男と少女
SS 少女鑑賞を趣味とする男が誘拐したのは、死にたがりの女子高生だった
東京都葛飾区の高校に通う女子高生が行方不明に。連日テレビや新聞、ネットニュースで話題になり、少女の地元である葛飾区は依然として落ち着きを取り戻せないでいた。少女の両親が、もっと細かい捜査を、と警察に声を荒げている間、少女はとあるマンションの静かな一室で、静かに呼吸をしていた。
両手首を後ろで縛られ、ぼうっと床の赤いカーペットを見下ろす彼女の顔は、今にも亀裂が入って崩れそうなほど、衰弱している。その様子を、椅子に座ってコーヒーを啜る男が、目の前で眺めていた。博物館の展示品でも見ているような、ぼうっとした、しかし微かな好奇心を滲ませた瞳を細め、熱いコーヒーをちびちび飲む。
「おじさん、寝ていいかなあ」
「寝たらそのまま死ぬかもしれないぞ」
「雪山でもないのに? 私、まだ大丈夫よ」
事件に巻き込まれる前は毎日元気に学校に通っていた、溌剌とした少女の面影はもうない。きっと次に眠ったら、彼女はそのまま永遠に意識を取り戻すことはないだろうな、と男は冷静に分析していた。
艶やかだったロングヘアも、パサパサになって、皮膚にはニキビやできものがぷつぷつ発生していて、女子高生らしい純真な色気もない。それでも、こんな状況なのに弱弱しくだが笑顔を保っていられる精神力は、なかなかのものだ。
「ずっと聞きたかったの」
「何だ」
「おじさん、どうして私を攫ったりしたの? レイプ目的じゃないの? どうして何もせずに鑑賞してるの?」
「観賞用に攫った」男は顔色一つ変えない。「それだけだ。だから出来る限り死んでほしくない」
「なあに、それ」
あどけない笑顔を浮かべる彼女は、やけに嬉しそうだ。「華の女子高生が目の前で身動き取れないのに、身体触りたいとか欲望は、ないんだ?」
「ない。俺は見るだけで十分だ」
「見てるだけで勃っちゃう?」
「最近の女子高生は」男はそこで、片眉を下げる。コーヒーがまずく感じるからそういう話はやめろ、と男が言うと、少女は身体を震わせた。よく見たら、声を上げて笑っていたのだ。残り僅かな命を、すべて振り絞るかのような。
「変なのお」へにゃ、と頬の力を緩めて、「純粋なんだか、変態なんだか、よくわかんない」
「わからなくて結構」
「あたしね、最期におじさんみたいな面白い人に見守れて死ねるの、ちょっと幸せかもって思った」
「何だと」
「だってあたし、ほんとはもう世の中の何もかもが嫌になってたから」べた、と派手な音を立てて、少女が横に倒れる。「死なせてくれてありがとうっていうか」
「まだ死んでないだろう」コーヒーカップをテーブルに置き、男は後ろ頭を搔く。若干の動揺が見え隠れしているように見えた。
「気が済めば帰してやる。だから死ぬな」
「じゃあ、おじさんが私を殺してよ。ナイフで切り刻んでくれても、油を浴びせて火をつけてくれてもいいよ」
「だから死ぬなと」
「ねえ」少女は目を細める。「女の子を誑かして、監禁した時点で、逃げられないのはおじさんも一緒なんだよ。おじさんの面白い趣味がバレたくないなら、ここで殺人事件起こしておいた方が、犯罪者的にはかっこいいって。おすすめ」
「まるでお前が殺人を起こしたことがあるみたいな言い方だな」
「人を殺すのはね、とっても勇気がいるよ」少女の声がか細く、しゃがれていって、「ずっとずっと、罪が背中に焼き付いて、一生剥がれないの。おじさんには耐えられる? 耐えられるのであれば、お願いだよ、ここであたしを後ろから一思いに貫いて。後ろから。ね?」