第十話 邂逅
「ねぇ…藤川君。本当にこの道なの?」
「間違ってねぇよ。心配するな。遠いけど。」
「心配になるのわかるよ。」
土を踏みしめる音が響き続けている。体験の集合時間に遅れて第一印象が最悪になるのは避けたい。ここが踏ん張りどきだろう。
「おぉ…」
双葉が感嘆の声を漏らす。竹林を抜けた先に広がる景色は息をのんでしまうだろう。無論…俺もだ。
ギィン、パァン―俺はここで戦うんだ。
第十話 邂逅
いよいよ時間になった。体験希望者が多いとは思っていたが、正直こんなに多いとは思っていなかった。弓道場が人で埋め尽くされていた。
「新入生の皆さん。前に続いて並んで正座をしてください。」
道着を着た先輩方は音を立てることなくスッと座っていく。
「黙想!」
一人一人名前を呼ばれ返事を返していく。俺の名前が呼ばれるとしたらかなり後ろの方だろう。なんて想像しながら時が過ぎるのを待つ。
「復唱!礼記射義!」
「礼記射義!」
「射は進退周還必ず礼に中り!」
「射は進退周還必ず礼に中り!」
暗唱…俺もここに並ぶ。いや、並ばなければならない。
「これより活動を始めます。礼!」
一斉に先輩方は準備を始める。間違いなく邪魔になる。とりあえず外に出た方がいいか。天光の方を見ると頷いた。
「双葉、出るぞ。」
「え、あ、あぁ。」
「あれ?体験希望だよね?中に入らなかったの?」
「いえ、俺たちが先輩たちの邪魔になるのは目に見えていたので、外に出てきただけです。」
「ふーん。話変わるけどさ、弓道好きそうだね。」
明らかに睨んでいる。逃げだしたくもなるって。でも俺は…。
「弓道のために来ました。藤川です。」
「…面白い。古都美が面倒見てやる。名取古都美、2年生だよ。よろしく。」
睨まれはしなくなったが…なんというか身構えたくなる奇妙な視線を送られている。見られるだけで圧がある。
「藤川君、一列になってだって。行こ!…どうした?」
「んや、おっかないなって。」
「僕そんなにおっかなかった!?」
「双葉じゃねぇよ…面倒くさいからもういいや。行こ。」
一列に並ばされた新入生たち。
「弓道は体全てを使った武道です。体の鍛錬を怠ってはなりません。まずは、ランニングでウォーミングアップをしてもらいます。」
ざわめきだす新入生たち。そらそうだろう。弓道部というくらいだから弓を扱うと思っているに決まっている。
「先輩、どこを走ればいいですか?」
「ランニングコースは一本道です。ちゃんと矢印の案内板もあるから大丈夫!」
「ありがとうございます。では行きます。」
「んで、なんで先輩がいるんですか?」
「言ったじゃん。古都美が面倒みるって。」
道着姿でランニングを走るなんてそれ弓道人としてありなのか?
「ありがたい申し出ですね。ありがたく頂戴します。」
「それがいい。」
人を振り回すようなその笑い方に、天光をふと思い出した。…あれ、あいつどこ行った?
「マネージャー、ですか。」
「はい。」
「他の部活動ではだめなのですか。」
「はい。弓道部でマネージャーになりたいのです。」
「…わかりました。ただ、私の一存で決められるわけではないので、相談させてください。それまでは他の新入生と同じく練習に励んでください。」
「よろしくお願いします。」
流石、富丸。敷地が広いのなんの。意外と長距離だった。ようやく弓道場に戻ってこれた。
「お、天光、いたいた。」
「藤川、おかえり。」
いや、おかえりではないでしょ。
「ランニングくらい参加しろよ。」
「まぁその通りね。次回からさせてもらうわ。」
息を整えている間に何人か新入生がもどって来た。双葉の姿が見えない。どこかで力尽きたのか?
あ、双葉が帰って来た。が、顔が真っ白だ。
「双葉お前大丈夫か?」
「…もう…ダメ…。」
生まれた小鹿のような足だ。うん、なんか面白い。笑っちゃいけないけど。
ランニングから始まり、体幹、肩、腕、ももの筋トレを何度も行ったことで、重力に負ける体になってしまった。抵抗する気も起きない。受験期のトレーニングをふと思い出した。逃げるという言葉は俺の辞書にはない。どや顔でそう言ってみたい。しかし、残念ながらリュックを担ぐことも困難なほど疲労がたまり痛い。
どう考えても名取先輩が悪い。プランクのラスト1分で急に背中に乗っかったり、俺だけ腹筋の回数終わった後に追加10回やらされたり、追い込みが激しかった。あと一歩でも多くやられたら確実に意識が飛んでいただろう。
でも、目の前のこの灰になった男をどうするべきか。
「おい、双葉。いくら何でもひ弱すぎるだろ。」
「僕、運動したことないもん…。」
「ダウト、全くさらっと嘘つきやがって。」
「でも正直僕には向いてないかもな…。」
「それも一つの選択肢だよね。双葉君次第じゃない?」
天光の言っていることは真っ当だ。強制されるわけではない。
「明日も別の部活行ってみる。」
「それがいいさ。」
3人で歩いて帰ろうとまとめ、道場を後にしようと一礼する。
「余裕そうな顔してんな。」
突然そう声を掛けられ、顔を上げると名取先輩がそこにいた。
「余裕があったわけではないですが…。」
「お前トレーニング中、ギブアップもせずにやり切りやがった。自分の限界まで力を出さず手を抜いてんのか?」
いやだから本当に手を抜いてないって。限界だから、これ以上やったら死ぬって。そんなことを考えていると、道場の奥から気品のあるすり足の音が聞こえて来た。
「名取。新入生に対しての態度、感心しませんよ。」
瞬間、世界の時が止まった。
「ごめんごめん、生半可な気持ちの後輩だったらぶっ潰したくって。」
あの日、自分がこの世界を志した理由が。
「だからそのような言葉が感心しないといっているのです。」
そこにいた。
「名取に代わって謝罪します。加茂躬恒と申します。」
俺が富丸に来た理由。俺に変わるきっかけを生み出した射手。そして、永遠の憧れ。
「いえ、藤川と申します。あなたを追いかけてこの高校を受検しました。」
加茂先輩の目が吊り上がる。目が合ったと思ったらジロジロと見られている。
「うれしい言葉だな。ありがとう。ぜひ君と一緒に弓が引けたら嬉しいよ。」
お世辞でもいい。この人が憧れでよかった。
「あの人が藤川の言ってた人だったんだな。」
「あぁ。」
「にしてもあんなにかわいらしくペコペコすることあるんだな。」
「もう黙っといて!?これ以上えぐらないで。」
なかなか仕事が本格化し始めて書く時間が厳しくなってまいりました。
何とか10日連続の投稿までは続けたいものです…。
今回も読んでいただきありがとうございました。
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