第七話 最高
翌日の8:30。今日は1日弓道と向き合うことになる。
天光を待たせるというのはもうごめんなので、早めに到着したつもりだ。
「おはよう!」
「なんでいる、帰れ。」
「酷すぎない?」
「いや、怖くてつい。約束の30分前に全員集合とか普通ないだろ。」
「我々は普通なのだろうか。」
「急に哲学者のフリして目を背けるな。」
そんなこんなで、射法八節の名前だけはどうにか頭に詰め込み、天光と一緒に柴山市立弓道場へ向かうことになった。
第七話 最高
「ごめんください。名取さんいらっしゃいますか?」
「はいはい、そちらのお嬢さんは天光さんかな?」
「はい!藤川の同級生で、来年から弓道部のマネージャーとして入ろうと思ってます!」
「それはいい、そういう人も大切ですね。嬉しいですよ。」
昨日の畳のブースに案内される。
「そういえば、2人はどうして弓道を始めようと思われたのですか?」
富丸での弓道との出会い、自分が「美」に感化されたことを話した。
名取さんは考え込むように下を向き続けていた。
「あの…名取さん?」
「…しい…。」
「あのー?」
「素晴らしいよ、藤川君!そこに注目するとは!」
急に手を握られて心臓が止まるかと思った。というか力が強い、痛いよ名取さん。
「お嬢さんは!?」
「藤川の話を聞いてそのサポーターになりたいなと思って…」
「いいね、素晴らしいよ、君たち。いいかい!? 皆、どうしても的に当てることばかりに目が行く。だが、そこが本質じゃないんだ。あれは――副産物なんだ。」
「副…産物?」
大分名取さんの呼吸が荒くなっており、弓道への関心より恐怖が勝る。
「すまない、取り乱しましたね。申し訳ない。今言った話は追々分かりますよ。まずは基本知識ですね。今日は矢の話でもしましょうか。」
お昼を回り、名取さんの講義がひと段落したところでちょっと聞いてみる。
「名取さん、私たちって弓を引くことはできるのでしょうか?」
「というと、なんでしょう。」
「俺たちは、もしこの場で引かせてくださいと言えば引かせていただけたりするものでしょうか?」
名取さんは神棚の方をぼーっと見つめていた。
「えぇ…そうですね…。絶対にありえませんね。」
今の流れはいいですよではないのか。
「いいですか、弓道において最も大切なものはなんだかわかりますか?」
「心でしょうか?」
「それも大切です。でもそれ以上に大切なものがあります。」
必死に道場を見渡す、心以上に大切なもの…わからない。
「申し訳ないです。わかりません。」
「お嬢さんはわかりますか?」
「安全でしょうか。」
安…全…?自分の考えの中にはひと欠片も無かった。
「どうしてそうお考えに?」
「道場では至る所に安全に関しての張り紙があったので…そうかなと。」
「そうです、仰る通り。弓矢はそもそも狩猟道具、つまり生物を殺すために生まれたのです。そのことを忘れてこの道に入ることはあってはなりません。」
言葉一つ一つが刃物のように鋭い。
「それで、藤川さんは知識があっても技能はまだありません。その状態で弓を渡すことはできません。」
何をどう捉えても俺自身は初心者。その現実は変わらない。
「いえ、仰る通りです。出しゃばって申し訳ない。」
「弓道を始める人は皆さんそう考えますから、当たり前のことです。お気になさらず。」
何かを極めるということ。それは憧れだけでどうにかなるものではない。それは頭で理解しているつもりだった。でもどこかで自分は少し甘かった。どこかで弓を扱わせてもらえるのではないかという期待があったのだろう。そんな自分の考えを思い出すだけで爪を立ててしまう。
「お二方とも必ずや素敵な弓道人になりますよ。それは私が保証しましょう。頑張りましょう。」
「ありがとうございました!」
「えぇ、ではまた明日。お気をつけて。」
挨拶をして道場を出る。
やはり安全の話のときに受けた衝撃が未だに胸に残っている。非常にキリキリとしている。
「藤川…あのさ…」
天光らしくない元気のない声で呼びかけられる。
「どのスポーツもそうだけど、やっぱりすごいね。」
「…天光らしくないな。」
こぶしを握りなおす。自分の挑む世界を改めて認識しなおした。
「正直さ、藤川と頑張るって結構軽い気持ちで考えてた。」
口が開かず、ただ床を見ながら話を聞くしかない。
「藤川があの日輝いて見えたんだよね。」
「あれを見て、私も憧れたんだよ。こんな風になりたいなって。だから君の傍で支えて見たかった。」
彼女の顔を見てみると目を細め、遠くをただ見つめている。
「でもそんな覚悟じゃ挑めない世界って今日分かったの。」
「天光…」
“そんなことはない”と言ってやりたいが口に力が入らない。
「だから私も覚悟を決めた。頑張ろ!」
そう言って震える手を差し伸べてきた。せめて力いっぱい握り返してやろう。
「バカ、痛い。やめろ。」
「そういうシーンでしょ、今のは。」
天光が“ふふふ…”と笑い出す。路上だというのに力が抜けてしまい歩けない。立ち止まって笑う俺たちの横を車が通りすぎるばかり。
でも最高、それ以外に言葉が出ない。目指すべき地点ははっきりしたのだ。
天光との別れを告げて帰路につく。
「覚悟」――言葉としては、ずっと知っていたはずだった。
でも、それをどう持てばいいのかまでは、わかっていなかった。名取さんの言葉がなければ、きっと自分はまだ、憧れの中に立っていただけだ。
ふと上を見上げると星がよく輝いている。空気は澄んでいた。美しかった。
ようやく次から高校生になってくれます。
よろしくお願いします。




