第二十話 開戦
「篠原君、藤川君、天光さん。明日はお願いしますね。」
「はい!お願いします!」
「よろしくお願いします。」
準備を終えた加茂先輩が帰る前に声をかけてきた。俺が出るわけではないのになんだか落ち着かない。別に明日の準備があるわけではないのに、意味もなく弓道場に残っている。
篠原も帰ってしまい、気がつけば俺、天光、黒田先輩の3人だけだった。
「黒田先輩、そろそろ俺たち帰りますけど先輩どうします?」
「うーん…もう少しだけ残ろうかな。」
「ちゃんと休まなくて大丈夫ですか?」
「あはは…お母さんみたいなこと言うね、天光さん…ちょっと今までまとめたノートを見たくてね。」
そう言って灰色の表紙に“弓道ノート⑤”と書かれたものを見せてくる。
「明日に向けてですか?」
「そうだね…正直明日あまり自信がないからね。あまり中ってないし…。」
的中率だけ見れば、黒田先輩は中る日と中らない日がはっきりしているタイプだ。ここでかけるべき言葉は応援か、励ましか。それともスルーがいいのか。わからない。
「じゃあ、鍵お願いしてもいいですか?」
「そうだね、わかったよ。二人とも、明日よろしくね。」
「俺、何もできないですけど、後ろから応援してます。」
「それは心強いな。うれしいよ。」
黒田先輩の笑顔が、少し戻った気がした。明日はきっと大丈夫。……誰にもわからないけどな。
第二十話 開戦
インターハイと言えば、誰しもがあこがれる夢の舞台。そのチケットを手に入れるには、優勝しなければならない。昔、政治家が「2位じゃだめなんですか?」と言ったそうだ。
答えはノー。2位では意味がない。……いや、それは言い過ぎかもしれないが、全国には行くことができない。この大会めがけて練習する弓道部がほとんどだろう。
今日も今日とてアマミズム――集合時間より圧倒的に早く到着する精神のせいで、7時半集合なのに、6時半にはもう着いていた。流石に6時は早すぎるし、なんせ電車が間に合わない。始発の到着時間は6時を超える。無理だ。無論、天光も到着済み。
「なあ、今日って6月だったよな。」
「そうね、思っているよりも寒いわね。」
気温自体は低いわけではないはずだが、梅雨特有の湿気た空気と、吹き続ける北風のコンビがどんどん体温を奪う。寒い。
「こりゃ今日の試合どうなるかわからんね。」
「ま、名取先輩はいつも通りでしょ、きっと。」
「大前が崩れなければ何とかペースは崩れないだろうからな。」
そんなことを話しながら選手、応援の人たちを待つ。
県立の弓道場前の広場に次第に人が集まり始める。富丸の応援部隊も続々集まって来た。選手は体を冷やしすぎないよう、ギリギリまで来ないものらしい。
「っはよー。」
聞きなれた声、でも今日はいつになく冷静な感じ。小柄なはずなのになぜか一歩後ずさりしたくなる虎のようなオーラ……その張本人が、こちらを見ていた。
「またしょーもないこと考えているね。」
「…いつも通りです。」
名取先輩はわざとらしくため息をついた。
「介添え、よろしくね。」
「うぃ…。」
どこか一歩引いているコミュニケーション。試合前というのはこういうものなのだろう。
「県立富浦丸高校、選手と介添えの方は受付までお越しください。」
通称富丸なのに正式名称富浦丸だからややこしいったらありゃしない。呼ばれたので、名取先輩と天光と一緒に受付付近に向かう。そこにはすでに、加茂先輩、猪熊先輩、黒田先輩、柳井先輩、八丁先輩が集まっていた。篠原も合流してきたので、受付を済ませる。そのまま待機場所である第一武道場に向かう。
「今日のプログラム、渡しておくね。今日の流れだけども…」
八丁先輩からの手取り足取りレクチャーを受けることになった。わからないことだらけの大会初心者にとって、今日だけは八丁先輩のくどい説明…もとい、丁寧な説明に感謝しておくことにする。
要約すると、
・8時半開会式
・予選は9時半スタート、富丸の立順番号は13。出番は10時半あたりと思われる。
・招集時間を超えると失格なので、選手が全員10分前には招集場付近にいるかを確認すること。
・それができればあとは自由。
トイレの場所や矢の返却場所やその他あれやこれやも教わったが、キャパオーバーなので忘れてしまった。まあ、何とかなるだろう。
開会式は選手のみ、道場に集まるため、俺たちは応援席に移動して開会式に参加する。
「ただいまから、2027年度、全国高等学校総合体育大会弓道競技、富山県予選開会式を行います。はじめに、富山県高等学校弓道連盟会長の…」
開会式が始まるが、特に聞かずにこの後の流れを頭で整理する。現時刻が9時で召集予定時間は10時10分。そこから逆算して……うーん、何をしておくべきか。
「なあ、天光。」
「……」
あれ、反応がない。聞こえてないのか?もう一度声をかける。
「天光さん?」
……無視?何か俺、悪いことした?天光は微動だにせず、ある一点を見つめている。まばたきすらしていない。何かに引き寄せられるみたいに。
「藤川君、元気にやれていますか?」
「……え、金丸先生?どうしてこちらに?」
中学時代の恩師、金丸先生がいた。
「名取さんから近況は聞いていますからね。今日、介添えをされると聞いたので、勇姿を見に来ようとね。」
「あー……」
なんで知っているのかを聞こうとしたらふと思い出した。そういえば、この先生が名取先生に紹介してくれたんだった。そりゃ、こちらの状況も筒抜けなわけだ。
「先生は今日いつまでいらっしゃいますか?」
「今日は午前の様子を見たら帰ろうと思っています。」
そうなると、お茶の一杯も厳しいってわけだ。
「そうですか……夏休みかどこかでいつかお茶でもしたいのですが、どうでしょうか?」
「うれしいお誘いですね。そしたらまた遊びに来てください。そこで決めましょうか。」
「ありがとうございます!」
その後は軽く近況報告をしていたら開会式が終わってしまっていた。
いくら自由時間と言えど、せっかくだ。選手や関係者しか立ち入れない場所でも探索してみよう。もったいない。
「先生、失礼します。またお会いしましょう。」
「はい、では介添え、マネージャー頑張ってください。」
選手控えの場所に天光と共に戻ると先輩たちは各々で準備をしていた。座禅を組む加茂先輩、柔軟をする名取先輩、道具を確認する猪熊先輩、巻き藁に向かった柳井先輩……そして昨日と同じ弓道ノートを眺める黒田先輩。
「藤川君、加茂先輩から依頼されたことがあるから打ち合わせをしたいのだけど、いいかい?」
自由時間なんてねえじゃん、誰だよ、自由時間って言ったやつ。
「はいはい。それで?」
「射の録画と矢所の記録と……」
最終的には天光も加わり、3人で役割分担を決めた。俺は絶対に介添え以外の分担をやりたくなかったので、応援席組に頼むことを提案し続けた。が、矢所だけではどうしても手の空いた介添えがしようということになってしまい、不本意ながら役割が追加された。的中記録や動画撮影、矢の回収は応援席の他の一年に頼むことになった。それがせめてもの救いだ。
そうこう決めている間に先輩たちはいつの間にかいなくなっていた。巻き藁にでも向かったのだろう。天光は非常時の対応のために控え場所に残らなければならないが、俺と篠原は自由の身。そうと決まれば、早速道場内を散策してみようじゃないか。
「散策するとはずいぶん立派な身分だよね、我々。」
「話に乗っかって来た篠原が言えたことじゃないだろ。」
「それもそうか。」
そんな軽口を叩きあいながら散策をする。
巻藁部屋が2か所あり、屋内で鏡を見ながら射形をチェックできるスペースもあれば屋外で実際の状況と似た環境で引けるスペースもあった。そしてきれいなお手洗い。温水とはなんと立派な。散策すれば散策するだけ心が弾む。
「介添えって緊張するよね。」
「胃がメルトダウン起こしそうだよ。」
「インシデントレベルだね。」
「でも実際こうやって空き時間潰さないと心も体もしんどくなる…30分程度であっても。」
「確かにね。そう考えるとありがたい提案だったよ、藤川君。」
「褒めても何も出ないしなんならもらうぞ。」
「じゃあ僕の分の介添えの仕事あげようか?」
「いらんわ。」
刻々と本番が迫る。いよいよ、招集がかかる時間だ。気持ちを整え、道具を整え、あとは心から祈ることしかできない。やれるだけやってみるか。
更新を重ねるたびに目を通してくださる方が増えており、うれしく思います。
貴重なお時間をこの小説へのアクセス、読む時間に割いて頂きありがとうございます。
2週連続の更新はほんと、いつ以来でしょうかね…また来週も更新できるように進めていければ…いいな。
ありがとうございました!




