第十四話 一目
「藤川すげぇな。」
「もう巻き藁やるんだって。」
溜息や舌打ちが聞こえてくる。周りに目をやると、明らかに俺に向ける視線が異様なことに気が付く。あーそらそうなるよね。俺だって気に入られるつもりなかったし、というかこんな特訓ごめんだよ。
そんなことを思いながら名取先輩に目をやると人を殺した後の目つきになっていた。
「お前さ…巻き藁、やりたいの?」
「え…あ、はい。俺もやりたいです!」
「だったら鍛えてやる…のうのうと周りのやつと話す時間を過ごしているだと?それでいて、早く弓を引きたいだ?一昨日きやがれ。」
思い出される俺の無駄な抵抗の日々。どうあがいても逃れられないんだよなぁ。
1年生の顔が絶望でゆがんでいる。でも止まらない、それが名取先輩。あーあ、もうしーらない。
第十四話 一目
「まぁ、予想はしてたけどほんっと舐めたやつしかいねぇな。」
「舐めてるかは知りませんが、御言葉ですがそっちの方が一般的です。」
だって弓道部って聞いたら、普通は弓を引けると思うだろ。
「まぁ藤川が言うならそうなのかもな。」
あー微妙に負けず嫌いや、名取先輩…というか、さっきから俺だけ扱い違くない?
「明日から下掛け、弽を持ってこい。」
俺だけの特別な指導がこれから始まる…ワクワクしない人間はいない。
「はい!」
「あとさ…」
天光の表情を見ずとも自分がいかに愚かだったかはわかっている。
「藤川…自意識過剰だって…」
「いやそれ言うなら早とちりだろ。」
名取先輩は確かに、俺の巻き藁練習への昇格を認めた。だが、俺だけとは一言も言ってなかった。それを俺は…
「あとさ、篠原にも今言ったこと伝えといて。」
「え、何でですか?」
「いや、何でも何も篠原も一緒のタイミングで巻き藁練習に参加させようと思ってたから。」
「いや、だとしたら先輩から直接言えば…」
「古都美があんたらに割ける時間は限られてるっての。いちいち待ってられるか。古都美は今から用事
あるから。じゃぁな。」
…誰も俺一人だとは言ってなかった。うん。
「でも巻き藁に上がるの早いと思うよ。先輩たちから色々聞いていたけどここまでの速さは毎年いるわけじゃないって。」
「ふーん…」
天光いい情報もってるじゃん。地獄だったけど頑張ってるとこうやって報われるからいいんだよなぁ。
「藤川たち以外の例だと加茂先輩と名取先輩だって。」
自分でも眉が動いたのがわかる。聞き間違いかと思った。
「え?」
「だから、巻き藁に上がる早さが藤川と同じペースの人、加茂先輩と名取先輩だけだったんだって。みんな驚いてた。3年連続で早く巻き藁に上がる部員がいて。」
「俺、もしかして才能ある?」
「自分で言う人はみんな違うから、大丈夫。自惚れないで。」
そう言いながらも笑っている姿は彼女らしい。
「…そのなんだ。ありがと。これからもよろしくな。」
「明日は槍が降るわね。」
フンッと鼻で笑って軽くあしらう。
「で、行くんでしょ?」
「当り前だ。」
「失礼します。」
「…お、久しぶりだ、富浦丸の新入生たち。」
「お久しぶりです。今日はご報告があってきました。」
「なんですかな。」
「今日、先輩に巻き藁練習が認められました。俺、初めて弓引けます!」
「おめでとう。流石だよ、藤川君。天光さんも部活でマネージャーとして頑張っているらしいですな。」
「え、あ、はい!マネージャーとして頑張っています。」
「それは何よりです。」
先生の中に知り合いでもいるんだろうか?内部のことを知っているとは…流石…なのか?
「せっかくだから道場に上がりなさい。」
“失礼します”と言って入るとそこには見覚えのある一つ縛りの茶髪。でも後ろ姿じゃ誰かわからない。
「あれがうちの孫、名取古都美です。」
途端、脳内に電気が走る。用事ってここに来ることだったのか。
「お孫さんに私たちの話はしていたんですか?」
「いや、話してはいなかったのですが、私があなた方にお話をしている姿を見かけていたようでして。」
なんとなく事情は分かった。俺に執拗に関わってきた理由って…怖いな。
「ふぅ…って、何でここにいる藤川。」
「いえ、名取さんに今日のことをご報告しようと思って。」
そう聞くと興味がなくなったように“あっそ”とだけ言い残した。
「古都美、中て気が強すぎる。その執着は己を滅ぼすことになるぞ。」
「はん、滅ぼせるもんなら滅ぼしてみろってこった。」
諦めたように溜息をつく名取さん…だよね、あの先輩には誰でも苦労すると思う。
「射には正しさがあります。ただそれは一つとは限らないと私は考えています。とはいえ…いえ、これ以上は野暮ですね。」
“失礼”と咳払いをして名取さんは続けた。
「巻き藁の練習が始まったということで、この弓道場でも練習してかまいませんよ。整備のために閉める日もありますが、基本空いています。藤川君には私が指導しましょう。天光さんもぜひマネージャーとして来てください。」
「ありがとうございます!」
「ただいまー」
「おかえり!昭。遅かったわね。」
「ちょっと柴山寄ってた。」
「柴山って弓道場?」
「そうそう。それより聞いてよ。俺、本物の弓明日から引けるって!」
「え、今まで引いてなかったの!?」
「母ちゃん…そんな簡単に引けるわけないよ。危ないし。」
「あー、確かに。怪我しちゃうかもね。」
「それに部活って大体そんなもんでしょ。」
まぁそうかと返事をしながら母ちゃんは夕飯を準備し続けていた。
「父さん、帰り遅くなるって言ってたからメッセージ入れといたら?」
「んや、直接言いたいからストレッチとかでもしとくわ。」
夕飯をたっぷり堪能したので自室に戻ってきたはいいが、興奮が冷めない。いよいよ本物の弓に触れるのだ。1年生は触れることすら許されていなかった弓に1番手に触れる。その事実だけでも頬が緩む。篠原と一緒という事実だけが、少し引っかかっていた。
ふと、今までの特訓を整理しようと思い立った。巻き藁に上がるということは、今までのような練習形態にはならない。あとは自分でやれという方式だろう。
・ランニング
・スクワット
・プランク
・腕立て伏せ
・背筋
・腹筋
・ランジ
・腕回し…
思いつく限りでこんなもんか。どれも弓を引くための筋肉だと、当時の俺はまだ知らなかった。
今考えれば狂気の沙汰だ。これを2時間以上、サイクルしていたのか。天光の補助なしではめげてたし体も壊れていただろう。あらためて感謝だ。何か物でも贈ってやるか。…いや、物を贈らせてもらおう、きちんと。
これらの筋トレの効く部位を調べてまとめてみるか、何かのヒントになるかもしれないし。にしても早く帰ってこないかな。今すぐにでも伝えたい。
俺は結局集中できないまままとめていた。
「ただいま。」
お、帰って来たな。急げ、今すぐにでも伝えたい。
「おかえり、あなた。」
「悪い、遅くなってしまったな。」
「父ちゃんおかえり!」
「んえ!?まだ起きてたの?あ、ただいま。」
「うん、言いたいことあって!」
「どうした?」
「俺、先輩に弓使った練習にしていいって許可された!」
「昭。」
「何?」
「富浦丸高校、行けてよかったか?」
「うん!」
「俺は心の底からそう言える場所見つけられたお前が誇らしいよ。一人の人間として尊敬する。頑張れよ。」
父ちゃんってなんでも任せっぱなしなようで意外と見てくれている。それがわかるとまたやる気っていうのは湧いてくるものだ。
毎日投稿、金曜日は限界でした…遅くなってごめんなさい。
投稿者の地域は明日から大雪が心配ですが、消防団の出初式、学生の大会の運営役員とてんこ盛りのスケジュールです。
除雪は楽しいのですが、それ以外への影響を考えると楽しみだなんてのんきなことを言っている場合では…でも除雪はしたいです笑笑
本日も読んでいただきありがとうございました。




