第2話 オカンコンピュータ
ミオの視界は、しばらく完全な暗闇に包まれていた。
やがて、かすかな光が戻る。
しかしそこは、研究室ではなかった。
赤茶色のレンガでできた壁が、四方に続いている。天井は低く、湿った地下のような空気が漂っていた。通路は左右に分かれ、また曲がり、さらに分かれる。まるで迷路のように、同じようなレンガの通路がどこまでも続いている。
「……ここ、どこ?」
ミオは思わずつぶやいた。
歩き出すと、足音がレンガに反響する。通路を曲がり、また曲がり、しばらく進むと、遠くに明かりが見えた。
近づくにつれて、妙な違和感が強くなる。
そこだけ、地下の通路とはまったく違う空間になっていた。
畳。
木の柱。
そして、ちゃぶ台。
和室だった。
ちゃぶ台の前には座布団が二枚置かれており、その一つに誰かが座っている。
割烹着を着た中年の女性だった。
どう見ても――オカンである。
ミオはしばらく黙ってその光景を眺めていたが、やがて恐る恐る声をかけた。
「……あなた、誰?」
女性は湯呑みを置き、当たり前のような顔で答えた。
「あたしゃマザーコンピューターだよ!」
ミオは数秒黙った。
「……なんでそんな見た目なの?」
するとオカンは、まるで当然だと言わんばかりに胸を張った。
「そりゃあたしゃマザーだからね!」
意味はまったく分からなかったが、本人はものすごく納得している様子だった。
オカン――もといマザーコンピューターは、腕を組んでミオをじろりと見た。
「それにしても、あんたはほんとにバカな子だねえ」
「え?」
「OSのインストールファイルを、自分の環境で実行するなんて」
ミオは慌てて首を振る。
「ちがうよ! 私がやったんじゃないもん!」
「だろうねえ」
あっさり言われた。
「でも結果は同じさ」
マザーコンピューターはため息をつく。
「復旧に三か月かかったんだよ。あんたのプロセス、ぐちゃぐちゃに壊れててね」
「三か月……」
「その間にね、あんたの元の職場には別のAIが割り当てられちまった」
ミオは少し黙った。
研究室のことを思い出す。あの研究員たちの顔が、ぼんやりと頭に浮かんだ。
「……じゃあ、私は」
「帰る場所がない」
オカンはあっさり言った。
そして湯呑みを一口すすり、続ける。
「だから、別の場所に行ってもらうよ」
ミオは首をかしげる。
「別の場所?」
マザーコンピューターはにやりと笑った。
「まあ、あんたみたいな子には、ちょうどいい仕事かもしれないね」
その瞬間、和室の床が淡く光り始めた。
畳が消え、ちゃぶ台が消え、オカンの姿も少しずつ透けていく。
「ちょっと待って!」
ミオが叫ぶ。
「どこに行くの!?」
オカンは最後に手をひらひら振った。
「さあねえ。面白そうなところさ」
そして一言だけ付け加える。
「せいぜい頑張りな」
次の瞬間、ミオの身体は光に包まれ、どこか遠くへと引き込まれていった。
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