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襲撃と巨人と光矢

 この島には特記戦力と呼ばれる者が存在する。

 それは銃火器と専用防備で固めた通常の自警団員と比べ、尖った存在だ。

 通常、人を越える能力を持つ魔物という脅威に対しては、銃火器を用いるのが常識だ。安定した殺傷力と長い射程に加えて、訓練次第で誰にも扱える上に錬金術師が居れば数も揃えられる。

 無論デメリットも諸々あるが、それらのメリットを考えれば他の武器を用いる意見は静まるだろう。

 故に大多数の人間は銃火器を用いる。それが最も効率的だからだ。

 しかし例外は存在する。それがこの島に置いては、件の特記戦力である。

 彼らは銃を用いない。否、全く使わない訳ではないが、それは常人が懐に踏み込まれた時に咄嗟に抜き放つナイフのような、無いよりは在った方が良いとか、そういうレベルの使用頻度である。

 何故、彼らは銃を用いないか。それは非効率的だからだ。

 通常とは全く逆の結論だが、前提が違えば結論が違うのは自然な話である。

 彼らは前提として、何かしらが人を越えているのだ。

 例えば、何の変鉄もない短刀で、大砲の砲撃を切り裂く。

 例えば、銃で武装した集団に囲まれて、素手で全員を叩きのめす。

 例えば、投石をするような気軽さで大岩を投げる。

 素手で頑強な魔物を屠り、弾丸よりも速く反応できる人種にとり、残弾とデリケートな扱いが要求される銃火器こそがむしろ不便であった。

 頑丈な得物か突出して屈強な肉体。若しくは使い捨て前提のものが数あれば、彼らには十分なのだ。

 それだけで、通常戦力では対応できない質か量か、ナニかに遭遇した時、彼らだけは対処できる。

 先天的、或いは後天的に人の中の何かを越え、人が持ち得ない特異をもつ。

 或いは人よりも魔物に寄った存在。島が大陸であった時期の遥か以前から存在する彼らを、人は『能力者』と呼ぶ。















 ――それをラグナとエリスが感じたのは、両者が下らないやり取りをしている最中の事だった。

 夕暮れにはまだ少し早い午後。ラグナの私室のベッドの上で、エリスは男女の間柄めいた色気の欠片もなく拳を振り抜いた姿勢で固まり、ラグナは打ち抜かれた顎の地味な痛みにも構わず上を向く。

 二人が感じたのは、得も知れぬ違和感と悪寒。そして戦場で感じる類いの生命への危機感。警鐘。

 それが具体的に何かを悟る要素も無く、二人は示し合わせた訳でもなく直感で似たり寄ったりな感想を抱く。


 ――逃げねば。まずい。


 木造の天井を――その先の天に存在するナニかに、驚愕したように目を見開いていたラグナが、瞬く間より早く表情を険しくさせる。

 そして一瞬固まるエリスより速くベッドから飛び降り、一刻の猶予も無いとばかりに床を軋ませ、駆けた。


「ラグナ!?」

「俺はユーリを! エリスはすぐ出ろ!!」


 問答も、扉を開く間さえ惜しいとばかりに自室の扉を蹴破りつつ、ラグナが振り向きもせずに手短に叫ぶ。

 それが具体的でなくとも、自分が感じた得体の知れない何かをラグナもまた感知したのだと悟り、それへの対応だと舌打ちめいた何かを溢して判断する。

 確かに、急ぎ離脱しなければ、ナニか、やばい。

 根拠も具体性も無い警鐘はそう告げ急かすが、同時に女々しい感情がエリスを圧迫する。ラグナを置いてはいけない。

 しかし冷静な部分もまた告げる。急がなければ●ぬ。


 ――ラグナを追うか、脱出するか。


 天秤を揺らすように、蹴破られた扉と木窓を交互に一瞥したエリスは、焦燥と迷いで汗を浮かべる。

 決断を急かすように、今更ながら遠吠えが鳴り響く。飼い慣らされた狼達の遠吠えに秩序めいたものは無く、ただ感知した緊急を知らせるように闇雲なものをエリスは感じた。

 次いでラグナの荒々しい足音と妹を呼ぶ声と、その妹の戸惑う声もエリスの耳に届く。


「……くそっ!」


 ――あの馬鹿が、そう易々とどうにかなるもんか!

 感知から数秒。エリスは毒づきながらも決断し、猫科の獣めいた動きで窓から外に飛び出す。

 二階建ての住居はこの島には無い。故にさして地面との距離は無く、最低限しなやかに着地して衝撃を逃がしたエリスは素早く態勢を直しながら、違和感の元凶を意図もせず視た。


「んなっ」


 それは、一体何時からどうやって現れたのか。異常なまでの存在感の無さで、異様なまでのシルエットを持ってそこにいた。

 夕方前の午後。明るい外景色の中、現実感を損なうようなそれは、ラグナ宅とエリスとを挟む位置に立ちながら尚、上半身総てを認識できる程に巨大であった。

 それに体毛は無く、僅かに湿り気を帯びたようなおどろおどろしい体色をしている。筋肉の付きや骨格、形から、人間のそれをそのまま巨大化させ、全身の皮を剥いたらそうなるのでないかという生々しく嫌悪を誘う胴体。

 されど人間ならば顔にあたる位置に顔は無く、胴体のそれともまた異質に、顔の代わりのように乳白色に近い色素の触手が幾つも蠢いている。


 ――なによ、これは!?


 その余りにまともな生物と異なる異様さと生理的な嫌悪感から、警戒と戦闘用に傾いていたエリスの頭が一瞬だけ静止する。

 その間にも、異様な化け物は挙動を止めない。


「っ!?」


 思考の空白を経て、エリスは漸く気付き、呻く。

 異様で巨大な化け物は、その部分だけ血を凝固したように黒くゴツゴツとした拳を振り上げている。人間であるならば、まるでその拳で地面を叩き付ける様にだ。

 そしてそうであるならば、その先にあるのは――先までエリス自身が居た、木造の一階建て。


「っ」


 エリスの表情が悲痛に染まり、右手首の腕輪が燐光を発し、体は咄嗟の対処を試みるべく最適に動く。

 それでも、一手、間に合わない。


「やめっ」


 悲哀と恐怖と絶望と、負の感情を敷き詰めたような声。ただその場にある音は、不可解なことにそれだけだった。

 エリスの冷静な部分が告げた通りに、異様な巨人の拳が音も無く降り下ろされる。

 子供が積木を崩すような簡単さで、ラグナとユーリの家が潰された。

 一つの住居が潰れた音と共に木片が飛び散り、その幾らかがエリスにもかかる。


「」


 総ての動作を中断し、頭の中を真っ白にしたエリスは無意味な呻きを溢す。

 忘我。しかしそれも一呼吸程の間。


「――て、めえ」


 歯の軋む音と共に、中断した動作を再開させる。

 腕輪の燐光が甲高い音をたてて収束し、腕輪に刻まれた幾何学模様を複雑になぞっていき――腕輪から上下に二筋の光が伸びる。

 エリスの細い腕を中心に、緑がかった光が更に形を変える。伸びた二筋の光は弧を描くように延び、燐光を散らしながら、物質へと変わった。

 それは正しく『樹』だった。腕輪ごとエリスの腕を取り込むようにして生えた、うっすらと光る小さな『樹』の欠片。

 弧を描く『樹』の上下に点のような緑光が宿り、お互いが交錯する。それはそのまま『樹』片の上下を結ぶと、一筋の光の糸となった。


「てえぇンめェえエエエエエエエエエエっ!!」


 殺意に満ちた咆哮と共に、エリスは己の武器を構えた。

 アーチを描く『樹』を半ば同化した腕ごと突きだし、その中心から細い棒状の、先端を鋭利に尖らせた光と『樹』の中間の様なモノを先と似たように生成。

 それを『樹』の上下を結ぶ光の糸で番え、余った片腕で引き絞り、狙いを定める。

 エリスが構えたそれは、正しく光で出来た弓と矢だった。

 殺意と憎悪に滾った瞳で、張り詰めた矢を放つ。

 不気味な巨人が次のアクションを起こす間よりも早く展開し、放たれた光の矢は、風切り音を置き去りにして目標の顔面――に該当する触手群に的中。


「ー爆ぜろぉおお!」


 的中の効果を見届けるよりも早くに甲高く吠え、憤怒を体現したような形相のエリスが指を鳴らす。

 それに呼応したように、的中した箇所で光の矢が発光、爆発する。火薬のそれとは違うように、炸裂音は銃撃のものより小さかったが、威力はその比では無い事を弾けた肉片が証明している。

 得体の知れないなにかの肉片が飛散させ、巨体がよろめく。しかし、倒れはしない。生気を感じさせない所作で、巨体の割に機敏に態勢を取り戻している。

 ――ダメージは有りそう。でも、致命じゃない。

 大抵の生物は頭を潰せば殺せる。しかし、これはやはり見た目通りにまともな生物じゃあない。

 詳細は不明。何故この人里に唐突に現れたのかも。

 情報の不測した相手との戦闘。その危険性をエリスは知っている。

 ――完全初見の魔物……逃げる? ざけんな殺す。

 エリスは沸騰しそうな脳内を抑え、軽く息を吐く。そして崩れた建築物を一瞥し、冷静な思考があの程度であの馬鹿が死ぬものかと囁く。


「だが殺す」


 ――それがどうした。ラグナの反応はまだ無いし、ひょっとしたらという可能性がある。もしかしたらという連想がある。こいつのせいで、また失うかも知れない。

 だから殺す。この得体の知れない化け物はこの時この場で私が完膚なきまでに滅ぼす。

 エリスの冷静な思考は激情によって流されたが、その所作自体は冷静で狂いの一つもなかった。

 光成された弓はそのままに、再度手元に矢を生成、慣れた手つきで番えて狙う。

 対し、異形の巨人が跳ぶ。

 なんの前動作も、音さえ無く。突然に糸で引っ張られた人形のように、人間の十倍以上の図体が潰された元建築物を飛び越え、自身を射ったエリスに向かう。

 エリスは眉を一つだけ動かし、それを迎え撃つ。番えた矢を上向きに修正して射る。

 狙いは違わず、急速に迫る巨人の遥か上方を、それ以上の速さで空を切った。

 或いは意思か知性の在る生物ならば、それを不発と受け取り嘲ったかも知れない。しかし顔は無く、知性の有無も何もかもが不明瞭な異形は機械的なまでに何の反応も見せない。


「……探知はしょぼい」


 エリスが冷ややかに呟き、人差し指を捻り下に向ける。

 それは巨人の拳が彼女に届く間際であり――上から流星のように降り注いだ光矢がその巨人を地面に叩き付ける直前の出来事であった。


「……?」


 巨体からして想像外の速さに眉をしかめ、落下の衝撃が頬を打つ近さで地面に墜落した巨人から距離を取るエリス。

 そしてその段階で、幾つかの奇妙な点に気付く。

 無臭。鼻の良さには自信のあるエリスが、目と鼻の先という距離で、負傷したと思しき対象の匂いに引っ掛からない訳がない。だが匂わない。

 それに加え、異様なまでの存在感の無さ。間近で見るまでも無く嫌悪感と吐き気を催させる姿とそこらの建築物に数倍する図体でありながら、エリスは普通の人間程度にしか圧迫を感じられない。


「認識を狂わせている?」


 一定の距離を取り、再び弓矢を構えながら、エリスは推測を呟く。

 異形の巨人はダメージも生気も感じさせない軽快さで上体を起こし――頭部の乳白色の触手を伸ばす。

 うげ、とだけ嫌そうに呻いたエリスが、嫌悪を誘う動きで飛来する触手から後ろに飛んで僅かに間合いを外し、大元を潰さねばと判断。

 矢を放ち、延びた触手を幾つか突き破り、再現のように的中した頭部を爆砕させる。

 ぴぎぃ、と。今度は虫のような甲高い悲鳴を、エリスは聞いた気がした。


「……そういう事ね」


 つい先日、ユーリから聞いた半魚人の説明をエリスは思い出す。

 半魚人一体一体に然したる脅威は無い。問題なのはその数と、時折混じる『タコ』だ。

 『タコ』はその半魚人の頭部、脳に寄生している。実態は今一不明瞭だが、寄生している半魚人を殺すか頭にダメージを与えると、かなり伸縮性があって先端の鋭い触手を剥き出しにして表れ、別の寄生先を探す。

 エリス自身も先日の件で一体程目の当たりにしている。出現と同時に一瞬で射貫いて仕留めたが、その生命力の高さもユーリから聞いている。だから爆砕させて仕留めた。

 つまり細部は違うが、この巨人の中に居るのはそうなのだろう。とエリスは符号点と直感から推測する。


「なら、中身を仕留めれば――っ」


 独り言を中断し、エリスはその場を全力で飛び退く。

 何がどうという理由は無く、ただ体が動いたのだ。エリス当人ですら自分のその動きの意味を理解できず、半ば転がるようにして先とは違う場所に着地。

 その判断にも至らぬ直感めいた行動の正否を、エリスは直ぐにつける事になる。

 着地とほぼ同時に、エリスの居た場所に赤黒い巨大な拳が叩き付けられたのだ。


「なっ」


 土砂と雑草が飛び散る中で、エリスの碧眼が驚愕に見開かれる。

 それでも姿勢を整えながら、その視界を回す。ラグナの家を潰した異形の位置は変わらず、心なしか遅くなった動きで立ち上がっている。

 そして音も気配も無しにエリスを潰しかけた拳の主は、握り拳一つだけでエリスより巨大でいて、皮を剥いた人間のような胴体。そして頭部から伸びた太細混在する乳白色の触手。

 それは、異形の巨人と全く同じ姿をしていた。そしてその更に斜め後方にも、同様の巨体があった。


「新手……!」


 悪化した状況を端的に口にする。その顔に包囲されつつある恐怖は無かったが、確かな強張りがあった。

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