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団長と好調と●●

 さして大きくもない島中に狼の遠吠えが続く。

 常の様に何かを報せる意図も無く、狂ったように延々と続く。

 それは前例の無い事ではないが、それがまた一種の問題でもあった。

 警鐘の一種として認識されている遠吠えが秩序も何もなく連呼される時は、例外無く危険な事態が発生する時なのだから。

 集落全体に不安が広がっていく。元から種はあったのだ、開花は早いだろう。

 自警団の本部もまた、異変とは無関係ではいられない。というより、矢面に立つことになるだろう。その性質上、避けられない事だった。


「高台から報告! 霧は認められず、されど半魚人の大軍が全方位から一斉に上陸! 同時に詳細不明の巨人が各所に突如出現!」

「全方位!? しかも大軍、いやそれより巨人ってぇのは?」

「頭の代わりに触手を生やした、十、二十m程の人型だそうです。場所は馬鹿宅と、」

「続報ーっ! 出現した全巨人が馬鹿宅に集合しつつあり、先頭の個体とは既に交戦を開始した模様です!!」


 年若い人員が駆け足で駆け込み、報告が大声で告げられる。

 自警団の団長は、何がどうなっているかという激情を噛み殺そうとして失敗した表情でそれを受け取った。


「……大軍の規模は」

「万は下らないそうです!」


 団長は、ふざけんなと机を殴りかけて止めた自分の自制心を誉めてやりたい気分でいっぱいになった。それも一瞬ですぐに現実に引き戻されたが。

 何の予兆も無く迫る全方位の大軍に、突如出現した謎の巨人。総員五十に満たないちんけな田舎自警団の独力でどうにかできる範疇を大分超えている。

 しかし援軍なんて都合のいいモノはこの孤島には無い。死にたくなければ在り合わせでどうにかするしかないのだ。

 それが解らない愚か者はこの場にはいない。だから全員が全員慌ただしく準備するなり駆けずり回るなりしている。悲観だの絶望だのという贅沢をする暇も無い。

 その中の一人でもある自警団団長はがりがりと頭を掻き回しおさげを揺らす。ならばどうするかと。

 不条理な現実を呪いながら考えを纏め、慌ただしく集合しつつある自警団を一瞥する。その目には陰気な濁りがあったが、この団長の目は大抵濁っているので誰もそこを気にしてはいない。


「……穴熊安定かねえ」

「で、ありましょうな」


 団長が呟き、補佐をする老人が頷く。

 これは防衛戦。守るものを守りきれば此方の勝ち。この地が島になって幾度も繰り返されてきた不動の図式だ。

 戦闘員の十倍程度の数なら特記戦力を交えて此方から打って出るのもアリだろう。

 だが今回、全方位から迫る異形の大軍はこちらの総数を大幅に上回る。銃火器や特記戦力等のアドバンテージはあれど、単純な物量はそれに勝る驚異だ。それも桁が三つ違うともなれば、この島にある固定火器を全て効率的に使い潰しても殲滅は不可能だろう。

 ならばせめて防衛対象を一ヶ所に纏めた拠点で、地の利も確保。交戦する面積を少しでも減らし戦力を集中させねば、数で潰される。特記戦力はその限りでは無いが、通常戦力はまず死人が出る。

 最たるネックは巨人という完全なイレギュラーの存在だ。何がどう作用するか見当も付かない。せめて情報を集めるべきだが……と、団長が思考に意識を傾けていく中で、獣使いが対応したのか、いつしか獣の遠吠えが止んでいた。

 そしてさしたる時間も惜しいとばかりに短時間で考えを纏めた団長は顔をあげる。場の喧騒は人間がたてるものだけになった中、ゆっくりと口を開く。


「特記戦力は全員それぞれ四方に散らばり、大軍の出鼻を挫く。団員の三割は避難誘導と錬金術師の連行、五割が三人一組で編成し守りを固める。残りは待機」

「坊っちゃん、巨人はどうされますかな?」

「坊っちゃんはやめろ。巨人には俺が行く、指揮諸々は任せたぞ、元団長」


 方針だけ告げ、心底面倒くさそうに丸投げする。指揮官としてはどうかという判断だが、投げられた前団長からすれば苦言を呈したくとも能力的に妥当な配置だと認める他無い。

 彼もまた、数少ない特記戦力の一人なのだから。

 言うことは言ったとばかりに団長は踵を返し、特注の得物を腰のベルトに通していき、最後に自警団御用達の帽子を被る。


「……しかし、馬鹿宅ねぇ。なんだってまた」



























 状況は悪い。

 異形の巨人、計三体に囲まれたエリスはまずそう思った。

 そしてちらと自分で精製した光樹の弓に半ば埋まった腕輪を一瞥する。負けるとは思わないが、それでも不確かな魔物と、それも一人で複数を相手にするのは不確定要素が多すぎる。

 相手の巨体とそれに似合わぬ機械的な速さ。そして伸縮自在っぽい触手に、急所の不確定。不可解な無音無臭に、単純な数の不利と位置取り。

 どれも厄介な要素だが、判明している中で一番に問題なのは、その存在感の無さとエリスは判断する。

 巨体でありながら、視界に入っても脅威と認識し辛く、視界に入らなければ攻撃される瞬間まで存在そのものに気付けない。

 確認しただけでも、三体。しかしまた何処からか、どういう理屈か不明だが新手が湧いてくるかも知れない。存在感の無い存在からの奇襲、これは直接生死に関わる危険性があるだろう。

 常に集中し、警戒すれば対処が無理ではないだろうが、確実にできるか、と自問すればエリスには疑問がのこる。

 対処法が無いとは言えないかも知れないが、エリスはまだ一つの論外を除いて思い付けない。故に包囲されつつある段階で、動作に空白が生じた。


「う、ぉォおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そこに、天を衝くような咆哮が轟く。

 異様な程の静寂をうち壊したその主は、ある程度離れた位置にいるエリスの耳にも届く踏み込みの音と共に、最初に現れた巨人に肉薄。

 その巨人が対応する暇も無く、樹木の幹ほどの太さをした片足を削いだ。

 エリスが目視で確認できたのは、左手に握る長剣を振り切った黒髪の男の姿。


「――ラグナ!」

「らっ、あぁぁああああああああああああああああああ!!」


 削いだ勢いのままに、巨人自体を足場にして横腹から肩口までを斜めに一閃。図太い骨を断ち、内臓の代わりのように蠢く触手を裂き、裂傷を刻む。

 安堵の入り雑じったエリスの呼び掛けに応じる事は無く、ラグナはバランスを崩した巨人に蹴りを入れつつ空中で器用にバランスを取り、更に一振り。二度、三斬。四、五。

 秒間にして十にも至り、加速して通り過ぎる剣嵐が、肉片と触手のおぞましい残骸を撒き散らす。

 その度、肉と水の音が雑ざり、置き去りにした風切りが吹き、金属が軋む異音が鳴る。それらに混じり虫のか細い悲鳴を、ラグナはしっかり耳にしていた。

 せめてもの抵抗とばかりに頭部から伸びた乳白色の触手がラグナの背に殺到するが、察したかのようなタイミングでラグナは身を捻り、体を独楽のように回転。蝿を払うような容易さと的確さで全て薙ぎ払い、ついでとばかりに巨人の胴体をも削った。

 自分以外の異形の血骨と触手を盛大に撒き散らしながら、ラグナが荒々しく着地する。そこまででもエリスがフォローを思い浮かぶ隙間も無い早業だが、ラグナの動作は着地からも尚続く。


「そ、っこぉかああああああああああっ!!」


 歯を剥き出す雄叫びと共に、剣を左手で突き出すようにして突進。

 片足を削がれた段階で明確にバランスを崩し、倒壊しつつあった巨人の、魔性の血に塗れた鳩尾辺りを抉る。金属が砕ける異音と、虫の断末魔めいた絶叫が重なった。

 その一撃で、異形の巨人と、尚も蠢いていた触手の動きが一瞬の痙攣の後、完全に止まる。

 それを見届けたようなタイミングでラグナは根元辺りから折れた剣の柄を放り捨て、巨体にめり込んだ刃を握りしめ、出血も厭わずに引き抜いた。

 引き抜かれた刃には、握り拳程の肉の塊じみた不気味なモノが貫かれている。外気に曝されたそれは、おぞましい色の血を吹きながら僅かに痙攣し、巨人に未練たらしくすがるように繋がる触手を弱々しく震わせている。

 幾つかの裂傷に加え体の中心を貫かれたそれは、驚くべきことか、まだ息があるようだった。


「……やはり」


 エリスには見慣れぬだろうが、ラグナには見覚えのあるそれは、平時では半魚人の脳に寄生して現れる『タコ』であった。細部は多少違うが、ラグナはそう認識し呟く。

 そして直ぐに地面に叩き付け、外した折れた刃で弱々しく繋がる触手を切断。だめ押しとばかりに『タコ』を踏みつけ、念入りに潰す。


「ラグナっ」

「おうエリス」


 残る二体の巨人を捌きながら駆け寄ってきたエリスに、ラグナは気楽に手を挙げて応えた。

 しかしその挙げた掌からは唯一赤い血が滴っている。エリスは固めていた表情を泣きそうに歪めた。


「いや、おうじゃなくて、大丈夫なの?」

「剣と、ついでに右肩がすこしばかりイった。調子自体は腸が煮えているからかいい感じだが、素手であれを仕留めるのはちと困難だな」

「いや、無理しないでよ」


 ちら、と。迫る触手を光矢で払い本体の射抜いて足を止めながら、ラグナに斬殺された巨人の骸と、ラグナの足元で息の根を止められたゲテモノを順に一瞥するエリス。

 そして手順は判った、と笑む。それは余りに単純であり、如何に自分の頭が茹だっていたかと自嘲も混じった笑みだ。


「要は本体を仕留めればいいんだよね」


 なら、少しばかり出力を上げてやれば何も問題ない。


「さっきまでは……ちょっと加減を誤るかもしれなかったから、最低限だった。だから」


 ――を御しなさい。母に酸っぱく言われ続けた言葉がエリスの脳裏に甦る。

 エリスはラグナを見た。簡素な普段着は最初の攻撃から逃げる時にやったのか所々破け、粘着質な血にも塗れて酷い臭いがする。先日の自分より酷い有り様だが、目にはいつもの光がある。

 私が――な、ラグナの光だ。

 だから、きっと、大丈夫。エリスはそう脳裏に返答した。


「おい、エリス」

「大丈夫、」


 エリスは、妙に固い表情になったラグナに微笑みながら、右腕の腕輪を添うように触れる。翠色の燐光が奔り、幾何学模様を添って消える。

 直後に、アーチを描いて光成された弓矢の質が変わった。少なくともラグナはそう認識した。


「すぐ終わるから」


 通算何度目かの、弓矢による射撃。

 先程までダメージはあっても致命ではなかったその射撃は、先程より目に見えて鋭く、軌跡に有った触手を散らして尚一切減ずる事無く、巨人の一体の胴体に深々と突き刺さる。

 そして、エリスが指を鳴らした。

 爆砕が起こり、閃光と爆音が轟く。その副次効果は然程変わらず、純粋な破壊力は、また比べるまでもない事だった。

 原形を残したのが、四肢の一部のみ。

 後は残らずびちゃびちゃと音をたて、粘着質と細かい肉片が砕けた骨と入り雑じり、生物を構成するパーツが大量に飛び散った。如何なる作用が働いたかエリスやラグナの方面には一切行かず、巨体の質量に応じた残骸を盛大にブチまけられる。

 只の一撃で、異形の巨人は呆気なく砕けて散った。

 同胞の有り様になんとも思わないのか思考さえ無いのか、残された最後の異形が存外に早いという程度のスピードで残骸を踏む潰しながらマイペースに進撃するが、それもまたさして間を置かず射られた光矢に爆砕され、同様に砕けて散る。

 その瞬間から、何か、歪められていた何かが元に戻ったように二人は感じた。


「おーわりっと」


 周囲に他の脅威がいない事を確認すると、エリスは光で精製された弓矢を消す。

 腕輪と半ば同化するような形状は跡形も無く、程好く日に焼けた細い腕がふるふると振るわれた。


「……家の庭先が、血肉のプールになってしまった」

「だいじょーぶよ。家ならあたしががんじょーででっかいのを建てたげるから」


 地獄絵じみた最悪の景観に嘆息するラグナと、陽気にへらへらと笑うエリス。両者を知る者からすればそれは微妙に歪な構図だったが、指摘する者はこの場にはいない。


「ううむ。そこら辺はユーリとも話さねばな……しかし、こいつらはどこから現れたのか」

「あー、それ多分あたしらのせいよ」


 ラグナがエリスを見る。エリスはじっとラグナをみていた。


「なに?」

「ほら、こいつらって、沈んだ連中の負念で具現化されたヤツじゃん」

「なんと」


 へらへらと薄い笑いを浮かべ、やや大仰に死骸と残骸を手で示す。

 それは頭の弱いラグナが単純に忘れているからという話ではなく、ラグナが知らない情報。それをさも共通の情報、認識であるかのように、エリスは続ける。


「だっからさ、こびりついた繋がりをたどって、追っかけてきたってわけよ……わかる?」

「や、よくわからん」

「あははっ、やだもー、ラグナってば本当におバカね。でもすき」


 エリスはけたけたと笑い上戸の酔っぱらいの様に笑っている。

 語りは滑り声音は高く口調も違う。素の彼女を知っている人間なら、常識的に飲酒の可能性を思い浮かべるだろう。

 ただ、それは違うと複数の意味で断言できるラグナは、じっとエリスの翠色の瞳を見る。その瞳孔は開き、奥には正気のそれではない、覗いた者をどこまでも引きずり込む様な狂気的な濁りがあった。


「あたしらにはもうこびりついてるんだ。ニげられない、どこまでニげても、もう」

「エリス」


 ラグナはエリスの首に手を回した。本当は両手を使いたかったが片方しかまともに動かないため、左手だけで逃がさないように。

 急な予想外の動きに、エリスの表情が得体の知れないものから、様々な人間的な色が混じる。混じり過ぎて固まり、え、と意味もない呻きしか出なかった。

 吐息が混じる程の至近にラグナの顔があった。それはその男には珍しいようで、割と見掛ける真剣な表情と真摯な眼差し。それはエリスの頬に赤みが生じさせ、されるがまま熱を交える様に額と額が重なる。

 それだけでエリスの動きと思考が一つ残らず停止し、顔に熱だけを溜めていく。それは外野から見れば察しの良い者でなくともそうであると気付く、あからさまなそういう類いの顔だった。

 目まぐるしく激変するエリスの内情には構うことなく、ラグナはマイペースに事を進めていく。鼻先が擦れる至近から、首を真後ろに傾け、勢い良く思い切り戻す。

 それは額と額の衝突。まあ、有り体に言えば頭突きをかましたのだ。


「ふんっ」

「ーーっっ!?」


 逃げ場を内外から封じた上での一撃は、馬鹿が全く意図せぬ完全な不意討ちとして決まった。

 声も出せずにうずくまって震え、くわんくわんと物理的に揺すられた頭がエリスの鈍痛を煽る。


「……正気に戻ったか? 早いところ残骸の隅でガタガタ震えてるユーリの所に行ってやりたいのだが」

「て、め、え……あとでっ、ぶっっ殺して、やる」

「何故に」


 思いの外に効果的だった頭突きとエリスの怨念と殺意の混じった宣告に、意味がわからんと首を傾げる馬鹿。

 まだなんかアレなのかな、でもそんな気はしないしと悪気ゼロの眼差しをエリスに向ける。

 涙目で睨んでくる目と視線が合い、何か言うべきなのかと特に考えず馬鹿が馬鹿らしく口を開いた、その時だ。


「おいおい……どーいう状況だよ」


 第三者の低い声が、異形の残骸を挟んで聞こえた。

 それにエリスが咄嗟に指輪をなぞり臨戦の視線を向け、ラグナは動く片手を挙げて無警戒に笑んだ。

 声をかけた男は、ラグナと同じくらいの年の頃か。分厚い自警団帽から覗く鋭い眼光と、腰まで伸ばしたおさげを揺らし、かつかつと二人に近寄ってくる。

 その格好は自警団の制服に黒い外套をはおり、腰には一本の長刀と二振りの短刀。それらを夥しい返り血でくまなく汚し、今のラグナと同じくらいに酷い姿をしていた。


「おう孝也こうや。酷い格好だな」

「団長と呼べよ糞馬鹿が。そして格好でお前にとやかく言われる筋合いはねえだろが」


 悪気も無く笑うラグナに、自警団団長の荒木あらき 孝也は口をへの字にして悪態を吐いた。

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