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ユーリとラグナと誰?

 ユーリには親がいない。

 父は魔物に殺されて、母は自分を産むと同時に死んだ。そう聞かされている。

 故にユーリにとっての肉親は、それほど年の離れていない兄が一人だけだ。

 その兄が十に満たない齢で、共に引き取られていた家を追い出された時、呆れながらもさしたる迷いなく着いていったのはそれを気にしてと言うのもあるのだろう。


 ユーリは自分を特別な人間だと思っていた。

 それは意識的にでなく無意識の領域でだが、確かにそう思っていた。

 それは大多数が抱く、年齢を経て解消されるか胸中にしまい肥大化させるか等の曖昧な類いのそれでは無い。

 誰かが理由を聞けば、信じれるかどうかという前提をクリアすれば、特別特殊と納得できる明確な根拠のあるものである。

 それは知識、記憶。

 ユーリはユーリである以前の、赤子以前からの記憶が有ったのだ。

 ユーリはそれを、自分自身の<前世>のものだと認識している。

 地球の日本という国で、平和に暮らした男の記憶と知識。それには随分と穴空きがあり、前世が終わる瞬間も、親の顔も、自分自身であった者の名前さえ欠けていたが、それでも明確だった自我がユーリ以前からユーリたらしめていた。

 つまり精神的には大人のつもりであった。だから両親が居らずとも大人びて要領よく賢明に(本人的に)振る舞えたし、逆にそれで気味悪がられたりもした。

 それは前世と、今生のファンタジーめいた世界観の違いからくるギャップか。それもあるが、それだけでもないというのをユーリは自覚していた。

 異物感。ユーリは自分に感じているそれを、周りもユーリに感じているのではないかと考える。

 だからどうしようというのでもないが。そう結論つけて考察から進まないユーリは、受動の人だった。

 そんなユーリからして、今生の兄は実に馬鹿でよくわからない奴に見えた。というか周りからも基本馬鹿にされていた。

 それは、四則演算を始めとした勉学の類いをあっさりと飲み込んだ――実際には知っていた――ユーリと比較されてというのが始まりの大きな要因だが、それを気にして勉学を教えるユーリから見ても相当に飲み込みが悪く見え、それ以外の要因も含めやっぱり頭はよろしくない、端的に言って馬鹿なのだというのが周囲の総評である。


 そんな兄だが、行方不明になった事がある。家を追い出されるまで、三回ほど。

 一回目は近所の森から帰ってこず三日。二回目はなんかどっかに消えて二日。三回目は砂浜から自作のイカダで海に漕ぎだし、五日。

 尚、三回目の時ははっきりと多数に目撃されていた。魔物の襲撃を凌いでいる最中の出来事だったそうだ。だから止める事もできず、沖から離れた先でイカダが沈むまでの一部始終を後になってユーリも聞かされた。補足すると兄は金槌である。

 ユーリを含めた誰もが今度は死んだと確信し、しめやかに遺体のない葬儀が用意されたが、当の兄はなんかその当日にしれっと朝食の席に混じっていた。

 その日の喧騒と混乱を、ユーリはさっさと忘れたい。きっと無理だろうけど。

 常の行動は基本的に自由奔放なものでたまに誰かか、主にユーリを巻き込み何かしらをしでかし、思い出したように謎の失踪を遂げては、数日を挟むと何事も無かったように帰ってきた。

 それは周囲の大人がどれだけ叱り倒しても、一向に本人が懲りる事は無かった。というか失踪の原因を本人も嘘でなくわからないという。実に訳がわからない。

 解らないが、それの原因も解決や打開の糸口さえ何もないのもまた事実だった。

 そんな意味不明な目に合っても自由奔放ぶりに陰りは見えず、三回ほど魔物に取っ捕まってその度に四肢がもげるレベルの酷い目にあいガチで死にかけたが、それでも変わらぬ笑顔でイキイキと好き勝手にする。

 兄は大体そんな感じで、それは家を追い出されれば少しは考えた行動をするんじゃないかなあという引き取り手だった者の思惑も、綺麗な空振りをする事にあいなった。

 そんな周囲の胃を痛め付ける事に定評のあるフリーダムお兄ちゃんは、周囲から煙たがられる反面なんか妙な人望もあり、家を追ん出された先で新たな家を新築してもらい、ユーリと二人で悠々と新生活を開始してたりする。

 新築祝いに顔を出した旧育ての親が頭を抱えていたのを見たユーリは、そっと胃薬を差し出した。対して兄は元気に意外な礼儀正しさでその育ての親に挨拶をし、渾身のジャイアントスイングを食らっていた。そして変わらぬ笑顔で起き上がると殴りかかり喧嘩を始め、ボコられる。ノックアウトされても兄は実に満足そうに笑っていた。

 多分、死ぬまで変わらず馬鹿をやり続けるんじゃないかなあこの馬鹿兄貴は。と思うユーリは、やがてこうも考えるようになった。

 ――この馬鹿兄貴の方が、よっぽど特別じゃあなかろうか。
















「――くあっ、ーっ」


 少年とも少女ともとれる中性的さ、しかし何か地味さと根暗さを醸す顔付きを歪めて欠伸をこぼし、ユーリは自室の寝台から身を起こした。

 硝子の無い窓口から射す日に、寝起きで朦朧とした目をしばたかせ、んーと呻き、十数秒。

 のろのろと緩慢に立ち上がると、兄と違って小柄で痩せがちな身体をふらふらさせながら部屋の出口に向かう。

 ――兄貴は起きてるかな? とぼんやり考え、ああ、と寝惚け眼を擦り、ユーリは首を振るう。その顔には陰りがあった。

 兄貴は<また>、まだ行方不明だったな、と思い出す。


 兄が行方不明になった。まあ、それはそこまで珍しくない。

 例えば近所の誰かがそうなったとしたら騒動になり捜索隊が組まれるだろうが、最早そんな常識は兄には当てはまらない。

 しかしその期間が、ユーリには気がかりだった。

 もう二人暮らしを始めての期間が、あの育ての親との暮らしより長くなっている。その上で兄はやっぱりちょくちょく原因不明の行方不明になりひょっこり帰還したりを繰り返している。

 今もそうだが、今までは長くて一週間程度。

 しかしユーリはもう、二月も兄の顔を見ていない。

 自警団の仕事ほっぽり出してどこほっつき歩いてんだか、とぼやきかけ、ドアノブに手を伸ばし、そこで気付く。

 声がする。この家には自分しか今はいない筈だが――気に覚めた目を大きく開き、ユーリは動きを止める。

 防音など考慮されてない扉の向こうから聞こえる声は、ユーリにはもう大分聞き慣れた声だ。


「……なんだよ、心配させて。もう帰ってんじゃないか、馬鹿兄貴め」


 目元に安堵を宿し、口元を弛ませて独りごちり、明らかに軽くなった足取りで扉を開ける。


「……ん、おうユーリ。ただいまだー」

「ただいまだー、じゃねえよ。今までどこぶらぶらしてやがった馬鹿ラグナ」


 やや軋む扉をくぐった先の手狭な居間。そこには、ユーリが予想した通りの馬鹿が、使い古された椅子に腰掛けていた。

 馬鹿呼ばわりされた兄であるラグナは気にした様子もなく、能天気な笑顔で木製のマイカッブから水を啜る。

 その黒髪はぼさつき露出した肌の各所に擦れた痕があるが、着替えてはきたのか、洗濯の済んだ簡単な上下を着て寛いでいる。

 ユーリはガリガリと頭を掻き、溜め息を吐いた。心配した自分が馬鹿だったという気分で一杯だ。


「いや、どこだったかは今一俺にもわからんのだがな。なんか緑がいっぱいだった。やたら空気の美味いところだったな。半年近くいたが、もう少し色々見たかったぞ」

「本当にどこだよそこ。てか半年近くって、二ヶ月を半年近くとは言わねえよ馬鹿」

「む、二ヶ月? ……そうだったか、エリス?」

「何でそこで私に振るのよ馬鹿」

「全くだよ。何でそこで首をか、し……げ…………」


 日時の計算もできないのか、とユーリは呆れたと声を出して、途中で止めた。

 そして出来損ないのロボットみたいな動作で扉を閉め、真横をゆっくりと向く。

 ラグナの対面であり、扉を開けたユーリから死角になるそこには、見知らぬ金髪の、可愛らしい少女の姿があった。


「……え、えと、え。誰?」



 ――兄は大体、騒動を起こす。


 しかし本日のそれは、前例のないものだった。

 かんたんなじんぶつせつめい。


 馬鹿兄貴=馬鹿

 ユーリ=ヘタレ

 少女=ツンデレ

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