HEROの危機 2
◇◆◇◆――シャリア視点――
――ん? どうしたんだろう?
南棟からの音に皆が皆気を取られてる中、足音がする。
扉を静かに閉め、タッタッタとリズムよく駆け出していく音。
南棟の方が気になりつつもクラス全体を眺めた。
――播磨さんがいない?
先生が校舎の様子を見ながら声を出した。
「危険人物が南棟に侵入したという報告が来ました、ここに来ることも考えられるので、すぐに避難します」
慌ててクラス中が外へと逃げる。通常の避難ならばこうも混乱はしないのだが、校舎の壁が壊されているところを見てしまっては、慌てて逃げるだすのは当然の反応なのかもしれない。
爆弾か何かを持っているのかも? それにしても
――播磨さん何処いったの?
廊下に出ると他のクラスの生徒も走って逃げ出している。私のように立ち止まっていると何人もの人にぶつかる。邪魔になるのはわかっているが、播磨さんを探さないと……
――何故あんなひっそりと教室を出て行ったのだろう……?
逃げるため? いや、それにしてもおかしい……第一そんなことをするような人じゃない……と思う。
少し委員会で話したくらいで、深い関係とは言えないけれど、そんなことをする人ではないと思う。いや、そう信じたい。
廊下の生徒がほとんど避難を終え、残る生徒は数える程だ。
――もうきっと外にいるのかもしれない
そう思い、正門から遠い方の第2グラウンドへと向かう。
避難自体は慌てていたが外に出ると冷静になったのか、普段の練習通りクラスごとに整列をしている。
自分のクラスを見たあと、何気なく件の南棟を見てみた。
――あれっ? 京ヶ島先生?
校舎の窓から見えるオロオロとした様子で小走りをしている担任の先生。
――もしかして避難の連絡があったことを知らないんじゃ?
その上の階にはものすごい大きくて黒い何かがゆっくりと動いている。
このままじゃ京ヶ島先生が危ない。そう思うよりも先に体が動いていた。危険なのはわかってるけどこのまま何もしないわけにもいかない。
京ヶ島先生を見かけた所へ急ぐ途中、保健室の前を通った。
(――少年、――終わったか?――)
誰かいる? 少年?
幻聴かと思ったが、思わず足を止めてしまった。
(――何処にいる?――)
やっぱり中に誰かいる。そう確信して勢いよく保健室の扉を開ける。
「ここはきけ――ひっ」
――死ぬかと思った。
眼前3cmには銀色の刃がある。扉を開いた瞬間飛んできたそれを誰かの指が摘んでいる。
「マスター、この学校の生徒です。敵ではありません」
まるでオイルを挿していない機械のようにギコギコと首を動かし、刃を摘んでいる指の主を見る。
「な、ななな七先生?」
保険の七先生が銀色の刃をそっと下へと降ろし、優しく微笑んでくれた。
刃が飛んできた方向へと顔を向けると、可愛らしい小さな女の子がいた。
「ちっ、イヌか」
随分と躾のなってないお子様でした。
私が文句を言おうとしてると、少女が真剣な表情になって人差し指を口に当てた。
――静かにしろってこと?
少々イラついてしまったが、何故か言うことを聞いたほうがいい気がしたので怒りを飲み込んだ。
「ふむ、2階か……床に対して攻撃させるなよ。足場が崩れるぞ」
2階? 誰と話してるの? さっきの少年とやら?
少女が私に向かって言う。
「何しにここへ来た? 邪魔だから早く逃げろ」
「あの……京ヶ島先生を探しに――って、はやく逃げろって2人は逃げないんですか? 七先生も早くこの子と避難を」
何故私はこんな少女に押されているのだろう? そう思うと言葉が強くなってしまう。
少女に言っても効果が薄いと判断し、七先生に訴える。
七先生は私の言葉を聞いて少女の口が開かれるのを待っているようだ。
「あのメルヘンな女なら避難した。だから駄犬がここにいる理由は無い、早く逃げろ」
……駄犬って
――冷静になろう。年上である私が怒ってはいけない。そう落ち着くのよ私。
拳を握り締め怒りを落ち着かせる。
「わかりました。私は避難します。ですけど2人も危ないから一緒に避難しましょう!」
少女は、はぁ? というような顔をしている。なんでこんなに態度がでかいのこの子……
「うるさいな。発情期か?」
もう怒った! 子供だからって言っていいことと悪いことがあるってことを教えてあげなくちゃいけないみたいね。
「発情なんてしてま――っっ?」
2階で大きな音が4回ほど聞こえた。一度目の音のあと少し間を置いて複 数回、音がする毎に大きく校舎が揺れる。
私が何事かと驚いていると少女が通話を始めた。
「おい、少年! 生きているか?」
「少年! どうなっている? 状況を教えろ」
少年? やっぱり男の子と話をしているの? 何故?
「ふむ、外見の特徴を言え」
こんなところで話す内容なの? それにさっきの音、ここも危ないかもしれない……
「ねえ、ちょっと誰と話ししてるの? 早く逃げなきゃ」
明らかな怒りを目に浮かべ少女が言った。
「うるさいぞさっきから!! 『ウルティラ7型』 そのメス犬をつまみ出せ」
「はい、マスター」
七先生が私の前に立ちはだかる。冷たい表情に思わず後ずさりをすると、バンッとドアを閉め、鍵をかけられた。
――えっ?
一瞬の出来事に何がなんだかわからない。どうして七先生があの小さい子の言うことを聞くの? あの子一体なんなの?
「っもう!! なんなの!!」
あんな自分勝手な子は放っておこう。そう決めた。
第一、七先生がついてる。鍵を閉めたってことは何かしら策があってのことかもしれない。
――それにしても
あの女の子が連絡してた男の子って? そう言えば二階がどうのって言ってたような……音がしたのも2階……まさか2階に誰かいるの? 男の子……播磨さん!?
可能性としては十分にありえる。少しだけ、少しだけ見てみよう。危険だったらすぐに避難すればきっと大丈夫。
ゆっくりと2階に上がり、様子を伺う。ほこりが舞っている。
奥から空気を裂くような音と鈍い音が数回聞こえる。
――なんだろう?
視界が晴れてきて、何かが動いているのに気がついた。
――赤と黒?
よく目を凝らすとその形がはっきりと見えた。
その黒いなにかは巨大な獣。顔の形が崩れ、おぞましい姿だった。
ダメだと分かっていても悲鳴が漏れてしまう。
「――うそ? なに? なんなの?」
◇◆◇◆――播磨視点――
悲鳴に気をとられていて眼前に迫る巨大な拳に気がつかなかった。
――しまった。
そう思うには遅かった。反応すらできずに棒立ちの男が勢いよく吹き飛ばされる。
床を削りながらようやく停止する。
「……うぅ……」
まだ意識はある。前方を見ると振り返った時は後ろにいたはずのシャリアさんが俺の前にいる。
ゆっくりと、そして確実に俺の方へと黒い影が向かってくる。
「に……げろ」
必死に声を出すが、届いているのか分からないほど小さい声だった。
やつは俺しか見えていない。だけど俺とこのクソゴリラの間にはシャリアさんがいる。踏みつけられるか障害物として排除されるか、どちらにせよ危険だ。
シャリアさんはへたり込み後ろへと下がっているが、やつの歩行速度よりも遅い。
――間に合えっ
片足を上げ踏みつぶそうとした瞬間、顔面に向かって膝蹴りをくらわす。
ゴリラのような何かはよろめきながらドシンと後ろへ倒れる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
粗い呼吸を整える。
「早く、どこか行け」
顔だけ後ろに向き、シャリアさんに向かって言う。正直体がもう持たない、『変身』が解ける前に何処かへ行って欲しい。
「ま……ま……前!!」
――前?
そのまま首を正面に向ける。
いつの間にやら立ち上がり、右腕を上方へと持ち上げていた。
これは本格的にやばい……すぐ後ろにはシャリアさんがいる。
「ぐっ……」
振り下ろされた右腕は俺の背中へとのしかかっている。
シャリアさんを押し倒すような形になって四つん這いの姿勢をとっていた。
両手と両膝にあった床は砕け散っている。
間髪おかずに二度目の衝撃が俺の背中へと降りかかる。
――死ぬ
頭に浮かんだのはただそれだけだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
下から何か聞こえたが、今の俺には何を言っているのかわからない。
徐々に手足から『変身』が解けていく、次はもう耐えられない。
――だめだ、もう……意識……が……
そこで俺の記憶は途切れた。
◇◆◇◆――シャリア視点――
あの赤い人には見覚えがある、あれは前に校内で撮影された人だ。ということはまた何か撮影? じゃああの黒い気持ちの悪いものも作り物?
そう考えていると黒い拳が赤い人の顔へと向かう。
――えっ?
床を砕く音と共に私の後ろへと赤い人が吹き飛ぶ。
紛れもなく現実、撮影なんかじゃない。
――殺されるっ
黒い大きな獣は私の方へと向かってくる。
「――いやっ」
逃げたい、でも体が思うように動いてくれない。どうして? 必死に座ったままの姿勢で後ろへと下がるが、このままではすぐに追いつかれる。
足の裏が私の目の前にまで迫っていた。
――もう……だめかもしれない
瞬間、何かが潰れるような音がした。
目の前には巨大な足ではなく、赤い鎧のようなものを纏った人が背を向けて立っていた。
――この人なんて言ったっけ……たしか……そうだ、HERO……
「早く、どこか行け」
その言葉にさっきまで恐怖で支配されていた体に不思議と力が戻る。
この人は私を助けてくれた。早く逃げよう、邪魔にならないように。
そう思い腰を上げようとした時、その人の背後に不気味に立つ影があった。
眉間の間は凹み、さらにおぞましい形に変形している。
「ま……ま……前!!」
――だめだ、このままだと私ごと潰される。私のせいでこの人も……
思わず目をギュッと瞑り、顔を背ける。
次に私を襲ったのは振り上げられた拳ではなく、優しくも力強い何かだった。
恐る恐る目を開くと、私の前には赤い鎧を来たHEROがおおい被さるようにいる。
強い衝撃に私の周りの床がひび割れ、砕け飛ぶ。この人は私を守ってくれている。
――私がこんなところに来なければ……私のせいでこの人が……
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
私には謝ることしか出来ない。
私さえ来なければ……邪魔しなければ……そんな思考が何度も頭を巡った。
再び目を閉じて、自分のせいで苦しんでいる人がいるという現実から逃れようとする。
何かがぐちゃりと音を立てた後、大きな音が鳴り、そのすぐ後、私に何かが覆い被さった。
――何?
私の顔の左側に誰かの頭がある。黒髪? 全身は見えないけど服装はうちの制服のようだ……
さっきの赤い鎧の人は? あの化物は?
状況を確認しようと覆いかぶさっている人を起こそうとすると、私の顔に影がさす。
「ふむ、ギリギリ……いやラッキーだったな。おい発情犬、暴れるなよ」
――保健室にいた女の子?
すぐに私の脇に移動してごそごそと何かをしている。
「いたっ! ちょっと何!?」
「またつまらぬものを気絶させてしまった」
――気絶? ほんとになんなの? ……ってあれ? ……なんか……眠く……な……って……
「そろそろ警察も来るだろう、『ウルティラ7型』後は頼んだぞ。わしは少年をどうにかする」
薄れてく記憶の中そんな声が聞こえた気がした。