか言われて下男下女につかれたらたまらんなと思う。要はガラじゃない。
おぼっちゃまと言われるとしたら桐生宗家の息子だろう。桐生宗家、彼等が家元な扇道は特に有名で、扇を持って舞踊や武道の芸をするんだけど、流れるような洗練された動きと扇子の織りなす雅な舞は一目見たら忘れられなくてファンが後を絶たないとか。なのに弟子は師一人に対し一人しかとらないってんだから(しかも桐生の血筋のみ!)競争がとんでもない。つうかすくねぇよな、師匠か弟子かが事故とかしたら後継はどうなるんだ、明らかに途絶えるだろ。
宗家以外の桐生や分家は華道、茶道、書道なんかをやってて、そこらの門下生は二桁三桁は居る。普通だ。
とまあ、我が家の紹介はここまでにしておくか。
俺は今、青空の下を歩いている。
面倒くさがりな俺がわざわざ外に出たわけは、初任務の下見に仲間と出掛ける予定だから。俺の任務は室内で花を活けるでも茶を点てるでも字を書くでもない、あんまり世間に自慢出来るような行いではない、つまりそういう仕事の下見ってわけ。
今回、ようやく十分な訓練を終え初任務に出してもらえる事となった俺は別に嬉しくもなく淡々としている。一人前だと認められた事についてもどうでもいい、大人の勝手なラインを俺が超えたに過ぎないんだから。賛辞にしたって形式的に捧げられる祝辞の言葉であって感動もくそもない。
「これからは立派な桐生の一員だな」「よくここまで育ってくれた!」ていうかそれって皮肉だろ、一人前イコール死への旅の始まりだ! ってこと。死の近くにある、闇の使命を運命付けられて生まれてきた、俺達黒い目と黒い髪の一族は。
俺は今回新人ばかりが三人一組で任務を行う段取りを聞いている。俺と同じくようやく晴れ舞台に挑む二名の仲間とは今日初めて会う。桐生の血筋というだけで他には名前も顔も知らない奴と組まされるんだ。今回から初めて実戦という奴らといきなり下見、で次にはぶっつけ本番。
なんつーか、早急過ぎてチームワークや相性の良し悪しが気になりますが文句を言わず柔軟になるしかないんだよ。
桐生にやれと言われた事は絶対、昔から厳しく教えられてきた、失敗や裏切りには死より辛い絶望を、忠誠を捨てる者には地獄まで追いかけ報いを与える。
実際任務から逃げ出して見つかって酷い拷問を受けた者が多数存在する。昔……訓練の一環として実際の拷問を見せられた事がある、それは血肉の色となって今も体の根底に恐怖として植え付けられていた。
熱した棒を肌に当てられ、肉を焼けたペンチで引き千切られ、熱湯の中に腕を入れられる。その日俺は眠れなかった、被害者の叫び、表情から伝わる痛みへの恐怖、目を逸らす事を許されず一部始終を脳に鮮明に焼き付けられた。まるで自分が拷問されているかのようだった。吐き気を堪えて布団に潜り、血肉の色を忘れるまで涙を堪え耐えた。
俺はそうなりたくない、訓練の意図通り俺は桐生に逆らわない心と偽りの忠誠を会得した。こんなの誰か望んだっての。
これが桐生の絶対的恐怖体制……。表向きは情緒と風情を愛する奥ゆかしい名家、裏では人の命を手中に収め利益として手にする、黒の家。桐生、それは殺しの名家。
おにぎりとお茶を飲んで、寒さを和らげるカーディガンを羽織って家を出てから三十分。仲間との待ち合わせ場所である公園は近いぞ、遅刻もしてない、定石通り待ち合わせ五分前は堅い。
すぐそこに目的地を控え歩道を歩く最中――そいつは現れた。俺の右手、丁字路から出てきたそいつは右に曲がり俺の前を歩き出す。――黒い髪は桐生の血筋の証、俺と歩く方向が同じなそいつは今回の俺の仲間の可能性が高い。声を掛けてみるか。
「すんませーん」
早足で住宅の間の灰色の道を駆ける。そいつは俺より背が高く、お洒落な赤い首周りをしたニットのセーターにジーンズという格好で手をポケットに突っ込んでいた。
「ああ?」
立ち止まり振り返ったそいつ、俺は息を詰まらせた、あまりにも……似ている
「……俺の、生き別れの双子の兄ですか」
思わず聞いていたくらい、似ていたんだ――髪型が。
「は? それなんて冗談?」
「すいやせん、あまりにもそっくりだったんで」
……信じらんねえ瓜二つだろ。色も長さも癖っ毛なスタイルも全く一緒、こいつ俺の髪型パクってやがんじゃねぇの? ってくらい一緒なんだ。てかこいつも同じ事考えてるだろ、そんだけ一目瞭然に似てるんだ。
「おま、オレの髪型パクってんじゃねぇよ」
「やっぱきた」
「は?」
「いや、俺はずっとこの髪型だったんでパクってはいないっす」
「なら今から変えろ、俺の名誉に関わる、よってさっさと散髪屋行け」
「待ち合わせがあるんでそれは出来ないっすね、というわけで貴方が床屋にどうぞ、ついでに貴方にオススメなのは坊主頭っす」
あー嫌だ。考えてみろ、こいつがもし俺の任務仲間なら同じ髪型の奴二人で仕事をしなくちゃならないんだ。恥ずかしすぎる。
「減らず口叩きやがって、お前公園に行こうとしてんだろ」
「やっぱりですか、じゃあ」
「んだよついてねぇ、最悪ぅ。おんなじ髪型の小僧と仕事とかあり得ねぇ、休みてぇ」
悪態のお手本みたいな台詞をどうも。
こいつも分かってると思うが桐生の命令は絶対、恥ずかしい思いをしようが任務からは逃れられない。
俺は仕方なく整えた髪に指を通し流れを崩した、これなら少しは違って見えるだろう。奴もそれならばと共に並んで歩く事を許可した。こんな伊達男でも年上は敬わないとな、素直に折れた俺ってえらい。
「で、自己紹介がまだなんだけど」
歩きながら話す。
「桐生宮卦っす。宗家じゃなくて東の桐生の」
「へぇ、桐生、ね」
隣の男は含み笑いをする。いい印象はなくて、嫌な感じが背筋を伝う。
「オレは桐生が嫌いなんだよ、傲慢でえらぶってやがる。自分等が一番有能だって他者を見下し、使えねぇもんは始末してぽい。上にあるってだけで実力を勘違いした誤解ヤロー共だ。気に入らねぇ……全員ぶち殺してやりてぇくらい」
物騒な人だな、仮にも宗家を殺してやりてぇとか。
「お前が東の桐生じゃなかったら、殺してたかもん」
宗家に憎悪を剥き出す前半、後半は打って変わりトゲトゲしさのないお茶目な口調だった。なんか、宗家じゃなくてよかったわ。
「わりぃわりぃ、俺は紋代蝶架。紋代一族の一人で、主に狙撃を得意としてる」
「紋代っすか。狙撃ってのは町中では言わない方がいいと思うっす」
紋代とは桐生に連なる分家の一家の名前。この男が桐生に異常な嫌悪を抱いているのは、紋代はどう足掻いても桐生宗家の使いっぱしりでしかないからだったんだ。
どれだけ個人が実力を有していても、家名だけで桐生より劣等と区分けされる。桐生に憤懣が募るのは分からなくもない。プライド高いんだろうな、この男。
てか公園が見えてきた。
朝早くには子供の姿はなく、犬の散歩をしている近隣の住民が一人二人居る程度だった。閑散とした公園のど真ん中に突き立った時計は七時五分前を指している、初任務の下見、出だしの印象は好調決定だな。
――紋代蝶架と俺は、黒い塊が怪しく群がる一群を発見し互いに顔を見合わせた。
黒い塊は少数単位で蠢き、クックルと鳴きながら羽ばたきを行う。黒い羽が散らばり、再びクックルと鳴き声を発する。
飛び立つ鳥の中から現れたのは、黒髪の女の子……いや待て、女の子、か? 男の子かもしれん。背格好は小さめで、歳は13、4くらいか。
紋代蝶架は鳥の中から生まれた少女に近寄り、なんとまぁ口説き始めた。伊達男かと思ったが、軽薄なナンパ野郎に転職だ。
少女は腰まである黒く長い髪を三つ編みにし、赤い帽子に袖の異様に長いゆったりとした式服のようなものを着ていた。黒い目と黒い髪は桐生の証、この子も俺達の仲間決定。
少女は鳥にやっていた餌のかすを手から払い、紋代蝶架を軽くあしらっている。男の存在をものともしない毅然な態度、俺は少々嫌な予感がした。
「軟派はもう満足ですか? 初めまして。私はきりゅうゆうひです」
流暢な言葉は目の前の紋代蝶架の存在を軽んじているように聞こえた。現にゆうひは一度も紋代蝶架を視界に入れていない。
クールなのか無関心なのか分からないが、年上を蔑ろにするのは流石によくないと思う。いきなりナンパされたら不愉快かもしれないけどなぁ。
「君、桐生宗家の子?」
紋代蝶架が聞く。
「はい、よろしくお願いします。貴方も桐生ですか? それとも」
「オレ、紋代蝶架」
「あやしろの――」
そこで紋代蝶架はゆうひを引っ張り公園の向こうの人気のない場所へ連れ去る。
おい、誘拐ですか、堂々と年下を拉致るなよ。もちろんこんな犯罪行為は見過ごせませんので俺も急いで紋代蝶架を追いかける。
――修羅場だ……、あいつどんだけ宗家が嫌いなんだよ。
紋代蝶架は銀色の拳銃を取り出し、銃口をゆうひに向けていた。
「なにやってんすか紋代さん!」
「黙っとけガキ。――ゆうひちゃんさ、お前も桐生宗家は一番偉いって思ってる口?」
「宗家という大本なのですからそうではないのですか? 宗家はちゃんと一族を纏め上げています、社会的役割も果たしていますし、不満に感じられるのはどういった点でしょうか」
「お前のその態度」
いやいやいや、お前の態度も十分悪いぞ。年下の子に喧嘩吹っ掛けて、それが自己中心的な鬱憤だってんだからゆうひもたまらないだろう。
でもそれだけ、紋代は桐生に軽くみられてたって事なのかもな。汚い仕事や命を落とす仕事は、考えてみれば紋代が担ってた気もするし。
紋代蝶架が狙撃を得意と言ったのも、殺しという命を投げうる役目に、桐生に就かされている証拠なのかもしれない。
矜持の高いこの男は、理不尽に自分を見下すものが許せないんだろう。
「仰る意味がよく解りません。私が何かしましたか?」
「桐生宗家ってだけでオレの敵だ、さっきの言葉も、まるでオレの存在を無下にしてやがった。オレ等なんて眼中にないんだろ、お強い桐生様は」
「……だって、紋代は紋代ですし」
ぴくり、紋代蝶架の眉が顰められた。もはや先程までの粋な男はどこにも居ない。
「ゆうひ、桐生が優れてるってんなら、この距離でも躱してみろよ」
無表情になり、トリガーに指を掛け狙いをゆうひの胸に当てた。ゆうひと銃口の距離は2メートルもない、こんな至近距離から撃たれた弾を避けられるはずがない。
まじ、撃たないよな?
『全員ぶち殺してやりてぇ』そんなの口だけで実行しちゃいけない。歳上なのに分かんないのか?
ゆうひの対応次第では、もしかしたらほんとに……。
紋代代々の憎悪が紋代蝶架の顔から伝わってくる。
駄目だ、こいつは、撃つ――。
「躱せないなら死ね、桐生は実力なんてないんだとオレが証明してやる。殺してやる」
カチ――。指が引き金を誘う。
「貴方は100%私を殺せませんよ」
「この距離で躱せるってのかよ、やっぱ自信満々だな、桐生様は。……絶対に当たるさ」
「分かりませんか? そこのアリが空を飛べるわけがないように、それが100%という意味だという事が」
「てめぇ……100%なんかじゃねぇよ、アリだって進化すれば雲へも渡れるかもしれねぇじゃねぇか!」
「進化するまでに何万年掛かりますか? 貴方はそれまで私に銃を向けていると? 撃つなら撃ちなさい、けれど――貴方は絶対に私を撃てない、紋代蝶架」
――名前を呼ばれた時、喉を重い何かが通った。
否定の言葉が耳に入ってくると、それ以外の結末なんてあるわけないと錯覚してしまう。ゆうひがそう言うだけで、100%当たらないイメージしか抱けなくなる。
言葉の魔力、ゆうひの威圧が体の奥の焦りを揺さぶってくる。
……俺なら撃てない、撃ったって当たりっこない。
「当たるさ……躱せるはずがない」
紋代蝶架も先までの覇気はない、俺と同じで動揺している。言葉一つに惑わされている。指が震え、銃口が1センチ標的からずれる。
――結局、紋代蝶架はゆうひを撃てなかった。
息を吐いた俺の手には汗が滲んでいた。
「ほんとに殺しちまったら俺も消えるし、詮無いだけだっての。それに任務前に悶着起こしたくねぇし、止めてやる」
紋代蝶架は拳銃を仕舞う。一度ホルスターに入れ損なったのを俺は見逃さなかった。
「それは言い訳でしょう? 現実には私を撃てなかった、貴方は所詮幼稚な嫉妬から起こった恣意的衝動をぶつけるだけしか出来ない。覚悟も決意も中途半端な貴方に誰も撃てるはずがない」
ゆうひ、やたら喰ってかかる子だな。もういいじゃねぇか、紋代蝶架は引き下がったのだし。
これ以上ひやひやさせられたくないし、そろそろ紋代蝶架とゆうひを宥めるしかないのかね。
俺はピリピリしている紋代蝶架ではなく穏和そうだけど、毒舌なゆうひに歩み寄る。俺の手がゆうひの肩に掛かろうとした時、ゆうひが何か口を開いた。
「危険を避けるにはどうしたらいいかわかりますか? 危険に飛び込まない事ですよ。事前に知ること、疑り深い事、用意周到なこと。賢者は危機を乗り越える知恵を絞り出す以前に危険には合わないよう知恵を絞る。知性は武器にも勝る、知性で相手の行動すら制御出来るのだから。私の言葉は弾丸より先に貴方の胸にめり込んだでしょう? 紋代蝶架さん」
確かにな。プライド高そうな紋代蝶架にはさぞ突き刺さっただろうよ、年下からの揺さぶりは。
「紋代蝶架さん」
もはや険悪確定のチームを作り上げた原因2が原因1、紋代蝶架に声を掛ける。紋代蝶架は背中を向けたままゆうひを見ようともしない。当たり前だ。
「すみません貴方を侮辱するようなことばかりしてしまって。でも貴方に退いて頂くには弾を躱すか躱さないかではなく、諦めて頂くしかなかった。私はそんなに強くないです、貴方の弾を躱す事なんて出来ない。ごめんなさい、家名なんて関係ない、これからは貴方とも親しくしていきたいです。謝れと言うなら謝ります」
しおらしくなったゆうひは宗家にも関わらず分家の紋代に頭を下げる。宗家がこれを見たらゆうひを叱り倒し、紋代蝶架を謝罪させるレベルだろう。誠実で嘘偽りのない行動、これには流石に紋代蝶架も面食らったみたいだ。
ゆうひは頭を上げると苛立ち収まらない紋代蝶架に近付き手を握る。紋代蝶架は異性の肌の感触に不覚にもドキッとしてしまったのか敵意を失う。なんだか場が緩和した。
……桐生ゆうひ。もしかして、この子はわざと手を握った?
紋代蝶架が初めナンパしたように、この子は紋代蝶架の好みという予測は容易。賢者云々の辺で頭の良い子かと思っていたが、これが紋代蝶架の憤懣を和らげる意図を含んでいるとしたら。
「ちっ、まあいい、さっさと下見に行くか」
紋代蝶架は一人ぶつくさ言いながら先へ進んだ。
「ゆうひ、ゆうひはわざと手を握ったのか?」
俺は紋代蝶架に聞かれないようゆうひに尋ねる。
「ああすれば怒りが和らぐのかなと思いましたから」
「なる程、じゃあもう一つ聞いていい? ――なんで紋代蝶架を怒らせた?」
そう、これだけ賢い子なら最初から紋代蝶架を挑発する必要なんてなかった。この子の言っていたように、賢者は前もって危険に飛び込まない。
「ゆうひは何を見たかったんだ?」
質問する。危険に飛び込んでまでゆうひの見たかった結末ってなに?
「どうでもない事ですよ、人はどうでもない理由で動いたりするものです。貴方が私に質問するのもどうでもないけど知れたらそれはそれで満たされるものがあるからでしょう?」
「言われると、そうかも」
「私のどうでもない理由もどうでもない事です、ただ、あの男の歯の浮くような台詞に鬱陶しさを感じ、次には一方的に責められ、少し、やり返してやりたくなっただけ」
「それで怒らせたのか!?」
「些細な仕返しでした。拳銃を向けられた時はびっくりしたんですよ。撃たれたくないので、必死に紋代蝶架の性格と心理を読み、逃げ道を探したんです。紋代蝶架については知っていましたので」
「初めから紋代蝶架の事知ってたのか?」
「はい、危険に飛び込まない為には事前に知ること、調べる事は効果的です」
「会う前から下調べは済んでたってわけか」
「桐生宗家を嫌い、自身の実力に自信を持っている。紋代さんが私に突っかかってくるのは調べる事でなんとなく予想出来ていました。紋代さんはまだ実戦経験はない、人を撃った事も殺した事もない。だから、いざ私を撃とうという時も覚悟が足りていなかったのです」
「最初から撃てなかったのは"紋代蝶架自身"だったってわけだな」
「はい、でも次からは撃てなければなりません。実戦なのですから」
「大丈夫さ、あいつはプライド高いんだから、与えられた仕事には責任をもって当たる。そんな気がする」
「わかってらっしゃるんですね。双子だからですか?」
「やめてやめて、痛いとこつかないで」
髪型についてはご法度だ。ゆうひ。
「俺は桐生宮卦だから、よろしくね」
「よろしくお願いします。お近付きの印にこれを」
ゆうひが取り出したのは棒の付いた飴。それを俺の前にちらつかせると、俺という魚は直ぐに食いついた。
「ありがとな、飴好きなんだ!」
「解ってます、甘党さん」
ああそうか、ゆうひは俺についても下調べが済んでるわけか。……つまり、髪型についてはやはりからかったと。
「飴のついでに一つ忠告をしておきます。紋代蝶架が誤認している情報を正せば、紋代蝶架は赤くなり喧騒を上げて私に喰いかかるでしょう、悶着を起こしたくなければ来たる時まで口を滑らさぬ事ですよ」
「わはってまふ」
飴を含み了解する。
にこりと笑い扇子を取り出すゆうひ。夕日に蒼白な月と青い人魂の描かれた扇子を広げ口元を隠すゆうひは可愛らしい。しかし、男だ。
紋代蝶架はいつまでゆうひを女の子と間違え続けるだろうか。男の子を軟派した事実を知り、顔を真っ赤にするその日が楽しみだな。
これから3人、なんだかんだで上手くやっていけそうな気がした。