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僕の不可思議な三日間の体験

作者: じりゅー

 僕には高壁たかかべ まもるという友人が居る。

 守は高校の始業式に出会い、夏休みから一週間ほど休んでいたが、最近やっと登校して来た。でも今日を含めて二日休んだ。

 なので僕は守の見舞いに行くと言う守の親友四人と一緒に守の家についていくことにした。

 守の家に行くのは今回が初めてだ。どんな家なのかが割と楽しみだった…のだが、実際は普通の家。

 少しがっかりしたが、そうそう豪邸もボロ家もあるわけが無い、と納得しておく事にした。


「ねえ、守は居ると思う?私にはどうもただのズル休みには思えないんだけど。」


「そうか?案外しょうもない理由だったりするんじゃないのか?」


「そうとは限らないんじゃない?」


「…真実は、いつも微妙。」


「いつもとは限らないよ…」


 今喋ったのは順番に、吉野よしの ひかり早木はやき 俊太しゅんた日野ひの火太郎かたろうわたり 移図離いずり、一つ戻って日野。この四人は、さっき言った守の親友だ。


「そんなことより早く行こうぜ。」


「そうね。行けば分かるもの。」


 そう言ってドアを開け、守の家にずけずけと入って行った。

 いつも遊びに来ているので、お咎めは無いらしい。


「いらっしゃい。また四人みたいね…って、そこの人は?」


 青い髪の美人さんが僕を見て言う。誰なんだこの人は?


「ああ、こいつは友原ともはら 友一ゆういちって言ってな。守の友達だ。」


「へ~、守の友達って、私達と俊太達だけかと思ってた。」


「私達のクラスは皆が友達みたいな感じだしね。」


「…で、今話してる青い人がギーナ。守の友達。」


「あ、ありがとう。」


 渡さんは何がなんだか分からない僕に気を遣って紹介してくれた。

 早木と吉野さんはギーナさんと話している。


「ああ、話が長くなりそうだから先に守の部屋に行ってて。ここから真っ直ぐ行って、三つ目に左にある部屋だよ。」


「分かった。」


 日野の言うとおり五人の話は長くなりそうなので、お言葉に甘えて守の部屋と思われる場所に移動する。

 守のことだし、きっと部屋は散らかって…


「綺麗だった!?」


 日野が言っていた守の部屋と思われる場所は、僕の予想に反して片付いていた。

 そんなバカな…男としては几帳面だと自負している僕でさえ片付けが出来ずに部屋が散らかっているというのに、なんで守の部屋はこんなに片付いてるんだ?

 …いや、そう見えるのは表だけで、きっと机の中とかはグチャグチャになっているに違いない!

 と思って机の中を見てみた僕に衝撃が走った。


「こっちも綺麗!?」


 おかしい。守がこんなに几帳面な訳が無い…ん?なんかいろいろある。

 ナイフにきれいなダイヤのような石…ナイフなんて何に使うんだろう?あと、これって本物のダイヤモンドかな?

 そっと綺麗な石に手を伸ばす。本物でなくとも綺麗だ。少し触るくらいいいだろう。

 それに、一学生が本物のダイヤモンドなんて持っているわけが無い。しかし、そうだとしても綺麗な石なので、僕はその石を持ってよく見るために触れた。


 その瞬間だった。


「うわっ!?」


 音も無く僕の手が光った。

 手だけじゃない。良く見ると足も、腕も、体全体が光っていた。

 その光はすぐに収まって、僕の体は元通りに…

 …嫌な予感がした。

 手を見てみると服の裾で隠れており、手の指先だけが見える状態で、足元を見るとズボンがだぼだぼで足も隠れてしまっていた。

 身長が縮んだ?まさか。どこぞの高校生探偵でもあるまいし、そんな事が起きるわけが無い。

 だが、今見た二つの光景がその事を証明している。服もズボンもサイズはピッタリだった。

 しかもそれだけではない気がする。良く分からないけど、なにか体に違和感がある。

 それは頭で理解してはいけないような、現実味をまったく帯びていないもののように感じられた。

 ふと、部屋にある鏡が目に入る。こんなところに鏡があったの…か…

 ……僕が鏡に映ってない。代わりに一人の女の子が映ってる。僕と同じように、着ているものはだぼだぼだ。

 いやいや、これは鏡に見せかけた絵だね。危うく騙されるところだった。

 絵の裏側を見るけど特に何も無い。種も仕掛けもありませんアピールかな?

 それにしてもこの絵は完成度が高いな…良く見るとガラスの汚れまで再現されてるし、映ってる風景もこの部屋そのものだ。実際にその絵の位置に鏡を置いたらこう映るだろうと思うくらいに。

 最早一種のトリックアートだ。なんでそんな大掛かりなものを作ったのか…

 おまけにさっきから鏡の中の女の子動いちゃってるよ。絵が動くなんてどこのお化け屋敷…


「って、絵が動いた!?」


 あれ?今の僕の声?声が裏返っちゃってるよ。


「あー、あー、あーーーー。」


 …直らない。発声練習をしたのに、全く直る気配が無い。

 なんとなくまた絵を見る。

 すると僕は気付いた。この女の子は僕のお母さんに似ていることに。

 ……認めるしかないのだろうか。

 この絵はトリックアートでもなんでもない、本当に種も仕掛けも無いただの鏡であることを。

 そして、その鏡に映っている女の子は…他でもない、僕自身であることを。

 …信じきれないけど。


「ただいま!」


「あれ?今行ったはずじゃ…」


「忘れ物だ!」


 ドタドタドタ…


 ヤバイ!誰かこっちに来る!

 とっさに僕は窓から外に退散する。

 その瞬間、守の部屋から足音がした。危なかった…

 一応この場はなんとかなったものの、戻ったら見つかるかもしれない。

 そう思った僕は、そのまま守の家を離れた。







 当ても無く歩いていたら、いつの間にか僕の家に着いていた。

 一種の帰巣本能が働いたのかもしれない。やっぱり人間自分の家が一番安心するという事なのかな?


「ただいま~…」


 あ、つい反射的に…

 気が付くと僕はドアを開けてただいまと言っていた。これも無意識の行動だ。

 人間慣れって恐いね…じゃない!この状況をどうやって説明すればいいんだ!?


「おかえ誰!?」


 反射的な行動にはお母さんのごもっともなツッコミが返ってくる。そりゃそうだ。


「僕だよ、友一。」


「そんな訳無いでしょ!友一は男の子よ!」


 信じないのも当たり前だと思う。第一当の本人である僕ですら信じきれていない。


「そりゃあ信じられないだろうけど…でも本当に僕なんだ!」


「…なにか証拠はあるの?それが無いなら」

「まずはこの服!」


「!?」


「この服は僕が出かける前に着てた服でしょ?でなきゃ、わざわざこんなにだぼだぼな服を着てない!」


「…!

 でも、服なら普通に買えるわ。特注品でもないし」

「そしてこの顔!お母さんに似通ったところがある!」


「!!」


 さて、ここまで揃えば信じざるをえまい。

 そう思ったんだけど…


「ふざけるのも大概にしなさい!確かに服は友一が着ていったものと同じだし、顔も私と似ているところはある!

 でも、あの子の性別は男!女になるなんて、そんな事がある訳が無いのよ!!」


「確かに普通はそうだよ。でも…」

「でもも何も無い!いいからここから出て行きなさい!!」


 お母さんはそれっきり口をきかなかった。

 お母さんはとある理由から現実主義者だ。だから非現実的な事は受け入れない。

 昔UFOを見たと言ったことがあったけど、その時は、


「UFOなんてある訳が無いでしょ。」


 の一点張りだった。

 その時お父さんも一緒にUFOを見ていて、僕と一緒にお母さんに言ったんだけど…


「あなたまで言うの?」


 と言って信じてくれる様子は無かった。その手のことには家族にも厳しい。それがお母さんだった。

 だから今回は駄目だろうなと思ってはいたんだけど、いざこうなってしまうとものすごく困る。家に帰れないし。

 今日は冗談抜きでホームレスだね…誰かの家に泊まれればいいんだけど、お母さんと似たようなことになるのは目に見えてる。誰も信じないだろう。

 さて、どうしようか…

 …幸い、僕の全財産が入ったこの財布は持ってきてる。使い道が無いのにお小遣いを貰ってたせいで、かなりの額になってる。

 受け取るのを拒否してたけど、受け取っておいて良かった。これでホテルかどこかに泊まれれば…

 …服だぼだぼだった。まずはこれをなんとか…いや、服を買うのは良い。でも、男に戻ったときにその服をどうすればいいんだ?

 下手に家に置いたりして、お母さん達に女装趣味があると誤解されたらまずい。

 かと言って捨てるのは…もったいない。

 彼女でもいれば、少しは言い訳のしようがあるというのに…この前フラれたばっかりだし。

 ……思い出しただけで気分が暗くなってきた。こんな時こそポジティブにならないと。

 いつまでも失恋を引きずっても良い事なんて無い。だからスッパリと諦めるのだ。

 彼女はもう、いないのだから…

 …死んだみたいになったけど、死んでない。転校しただけだ。


「あれ?そこにいるのは…」


 家を出て行ってから少し歩くと見えてきた公園。

 そこには僕のクラスメイトが一人いた。ベンチでなにやら佇んでいる。

 僕のクラスは皆仲良しみたいなもので、皆親しい。

 …信じてもらえるかな?


「おーい!」


「………」


 返事が無い。


「おーい!」


「………」


 また返事が無い。寝てるのかな?


「おーい!」


 三度目の正直。ようやく彼は顔を上げた。ものすごく眠そうな顔だ。やっぱり寝てたらしい。


「…誰だうるさいな…」


「ゴメンゴメン、話したいことがあるんだけど…」


「…?アンタみたいな知り合いはいないが…」


「まあそう言わずにさ。実は僕、同じクラスの友原友一なんだけど…」


「…俺は寝ぼけてるみたいだな。アイツは男だった…ふぁ~あ。」


「僕も信じきれないけど、気が付いたらこんな姿になってたんだよ。信じて!」


「……Zzz…」


 寝た…人の話も聞かずに…

 た、確かに寝ぼけた人にそんな事を言ってもこうなるだけか。今回は僕の思慮不足だったな。

 …こんな事を打ち明ける時点で思慮も何もあったもんじゃないけど。

 そう、誰にも迷惑を掛けたくないなら、そもそも誰かに打ち明ける必要は無いんだ。

 それでも誰かに言いたくなるのは…やっぱり一人で寂しいからかもしれない。

 僕の周りには、いつも友達がいた。それは特定の誰かではなく、いつも違う人だった。

 交友関係は広く、そして浅い。それが僕だ。

 でも、今回は誰もその友達が居ない。いわばゼロの状態。こんな姿では、僕が友原友一であることなんて誰も信じてくれないだろう。

 …いや、一人いる。守だ。

 今回の一件は守の家にあった石に触れたことから始まった。

 それなら、そんなものを保管していた守なら信じてくれるに違いない。

 それ以前に、あの石にまた触れれば男になり、結果として元の姿に戻れるかもしれない。

 守の家に行こう。

 そう思った僕は、先程知ったクラスメイトで唯一名前で呼ぶ友達の家に向かった。

 あ、名前で呼ぶのは告白してフラれた女の子と名字が被るからだった。親しさとか全く関係ないじゃん。






 守の家に着いた。

 さっきはほぼ無意識に移動していたために気付かなかったけど、僕の家からは割と近いようだった。

 元に戻ったらたまに遊びに来るかな、と考えつつ玄関のインターホンを押して気付いた。

 今の僕は守とは何の関係も無い。いや、何の関係も無い女の子の姿だ。

 さっき窓から出て行った時、聞こえた声のうちの一つは守だった。なら、守は家に居るのだろう。

 もし玄関を開けて出迎えるのが守だったらどうするか。他の人ならごまかせるかもしれないけど、本人に確認されてしまったら終わりだ。

 …いや、ここは思い切って正直に事情を話した方が…


「は~い、ちょっと待ってね~。」


 声がした瞬間、僕は反射的に玄関を離れ、物陰に隠れた。


 ガチャ


「あれ?誰もいない…」


 あ、危うく見つかるところだった…悪魔の囁きに乗るところだった。危ない危ない。

 この事は喋りたくないと思ってしまうのはさっきのお母さんの一件があったからかな?あれで事情を打ち明けるのが怖くなったのかもしれない。

 僕の行動は決まった。罪悪感が無いわけではないけど、仕方ない。

 守の部屋に忍び込む。そして、さっきの石にまた触る。

 そして、この事は僕の中でも無かった事にする。完璧だ。

 そうと決まればと、早速さっき出てきた守の部屋の窓の前に移動する。

 窓を覗くと、そこには誰もいない守の部屋があった。

 窓に手を掛けて軽く開け、鍵が掛かっていないかを調べる。軽く開いた。鍵は開いてる。

 音の無いように開け、そ~っと忍び込む。だが身長がいささか足りなかったので、部屋に入った時に落ちてしまい、床に顔をぶつけてしまった。痛い。

 しかもまずい事に、そのせいで物音が立ってしまった。誰も気付かなきゃいいけど…

 せめて誰か来る前に机の中を…


「誰かいるの?」


 声が聞こえると同時に、こちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

 気付かれた!まずい、早くしないと…

 僕は机の中を見る。

 そこには、やたらと目立つあの綺麗な石は無かった。

 何故?どうして?そんな事を考えている暇は無い。何故ならこの間にも足音は近づいてきているのだから。

 僕は慌てて窓から出て、窓を閉める。

 窓を閉めた時に音がならなかったのは奇跡としか言い様が無い。


「あれ?確かにここから物音がしたのに…今日はおかしな日ね。」


 なんとか間に合った…

 安堵感がこみ上げてきて、全身が弛緩するのが分かった。

 石が無いならここにいる理由も無いので、僕は足早に去っていった。






 どうすれば良いんだ…と、当ても無く町を彷徨さまよっていると、いつの間にか日が沈みかけていた。


「ねえ、今日私はあんたに宿題を見せたわよね?」


「あ、ああ、確かにそうだが…何を企んでいる?今のお前は明らかに悪い顔してるぞ。」


「私の顔は悪くないわ。むしろ良い方じゃない?」


「へいへい、白野さんはびしょ-じょですねー」


「棒読みで言われても嬉しくないわ!しかも彼女持ちの宗司ならなおさらね!!」


「へーへー、で、何を企んでるんだ?」


「久しぶりに宗菜ちゃんを見たいから女装して?」


「嫌に決まってんだろ。と言うわけで、俺はおさらばさせてもらうぜ。」


「あ!待ちなさい!」


 そんな時に、こんな声が聞こえてきた。

 女装か…今の僕は男装してるってことになるのかな?

 そんな事を考えていた、その時だった。


「今日はおかしな日ですね…妙な格好をした人と二回もすれ違うなんて。」


 …この台詞は明らかに僕を見て言っている。

 妙な格好とは失礼な…いや妥当かと思いつつその声の方向を見ると、そこには…


「生徒会長!?」


「おや?南凧野高校なんだこのこうこうの生徒でしたか。

 ですがそんなことはどうでも良いんです。なんでそんなお世辞にもサイズが合っていない服を着ているのですか?」


 南凧野高校とは、僕に話しかけてきたこの人が生徒会長を勤めている高校で、僕も南凧野高校の生徒だ。

 ちなみにこの生徒会長、容姿端麗で頭が良く、おまけに運動神経抜群という完璧超人である。

 しかも誰にも負けない真面目さを持っていて、前に悪事を働いた先輩を…これ以上は言えない。

 唯一つ言うとするなら、彼女は武道の心得を持っている。

 …話を戻そう。この問いに対して僕が思いついた答えは…


「えっと…これしかなかったから…」


 我ながら苦しい言い訳だと思う。でも、これしか浮かばなかったので仕方ない。


「嘘ですね。目が泳いでますよ。」


「あ。」


「全く…まあ、貴女にもなにか言う事がはばかられる様な事情があるのでしょう。なので不問にしておきます。」


 本当に生徒会長はよく出来た人だ。色々な才能があるだけでなく、気遣いまでしてくれるなんて。


「それよりこんな時間ですし、早く帰ったほうがいいんじゃないですか?」


 確かに、普段ならとっくに帰っている頃だ。する事が無い。

 でも今の僕は半ば家から追い出されているようなもの…だから帰ろうにも帰れない。

 そう思うとなんだか寂しくなってくる。軽く涙が溢れてきた。


「え、えっと、ごめんなさい!」


 え?なんで謝…

 ここでようやく気付いた。頬が濡れている事に。

 いつの間に泣いていたのだろうか。


「あ、いえ、これは気にしなくてもいいですよ。」


「気にしますよ!私が泣かせてしまったみたいですし!!」


 本当に気にしなくてもいいのに。


「とにかく、僕は帰るから…」


 僕は返事も聞かずに走り去った…つもりだったけど、


 ズルッ


「いたっ!?」


 大きすぎる服のせいで転んだ。痛い。


「そんな服着てるから…仕方ありません。私の家に貴女にあったサイズの服があったと思います。

 私のお古ですが、捨てる以外の道は無かったのであなたにあげましょう。」


 その申し出はありがたい。この服は動きづらくて仕方なかった。

 でも…元は男の僕が女性の服を貰ってもいいのだろうか。

 僕の頭の中では、良くないに決まっている、という派閥と、背に腹はかえられない、という派閥が出来た。

 二つの派閥の戦いは長きに渡り…


「あれ?ここはどこなんだ?」


 気が付けばどこかの家の中にいた。


「やっと気が付きましたか…突然固まったから驚きましたよ?」


 二つの派閥が戦っている間に生徒会長に連れてこられたらしい。

 …僕の意見は無視と言うわけですか…いや、そもそも言ってなかったし決まってすらいなかったんだった。

 世の中素早い判断って必要だな~…って、それどころじゃない!


「すいません!失礼しま」

 ビタン!


 …さっきと同じ様に転んでしまった。


「そんな服で突然走ろうとするからですよ…気が進まないのは分かりますが、世の中時には人の厚意に甘えるということも大切ですよ。」


 結局気を遣われているということもあって抵抗らしい抵抗も出来ず、結構な時間着せ替え人形をやらされた。

 途中から楽しんでいたように見えたのは…気のせいだと思う。絶対そうだ…やばい、あの笑顔を思い出したら否定しきれない。






 着せ替え人形の時間が長くなりすぎたせいで空はもう真っ暗だ。つまり夜である。

 これから泊まるところを探すのは厳しい。どうしようかな…


「あ、大分遅くなってしまいましたね…お詫びと言ってはなんですが、この家に泊まって行きませんか?もしよければですが。」


 まさかの提案だった。

 僕の現状を考えると、なかなか魅力的なんだけど…


「あ、いえ。さすがに服を貰った上にそれは恐れ多いと言うかなんというか…」


 今言った事は本心であり、建前でもある。

 歳のそう離れていない女の子の家に泊まる事にものすごい抵抗があった。もしそんな事になったら罪悪感で倒れてしまいそうだ。


「そう言わずに。悪いのは私なんですから、遠慮は要りませんよ。」


 遠慮じゃなくて罪悪感だよ…と言うことができればどれだけ楽な事だろう。

 性別が変わったことを話しても信じられる事じゃないし、下手すれば追い出され…追い出される?

 …それだ。親切にしてくれる相手にそんな事をするのは気が引けるけど、今は緊急時。仕方ないことと割り切るしかない。


「遠慮じゃないよ。実は僕、男の子なんだ。」


「…え?」


 予想通り固まった。僕は更に気が引けつつも追撃する。


「僕の名前は友原友一。今は女の子の体になっちゃったけど、中身は男の子なんだ。」


「………プッ。」


 あれ?笑われた?


「フフフッ、そんな訳無いじゃないですか。

 友原さんはとあるブラックリストの周辺調査をした時に人脈も調べたので知ってますが、似ても似つかない顔ですよ?」


 確かに男の時の僕は父親似で、今の僕は母親似だ。鏡を見て全く違うと、自分でも思った。

 でも、それは真実なんだ。


「本当だよ。だからさっきあんなダボダボな男物の服を着て歩いてたんだ。同じ理由で家からも追い出されたからね。」


「……」


 笑い飛ばしてなお男だと言い張る僕を見て、何を思ったか目を瞑って考え込む生徒会長。


「…私は貴女が男だと言う事を信じられません。」


 だろうね。さあ、早く僕を追い出して…


「ですが、貴女がそれを言い張っても私が貴女を拒む理由はありません。それとこれとは関係ないことです。」


 生徒会長…!


「なので…」


 え?


「意地でも泊まらせます。だって、家を追い出されたのでしょう?」


 僕は今、人の心の暖かさを知った。

 それだけでなく、真実を言う事によっていつでも窮地が抜けられる事ができるわけでもないことも知った。

 結局僕は根負けしてしまい、生徒会長の家に泊まる事になった。

 この時点で罪悪感が…






 あの後、生徒会長の親は泊まりの件を快く了承してしまった。

 ありがたいんだけど、悪い気しかしない。感謝の気持ちよりも罪悪感の方が上回っている。

 なにせ、お下がりとはいえ服を貰った上に一泊させてもらうのだ。しかも女の子の家で。

 …あまり考えないようにしよう。罪悪感で押しつぶされてしまう。


「…貴女は、家から追い出されたんですよね?」


 夕食後、生徒会長の部屋で生徒会長と話していると、突然訊いてきた。


「…うん。母さんがちょっとね。」


 突然のことだったので少し回答に間が開いてしまったものの、なんとか答える。

 言葉遣いに関してだけど、気楽にしてくれとのことだったから素の口調にしている。


「なんで自分の子供を追い出したのでしょうか…」


「……」


「あ、ごめんなさい。気を悪くしてしまうのは分かっていたんですが…それでも知りたいんです。」


 確かに、赤の他人である生徒会長が受け入れ、母親である僕のお母さんが拒むのか。それは気になるだろう。

 でも、ここで話さなくても彼女は追及しないだろう。


「…僕のお母さんは…」


 しかし、僕は自分のお母さんを誤解して欲しくない。それにここまで世話になったには話さないわけにもいかない。だから話す。


「僕のお母さんは…両親が有名な占い師だったんだ。

 お客さんの評判が良くて、そのお店は繁盛してたんだ。でもある日…その店で占ってもらったって言うお客さんがいちゃもんをつけて…

 それを皮切りにお店は衰退。お母さんの両親は仕事が無くなってだんだん心が落ちぶれていった。そして潰れた。

 お母さんはそのお店を継がずにどこかの企業に勤めてたからなんとか生活できたけど、落ちぶれていく両親を見てたお母さんは、こうなったのは占いのせいだって言って、占いから広がっていって…ついには非現実的な事に対して全く信じないどころか、嫌悪してるんだ。」


 話し終えた僕の目は、いつの間にか潤んでいた。それを隠すように目を閉じる。


「…いろいろあったんですね。貴女の母親も。」


「うん、だからこれは仕方の無い事なんだ。」


「そうですか…」


 部屋に沈黙が流れる。


「…なら、貴女の母親を説得しなければいけませんね。

 そんな過去があったとしても、自分の子供をいつまでも拒ませるのは決して良いことではないはずです。」


 心強い。

 ありがとう。

 僕の心の中にはその二つの言葉しか無かった。

 目が潤んでいる理由は、変わっていた。






 翌日の放課後。

 その日も平日で、学校の支度をしに戻ると言って公園で時間を潰した。学校に行ってもこの姿では席が無い。

 そして学校で生徒会長と合流し、一緒に自宅の前に来ていた。


「行くよ。」


「うん。」


 ピンポーン


 インターホンを押す。

 すると家の中から声がして、すぐにドアが開かれる。


 ガチャ


「は~い…また貴女?」


「うん、まただよ。」


「いくら言っても私が信じる事は無いわ。だから諦め」

「もしそうでも、追い出すことは無いんじゃない?自分の子供なんだし。」


「…この子は私の子供じゃないわ。」


「本当にそう思いますか?」


「……」


「この子がこんなに慕ってるのに、それでも違うと言うんですか!?

 貴女の事情はこの子から聞きました!!確かに辛い経験だったようですし、私には分からないほどの苦痛があったのでしょう!!

 しかし、目の前の真実から目を背けて一人の子供を苦しめるんですか!?」


「…この子を受け入れると言う事は、この子が家の子と認めたようなものじゃない!

 家の子は男の子!その子は女の子!手術でもないのに性別が変わるなんて、ある訳が無いでしょ!!」


「確かにその辺は私も信じられません。ですが、赤の他人と実の親を比べる時点でどうかと思いますが?」


「うるさい!結局アンタも信じてないんじゃない!!」


「なら私は信じます!!」


「言われて信じるなら、最初から信じなさいよ!!」


「貴女は赤の他人が信じているのに信じてないじゃないですか!!」


「かく言う貴女も今信じたばっかりでしょ!!」


 このまま二人の口論は続いた。

 僕はその中に介入する事もできず、ただ見ていることしか出来なかった。







「…結局、信じてもらえませんでしたね。」


 必死の説得は実を結ばず、お母さんが信じる事は無かった。

 空は赤く、暗くなり始めている。


「いや、僕は満足だよ。僕のために必死になってくれたんでしょ?そんな友達が出来ただけでも嬉しいよ。」


「そうですか?そう言っていただけるとありがたいです。」


 僕は本心からそう思っている。

 こんなに良い友達を持てて、本当に良かった。


「あ、そう言えば、説得の時に言ってたけど…」


「なんですか?」


「僕が友原友一だって事、信じてくれるの?」


「……あ~…そんな事も言いましたね。

 あの時は必死で自分でも何を言ってるのか分からない状態でしたから、一応無効にしてもらっていいですか?」


「え~…」


 結局誰も信じず、か…

 僕は少しがっかりしながら、生徒会長との会話に興じた。







「…あの子、帰ってこないわね…」


 友原友一を名乗る女の子とその友達と思われる女の子が来てしばらく経ち、私はリビングのテーブルに突っ伏していた。

 昨日の夕方から友一は帰ってこず、目の前にある夕食はとっくに冷めているだろう。


「まさか…」


 まさか本当にあの子は。

 あの子が来てから友一は帰ってきていない。まさか本当に…


「いえ…そんな訳が無いわ。」


 浮かんできてしまった馬鹿馬鹿しい思考を振り払って、また友一の帰りを待つ。


 ガチャ


「!」


 その時、玄関のドアが開く音がした。

 私は急いで玄関へと走る。


「友一!?」


「ただいま~。」


「…お帰り。」


 帰ってきたのは私の夫だった。

 友一じゃなかった事にがっかりしながら出迎える。


「…悪かったな、友一じゃなくて。」


「顔に出てた?ごめんなさい。」


「ああ、いかにも残念って顔だったよ。

 そんな顔で出迎えられる側にもなってみろ。もれなくげんなりするから。」


 確かにそんな顔で出迎えられていい気分にはならないだろう。反省しないと。


「…ごめんなさい。」


「まあいいさ。事情が事情だしな…その様子じゃ、まだ帰ってきてないみたいだな。」


「…ええ。」


「大丈夫か?もうお前は休め。友一が来たら俺が出迎えてお前を起こすよ。

 それで、二人で説教でもしてやろうぜ。」


「そうね。」


 私は寝室へと足を動かす。

 ベッドで横になると、疲れきった心が少しだけ癒えた気がした。






 その夜。泊まる場所が無いのでまた僕は生徒会長の家に泊まる事になった。

 寝る前に生徒会長から、今日は最近休みがちの高壁守が学校に来ていたという情報を入手した。

 今回の騒動の原因は高壁守の見舞いに行き、部屋の石に触ったことから始まったのだ。本人から元に戻してもらえるまではいかなくとも、情報をもらえる可能性が高い。

 そう思った僕は生徒会長から便箋と封筒、そしてそれを閉じるシールを貰い、守を図書館に呼び出す事にした。

 何故シールがハート型なのかは知らない。偶然あったからって言われたけど。

 話す場所は…人気が無いところかな。となると図書館がいいかもしれない。

 そう言えば、図書館のあの場所は本棚で囲まれてて外から見えづらかったよね…そこにしよう。

 便箋に内容を書いて、封筒に入れてシールで閉じる…うん。どこからどう見てもラブレターだこれ。

 大丈夫なのだろうか。僕は元に戻れるのだろうか。そもそも来てくれるのだろうか。

 色々な不安が頭をグルグルと回る中、僕の意識は闇の中へと落ちていった…眠っただけだよ?死んでもないし気絶もしてないよ?







「来たみたいだね。」


 守は来てくれた。

 いつになく真剣な顔をして、なおかつ不思議そうな顔をしている。

 僕は朝早くにおきて何故か毎朝校門に立って挨拶をしている校長先生が来る前に学校に潜り込み、守の机の引き出しに手紙を入れてから図書館で本を読みながら時間を潰していた。

 その間も来てくれるかどうかは心配だったが、来てくれてよかったと思う。


「ああ、あの手紙を書いたのは…」


「僕だよ。」


「で、何の用だ?わざわざあんなことまで付け足して。ホームルームまで時間が無いから早く行って欲しいんだが。」


 どうやら急いでいるらしい。それもそうだ。呼び出したのは朝休み。もうすぐホームルームが始まってしまうような時間だ。

 あと、付け足したと言うのは恐らく、最後の方に小さい字で書いてあるあの一文だろう。


『誰もついてこずに来たとき、現在行方不明の友原友一の居場所を教える。』


 という一文だ。少し書き間違えた気がするが、気にしないでいこう。


「今からそのことも含めて話をする。でも、この話は信じがたいものなんだ…実際、今も僕は信じられないからね。」


 一応予防線を張っておく。


「信じがたい話か…とにかく、その話をしてくれ。」


「分かった。単刀直入に訊くけど…」


 少しだけためらいが生じ、僅かに言葉に詰まる。

 しかしなんとか持ちこたえ、言う。


「僕が友原友一だって言ったら、それを信じる?」


 ……言ってしまった。

 守は固まっており、動かない。

 やっぱり信じてもらえないか…と思ったその時、チャイムが鳴った。恐らくホームルームの時間を知らせるものだろう。

 意識が戻ってきたようなので、再度訊く。


「……今言った事、信じてくれるか?」


 その一言は自分でも一瞬気付かなかったが、確かに期待が込められていた。


「………信じるか信じないかで言えば、信じる。」


 期待したくせに、予想外だった一言に驚く。表には出てないかもしれないけど。


「だが、どうしたらそうなったのかが分からない。もし良ければ経緯を教えてくれ。」


 当然話す。というか、言われなくても話していた。


「いいよ。一昨日、お見舞いに行くって言う俊太達についていって守の家に行ったんだけど…」


 守が一瞬怪訝そうな顔をするが、それは一瞬で消えた。


「守はいつ家に帰ってくるか分からないって、自称居候の人に言われて…」


 一度は消えた怪訝な顔が戻ってきて、また消える。


「いくらか俊太達が居候の人と話してたら、友一は守の部屋で待ってろって言われたからそうして…」


 ここでは怪訝そうな顔にはならなかった。


「で、暇だから部屋を物色してたらきれいな石があって、触ってみたらこんな事に…」


 守は少しの間目を瞑り、言った。


「要するに、自業自得と。」


「どこをどう要したらそうなった!?」


 何の脈絡も無くそんな事を言われたら誰でも戸惑う。

 というか、なんで僕が悪いの?


「え?だって、人の部屋を勝手に物色してたらそうなったんだろ?だったら自業自得」

「ちょっと待った!確かにそれは悪かったけど!いくらなんでも突然女になるはおかしくない!?」


 なんというか会話が微妙なところで噛み合ってない気がする。前提とかそういった根本的なところが。


「それで、本題に戻るけど…僕を元に戻せないか?」


「ほい。」


 守が僕の手に触れた瞬間、僕の体が一瞬光った。


「ちょっと待…声が戻った?」


 声を出してみてようやく自分の変化に気付いた。声が女の子になる前と一緒だ。


「どうやったんだ!?」


 気になりすぎてつい尋ねてしまった。ほぼ反射的な行動に近い。


「これがハンドパワーです。」


「ハンドパワーどころじゃないよ!?」


 だとしたらどこぞのマジシャンは無敵になっちゃうじゃないか。というかそのネタは懐かしい。


「じゃあマジックで。」


「じゃあってなに!?そしてマジックの領域を跳び越してるって!!」


 マジック云々で起きる事象じゃない。


「細かい事は気にするな。」


「細かくないだろ!」


 細かさなど微塵も無い。


「何でもいいじゃないか。元に戻れたんだし。」


「確かにそうだけどさぁ!」


 極論を言えばそうなる。でも、さすがに過程が触れるだけっていうのは…


「とにかく、今日はどうするんだ?帰るのか?」


「あ、そう言えばそうだった。」


 よくよく考えれば、さっきまでは女の子用の服を着ていた。

 着替えてはいないし、服が自動で変わるなんていうことも無い。つまり、今の僕の格好は…

 …考えないで置こう。


「どうせ今日の授業の準備なんてしてないだろ?」


「家に帰れなかったからね…家族すら信じてくれなかったせいで。」


 鞄すら持ってきていない。理由は今言ったとおり。


「まあ、男と女で全く違う顔だからな。」


 それは僕も分かる。そのせいでこの三日間どれだけ苦労したのか…


「そうなんだよ!それでさ…」


 そこから、僕は三日間の話を始めた。







「……でさ、それで…」


 キーンコーンカーンコーン


「……なあ、今ので何回目のチャイムだ?」


「………三回くらい?」


「違う!今の七回目だ!もう昼休みになっちまったよ!!」


「え!?」


 七回目?もうそんなになってたの?

 自分でも気付かぬうちに話すことに熱中してたみたいで、時間なんて全く分からなかった。


「悪い、そこまで話が長くなるとは…」


 恐らくあまりにも信じられなかった事だから誰に話しても信じてもらえなかったけど、話を信じてくれる相手がやっと見つかったからこんなに夢中になって話してしまったんだと思う。

 授業もあったのに、守には悪いことしたな。


「とにかく、お前は帰るなり授業受けるなりどっちかちゃんと決めろよ。俺は飯食いに行く。」


「ちょっと待った!一つだけ言いたいことがある!」


「なんだ?」


 僕は守を呼びとめ、まだ言っていない言葉を言う。


「ありがとう!」


「……ああ、じゃあな。」


 守が図書館を出て行った後、僕は急いで家に帰った。

 いつまでもこんな格好ではいられない。






 その後のことをまとめよう。

 まずは窓から家に帰り、さっさと着替えた。

 そして母さんに会い、この二日間どこに行ってたかを訊かれ…なかった。

 訊こうとしている素振りは何度も見せたけど、その度に思いとどまっていたみたいだった。

 着てた服はどうも処分するのが生徒会長に悪い気がして、捨てることは出来なかった。今も押入れの奥底で眠っているだろう。

 …母さんが見つけてこっそり処分してなければ。いや、見つかったら騒いでなにがあったかを僕に尋ねて来るだろうから、まだ見つかってないと思う。

 そして、次の日以降はいつも通り学校に通っている。何事も無かったかのように。

 あの出来事はなんだったのかは、僕にも分からない。

 でも、結局後に禍根が残ったわけでもない。

 だから僕はもうこのことを忘れることにした。

 気にして何か考えてもなにか分かるわけでもないし、世の中には分からない事がたくさんあるから…

 今回もそのことの一つ。その一つをいつまでも気にして引きずって、何かいいことがあるわけでもないから…

明けましておめでとうございます!今年も宜しくお願いします!!

この短編は、私が書いている小説、”異世界に行く?そんなの予想できるか!”の裏側にあった、とある友人の物語です。

これを書き始めたのは、作者が書いた”俺は目の前の悪友が憎い”の後で、最初はこの作品をクリスマスプレゼントにする予定でした。

ですが、クリスマスといえばリア充かなーと思い、リア充が出演する作品の方を急ピッチで仕上げて、そちらをクリスマスプレゼントにしました。

じゃあこっちはどうすんの?ということで、時期的にちょうど良かった事もありお年玉に。

拙い小説でしたが、最後まで読んでくださった読者様に感謝感激です!

では、良いお年を。

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