Villainの情報
「おーい、ローナいるかー? 昨日はありがとな。体の調子も戻ってきたし形態変化の練習に付き合ってくれよ」
いつも通りの汚い床をかき分け、ローナがいる研究机に向かう。雪山を登ってるかのように足が紙に沈むのはどうにかならないものだろうか……
「来たか少年……と言ってもわしは何もできないから勝手にやっててくれ」
こればっかりは自分の力でやるしかないか。家で『変身』の姿を母さんに見られたくないからここに来たのが本来の目的だし、場所さえ確保できればよしとしよう。
「昨日いつの間にか母さんと親しげだったけど、俺が寝てる間何かあったの?」
「ただキミを家に運んだ時に挨拶しただけだ。わしは医者の資格を持ってるからと言ったらコロッと騙されたぞ」
母さんや……何故信じた……
まあでも、ローナなりに気を使ってくれてはいるんだな。何日も家に帰らないと不安に思うだろうから家まで運んでくれたんだろう。
俺は手術用具の中からメスを拾い上げる。
「これ借りていい?」
「いいぞ、勝手にしろ」
こちらに振り向くことなく返事をした。
『変身』をして手術代に腰掛け、メスをよく観察する。包丁とかより先端が平べったい気がする。刃の方をじっくり見るとかなり鋭く絶妙な反り返りが何とも言えない美しさを醸し出している。もし自分を守ってくれる鎧がなければ怖くてじっくり見れなかっただろうな。
観察したメスを置き、頭に思い描く。目を瞑り、右手の人差し指からさっき見たメスが生えてくる姿を浮かべる。
薄目を開けて右手の人差し指を見てみるとほんの少しだけ、ほかの指より長く尖っている。
そんなことを3時間くらい続けていたら指から十分に刃物と呼べるものを作れるようになった。ただ切れ味は本物のメスよりは劣る。
刃物を想像している途中、休憩がてら今までの2回の戦闘について少し考えていた。2回とも自分以外の人間が邪魔になったことが気になる。自分の戦闘技術が低いのは確かだ……だからこそ少しでも集中したい。ローナを守りつつ他の人に怪我させないようにするには……
「思うんだけど、時間がある時この辺の人の助けになることしようと思うんだ」
「何を急に言い出すんだ? その意図は?」
「次にローナを追う敵が来た時にまた他人が割り込んできたら戦いにくいから、俺の存在を皆に知ってもらって戦いやすい状況を作りたい。でもその場合俺が何者かとか、戦っている存在は何かとか探られることになると思う」
「ふむ……キミがそうしたいのなら構わんぞ。もうほとんどあいつらに場所は特定されているようだしな。ただ正体は絶対に隠し通せよ? キミは所詮人間だ。知り合いや母君が襲われたら、わしよりそっちを優先しそうだからな」
そうだな……命を救ってくれたとはいえ母さんとローナを同時に襲われたとしたら俺は母さんを助ける気がする。そういうところも自分勝手なんだろうな……
「ああ、正体は絶対に隠すよ。ローナを守ることを最優先にする」
「ではわしも手伝ってやろう、面白そうだしな。なんとちょうどいいことに、街中いくつも監視カメラを設置しているから現場を見つけたら連絡してやる」
知ってる知ってる。お前が何でもアリなのは知ってるよ。何故都合の良いことにカメラを街中設置しているのかは突っ込みません。
「……じゃあ頼むよ。それと今後の為にお前を追ってる宇宙人についても教えてよ」
今までちゃんと聞いてなかったから敵の情報について教えて欲しい。あのイヌロボットとゴリラより強敵なのだったら勝てる気がしない。
「そうだな。全部話すと長いから端折るぞ?」
それはいつものことです。
ローナは話を続ける。
「わしとあいつ……ダヴィデ、ジェナ=ダヴィデとはこの国でいうと兄弟のようなものだ。わしらは君達と違い想像することで存在が創られる。ダヴィデは最初にアレクガン=マドロスという奴を創った。しかしマドロスは存在を創造することができない。つまりダヴィデだけが種を増やすことができるのだ。ダヴィデはわしにも種を増やせと迫ったが断った」
ダヴィデとか言う奴は割と普通なのでは無いだろうか……? 俺たち人間も目的としては人間という種族を生かしていくことだし……というか種の繁栄を望まない生物なんているのか?
「なんで断ったんだ? 別に悪いことじゃないだろ?」
「キミ達とは考え方が違うから理解されないだろうが……わしらは死なない存在だ。正確には死なないというか死がわからない。ダヴィデは違ったようだが、わしはこんなつまらない存在を増やす意味がわからなかった」
死なないか……分からないな。
動物も植物も死を迎えるから種を残そうとする。死なないならそもそも残す必要がないって考え方なのか?
「じゃあそのダヴィデって奴だけで種を増やせばいいじゃん。それにローナが存在を創れるかどうかわかんないんだろ?」
「その通りだ、わしが存在を創れるかわからない……ダヴィデと同じく存在したのだから出来る可能性は十分にあるだろう、やる気はないがな。存在を創るのは大変らしくてな、1つ創ると次に創るのに気が遠くなるほどの時間がかかるのだそうだ。ようやく2つ目の存在ユーリ=ガイサルを創った。その辺でわしは逃げ出したのだ」
「……? わざわざ逃げる理由と追ってきた理由が分からないな」
「わしにくっついて来て、種を増やせとうるさく言われたら嫌気がさすものだ。自分たち以外の生物が見たくなったから出てったのが逃げ出した理由でもある。ダヴィデ達は種族の繋がりを大事にする思考が強いようでな、それで追っかけて来るのだろう。わしをどうしたいのかは知らんがな。ちなみにわしの名前はこの星に来てから必要だったからつけただけだが、あいつらの名前はその時から自分たちで付けていた」
ローナは自分の名前とか興味ないのか……最初の時も名前忘れてたしな。その割に名前をつけたがるのは何故だ? 少しこっちに来て考え方が変わったのだろうか?
……ん? 待て待て待て
「お前ら死なないとか防ぎようないだろ! 無理だよ守るなんて」
「そうだな……正直それは分からない。死なないと思っていたのはその時の話だ。我々はキミに理解しやすく言うと精神体のようなものだ。肉体というものが無い」
「いや、だって体あるじゃん」
「これは借りものだ。体がないと物を動かすことができないので交渉の末使用している」
「じゃ、じゃあその体って人形か何か?」
「人形ではない、この体の元は正真正銘人間の死体だ。……奴等は刺客を送ってきた。それは機械や死体を動かしたモノ、つまり物に触れたということだ」
目の前の物体が女の子の死体にとり憑いたナニカだと思うと気味が悪い。
「ってことはその宇宙人も死体にとり憑いてるってこと?」
「死体とは限らんが何かしらの物体であるのは間違いないだろう。わしはこの体と同化して抜け出すことが出来ない、わしと同じだとすれば消滅させることはできなくとも物理的な拘束は可能だといえる」
宇宙人って言ってたけど存在が人とはかけ離れているんだな……
今の話では相手は3人か……3人が直接ローナの元に来ないのは理由があるのだろう。
相手は3人、不死の可能性が高い、人間とは限らない、ローナに劣るものの技術力が高いってくらいか、今のところ分かってるのは。
「そうか……一応対抗策はあるのか、拘束しか手段が無いんだったらその辺の準備は頼むぞ? 言い方悪いけどもし殺せるなら殺していいのか?」
「キミがそうしたいと思ったのなら殺してかまわんし、殺さなくてもかまわん。強いものが決定権を持つのは世の常だ。わしとしては別に仲間だとか思っていないからどうでもいい」
考え方がドライだな。取り敢えず今のところは相手を殺す気でいよう。手加減とか出来る余裕があるのかわからないしな……
敵となる宇宙人について話すこともなくなったのか、ローナはいくつかもあるモニターに目を向け、表示されている何かの文章を読んでいる。
「おい、少年。『パイグローブ』地区の4番街で食い逃げがあったらしいぞ。着くまでに捕まってるかもしれんが行くか?」
食い逃げって……本当にあるんだな。まずは知名度ってことでなんでもやりますか。
「じゃあ行ってくるよ。細かい場所連絡頼むわ」
「まかせておけ。人間相手に兵器を使ってもあっけなく終わるだろうから『変身』の最中は形態変化の練習しながら捕まえてみろ」
動きながら形態変化か……戦闘の時集中する時間なんて言ってられないからいい練習かもな。
「やってみるよ。早いとこ敵宇宙人倒して解放されたいしな」
ローナの家を出て4番街の食い逃げ犯がいると思われる場所へ走った。