人形の服を作っていたら妖精が来た
私、川上泉は、お人形が大好きだ。
子供の頃遊んだお人形を今でも大事に持っている。
母が昔作ってくれた人形の服もまだ大事に保管していて、三畳の物置いっぱいに、***人形や、***ハウスや備品が詰め込まれているのだ。
その中には、片方だけしか残っていないお人形の靴や、壊れてしまったキッチンセットも箱ごと取ってある。
キッチンセットはオーブンのドアが壊れていたが、お皿やお鍋、フライパンなんかは揃っていた。小さくて可愛らしいそれらを見ていると夢の中に入り込んだ心地がする。
無味乾燥な仕事から帰った私の、唯一の趣味である。
二LDKの住まいには私一人で住んでいる。
三十六歳のお一人様には誰も文句を言う人はいなかった。
「今日は金曜日。明日と明後日は連休。何を作ろうかな」
今回は着物を縫って着せてみようかな――などと考えながら、生地を選ぶ。
三畳の物置には、いっぱい生地も買い込んで、溜めている。
古布の端切れを選び、帯のための金襴の生地を出して合わせてみる。
着物は、生地を無駄なく使うように裁断できて、すごいなと思う。
それに、お人形なら、七十センチくらいの端切れで着物が出来上がってしまうのだ。
自分では着ることなど出来ないような服もたくさん作った。
今回は涼しげな、生地で浴衣を縫う。
着物の縫い方は知らなかった。だからネットで検索しながら作れるようになれたのだ。ネット様々だ。
「ほうほう、簡単そう」
浴衣は手縫いでじっくり縫っていこう。ミシンで縫うやり方も載っていたが、楽しみながらゆっくりと作るのがいい。
真っすぐのぐし縫いなのですぐ身頃が完成しそうだ。
脇を縫い、お国をつまんで縫い、裾を一ッセンチに織り込みまつり縫い。
問題は襟付けだったが、丁寧に半返し縫いをして、なんとか出来上がった。
小さな袖を付けて、おはしょりを縫い止めお人形に着せ付ける。
帯も垂れ部分とお太鼓部分が二部式になっていて、着せるのも簡単だった。
既成の下駄を***ちゃんにはかせて、今度は写真を撮る。
おっと、髪飾りを忘れていた。
造花の小花をちぎって髪の毛に刺す。
自分が後でじっくり見て楽しむための写真撮りだった。
撮影のためのコーナーもちゃんと作っている。そこにはライトも背景も用意してある。ちょっと凝り過ぎだろうか。
「背景は和風がいいな」
撮影の準備が整って人形をセットし、いざ撮影というとき、
フラッシュが異常に明るく光り、バチッと音がして家中の灯りが消えてしまったのだ。
「え、停電?」
こんな時も私は慌てない。携帯のライトを点け、配電盤へ行こうとしたら、声がかかった。
《待って》
驚いて振り向く。携帯のライトが当って、小さな物が飛び上がった。
小さな、動く……人形?
「***ちゃん?」
《違う、私はミュリエル、妖精よ》
☆ ☆ ☆
「妖精……って、お人形が妖精に?」
《違うってば! ほら、あなたの木偶はここにあるでしょう。私は妖精のミュリエル! あたし、妖精の国からここに迷い込んだの……》
「ふーん」
私は悪い夢でも見ているのだろう。ベッドに入って寝よう。
スタスタと寝室へ行き素早く布団にくるまった。
じっと眠くなるまで布団にくるまっていると、私の髪の毛が引っ張られる。
「痛い! 止めて」
《ちゃんと話を聞いて。あたし、お腹が空いてるの。なんかない?》
布団から顔を出して、妖精だという変な生き物をじーっと見る。
《可愛いでしょ。いいわよ。好きなだけ見て頂戴》
ミュリエルという妖精は、確かに可愛かった。銀色の長い髪と金色の大きな目、細い手足、透けるような肌をしている。
だけど、何となくむかつくヤツだ。然も図々しい。
人の家に勝手に上がり込んでお腹が減ったと言うし、私の大事な***ちゃんを木偶と言った。
私はミュリエルをむんずと掴み、顔の前に持ってきて、口を大きく開けて
「あんまり図々しいと、食べちゃうよ!」
と、脅してやると、ミュリエルは途端に震えだして、身体から何かを出し始めた。
虹色の粉が辺り一面に振りまかれて、私の意識が遠のいていった。
☆ ☆ ☆
あれから私は、一歩も部屋を出られなくなった。
あの、生意気な妖精ミュリエルに、猿にされてしまったからだ。
その後、迷子だと言っていたくせに、ミュリエルはどこかに消えていなくなってしまった。
――よりによって猿だなんて!――猿は一番嫌いな動物だ。
生意気そうで小賢しく、妙に人間じみている。
でも、手先は器用だ。
仕事へも行けなくなった私は、相変わらず家でお人形の服を作っている。
ちょっとだけ困るのは身長が低くなったことだった。
シャワーは何とかなったが、台所に立つことが出来ない。
台所に飛び上がってそこに座りながら簡単な料理を作るのだが、自分の体中に生えている毛が気になってしょうがないのだ。
突然携帯が鳴った。慌てて出る。
仕事場からのメールだった。
『長期休暇の申請が通りました。お体お大事に』
――良かった。電話だったら無理だった。言葉が話せなくなっていたから。「キキーッ」としか出ないのだ。
だから、メールで、休暇申請を出した。
今まで使っていなかったので結構まとめて取れたのだ。
でも、このままずっとこのままだったら、私は……終わる。
お金がなくなって、この部屋からも出なければならなくなるだろう。
考えれば考えるほど、腹が立ってきた。
――今度ミュリエルにあったら、絶対にしばく!
今日もする事は一つだ。
もちろん人形の洋服作り。これをしていれば気持ちが落ち着く。
何も考えずにひたすら可愛い洋服を作った。
するとあの時と同じように停電になった。
これは本物の停電だろうか。それとも、にっくき妖精が舞い戻ったのか。
私は手ぐすね引いて待ち構えた。手には大きなビニール袋を持って、いつでも捕獲できるようにしている。
『さあ、来るなら来い!』
来た! 気配を消して、そろりそろりと近寄っていく。
猿になって何が良かったかって、身体能力が格段に上がったことだ。
人間には絶対無理な体勢でも取れてしまうし、ジャンプ力も瞬発力もすごいことになった。しかも立派な牙まで備わったのだ。
キラキラ光っているので、真っ暗でもよく目立つ。
一気に飛び掛かり捕獲成功!
袋の中でミュリエルが、暴れながら叫んでいるが、こちとらもっと大変な目に遭わされたのだ。しばらくこうしていて貰っても罰は当るまい。
《いずみーっ! だしてーっ!》
「キキーッ」
――どうだ、思い知ったか。悪魔め!
しばらくすると、袋が動かなくなって、何も変化が見られなくなった。
あれ、やり過ぎた?
そろりと袋を広げて見ると、ミュリエルは消えて、そこには虹色の粉がいっぱい入っていた。
もしや、これをまぶせば、私は元に戻れるのでは?
試しにほんのちょっぴり手に取って左腕に掛けて見た。
戻ってる。
今度はひとつかみ取って体中に振り掛けた。
私はまた意識が無くなった。
☆ ☆ ☆
私は今度こそ、詰んだ。
なんと、小さな身体になってしまったのだ。
横にはミュリエルがいて、ニコニコしている。
なんでうれしがっている?
《一緒に妖精の国へ行こうね。きっと楽しいから》
私は結局人間を止めざるを得ないようだ。
完




